第8話 宇宙を飛び交う文通 その6
――ああジョン様、あなたのお心の強さを知って、とても頼もしく感じています。あなたがこれからも立派にお役目を果たして行かれることを、私はちっとも疑ってはいません。
ですが、もう一つ、アミナさんについて気になる情報が、つい最近になって舞い込んで来たのでございます。
何でもあの方は、かなり男癖の悪い部分がおありだそうで、これまでにも何人もの殿方が、あの方に手玉にとられて大金を貢ぐハメになったり、家名を傷つけられたりして来たそうです。
あなたのお気持ちが彼女に向いていなくても、あなたのお心がどんなにお強くても、このような女生とのフェイクニュースを世間に拡散されてしまっては、あなたの身にどのような災難が降りかかるか、分かったものではありません。
それから身を守るには、あなたが一刻も早く身を固めてしまわられるのが、一番良いように、私には思えます。
あなたに意中の方がおられるのなら、私がその方との、仲介の労をとらせていただいてもよいと思っております。
ですから、是非あなたのお気持ちを、私にお聞かせくださいませんか?あなたのお心の中にどなたがおられるのか、ひとこと告げていただくだけでいいのです。
どうか、ジョン様、お願い致します。――
――おおケイラ、あなたのお手を煩わせるなど、恐れ多いことです。
アミナ嬢がどんな女性であろうとも、どんなフェイクニュースが拡散されようとも、私の身にはいかなる災いも降りかかってなど来ません。ご心配なされぬように願います。
なぜなら、アミナ嬢との間に何もなかったことなど、誰に対してでも、いつでも確実に証明できるのですから。
彼女と同乗したシャトルの航宙記録なども、私の個人端末の中にきちんと保存してあります。シャトル内の全ての設備の使用履歴も、そこには含まれています。
私がコックピットと、ペイロード・ベイに設えられた作業室以外は、一度も使用しなかったこと、そしてその2つの場所に、アミナ嬢が一度も訪れなかったこと、それらが、熱源分布などの客観的データとして、しっかりと記録に残っているのです。
重力強度の経時変化も、イオンスラスター出力の増減も、克明に記録されています。私たちのシャトルが、どれだけ厳しい重力を生じる加速や減速を、どれだけ頻繁に繰りかえしていたかも、これによって示されます。やましい行いなど、決してできる環境ではなかったと、これらの数値が教えてくれます。
こういった各種の記録は、全く隙のない動かぬ証拠と言っていいでしょう。
「ケプラーチヨ」の持つ宙空建造物内を視察していた時の記録も、以前にお示ししましたが、それらを合わせれば、誰がどんな疑いを私とアミナ嬢について持ったとしても、全て完璧に否定することができます。
あなたがアミナ嬢の男癖について、どのような噂をお聞きになったのかは分かりませんが、そんなものは私には、何の影響も与えません。
ですから、あなたのお手を煩わせてまで身を固めるというのも、全く必要ありません。お気遣いなきように願います。――
――ああジョン様、あなたは私などが、想像し得る以上に隙の無い、立派なお方なのですね。どんなに酷いフェイクニュースもたちどころに否定し、それを証明してしまえる状態を、あなたは常に、維持しておられるのですね。感心致しました。
ただ、あなたの意中の人が誰なのか、それを知っていた方が、私もあなたと、もっと素直な気持ちで、お会いできると思うのです。
あなたを心配するとか、手を煩わせるとか、そういったことはないにしても、あなたのお気持ちをうかがっておきたい願望を、私は抑えることができません。
なにとぞジョン様、あなたのお気持ちを、あなたの意中の方がどなたなのかを、お聞かせ願いませんでしょうか。――
――おおケイラ、あなたは何て優しい人なのだ。あくまでも、私の気持ちをおもんばかってくださるのですか。
しかし、ご安心ください。「ケプラーチヨ」の問題は、すっかり解決の目途が付きつつあります。以前にお話しした大なたというものを、ここ数日の間で私は、すでに実行に移し終えているのです。
不正蓄財を摘発し、責任者を処罰し、押収した財貨を住民と国庫に分納することで、両者を潤すこともできました。住民は圧政からも解放され、生活もほどなく、困窮状態から脱することでしょう。
クチナ伯ローシュ卿とドゥラスノ伯ジェマ卿による相互監視体制も、確率することができました。エルマシュ殿下とエクラーシ殿下への、私の働きかけが実を結び、両殿下から両伯に、命令を出していただけたのです。
エンクラジュ殿下や宮宰シャザも含めて、王家内の派閥争いも、これを機に、しっかりとした沈静化が図れそうです。
これによって、権力者同士の武力衝突が勃発する要素が、また一つ消滅することとなり、王国内の安定が、一層高まるはずです。庶民の暮らしにおいても、平穏や安定が増すことでしょう。
何もかもが、全て良い方向に向かっています。私の任務は、全て順調に果たされて行っています。
あなたは、いつでも晴れやかな気持ちで、私と惑星遊覧を楽しめる環境にあるのです。何もご心配なさることなく、お気軽にお出まし下されば、それで結構なのです。――
――ああジョン様、ああジョン様、それでも私は、あなたのお気持ちをうかがいたいのです。
聞けば、先日はベロルタ伯クルクス様のご息女から、求婚を申し込まれたそうではありませんか。
あなたの、巡察使という立派な肩書や、国中に知らぬ者の無い名門貴族としての血統や、国王陛下の代弁者とも呼びうる絶大な権力や、星団内に並ぶもののない莫大な財力、そして優しく誠実なお人柄を思えば、あなたには、このような求婚の申し入れなどは、絶えず押し寄せておられるでしょう。
そんなあなたに、同窓であるだけのただの知人でしかない私が、のこのことお目にかかりに出向くことの恐ろしさを、どうかご理解ください。あまりに大きすぎる立場の差を乗り越えて、あなたの前に姿を現すには、あなたのお気持ちの有り様をうかがっておくことが、どうしても必要なのです。
あなたのお気持ちをうかがえば、あなたのお心の中にどなたがおられるのかをお聞かせくだされば、立場の差が私にもたらしている恐ろしさの感情も、きっと、雲散霧消するでしょう。ひとこと、言葉をいただければ、私は喜んであなたとお会いできるでしょう。
なにとぞジョン様、ひとことを、大切なひとことを、お聞かせください。――
――おおケイラ、まさかクルクス卿の件まで、お聞き及びであったとは、何とお耳が早いことでしょうか。驚きました。
しかし、卿の申し出は、完全に、政略に基づいた打算的なものでしか、ないのです。お互いの一門の、富と権力を伸長させることのみを考えた、あさましき話なのです。
私は、婚姻政策などという野暮な手段で、富も名誉も手に入れようなどとは、全く思わない者であります。
私の一門にも、小さからぬ資産はあります。先王の起こした、星団の周辺に跋扈している蛮族どもに対する、征伐のための戦に、我が家系からも先々代の棟梁が参陣し、華々しい戦果を挙げ、赫々たる戦功を立ててくれました。そのおかげで、われらが家名は高まり、潤沢な褒賞をも賜り、資産も盛大な規模で膨らんだのです。
しかし私は、そんな一門の富ですら、当てにするつもりはないのです。
私は、私自身の手腕で手に入れた財産のみで、我が身を立てて行こうと決意しているのです。
ロベルタ伯クルクス卿の方では、エルマシュ殿下の派閥に属する連邦管轄域との、領域紛争を優位に進めることのみを目的として、私の一門との姻戚関係を、渇望しているようなのです。
とある惑星状星雲を成している星系における、資源採取などに関する権益をめぐるものらしく、希少元素の採取に極めて有利な環境の星系であることから、そこの帰属は、莫大な利益を左右するというわけです。
卿としては、何が何でも手に入れたい星系で、巡察使としての私の評判や、名門貴族としての私の家系の影響力などを、最大限活用するつもりでいるらしいです。しかし、私は、そんなあさましい企みなどに関わるつもりなどは、毛頭ありません。
そんなわけで、ロベルタ伯の令嬢から求婚を申し入れられた件は、あなたには驚きを与えてしまったかもしれませんが、まったく気に留める必要のないものなのです。拒否以外の回答など、最初から、全くあり得ない話なのですから。
私の説明不足が、あなたに、余計な気苦労をおかけしてしまったことは、私の不徳の致すところでありますし、幾重にも謝罪を申し上げたいと思います。
ですが、ケイラ、是非、そのような些事は綺麗さっぱり忘れて、予定通り私との、惑星遊覧の約束を、果たしてはいただけませんでしょうか?――
今回の投降は、ここまでです。次回の投降は、 2020/6/27 です。
ペイロードの正確な定義については、気になるようであれば、読者様各位で御確認願います。ここでは、貨物室の意味で「ペイロードベイ」という言葉を使っており、そこに、ジョンが巡察使としての職務を実施するための「作業室」が積み込まれている、といった内容のつもりです。
惑星状星雲は、惑星とは関係なく、恒星が発散したガスが星雲となって広がっているものです。望遠鏡で見たら惑星っぽく見えたってことで、こんな名称になったそうです。恒星が核融合の材料である水素を使い果たし、いったん光を失って収縮し、そのことで圧力が高まって水素以外が核融合を始め、再び発光するとともに水素による核融合を上回るエネルギーが解放され、急速に膨張(=爆発)してガスが発散されると、はい、惑星状星雲の一丁上がりとなるらしい(鵜呑み厳禁、要確認、いつもの如く)です。私たちが毎日見上げる太陽も、遠い未来には惑星状星雲になる運命だとか。
色んな物質がガスとしてばら撒かれれば、さぞかし資源採取はしやすいだろうという作者の勝手な妄想から、多くの権力者が欲しがって争奪戦を繰り広げ勝ちとなる宙域、って設定に、本作ではなっております。
わざわざ分かりにくい言葉を使わなくても、とのご意見もあろうかと思いますが、「宇宙っぽい」言葉を多用して行かないと世界観が構築できない、という作者の的外れかもしれない思い入れ(思い込み?)があるわけです。