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前日譚.招待状

          ★ ☆ ★ ☆ ★


 私は、スタルティアと呼ばれる世界の人間の神です。


 このたび、旧リビングライフ・オンラインをプレイなされていた皆さまへの優先交渉権を獲得しました。


 スタルティアとは、皆さまの住まう地球の並行世界の一つであり、その地で人たちは、魔物を倒し生存地を拡大しています。


 冒険者として、人たちの守護者として、その世界で生きてみませんか?


 新しい世界で新しい冒険を望まれる方を、特典付き異世界転生に招待いたします。


          ★ ☆ ★ ☆ ★




「なかなか凝っている」


 神を名乗る差出人から届いた一通の招待状を手に、僕はPCチェアの背もたれに身体を預けた。


 リビングライフ・オンライン、通称LLO。


 当時最先端のリアル感追究3Dゴリゴリ路線……ではなく、比較的低スペックなマシンでも動くMMORPGとして一世を風靡した。

 胸の1ドット差にこだわる熟練のドッター入魂のキャラクターたちが、フィールドをちょこまか動き回る『かわいさ』も受けた要素だろう。


 どこぞの展示場を借りて大規模ファンイベント開催、ラジオ番組の提供からパーソナリティ声優のCDリリース、アニメ化あたりまではメディアミックスとしてありだったとは思う。


 が、しかし。

 運営は何を考えていたのか、馬主デビューや牛丼屋といった脈絡のない事業多角化と、着実に迷走。


 鳴り物入りで開発していた次世代MMORPG、まさかの14日でサービス終了で伝説をつくったあたりで、なりふり構わぬ集金政策を展開。


 何かといえば課金アイテムを強く推奨。

 さらには壊れ性能の新装備をパッケ―ジ販売。

 並行して、宣伝費目的か毎月2~3回のコラボ・イベント開催。


 しかもパッケージ販売では、アイテムを色違いや名前を変えてちょっとずつ性能を向上させるという、通称『サラミ戦術』でプレイヤーの財布を狙う。


 集金の為ならば執拗に狡猾に知恵を働かせる運営への怨嗟の声は、『走れメロス構文』や『逆説的ほめ殺し定型文』といった文化をプレイヤー・コミュニティにもたらした。


 そんななんやかんやの果てに、突然の倒産でサービス終了。

 公称300万の登録者数を誇り、運営の乱痴気経営に潤沢な現金を供給していた『稼げる』優良コンテンツということもあり、他社に引き継がれて……と、LLO復活を願うプレイヤーたちの淡い期待は淡いまま泡となって消えた。


 匿名掲示板に流布した噂によれば、投資と称して買いこんだ外国債のデフォルトが倒産の直接の引き金だったらしいが、LLO関連でも開発費やサーバ代の遅延・不払い、版権や抵当権などの権利が錯綜して調整がつかなかったとかなんとか。


「懐かしい、と言えるようになっちゃってたなあ」


 とりあえず、当時のゲーム内相方からの友人に一報を入れ、PCを立ち上げ転生作業用クライアントのダウンロード。

 スマホに返事がきて、そのままビデオチャットに移行。


「私のところにもきました。かなり凝ってますよねえ」

「新世界の神ktkr(キタコレ)!」

「やめいwww」


 ネタがネタとして通用する気安さ。

 LLOのサービス終了でつながりは薄くなったものの、似たようなサブカル趣味を持った同世代の野郎同士、なにより決して短くはない時間をゲーム内の相方として過ごした日々。絆ってヤツですかねぇ?


「LLO終了から、もう10年近いですし。『強くてニューゲーム』なら覗くだけでも?」

「なんにせよ、あの頃のようにはできないよなあ」

「ほぼ毎日ログイン、休み前は徹夜の勢いでしたもんねえ。若かったなあ」

「お互い、歳をとったものでごわす」


 当時でさえ、おっさんに足を踏み入れかけていたのだ。

 今やもう、否定しようのない立派なおっさんなのである。


「住所がナメナメしてそうな星だったり千代田区1-1だったり、フリーメールな捨てアカで登録してて、招待状来ない人もいるんでしょうね」

「虚偽の登録は自業自得だし、捨てアカなんて不正行為(BOTer)自白してるようなもんじゃん」


 移行用クライアントを起動。


 クライアント上でやることは、転生する先のキャラメイクと、各種アイテムの整理らしい。

 LLO資産をある程度引き継げます、というのが『特典』か。


「ああ~、こんなキャラだったなあ。なつかしい」

サーバとめられてそれっきり……うぉおおお、倉庫あふれてるうう」

「www」


 公式に認められていたプレイヤー1人あたり2アカウント(男・女)の統合により、画面上8キャラ分の装備や資産が倉庫インベントリにずらーっと並んでいる。

 ざっくり触った感じ、キャラメイクとアイテム整理は行ったり来たりできるようだ。


 意を決して【キャラメイク】をクリック。

 画面内でLLOのマイ・キャラ達が光に包まれ、砂時計を模したと思われる容器に何かが溜まった演出がなされる。

 ポップアップで、8冊の『スキルブック』と、8着の『職服』が倉庫インベントリに格納されたと通知される。


 ちょっとだけ黙祷。


「サービス終了で失われたはずのキャラデータなんですけどねえ。思い入れは残ってるものですね」


 アイテム類は、原則として転生先に存在する同等物か類似品へ変換。

 ただし、持ち込み禁止の『消去』や、類似品が存在しない『売却処理』、ポーション類は有効期限があるため『処分推奨』、はたまた『持ち込み推奨』など、大まかなくくりがある。


「クエストフラグ品と課金アイテム、イベント系アイテムの一部は完全消去?」

「版権モノは、ほら……」


 大人の事情は仕方のないこと。


「魔銀、オリハルコン、アダマンタイト、火緋色金、サクラダイトぉ……」

「ご愁傷さまです」


 でもね、もうね、逆に、残せるものはなるべく残そう、そう固く決意したのでありました。


「無くて後悔するより、邪魔になって後悔するほうがいい!」

「そっかぁ」

「でも、明らかに邪魔になりそうなのは除く」

「そっかぁ」


 原則と例外。

 何事にもあることだと思います。


「んー、まずキャラ決めないと、装備決められなくありません?」

「12職からのメイン・サブの2職セットとなると、12x11で……132通り?」

「攻略情報なし、いきなり産廃の可能性」


 正確には、旧キャラの残してくれた『スキルブック』を選択してセットだったので、僕の場合6職からの選択になる。

 8キャラなのに6職なのは、カブっている職があるから。

 なお、メイン・サブに同じ職をセットすることはできなかった。


「産廃含みだからこそ、本当にやりたいこととなると、まあ、支援プリースト(支プリ)なんだよなあ」

「また一緒にPT組むなら、私も支援プリースト(支プリ)がメインになっちゃうんだよなあ。男垢はソロ放浪者ばかりだし」


「でもってサブ職。魔法職シナジーが効くならウィザード(Wiz)だけど、あー、アルケミスト(ケミ)改めのファーマシストも捨てがたい」

「【献身】ぽいスキルあるみたいだし、守りならクルセイダー(クルセ)……いや、攻撃によせる?」


「スキル、どこで見るの?」

「『スキルブック』を右クリックで」

「サンキュー」


 スキル少な!

 やれることを絞っているのか、今後のアップデートにご期待含みなのか。


「Int・Lukがなくなって精神《Mnt》と記憶《Mem》」

「【知恵や運は補正できません】って、確かに真面目にInt3ロールプレイやれって言われても会話不能キャラになるしなあ」


「そうなんです?」

「ゴリラがInt6、モンキーInt5でのInt3ですウッキィー」

「www」


 Lukについても、Drop判定に絡むはずなのに、出ない人は本当に出ないプレイヤーのリアクラック判定都市伝説なんてのもあった。


「冗談はともかく、能力(ステ)値は極セオリーなのかバランス重視か」

「ゲームによりけりですしねえ。一応、LLOの流れなら極?」

「……Lv(レベル)99、ステ全部99まで振れた」

テラ廃人www ……私はLv95止まりです。サブに盾クルセならStr諦めとくか」


 職を決め能力値を振り切れば、砂時計を模したと思われる容器の中身が空になっていた。


「身長……髪型……目の色……お尻は、まロく……」

「こだわりのまろみスト!」


 僕は比較的無難な、でも、現実コンプレックスのおっさん体型を断固拒否した中肉中背ボーイをベースにちょいちょい。

 相方は、かつての自キャラ、支援プリーストをイメージしたガールにシェフのこだわりと季節の香りを添えて。


 装備に関しては大変だった。


「特殊能力が丸っと消えるのが多い……」

「セット装備の効果も全滅臭いです……」

「あーもう、スロットとかカード付与消えてるなら、店売り互換は全部処分。銘ありだけ残しで」


「それでも杖だけで何本あるんだろう」

「杖に限らず、結構レアもの、持ってましたよね?」

「そこはほら、お互い様でしょう?」

「いやいや」

「いやいや」


 2アカ8キャラの全員に、その職で最高は無理としても次善、妥当、あるいは共用使いまわし装備を揃えていればねえ、種類も数も膨らみますわな。

 銘あり品やレアものだって、手に入るなら手に入れたいのが人情じゃあございませんか。


「Lv制限とか職制限とか、どうなると思う?」

「メイン・サブの2職セットというのが、どう影響するかわかりません。低レベル装備なら買い直しも視野ですね」


 ところで、と相方さん。


「はがされたカードや強化値、プールされてるの、わかります?」

「うん。それが?」

「それを消費する形で、過剰強化(ぶったたき)用にストックしてた杖で試したらスルっと+10」

「うはっww、おkwww」


 強化はアクセサリ以外、付与は装備によってできるものが決まっているようだ。


「楽しくなってまいりました!」

「www」


 何が、どんな効果が、どの装備に付与できるのか。


 すっかり深夜にもかかわらず、ハイテンションのまま表計算ソフトでリストを作成し、最強・最適について語り合う。

 トイレ、給水、糖分投与など途中休憩をはさみながら、限られたプール値をにらみつつ、手持ち装備のひとつひとつに特殊効果の付与割り当てを決めていく。

 集中すればするほど時は加速し、おっさんふたり、徹夜である。


 最後に、LLO内でのお金、Zoltの【現地通貨へのコンバート】をクリック。

 これで、転生作業は全部終了。


【移行手続きを行っています。新しい世界へ転生するまで、しばらくお待ちください。】


「いつオープンなのかな」

「検索してみたけど、公式アナウンスはないっぽい?」

「なんにしても、久しぶりに相方っぽく話せて楽しかったです」

「こちらもです」


「ではでは」

「ではでは」





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