9日目の②.交渉拒否
僕とルピスのランクアップおよび市民権に関する手続きを、素早くかつ隙なくすませて一仕事終えた感のある才女さんだが、今日ギルドが僕らを呼び出した目的は2点あると言っていた。
余韻に浸りたかったのかもしれないが、腕まくりおじさんに促され佇まいをただした。
「まず、ランド様、ルピス様はじめとする神託の冒険者が予想より多く、使える部屋が足りないという状況がございます」
最大限に詰め込めば4,000人までは対応できる予定だったそうだ。
しかし、予想をあっさり上回る5,000人弱の出現。
冒険者ギルドをはじめ、特区運営に関わる首脳陣の顔が引きつったことは容易に想像できた。
「特に、持ち込み装備品の置き場所が完全に想定外でして、定員数を半分で計算し直さなければならなかったと、私の同僚も……いえ、それはともかく、宿の増築なども依頼はしておりますが、これは動き出しも鈍く結果が出るのも先になります。
当ギルドといたしましても、急ぎ簡易宿舎……宿舎と呼ぶのもはばかられる、カギ付きの小部屋をならべてでっちあげたハコなのですが、こちらを、当月中に順次供給できるか(?)という状況です」
あちこちに、槌音響く特区かな。
まだまだ建設途中なんだと、関西弁風商人のおいちゃんも言うてはりましたなあ。
建材売却ではお互いにええ稼ぎになったようで、あんじょうよろしいことでんなあ。
簡易宿舎については特にいうこともなし。
聞いた感じでは食事や洗濯といった日常事をすべて外で済ませるしかない、寝床にもなる物置部屋みたいだけど、それこそが今一番求められているものだろう。
でも、神様倉庫からの持ち出しに間に合わなければ、意味激減してしまうものでもありそう。
いっそ、ギルドで預かり業務でもやればいいんじゃないの。
一時しのぎになればいいんだし、そのまま定着してもそれはそれで。
「そこで、すでに部屋を持ち、定員に余裕のあるクランに対し、同居人・相部屋の斡旋を行うことになりました」
「へぇ」
警戒レベル、ドン!
僕の両隣でも姿勢をただす雰囲気が伝わってくる。
「神託の冒険者は持ち込み品の関係もあり、単純な寝床以上の場所を取るという話はうかがっております。
それでも定員の半分まではなんとか。ランド様、ルピス様のクラン【ファーレンリ】は2階24人部屋ですので12人、いえ、私の権限で10人、つまり後7人の追加で上とも話をつけますので……」
「嫌です」
「え!?」
そんな、鳩が豆鉄砲を食らったような顔されましてもねえ。
「前提が違う。当方はクランルームに他人を入れないことを当然としています」
いかにも譲ったようにみせかけて、その実もともとの要求が過大だから全然譲っていないという。
それも交渉テクニックの一種ではあるんだけど、のってやる義理もないので話にならないと返答する。
「そもそも、その斡旋とやら、受け入れないといけないモノなんですか?」
「え? それは……冒険者の義務として、ギルドの指示には従うものと……」
「じゃあ、冒険者辞めます」
「ええっ!?」
切り札というものは最後まで温存するものだと、切るのであれば別の切り札を用意しておけとは、多分漫画かアニメから学んだこと。
別の切り札は、切りたくはないけれどアテがなくもないので、さっさと脅しを切ってみる。
「つい先ほど、強く、強くお勧めされ、仕方なく大金を投じて購入した市民権とやらがあるので、冒険者を引退しても問題ないですよね?」
「それは……そうかな? いえ……、でも……」
「冒険者でないなら冒険者ギルドの指示とやらに従う必要はないでしょう」
しどろもどろになってしまった才女さんを見かねた保護者こと腕まくりおじさんが介入、前面に乗り出してくる。
「筋としちゃあそうなんですが、すこし落ち着いてください。こいつは命令じゃあなくて、あくまで斡旋なんでさあ」
「その斡旋とやらを受け入れる理由がない、そう申し上げている」
「それに、勘違いしていませんか? 落ち着いていないのはそちらですよ。まあ、それもわからないくらいに動揺しちゃっているのかもしれませんが」
年長者として、場をなだめるポーズって感じを出そうとしたようだが、だから何、だ。お前はこの場では添え物でしかない。でしゃばるな。
僕らはあくまでも対決姿勢を崩さず、争点をうやむやにするんじゃないと、おろおろする才女さんごと渋い顔の腕まくりおじさんに一喝。
……なりきり忍者の相手をしすぎたのだろうか。
今の僕って、割と悪役風の態度物腰になっているかもしれない。
でも仕方ないよね。
交渉事には、笑顔とともに武器を添えるとバッチグーって、これはマフィア映画だったかな、学んだんだもんね。
Lv99という僕自身が武器だぞーって。隣にLv95も控えてるぞーって、きちんと認識してもらわないといけないもん。
「……といいますか、神託の冒険者が予想より多くて部屋が足りないという事情はわかりますが、でもそれってそちら側の手落ちであって私たちの責任ではないですよね?」
「それは……そうですが……、そこを交渉いたしましょうと……」
交渉テクニックとして、良い警官・悪い警官という類型がある。
片方が強面・否定的に接するなら、もう片方が融和的に接することで、味方だと勘違いさせ譲歩を引き出すという、そんな感じのテクニック。
ルピスだって知っているはずだが、この場では『良い警官』であるという選択肢を放棄したようだ。
僕とそろってダブル『悪い警官』。
妥協の余地ない交渉破壊モードということですね、わかります。
「そちらの都合だけを押し付けることを交渉とは言いません。交渉のつもりなら、相手の立場や考えも理解したうえで臨みなさい」
僕もルピスも、見た目は若くなったけどね、元々はおっさんなのよ。
才女さんも頑張っていることは認めるけれど、踏んできた場数がね、違うのよ。
あんまりやってもなあ、苛めにしかみえなくなるし、早々に追い込んでしまいましょう。
「なるほど、よほどのメリットがあるか、冒険者管理組織としてのギルドの命令であれば、従う義務も生じるかもしれません。
が、命令ではないそうですし、メリットがなくデメリットしか見えない。これで受け入れろとは、如何に?」
「ひぎっ……」
ルピスともアイコンタクトで。
「そして仮に、仮にギルドがその強権をもって命令を発し、僕らが従うとしても」
「7人に部屋を貸せということですが、当方3人うち2人は女性。単純な人数差、言い換えれば戦力比で負ける、つまりは自分たちのクランルームなのに余所者に乗っ取られるのですけど、その点如何?」
「それとギルドの斡旋ということは、問題が起きた場合、もちろんギルドに責任を取っていただけるということでよろしいんですよね?」
「それは……」
「以上、当方の提示した問題点に確答頂けないのであれば、断固としてお断りいたします」
「お待ちを!」
粘るなあ。
「相部屋の……相手は、厳選いたしますので、どうか、どうかお願いいたします」
「ギルドの責任についての確答、頂けないようですね」
「受け入れるべき理由も提示されないまま、と」
僕とルピス、そろって席を立つ。シオがちょっと遅れたのはご愛敬。
いや、わかるよ。
この場で才女さん責めても意味がないことぐらい。だから打ち切るんだし。
でもね、しくじりました、なので余った人を押し付けます、責任は負いませんじゃあ筋が通らない。
「お待ちを! 今しばし、お待ちを!」
才女さん、僕らよりも先に、転げるように部屋を出ていった。
残った腕まくりおじさんが、頭を掻きながら下げる。でも、スルっと扉の前にポジションするあたり、なかなかできる。
「どうもすいやせん。
ランド様ルピス様のおっしゃりよう、筋論とは存じますが、お嬢も、上の指示を受けてのことで、自分で判断できなくなれば確認とらにゃあいかんのです。いましばし、お待ちいただけないでしょうか」
本来答えられないことを軽々しく安請け合いしたうえで、あとあとうやむやにしようとするする手合いなんかよりは好印象だよ。
だが断る。
「いくら待てばいいの? 5分? 10分? それとも数時間?」
「それは……」
「その時間で出せた倉庫の中身の分の買取値、補償してくれるの? このままだと消滅カウントダウン入ってるんだけど」
「それは……」
「いくら待たされるかもわからない、その時間でできたはずのことへの補償もない。ないないばかりでは話にならない。どいてくれ」
腕まくりおじさんの肩を押しやり部屋を出る。今回は止められなかった。
「ふぅ~」
「シオちゃんお疲れさま~」
廊下に出たとたんに肩で息をするシオは、やはり若いんだよなあ。
まだまだ気を抜ける場面ではないんだけれど、まあ、こういうのも場数か。
要するに今回の呼び出し、特に2点目の同居人・相部屋の斡旋とやらは、冒険者ギルド側にとって都合がいいことしか言ってないのだ。
自分の落ち度・失策を他人事のようにはなし、不都合は上から目線で他人に押し付け、対価も補償も用意してません。という構図。
だから、ちょっと突っ込まれると返答できなくなるし、強く押せば道理がないため破綻する。
そこを組織の力でごり押しとなると、さあ、ここにいるLv90台の二人はどういう反応を示すでしょう。あるいは神託の冒険者全体としては?
……怖いよね。
権力を保証するのは暴力だ。
組織や権力というものはどうしたって暴力を背景にして成り立つが、その力を、同様の暴力集団を相手に使ったら、それは戦争を意味する。
冒険者ギルドが対応を誤ると、朝の雑談会のデモの件、デモじゃすまなくなる可能性もでてきちゃったなあ。
「5,000人とは言わずとも、500人の武装集団が暴れるとなったら、酷いことになりますよねえ」
「ほぇ~」
元日本人らしく、お上を批判しつつも実際は信頼して従順な羊モードで「言われたから、そうする」人も一定数はいるだろう。
有形無形の圧力に屈せざるを得ない人もいるだろう。
けどねえ、Lvだのステ補正だので強化され、スキルや武具もばっちりですなんて力を手に入れたうえで、なおも従順な羊モードでいられる人ってどのくらい?
歴史を顧みれば、まごうことなき戦闘民族だよ、僕らって。
「そうならないよう、祈っています。僕、プリーストだし」
対象は、僕らを転生させてくれた、この世界の人間の神様にしておきましょう。
そして、祈ることしかできません。
だって、下手に譲れないラインの話だから。
僕らにとってマイルーム・マイホームの安全は、すなわち生命財産の安全を意味する。
そこに他人を入れろなんて、みすみす危機状態になれという死活問題。非常にセンシティブな案件だ。
せめて筋論を通したうえで僕らへのメリットを用意してきてくれないと、『交渉』に応じることさえできやしない。
余計な時間を取られたせいで、すっかり太陽も高くに昇っている。
体内時計的な感覚では昼の鐘まで今しばしというところ。
才女さんたち相手にあえて怒りモードに入れたことで、お腹の具合もすぐに飯という感じではないし、何をするにも微妙すぎる時間になってしまった。
冒険者ギルドに来たのだし、外壁に並ぶ扉から神様倉庫を経由して関西弁商人に会いに行く。
ここまでの査定終了分を受け取り、追加をどうぞー。
「同居人の斡旋ですかあ。冒険者ギルドはんももがいてはりますな」
「背景事情はなんとなくわかるけど、だからって赤の他人を自分の家に住ませろ、ただし謝礼はないし責任も持たないじゃあなあ」
「話になりませんな。冒険者ギルドはアホかいな。……ただまあ、ほんまに部屋がたらんのですわ。うちで押さえてた店舗物件と倉庫も、引き渡しあやしゅうなっとって、ごっつ困りごとでんがな」
どうも、神託の冒険者のことは最大でも3,000人程度に見積もっていたらしい。
そこに定員4,000人分の寝床を用意したのだから充分だろうと。むしろ、余ってしまう分をどう活用するか、そっちで頭を悩ませていたらしい。出現前は。
神様の招きに、5,000人弱もが応じてくるのは、本当に予想外だったのだろう。
しかも、現地冒険者と違いやたらに物持ちで、物置スペースが必要になるとは。
「こちらの人たちも困ってるんですねえ」
「わかるんだけどさあ」
「結果的に失策になっちゃったのは同情するけど、そのツケを私たちに押し付けられてもねえ」
屋台エリアで昼食をとっていたら昼の鐘が鳴った。




