7日目の①.マクロ経済っぽい事情
室内の薄暗さに早起きしすぎたかと思えば、窓に水滴がついていた。
換気がてらに窓を開け、見上げた空がドンヨリしている。
今も降っているという感じではないが、伸ばした手は霧雨にしっとり濡れた。
「コスプレックス、アリだとは思うんですが、着たら洗濯と考えるとチョット、ですね」
「手洗いするしかないという労働事情。洗剤も探さないとなあ」
「灰で洗うなんて、せめて石鹸が欲しいです」
シオの手伝いもあり、ルピスの倉庫整理は昨日で終了。
今日からはそろって僕のほうを手伝ってくれることになっているが、朝礼までは家事の時間にすることにしたらしい。
僕はいつものおいちゃんとデート。
「ふぅ~。では、建材はこれでおわりなんでんな?」
「一応、長さこれくらいの丸太もあるけど、嵩張る割にって感じなので後回し。最悪は14日目に倉庫前に投げ出すことになるかなあ」
腕を広げて表現したが、重さや長さの単位も適当に翻訳してくれるのはありがたい。
関西弁商人の顔が、今朝の空のように曇った。
「他人が倉庫に入れないのはほんましゃーないとしても、倉庫前に荷車つけられたらラクやったんですけどなあ」
「それなー。人数いて入場待ちまであったころはともかく、最近はだいぶ落ち着いてきてるし、荷車つけられへんかなあ」
結構な装備持ちのルピスでさえ終わった倉庫整理。
扉前で行列しての入場待ちも朝のピーク時くらいになってきたし、整理や持ち出し、処分の済んだ人も増えてきているんだろう。
「となると、次からはいよいよ雑多な素材っちゅうことになりますかぁ」
「そうなるんだよねえ。払いは後でまとめて、いつもの木札でお願い」
「まあ、あんさんがそれでええならウチはええんですけどね!」
衣服が霧雨を吸い、しっとりと濡れてくる。
頭装備『パラソル』はパーティグッズとしても、ぽつりぽつりと散見する『陣笠』や『麦わら帽子』のようなツバの広い帽子があれば少しはましだったか?
さすがにこの天気なので、朝礼こと冒険者ギルド訓示の参列者はだいぶ減った。
アレクセイ士爵殿のお声にも、ハリがないような。
お目目は充血、目元はクマクマ、額はシワシワ、頬はカサカサ。本当に、偉い人は大変だ。
「本日で、諸君ら神託の冒険者が出現してから7日目、神様の用意なされた倉庫の存在期間も半分を経過する。
改めて要請する。貴重な資源を消滅させてしまうくらいなら倉庫入り口前に捨ておいてくれ。こちらで回収する」
不法じゃない投棄は最後の手段。
「私たちも手伝いますし、なんとかなりません?」
「装備と値が張りそうな品を優先して持ち出さないとだね」
「いつもすまないねぇ、あたしがこんな身体でさえなけりゃ」
「そいつは二番煎じだよ、おっとう。ネタは鮮度が命だよ」
ルピス!
三度繰り返すからネタになり、天丼になるのだと、なぜそれがわからんのだ!
「また、すでに承知の者も多いかもしれないが、クラン設立にはランクDが必要となる。そしてランクDというのは中堅として活躍中の者のことであり、レベルでいうとおおよそ30~40台。
このランクとは冒険者の『格』を示すもので、当ギルドとしても取り扱いには差をつけている。
今後の事務的な都合および従来の冒険者との無用なトラブルを避ける意味でも、神託の冒険者に関する特例により、適切なランクまで金銭払いし上げることを推奨する」
朝礼後のいつもの雑談会も、この天気じゃなあと思っていたら見知った顔に手招きされた。
広場を囲う建物の一つ、日よけのタープを張り出しテーブルと椅子を並べた、洒落たカフェに案内される。
こういう街の施設のチェック、ほとんどできてないから助かります。
「まあ、一息ついてくれ。ここはボクの奢りだよ」
「「「アザッス」」」
周辺テーブルにも、ほぼほぼいつものメンツ。
話題は当然、朝礼の件。
「資産差もLv差もありまくりだもんな、俺たち転生者。それが一斉に動き出してランクアップも一斉になんてなったら、事務処理がパンクするだろ」
「それと、Fのままじゃ舐められるってハナシだお?」
「あるかないかまだわかりませんが、冒険者ギルドと言えば依頼が定番。ランクという目安が実態と解離しすぎるのは不味いんでしょうね」
ただなあ、FからDに昇格させるのにだって金貨が4枚に手数料で大銅貨4枚。
現地の感覚でも結構な大金のハズだし、ざっとZolt換算しても10M超。
これをポンと払えるくらいなら、相応のLvだろと言われればそうなんだけど。
「そういう表向きの理由はもちろんあると思うけど、買取なんかでお金、足りないんじゃないの?」
「食糧に武具に素材に、結構な額が流出しているはずなんだにぃ」
「あー、現金の量、貨幣数の問題ですか」
理屈の上では輪転機を回せば幾らでも増やせる紙幣と違い、金銀銅という貴金属を硬貨にしている時代、貨幣量はいまそこにあるものしかない。
日本だと、貨幣量の限界に対してツケというカタチで庶民にまで信用経済が膨らんだのが江戸という時代だったとかいう説を聞いたような気もする。
信用が効かない現金主義だと、帳簿上はどうにかなっても、この特区あるいは王都全体で、文字通り経済が止まる。
貨幣が、少し足りなくなるだけで大問題なわけだ。
「5,000人、ちょっとした都市なみの人口に現金吸い取られて、流れが悪くなっているのかも」
「だから、ランクを買わせて回収する?」
「そうでなくとも、払うだけの持ち出しばかりというのはよろしくないのかもしれないにゃあ」
そうなんだよなあ。
現状、倉庫処分を急ぐ僕ら神託の冒険者は基本的に売り手側。
相対的に買い物は限定的で、つまり、特区や王都にお金を落としていない。経済的貢献がなされていない。
でも、Zoltからコンバートされて持ち込んだ貨幣が解放されたら、インフレーションまっしぐらになりそうな気もする。
経済は水物だから怖いなあ。
「そういえば、ノエル君の調べていた転生者のLv分布、あれはどんな感じなんだい?」
「3日間でサンプル数200程度、信頼性を無視という条件で、『Lv30~50』にピークがあり、以下低いほうに裾広がりで高いほうはぽつぽつです」
気になります嬢の調査の確認。
転生者5,000人弱のうちの200人というのが統計学上有意なのかはわからないが、仮にその傾向が全体に敷衍できるとするならば。
「本来ならランクD、中堅どころ相当が多数と。そりゃあ冒険者ギルドとしても『おまえらランクアップしとけ』って言いたくもなるか」
「あくまで推測ですけれど、公式認定の男女2垢8キャラ分を均して転生体をメイクした感じですので、1垢4キャラ全員高Lv帯だった人がそのくらいになるはずです」
多分、気になります嬢の推測は当たっている。
8キャラ全員Lv99だった僕がLv99で、あの突然の鯖ダウンまでカンストロード中だったルピスがLv95に対し、受験引退しキャラ削除を免れた1キャラのみ残存のシオがLv2。
しかし、なんというか、半分身内みたいなこういう場であっても自分がハイレベルですとは言いたくないというか。
だって、廃人なんかと勘違いされると恥ずかしいし。
「Lv40台の後半以上は、僕やルピスみたいに2垢やりこみ勢だったのかもね」
「そうですね。LLO時代の体感だと、もっといそうなんですけれど、高Lvであることを隠している人もいるのかもしれません」
「実力はSだけど、面倒だからBってヤツだお!」
「あの~、Lvは冒険者証に記載だし、どうせ冒険者ギルドには把握されるんだから、隠しても意味ないんじゃない?」
少なくともクラン登録時やPT結成時には確認される。
どっちかっていうと、同じ転生者相手の情報戦?
気恥ずかしさ以外でも、高レベル=資産持ち=タカる相手、なんて認識されるとすごく面倒。
すでにあのござる忍者には資金源として目をつけられている状態だけど、僕にもメリットがあるという点で、あいつとは悪くはない関係ではある。
「実際に冒険者として活動をはじめれば、Lvやランクの実態も少しはわかるんだろうが」
「それがいつになるのやら、だろ」
あたたかいハーブティーで身体もあたたまり、いつまでも居座るわけにもいかないので奢りに礼を言って席を立つ。
バザー会場経由掲示板エリア行き。
こんな天気だが、昨日よりも売るよ買いますの掛け声が増えている。
誰もがファーストペンギンになれるわけじゃない。
だけど一人目がいれば、模倣するハードルはぐっと下がる。
成功例を見てから二匹目のどじょうを追いかけるのは、必ずしも悪いことではないはずだ。
本日の倉庫整理、手伝ってくれるルピスとシオには、装備などクランルームに運ぶものを担当してもらうことにした。
「創世の神だって7日目には休んだのに。貯(溜)めこんだせいですね」
「にしても『捨ておけ、回収する』はないですよねえ」
お金にもならず、渡して下手なことに使われるくらいならいっそ消滅させる。
所有者視線だとこれもアリに思えるし、もっと単純に我がのモン、我がのスキにするわいの精神も侮れない。
「全体最適vs個人の利得。どっちの立場も、身勝手だもの」
「人間なんてそんなもの。なんせ創生の神が人間を創ったのは6日目の最後の最後」
「ん?」
「その時、神は疲れていた」
「ちょwww」
「月曜朝っから天地創造なんてハードワークぶん回して、土曜残業で人間創ったと思えば、ねえ?」
「やめなさいwww」
天地創造の7日間。
最終日は「安息日だ!」と丸一日休みにするくらいハードなワークだったと思うのです。
であればこそ、「後はもう来週~」とやっつけで仕事を締めたとしても、誰がそれを責められようか。やっつけ仕事をした事のない者だけが石を投げなさい。
昼の鐘のころには雲は流れ、晴れてきた。
午前の部を早めに切り上げてクランルームで昼食をとり、乾いた服に着替えたので気分も一新。
雨上がりを待っていたのか、繰り出してきた転生者たちの中には趣味の頭装備や、ときどきガチ装備も混じり、個性があふれてきた。
犬耳なら【狂犬MAX】、猫耳なら【猫猫団】なのかなといった塩梅に、同じ頭装備は仲間のサインという風潮も普及するかもしれない。
「拡張バッグ、最高値は金貨30枚動かず、だと思います」
僕は28G+6Sでホールド中だけど、濡れてにじんじゃってるので新しく書き直し。
やはり掲示板周辺で出会う【アークエンジェル】の逆毛じゃなくなった金髪騎士、ジルゲームスさんもそろそろ上げ止まりかと混じってくる。
「次は、これで売ってくれる人がいるかどうかですね」
「何人かはいると思うぞ。同じ顔がちょくちょくチェックに来ている」
新しく書かれた冒険者ギルドの講習に関するまとめ記事に興味を惹かれる。
「冒険者制度の仕組みや王国法、通貨体系、各職の役割やスキル……」
「受講必須なんですよね?」
「たとえ必須でなくとも、情報は命だからねえ。特にこの状況では」
「猶予期間のうちに、知るべきことは知っておくべきであろうよ。だがまあ、それはそれとして」
ジルゲームスさんに腕を取られ、やや強引に引っ張って行かれる。
掲示板エリア、バザー会場と三角形をなす位置に空のリンゴ箱が集められている。
……嫌な予感がするんですけどぉ。




