第7話 宇宙を飛び交う文通 その5
――ああジョン様、あなたのおっしゃることは、よく分かりました。立派なお心がけを、なんとも眩しく感じ、尊敬の念を抑えることができません。
あなたのお役目に関して、私などが心配して差し上げる必要などないことは、身に染みて理解したのですが、一つだけ、まだ少し気にかかることが私にはあるのです。
あなたのお気持ちの中に、アミナさんへの想いが本当に、少しも無いのかどうか。済んだ話を蒸し返すようですが、新たに私の手元に寄せられた情報が、私を不安にさせているのです。
アミナさんの案内で「ケプラーチヨ」領内を視察された折りに、何日間にもわたってあなたとアミナさんが、2人切りで、小惑星帯に漂う宙空建造物などの中に、閉じこもっておられたことが示されている確かなデータを、私も自身で拝見いたしました。
アミナさんに全く想いを寄せていないのであれば、そんなことはあり得ないはずだと、私の周囲の、多くの者たちも申しております。
やはり、あなたのお気持ちは、アミナさんに向かっているのではありませんか?彼女を愛しく思う気持ちを、心の片隅に宿しておいでなのではありませんか?
そうであるならば、私のような、同窓であるだけのただの知人は、お傍を穢さないようにした方が、良いように思えてなりません。
やはり、私とあなたが2人で会うなどというのは、あなた様に、ご迷惑をおかけすることになるのではないでしょうか。――
――おおケイラ、あなたという方は、何と広い情報網をお持ちであることか。そのような情報まで伝わっておったとは。
そうと知らなかったために、私は、余りにも説明不足でした。己が不明を恥じておりますし、幾重にも謝罪いたしたい気持ちです。そして、改めて、しっかりとした説明をさせていただきます。
確かにアミナ嬢と、数日にわたって入り浸っていた住民施設が幾つかあったことは、間違いのない事実です。
ですがそれらも、住民の生活実態を正確に把握する上で、どうしても必要な活動だったのです。なぜならば、1つの施設の中に、いくつもの生産設備が集中して置かれていることなども、珍しいことではありませんので。
例えば、ケミカルプロセスフードを合成する設備にしても、材料にする元素の組成によって、または作りだす食材の味や香りや食感の仕上がり具合によって、百種近い機器が、使い分けられています。
あなたもご存知のようにケミカルプロセスフードは、宇宙で採取された元素から、生物の介入なしに化学的人工的な合成だけで、作り出された食料であり、貧しい庶民は、これらだけで必要な栄養を摂取しなければなりません。
星系ガス雲やガス惑星から、人工彗星や人工衛星を使って採取してくるのが、材料になる元素ですが、いつどこでどんな元素が採取されるかは、はっきりと分かっていない場合が多いのです。
不安定な組成バランスでしか採取されない元素から、人が生きて行くのに必要な栄養をバランスよく含んだ食材を作り出していかなければならないわけですから、その施設が多種類の機器や複雑な機構に満たされるのは、当然のことなのであります。
そして、それらに使われている部品を確認したり、合成された食材の出来栄えを評価したり、という活動を実施して、適切な視察を達成するためには、数日にわたって当該施設に入り浸って精査する必要が、どうしても生じてしまうのです。
資源採取用の、人工彗星や人工衛星を対象とした視察の場合も、同様です。
定められた軌道を飛び回って、必要な元素をかき集めているそれらの施設も、飛翔経路選択や、軌道修正や、元素の誘引と捕集などを行う機構を、全てチェックしなければなりません。内部動力源である核融合炉や、重水素の保管ユニットを確認することも必要です。これらの視察も、1日やそこらで実施できるものではありません。
さらには、それぞれの施設における機器や部品は、全く別の型式のものが使われていることが、とても多いのです。当然、それぞれにおいて説明書や仕様書を、改めて精査しなければ、何も評価できません。
私たちの星団が、銀河連邦の支援を受ける前から使っていた型式のもの、銀河連邦によって導入された型式のもの、航宙民族がどこか別の宙域で奪って来てこの星団に持ち込んだ型式のもの、などなど、あらゆる設備に、いちいち複数の型式があるのですが、それぞれにおいて、説明書や仕様書を取り寄せては、精査しているのです。
そうなると、それらの確認作業には、どうしても膨大な時間がかかってしまうものなのです。
私がアミナ嬢に案内され、視察してまわった施設の内部状況や、実施した作業の詳細は、メッセージに添付した別表において、明示しておきました。それを参照していただき、その方面に詳しい誰かにご確認いただければ、私がアミナ嬢と施設に入り浸った数日間において、お役目以外のことをする時間など無かったことは、ご理解いただけると思います。
アミナ嬢と二人だけで、とれだけ長い時間を過ごしていたとて、私が彼女に特別な感情を持っているということには、ならないのです。
それ以外の視察においても、私が職務以外の、個人的な感情や欲望のための時間を過ごしたことなど、一度もないことは、客観的な根拠をもとに確実に証明して差し上げられます。
重ねてお伝え申し上げますが、アミナ嬢とはお役目の上以外では、何ら関わりはありません。あなたにご心配していただいたり、ご遠慮していただいたりするようなことは、全く無いのであります。
ですからケイラ、是非とも予定通り、私たちは惑星遊覧の約束を、果たそうではありませんか。――
――ああジョン様、私の方こそ言葉足らずで、あなたに誤解や心労をおかけしてしまったようです。
私は、あなたとアミナさんの間に、何かの過ちや、個人的な欲望に根差した情事があったなどと、疑っているわけではないのです。
ただ、何日も同じ宙空建造物内に入り浸っていて、お心移りはなかったのだろうかと、邪推してしまっただけなのです。
そしてもし、アミナさんに少しもお心が移っておられないとしたら、どなたか別の方が、あなたのお気持ちの中におられる、ということではないのでしょうか?
そうでなければ、大変な美人でいらっしゃるとの噂も聞こえるアミナさんと、何日も宙空建造物内に2人切りで入り浸って、気持ちが移らないなどということは、ないのではありませんか?
あなたのお心の中におられる誰かのことを思うと、私には、あなたとお会いする勇気が出て来ないのです。同窓であるだけのただの知人でしかない私が、意中の方をさしおいてあなたとお会いするなど、余りに恐れ多いことであると、感じてしまうのです。
どうか、そんな私の胸中を、ご理解くださいませ。――
――おおケイラ、あなたには本当に、色々なことに気を使わせしまい、心配もおかけしてしまい、心苦しい限りです。
ですが、私の心の中に誰が居ようが、誰も居ないのであろうが、代わることなく、私は私に与えられたお役目を、果たして行くことができます。それだけの精神修養を、私はたっぷりと積んで来ていますので、なにとぞご心配なされぬよう、お願い申し上げます。
そのことを証明する為に、つい先ごろ取り扱った案件について、お話ししたいと思います。
前にもお伝えしたように「ケプラーチヨ」連邦管轄域は、クチナ伯ローシュ卿によって、所領の一部を武力占領されてしまっているわけですが、そのクチナ伯もドゥラスノ伯ジェマ卿によって、奪われてしまった所領があるのです。
ドゥラスノ伯といえば、王位継承順位においてナンバーワンであるエルマシュ殿下の派閥に属していて、その権勢は絶大です。
クチナ伯ローシュ卿も、今はエクラーシ殿下の派閥に属しているのですが、エルマシュ殿下の弟であり、王位継承順位もエルマシュ殿下より低いナンバーツーであることから、エクラーシ殿下の派閥に属したままでは、ジェマ卿に制圧されている所領の奪還は不可能だと、考えておられたようです。
そこで卿は、王位継承順位で言えばナンバースリーではありますが、エルマシュ殿下より年長で、かつてはエルマシュ殿下の養育係も務めた経歴もあり、現王のいとこでもあらせられるエンクラジュ殿下の派閥への、鞍替えも考えていたようです。
ですが私は、ジェマ卿が奪った所領について調査を進め、歴史的経緯においても領民意識においても、その所領はクチナ伯に帰属するのが適切であることを証拠立てるのに成功しました。
星系外縁を漂う小惑星群である、エッジワースカイパーベルトやオールトの雲といった、拡散範囲のあいまいな天体に築かれた所領であるために、境界の明確化も、領民の特定も、一筋縄ではいかなかったのですが、粘り強く調査を続けることで、必要な記録を探し当てることができたのです。
その証拠を持って宮殿へと乗りこみ、エルマシュ殿下との一対一での直談判に挑んだ私は、殿下からドゥラスノ伯ジェマ卿に、奪った所領を返還するように命令を下すとの約束を、取り付けることに成功したのであります。
この成果によって、私に対して絶大な信頼を寄せるようになって下さったクチナ伯ローシュ卿も、私の進言に従って「ケプラーチヨ」から武力で奪いとった例の所領を、返還すると約束してくれました。
国王陛下に動いていただくこともなく、私は「ケプラーチヨ」の所領問題を解決できそうですし、王位継承順位におけるナンバーワンとナンバーツーを巻き込んだ紛争であっても、深刻化させることはありませんでした。
このように、王家内の血縁闘争にまで発展しかねない、微妙かつ繊細な所領の帰属問題なども、一つ一つしっかりと解決に導いて、巡察使としての使命を、私は果たしているのであります。
この実績をご覧いただいたならば、あなたにも、私が心に誰かを宿しているとか、いないかとか、宿しているとして、それが誰なのかなどには一切関わることなく、しっかりと立派に、公正に、お役目を果たして行ける人間であることを、ご理解いただけるのではないでしょうか。
先日には、エンクラジュ殿下の派閥に属する“連邦管轄域”の一般住民から、私の裁定を求める陳情が、殿下の口添えと共に寄せられました。私に対する信頼が、庶民からも王家からも高まっている証拠であると、我がことながら誇りをもって受け止めています。
ですからケイラ、私のことは、何もご心配いただく必要はないのです。私の気持ちがどうとか、心の中に誰がいるとかはお気になさらずに、惑星遊覧にお出ましくださることを切に願います。――
今回の投降は、ここまでです。次回の投降は、 2020/6/20 です。
ジョンとアミナの間には、やっぱり何かあったんじゃないかと、疑いを濃くした読者様もおられるのでしょうか。それともジョンの、仕事ぶりの熱心さを、感じ取っていただけたでしょうか。
作者は後者のつもりで書いているのですが、どうもこういう話題は、説明すればするほどに疑いが濃くなってしまいそうです。詳しい説明や客観的な証拠など、出せば出すほど、裏があるに違いないと思われるとか。
そしてケイラも、初めからジョンとアミナの関係など、疑ってはいなかったという可能性に、読者様には目を向けていただけていると、うれしいのですが。