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1日目の①.クーリング・オフ付き異世界転生

 気がつくと、知らない場所に立っていた。


 頭を振って見渡せば、市街地の中の広場だろうか。

 整然とした石畳の広場をぐるりと取り囲むのは、石と木と漆喰造りの近世西洋建築っぽい建物たち。


 広場および街路の各所には身長より長い槍を持った兵士たちが立ち、物々しげな雰囲気の中を忙しそうに人々が行き交っている。

 そのくせ、誰も僕に反応しない。


「なんぞ?」


 周囲の音は聞こえないが、自分の声は聞こえる。聞こえているつもり?

 現実感のなさに、ようやく自分の身体が透けていることに気づく。


 なんだ、夢か。


 手に握られていた紙がテカテカと光って自己主張してくる。

 夢っちゃあ、なんでもありだなあ。そんなふうに思ってました。




          ★ ☆ ★ ☆ ★


【スタルティアへようこそ】

 私は、スタルティアと呼ばれる世界の人間の神です。


 私の招待に応じる意志を示されたあなたを転生させる、最終段階です。

 これより、交渉契約上定められたクーリング・オフ期間が、あなたの主観時間で30分間確保されます。


          ★ ☆ ★ ☆ ★




「まさかの異世界転生、クーリング・オフ付き!?」


 新しいゲームじゃなくて、ガチで異世界への招待状だったとは。


 見抜けなかったなあ。

 僕の目が節穴だったわけではないと信じたい。ていうか、こんなん予想できるかっちゅうの。


 転生を望まない場合は何もしなくていい。

 転生を望む場合のみ、30分以内に手元の紙を破けとのこと。


 現地人との意思疎通については、転生特典として現地語の読み書き・会話能力がインストールされるらしい。


 転生に関するサブカル知識で、一番問題になりそうなところに手当されているのはポイント高い。

 ただ、非常に稀(統計上0.02%)に不都合を生じるケースがあるという。


【程度はさまざまですが、転生前の習得言語上の認識に意味翻訳する際に不都合が生じます。

 具体的には、「世界を照らす光」という逐語翻訳は機能しても、それが転生前の習得言語上で「太陽」を意味する呼称だと認識できない、といった症例が存在します。

 これら不都合への対処は被験者に委ねられています。】


 1万人に2人の外れクジを、仮に引いても対話自体は可能である、と。


 転生しない理由。

 両親、兄弟、スマホやPCの中の見られたくないデータ、冷蔵庫、クーラー、インターネット、コンビニ、追っかけ中の新刊、安全・安心……いくら低所得層のおっさんであっても、現代日本で暮らしているというだけで世界史上の勝ち組であることは間違いない。


 転生する理由。

 先が見えている人生への諦め。

 それに何より、同じく転生手続きを進めたはずの相方だけが、こっちの世界に残ることになったら申し訳ない。


「つくづく消去法、後ろ向きでしか物事を決められないんだな、僕は」


 見上げた空が青い。

 手元の紙を破ると、光となって消えた。


 どうなるのかと周囲を観察していたら、突如、ざわめきが飛び込んできた。


「出た、出たぞ!!」

「本当に現れた。神託の冒険者だ!」


 多分、現地サイドのどよめき。

 そして、明らかに場違いな叫び。


プリースト(プリ)アーチャー(アチャ)ウィザード(Wiz)に……コスプレ会場はここですかぁ!」

「ノオォォォォ!! 女になってるじゃねーかああああああ」


 広場一杯に、ほどほどの間をあけて、多分、僕の同類、元プレイヤーたちが姿をあらわしている。

 喧噪のなか胸いっぱいに吸い込んだ空気は、早朝のような澄んだ香りがした。


「新ゲームのつもりがガチの異世界転生だった件」

「ゲームキャラで集団転生……になるのか? ゲームの中に入ったわけじゃないし、ジャンルタグどうしよう」

「『ざまぁ』要素はありますか?」

「騙され強制転生じゃないし、自分の意志だお。『ざまぁ』する相手も理由もまだないお」

「一部トランスセクシュアル(TS)モノ、冒険者モノなのは確定だろ?」

「ハーレムを! 一心不乱のハーレムを!」


 誰かの叫びや呟きに近くの誰かがのっかり輪が広がる。


 うん、まあ、みなさんサブカルに通暁なされておりますなぁ。

 母体集団がMMORPGの元プレイヤーだから、ある程度偏った人選なのは致し方ないところだろう。


 ゲームの世界に入り込んだのではなく異世界転生、ただしLLOのいわゆる職服をまとったコスプレ状態での出現です。

 イメージイラストがリアル化された服。こまけぇところまでよくできています。


 とにかく、女の子がエロかわいいのは最高だと思いませんか、そこのアニキ。


「チラリズムのプリ、至高の太ももの座を争う二大勢力騎士娘とアチャ娘の共演、大胆へそ出しグッドルック……神様、転生させてくださり、ありがとうございます。本当に、ありがとうございます」


 いきなり熱い思いをぶつけられるとね、声を掛けてしまった僕のほうが冷静になってしまう。


 言っていること自体は完全同意だけれど、そのね、周囲の女性の目線がね、必ずしも好意的なものとは限らないのでね。

 熱い思いと篤い信仰心を披瀝する赤の他人のアニキからそっと離れ、無関係を装わせていただきます。


「そこのハンター(ハム姉)さん、冷たい目はご褒美ですか、ありがとうございます。ありがとうございます」


 無敵の人かよ!


 ……ともあれメイン職にプリースト(プリ)を選んだ僕は、黒が基調の上下。

 つまり、今着ているもので職がわかるのか。相方もメイン職にプリを選んでいたはず。

 無意識に女プリの姿を探し視線で追いかけていた僕だが、突然、気づいてしまった。


 女プリ?

 相方、女になっちゃってる!?


 待て、思い出せ。

 相方が女プリだったのはあくまでもLLOでの話。それだけなら僕だって女垢にもプリがいたわけで。


 キャラメイク時に……名前、ルピス……まろい尻へのこだわり……胸から腰のラインへのバランス……これはぁ、まちがいなくぅ、女キャラでメイクしてましたよねぇ、相方さん。


 ていうか、どうやって相方と合流すればいいの?


 元のおっさんならともかく、今の顔知らんぞ。

 まだ未確認だけど、すっきりしたお腹のライン見る限り、僕もキャラメイクした容姿になっちゃってるだろう。

 互いにキャラ名と職業と、まろいお尻という特徴だけで巡り合えというのか、神よ。


 しかも、仮に合流できたとして、どう接すればいいんだ。

 ほぼ確定TS済みの中身おっさん相手に。


 ……そもそも、転生をしなかった可能性もある。


 だって、キャラメイクした意味、反映されれば女の子になるって、さすがに気づくだろう、彼なら。

 ならばためらうし、クーリング・オフを行使、転生を辞めても不思議じゃない。

 もっと素直にご家庭の事情とか日本のほうがいいとか、転生しない理由はいくらでもある。


 そんときゃ僕はボッチ。

 相方とのパーティ(PT)前提でプリ+Wizなボッチか。

 臨時で顔繋いで適当な仲間を見つけられればいいが、下手すると一人孤独にテクニックを磨かざるを得ないボッチ路線かぁ……。


「ステータスッ……オープン! ……でねぇ」

「馬鹿お前、昨今の流行りはしぐさ(モーション)コマンド……でねぇ」


 うん、試すよね。

 僕も、「インベントリ」とか「アイテムボックス」とか、いろいろそれっぽい単語呟いたり意識を集中してみたりしたけれど、ピクリとも反応しなかった。


「ゲームじゃないんだ。いくら叫んでも拡張現実(AR)っぽいウィンドウはひらかない。認めよう、これは現実なんだ。新しい人生と向き合うときなんだ」


 転生移行時の確認では、職ごとにスキルないし明らかに魔法がある。

 であれば、拡張現実(AR)っぽい視覚にオーバーレイされるウィンドウとは言わなくても、何かしらの、転生前の現実とは異なる現実、安易な言葉で表現すれば、魔法的インターフェイスがあってもおかしくはない。

 おかしくはない、はずなんだけどなあ。


「けど、ステータス補正振ったよな」

「だよな。いわゆる能力(ステ)値はあるはずだ。現状だと確認方法が未発見なのか、または何か特別なインターフェイスが必要か?」


 学者が3人同じ場所に存在すると学会が始まるという。

 では、元MMORPGのプレイヤーが異世界に転生したら始まるものは?


 ……そうだね、情報収集と検証だね。

 間違っても粛清じゃないよ。すくなくとも今やることじゃないよね、粛清は。


 西洋風の鐘の音が空に、広場に、市街に響き渡った。

 付近同士でわいわいやっていた僕たちの会話が途切れた瞬間、見計らったかのように、いや、見計らっていたのだろう大声が飛ぶ。


「ちゅうもーく!!」

「「「注目せよ! 傾注せよ!」」」


 あちこちに配置されている兵士が槍の石突を打ち鳴らし、僕らの意識を一点に誘導していく。

 広場の外周を構成する、羽と剣の意匠の看板を掲げる建物の前に、いわゆるお立ち台が据え付けられており、その台上で胸板の分厚いおじさんが両手を拡げてアピールしていた。






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