3日目の①.仮想通貨単位
朝である。
息子が元気に自己主張をしているが、かまってやれる状況ではない。
「知らない天井だ」
「お約束乙」
呟いたルピスに、おはよう代わりのツッコミを。
シャツは乾いていたので、上着の下はネイキッドなどというセクシー路線に走らずにすんだ。
最後の『鶏の照り焼きサンド』と『おにぎり3こセット』を分け合い、『ハーブティ』でゆとりある朝食空間を演出。
「『魅惑のキノコワイン』はアルコールによる酩酊とは違う、冴えてくるような感覚が癖になりそうです」
「毒キノコ使ってるんだよなあ。僧侶スキル【解毒】効いたりして」
スキルの検証もしたいけど、人体に作用する系をいきなり試すのは、ちょっとためらわれる。
作用機序・理屈自体は神様パワーでお願いしますと棚上げしても、現実だとどんな効果が、あるいは副作用がでるかわからないのが怖い。
そろって神様倉庫へ出向き、サイドポーチとショルダーバッグ、職服を交換。
引き続き、朝の鐘まで、それぞれに在庫処分。
「僕はようやくのぼりはじめたばかりだからな。このはてしなく遠い倉庫整理山を」
「冗談に聞こえないのが怖いです」
14日間という期限に間に合わず、未完の打ち切りエンドは迎えたくない。
処分品を買取に出すだけではなく、クランルームへ大事な装備も移していかないと。
冒険者ギルド前の朝の訓示、僕らの間では『朝礼』と囁かれる本日のそれは、冒険者同士の言い争いや買取窓口での金額相違、スリが出たとか置き引きがとかトラブル事例をあげ、くれぐれも自重・自衛するように、衛兵、係員の指示には従うようにと釘さし。
「引き続きの食糧や素材類、武具類の買取を行っている。拡張バッグには高値が約束されている。是非に供出してほしい。以上」
冒険者ギルド特区支部長アレクセイ・パーニン士爵様が壇上を去れば、広場に集まった僕ら転生者たちの情報交換の時間だ。
ただ、3日目ともなると、声を掛け合うメンツがだんだん固定化してきている気がする。
「拡張バッグ、高値っていうけど実際おいくらなんです?」
「さあ。下手に査定に出して因縁付けられてもヤだろ。そもそも手放せないっつうの」
「持ち運ぶだけが用途じゃないお。見た目以上のものを容れられる、置いとく収納袋としても使えるんだお」
クランルームという置き場を確保できた僕であっても同感だ。
ましてや、宿借りするのであれば、見かけの荷物は少ないほうがいいに決まっている。
現地人との会話では、互酬性の原理を嫌でも意識させられる。
与えれば、受け取る。受け取ったなら、与える。ギブ・アンド・テイク。
あっちにしても僕らの事情、つきつめれば人品を見極めたいのだろうし、僕としてもこの世界のことを知りたいしで、探り合いの中での情報の互酬性が成立している。
今のところ朝の転生者グループの間では、互酬性よりはむしろ情報の共有に重きを置いている。
元MMORPGプレイヤーとして検証班モード、ないしは情報提供者プレイを楽しむというところか。
ただ、LLOの時間湧きBOSS狩りでは、虚偽情報の流布は対抗への挨拶程度の心理戦とかいう極まった連中もいたからなあ。
今後の情報戦・心理戦は、先日のトイレ&お尻ケア関連情報のようなかわいげのあるものではなくなっていくかもしれない。
「クラン設立でクラン会館に部屋を借りられるようになると!?」
「これは重要情報ですよ、ランドさんルピスさん。ランクアップ手続きとは?」
一番広い部屋を確保済みって、情報アドバンテージを活かした抜け駆けだろうって?
いえいえ、検証済みの確実な情報を皆さまにお届けしようとしただけです。
ていうか何をどうしても時間差はついてまわるし、先行者の負うリスクとコストに対する役得を否定したら何もできないよ。
「ランクDにするのに金貨4枚+大銅貨4枚。クランの設立(登録)に金貨5枚。部屋を借りるのに最低でも金貨1枚半以上……」
「ギリギリ、出せなくはないですが、出してしまうと……」
「ランクDが必要なのは、クラン設立者だけでいいのか?」
「ごめん、確認してませんでした」
自然に、僕とルピスの2人分、テーブルに積み上げちゃったからなあ。
払えるのぉ、ほんとにぃ、みたいな雰囲気ぶち壊してやるための正面突破の黄金戦術だったのです、多分。
「もしランクDは代表一人だけでいいなら、登録料と家賃は分担でいけるお?」
「で、誰が僕のクランのメンバーですって?」
「だが待ってほしい、団長というものは、常識的に考えて俺のようなナイスガイこそが相応しい」
「「ないわー」」
突如内紛、あるいはじゃれ合いを始めた連中をするっと無視して、気になります嬢と日本野鳥の会じゃない人がメモ帳を確認している。
「LLOの100Zoltが粒銅1個にコンバートされたようなのです。そのまま敷衍していくと、金貨1枚が2,764,800Zolt、約3Mです」
「となると、クランルームを借りるまでにざっくり30~50MZolt。これは一人じゃ無理だよぉ」
……出回る程度のボスレア過剰強化装備の露店値相当か。
かなりの額だけど、高レベル帯で複数キャラやってたなら、その程度の額ともいえる。
「Zoltを仮想統一通貨単位にすることで、LLO相場と比較できるのですね」
「LLOのリンゴ1個2Zoltからひっぱると、とんでもないことになっちゃうねえ」
「リンゴは2Zoltでもレモンは400Zoltだし。しょせんはゲーム内価格と相場だから、物価基準にはならないよ」
「そこはほら、1Zolt=1円と見立てて、金貨1枚276万4,800円、約300万円を目安にできないでしょうか」
安易な比較は危険とわかっていても、こう、具体的に『わかる』数値にされてしまうと「うぉ」っとなる。
クラン設立だけでえーと、約1,500万円!?
すぐに暗算できるのは上一桁まで。記憶力は明らかに補正効いているけど、計算能力は元のままっぽい。『賢さは補正できない』か。
メモ紙使って筆算してみたら、クランルームのお家賃年額1,656万円……12で割っても月額138万円。
比較対象を都心一等地の最新設備いれた高級マンションにして、かつ、クランという集団で分担が前提とすれば、必ずしも高いとはいえない。多分、きっと。
聞き流した才女の説明を思い出すに、ランクとはつまりは稼ぎの指標。
逆に言えばノルマともなるもので、ランクFのノルマは銀貨8枚。金貨1枚が銀貨16枚だから、ちょうど半分で約140万円。低所得層の年収と考えれば妥当なのか?
あれ?
じゃあ、ランクDのノルマっていくらだよ。
「ノルマを達成できないと……どうなるんでしょうね」
「何かしらのペナルティは予想できるなあ」
「だな。俺たちの手続きの時に確認してみる」
なんにしても金銭価値に関しては、当地ではそういうものなのだと飲み込むしかない。
「でも、日本の物価と比較して安ければ安い理由、高ければ高い理由があるハズ。気になりませんか、兄上殿」
「そこまで気にしている余裕がないのだ。いや本当に」
余裕、気の持ちようといえば、いくら使った受け取ったを数えていないや。
元世界では『貧すれば鈍す』な気分を度々味わったのだが、転生後は残高を気にする必要がなかった。
ともあれ、クラン関連情報の共有と拡散のために簡単なまとめを掲示板にも貼りつける。
しかし、大量の張り紙の中の1枚。必要な情報と出会うのも努力と運が絡む。
「面白そうなもの、新情報あった?」
「うーん。【カンパ求む】が目につきました」
串焼き1本粒銅1個。
気になります嬢レートに言い換えれば100Zolt。LLO最弱のモンスターの2~3匹で稼げた額。
「まだ、生活費を稼ぐ手段がないですからねえ。売るものもない人だと」
「ああ……」
転生者推定5,000人弱。
LLOをはじめた時期も入れ込み具合もさまざまであるはずだ。
所持金や装備といった資産の差は僕の思う以上に大きいのかもしれない。
僕もLLO初めて数か月は、所持金1M貯めるのにも苦労したからなあ。
必死に貯めて装備を買ってスッカラカンで振出しに戻る。
それが数十M、数百M、果てはG超えに至ったのは、突然のサービス終了の直前といってもいい時期。
狩りでの稼ぎとか、狩り以外での稼ぎ方とか、欲しい装備がほぼそろったというか、それ以上のものはほぼ市場に出てこないというか。
そういう要因で貯めこんだことが、こうして現在のゆとりにつながっています。
ありがとう、昔の自分。
さても、あるものを無駄にするのもイヤなのだ。
倉庫整理の続きで、ブドウの次は果物を一回休みでお肉類。
怪しい関西弁として認識されてしまういつもの窓口の人が「どんとこいやぁ」いうから、「おらぁ」って。
ルピスと交換してもらったショルダーバッグの追加により、当社比3割増しの運搬量だコノヤロウ。
夕の鐘を受けて本日の取引は終了。掲示板前でルピスと合流する。
朝昼夕の掲示板チェックはもはや日課。
情報大切。何事にも先達はあらまほしきことなり。(※)
「【伝言】と【仲間募集】、あとは【カンパ求む】に【拡張バッグ譲って】が目立つかな」
「私だって欲しい。幾つあっても困らないのが拡張バッグ」
「募集だけでもしとく?」
【求む:拡張バッグ】
種類問わず。金貨10枚以上確約、委細応談。ランド(男)ないしルピス(女)、両者ともプリ服。昼・夕の鐘前後にこのへん出没。
「金貨10枚が高いか安いかわからないなあ」
「騎士団の買取値よりは高いぞ」
こころなし、しおれ気味の金髪逆毛を頭部にいただく騎士、ジルゲームスさん。
掲示板設置の立役者ゆえか、この付近でよく遭遇する。
「背負い袋、査定させろというから見積だけだとさんざん念押して見せはしたが、金貨5枚だそうだ。とても譲れんと引き上げてきたが、悔しそうでなあ」
「価値の見積もり、難しいところではあるんですけどね」
「どんな値段だろうが、双方で折り合えば、それが価値だからな」
言いたいことを言って去って行く逆毛じゃなくなりかけている逆毛騎士。
どこまで出せますかねえランドさん、いえいえルピスどんこそ上限はお決めでしょうかなど掛け合っていたら、おずおずといった感じで声を掛けられた。
「あの、ランドさんにルピスさんって、もしかして塔臨時の人たちですか?」
※「少しのことにも先達はあらまほしきことなり」 : 『徒然草』第52段より引用




