第5話 宇宙を飛び交う文通 その3
――ああジョン様、私には、あなたの言葉を疑ったつもりなど、全くないのです。アミナさんと深い関係がないとおっしゃった言葉に、誤解や間違いなどないと、あなたが断言なさるのであれば、私がそれを信じない理由などありません。
ただ、あなたのメッセージを拝見させていただきますと「ケプラーチヨ」に居住されている方々にとっては、あなたとアミナさんが懇意になされることは、とても有益なことのように拝察いたします。
住民の一人である彼女と、巡察使のあなたが結ばれたならば、きっと「ケプラーチヨ」の方々にとって必須である物資の入手なども、ずっと有利になるのではないかと思うのです。
統括官の方たちが、不誠実で利己的な統治をしていて、信用できないのであれば、アミナさんを通じてあなたが、住民の方々を導いてあげる道も、あるのではありませんか?
あなたのお気持ちのあり様によっては、アミナさんと結ばれることで「ケプラーチヨ」の安定的な統治の支えになってあげることも、お考えになって良いのではないかと思えます。
もし、あなたのお心の中に、アミナさんを少しでも好ましく思うところがあるのならば、彼女との婚姻も、悪い話ではないのではないか、と。
かつて同じ学院に通っていたという、希薄な関わりを持つだけの、ただの知人でしかない私などに構うより、アミナさんとの関係を深めることに手間ひまを尽くされては、いかがでしょうか。
全てはあなたのお気持ち次第ですが、アミナさんへのあなたのお気持ちを、今一度見つめ直して、その上でじっくりお考えになってはいかがですか?
その件が決着するまで私は、あなたの前には、姿を見せるべきではないと思います。――
――おおケイラ、見ず知らずの者たちを、そんなにまで気に掛けるあなたのお優しい心根に、私は感服致しました。
しかし「ケプラーチヨ」の、一般住民の貧困問題に対する救済措置や、生産性向上にむけた支援策を実行するのに、アミナ嬢との個人的な関係などは、全く必要ないのです。
国王陛下より賜った巡察使としての公的権限を駆使すれば、彼らの星系開発事業に国庫からの融資を実施したり、リーズナブルで信頼性の高い物資調達ルートを確保してやったり、王家のデーターバンクへのアクセスを可能としてやったりなどは、簡単に成し遂げられるのです。
当宙域に王立の学校を設立し、宇宙工業技術者などを養成するといった、国家規模の事業ですらも、巡察使の一存で実施可能です。それによって、住民の技術水準の向上から「ケプラーチヨ」における生産性の改善を図ることも、私はすでに計画しております。
ですから、住民の一人であるアミナ嬢と、プライベートにおける交友関係を結ぶことなどが、必要となる事態は有り得ません。住民への支援は私の公務であり、個人的な人間関係などとは、次元を異にする事柄なのです。
そして「ケプラーチヨ」の管理官どもが、民衆の救済など実は全く眼中になく、ただ利己的に、不正な蓄財を実現するためだけに、宮宰シャザの勢力伸長を目論んでいた証拠も、現在実施中の調査の成果として、いよいよ明るみに出てきました。
今私は、別の案件で「ケプラーチヨ」連邦管轄域を、12光年ほど離れたある星系にいます。そこで、星系外縁部にある小惑星帯を基盤としている、集落住民の陳情を受け付けているところなのですが、並行して、前回アミナ嬢の案内で実施した視察の結果も、精査しています。
その過程で、不透明なモノや金の流れが、続々と浮かび上がって来ているのです。
シャザの権威を利用することで、救済どころかむしろ、住民への不当で苛烈な租税徴収を正当化したり、王国への納税をごまかしたりして、自身の懐ばかりを肥やそうと目論んでいたことをほのめかす記録も、かれらの端末より取得したデータからは、発見されています。
庶民の暮らしのために、アミナ嬢とわたしを近づけたいと、かれらが考えているのでは決してありません。自分たちのためだけに、シャザ派閥の繁栄を、そのためにエラクーシ派閥の伸長阻止を、目論んでいるのです。
私とあなたの関係を阻めば、あなたのお父上を介して私がエラクーシ派閥に近づき、それに力添えをするような事態を、防げると考えているのです。あさましい、卑しい、愚かな考えと言えるでしょう。
統括官の連中に関しては、あなたが情けをかけてあげるに値する者たちでは、全くはありません。むしろ不正を摘発し、厳しく処罰してやらねばならぬ者たちです。
苦しむ庶民のため、ひっ迫している王国財政を健全化するため、私は私に与えられた使命として、近いうちに彼らに対し、大なたを振るう所存です。
おそらく、いえ必ず、厳しい妨害や反発、武力も含めた脅し、今回のようなフェイクニュースの流布など、様々な抵抗が試みられると予測されるので、私には、数多の試練が到来するでしょう。しかし、私は、怯むわけにはいきません。
また、巡察使という私の立場では「ケプラーチヨ」のことばかりを、考えるわけにもまいりません。王国を成す星団内の、幾百の領域の、幾千におよぶ有人や無人の星系における、開発の促進や統治の安定、更には、数百万の人々の暮らしの維持や発展にこそ、私に与えられている巡察使としての巨大な権限は、行使されなければならないのです。
多くの団体や勢力が、星団中のあちらこちらから、時には何十光年もの彼方から、私のもとに毎日のように、陳情を希望して訪れます。何百日もの時を費やし、苦難をともなう宇宙の旅を経て、切実な嘆願を訴えるために、私のもとを訪れて来たりもしているのです。
一方では、様々な貢物などで私を懐柔しようとしたり、私の秘密や弱みを握ろうとしたり、時には暴力での脅迫を試みたりなどしてまで、自分たちの望みをかなえようとする者もいて、身の危機を感じることすらも、珍しくはありません。
ですが、そんなものに屈服するわけにはいきません。懐柔や脅迫をしてくる一部の誰かのためではなく、私の目は、この王国全体に、広く公平に向けられなければならないのです。
多数の勢力間にまたがる複雑な利害対立にも、私は分け隔てなく事情を斟酌し、責任を負った公正な裁定を下さねばなりません。
そんな私が「ケプラーチヨ」のためだけに、誰かと懇意にするとか、婚姻を結ぶなど、できるはずがないのです。
ですからケイラ、私とアミナ嬢とのことなどは、全く、あなたが気に病むような問題ではないのです。このことは忘れて、予定通りに、惑星遊覧の約束を、果たそうではありませんか。――
――敬愛するジョン様。あなたが巡察使として、誠実にかつ勇敢にお役目を果たされようとしていることを、私は尊崇の念を持って受け止めました。
けれども、そんなあなただからこそ、私は、あなたと対面させていただくことに、二の足を踏まざるを得ないのです。
星団内の多くの勢力から注目を集めるであろう、巡察使という大任を負うあなたですから、私のような、同窓であるだけのただの知人などが、頻々とその身辺を穢しては、いけないのではないか。そんな風に、思えるのです。
私は、巡察使としての大任を務めるあなたの足を、私が引っ張ってしまうことを、強く恐れています。一方で、ただの知人でしかない私と会わないことなど、あなたのお気持ちには、いささかの波風も立てないのではないか、とも思われます。
あなたのお気持ちとお役目の重大さを考慮した上では、やはりあなたとお会いすることは、ご遠慮させていただくべきなのではないかと、私なりに愚考しているのです。――
――おおケイラ、私の巡察使としての任務に、それほどにまでお心を砕いてくださるなんて、あなたはなんと慈悲深い人なのだ。
しかし、何もご心配に及ぶことはございません。あなたと私の関係を勘ぐった「ケプラーチヨ」の者たちが、何を言おうが、どんなフェイクニュースをどれだけ拡散させようが、私は私の身の潔白を、いつでも完璧に証明できる準備を整えております。
確かに、アミナ嬢との結婚などのようなフェイクニュースをばら撒かれることは、大変迷惑で難儀なことではありますが、そのようなことをする勢力は他にいくつもあり、巡察使としては、このようなことは日常的なのです。
多くの勢力が、自分たちの属する派閥を優勢にするべく、私のプライベートについても数々のフェイクニュースを作り上げては、毎日のように拡散させていますし、私の弱みになる何かを掴んで私への影響力を獲得しようとか、手っ取り早く武力や暴力で私を脅そうと試みる者も、後から後から現れてきます。
領内で宇宙船の建造事業を営んでいるある領主は、私が賄賂として、そこで造られた宇宙船を要求したというフェイクニュースをでっちあげ、それを、自分たちの建造した宇宙船の、性能の良さを示す証拠であるとして、広く喧伝していました。
それを事実無根とわたしが突っぱねると、もっと悪質な収賄の証拠をつかんでいるから、それを公表されたくなければ今回の件を、事実と認めるようにと密かに、脅しをかけてきました。
身にやましいことなど無い私が、やれるものならやってみろと言い返してやると、今度は自分たちの造った宇宙船を戦闘艦に改造して、私の邸宅の周囲を遊弋して見せるなどという暴挙に及びました。武力による恫喝でも、やっているつもりだったのでしょう。
これに対しては、国王陛下直轄の軍隊に、精鋭部隊の派遣を要請することで、あっさりと制圧することができました。
巡察使である私に、国王直轄軍を動かす権利が与えられているのを知らなかった、というのもお粗末だと感じたのですが、戦闘艦に改造したからといっても、武装の操作は未経験の領民たちばかりを操艦要員として、それに乗せてやって来たのだと分かった時には、呆れ返って何も言えなくなったものでした。精鋭部隊を呼び出すまでもない、弱小軍団でしかなかったわけです。
こういった事態に、毎日のように見舞われるのが、巡察使というお役目なのです。日々、このような輩と、私は戦っているのです。
既にばら撒かれている「ケプラーチヨ」によるフェイクニュースにしても、あなたとの対面がもたらすかもしれない難儀などが、あったとしても、全体から見ればほんの一部にすぎず、取るに足りないものなのです。
ですから、ご心配は無用に願います。
それに何といっても、国王陛下より賜った巡察使という称号の持つ威光は、とても力強いのです。陛下が直接行幸になれない辺境宙域においては、私の言葉は、陛下の言葉そのものだと、見なされているくらいです。
王権の代行者といっても、過言ではないのです。
そんな私に関して拡散されたフェイクニュースが、人々に簡単に信じ込まれてしまうなど、有り得ないのです。否定の主張を展開する必要もないほどに、アミナ嬢とのことに関する「ケプラーチヨ」統括官たちの言葉は、人々に一笑に付された挙句に、早晩忘れ去られてしまい、消え去ってしまうことでしょう。
私の秘密や弱みなども、どれだけ必死で探したとて、見つけられた者は未だにいませんし、武力や暴力での脅しをはねつけるだけの備えだって、上記のような精鋭部隊の派遣を要請できること以外にも、私には、国王陛下よりしっかりと与えられているのです。
何よりも、国王陛下によって巡察使に任命され、武力行使を含めた多くの権利が与えられている事実が、わが星団王国の民衆の私への信頼や畏怖に結実しているので、私は常に毅然とした態度を維持し続けられるのです。
われらが国王陛下は、偉大な方です。王家の築き上げて来た偉業は「ケプラーチヨ」はおろか、国中の人々に、星団中の隅々までに知れ渡っています。
あなたもご存知でしょう、先王の歴史的な武勇を。
われらの星団を上下左右前後と六方から立体的に取り囲み跳梁跋扈していた、数々の野蛮な、宇宙の放浪民族どもが、かつては、何度も何度も侵略を企てたのです。彼らの恐ろしさは、星団王国の住民なら、誰でも知っているところです。
銀河連邦の支援が受けられなくなった直後に、この星団内を吹き荒れた蛮族どもによる、破壊と殺戮と略奪の嵐は、忘れてはならない警鐘の浸み込んだ記憶として、全ての星団住民に教え込まれているのですから。
我らが始祖王によって星団内の全勢力が統一され、蛮族どもを確実に追い払える体制が確立されるまでに、どれだけの命が犠牲になったことでしょう。百万や二百万では済まないだろうと、歴史学者たちは証言しています。
王国樹立の後にも、星団内の深い宙域にまでは侵入を許さなくなったとはいえ、蛮族たちはずっと、星団周辺に跳梁跋扈し続けていました。散発的な被害は、常に出ていましたし、大規模な侵攻を試みられ、多大な犠牲を出してようやく撃退できたことも、何度もあったのです。
そんな恐ろしい蛮族どもを、ことごとく平定し、ある集団は遥か彼方にまで駆逐し、それ以外は完全なる制圧下において、今後の侵略の芽を摘み取ることに、先王は成功しています。
始祖王の息子の代に分裂してしまったのが、われらの王国であり、星団の外の集団については独立を許しました。しかし、星団内部においては、百年近くに及ぶ抗争の果てに、先王のおかげで、再統一を実現できたのです。
それによって先王は、蛮族どもを全て平定できるだけの、圧倒的な戦力を持つ軍隊を、創設できたわけです。
こうやって星団王国に降りかかる危難を、ことごとく退け、この星団での国づくりの息吹を、先王は守り抜いてくださいました。正に、始祖王に次ぐ、救国の英雄といっていい伝説的なお働きぶりです。
あの方の武威によって、数百年にもおよんで継続していた、蛮族による圧迫と侵略を恐れて暮らさなければならなかった時代に、私たちの星団は、終止符を打つことができたのです。
その先王の後を継いだ現王は、野蛮な航宙民族どもへの制圧や懐柔や、場合によっては彼らとの協調をも、より規模を拡大して押し進めながら、一方では、最大長が百光年近くにも及ぶ私たちの星団の隅々にまで目を配り、公明正大な行政機構を整えてくださいました。
そんな現王の文治の才も、国中の誰もが知るところです。
これらの武勇や文治によって、絶大なる尊敬と信頼を集める王家から賜ったのが、巡察使としてのわたしの任務と権限なのです。「ケプラーチヨ」の者たちも、すぐにでも思い知るでしょう。かれらの拡散させたフェイクニュースごときでは、私の名声には、傷一つつけられないことを。
ですから、あなたとの対面が、私の足を引っ張るかもしれぬなどと、全くお考えになる必要はありません。何の心配もせずに、予定通りに、惑星遊覧の約束を、私たちは果せばよいのです。
どうかケイラ、そのことを、よくお含みおきください。――
今回の投降は、ここまでです。次回の投降は、 2020/6/6 です。
時間と空間の広がりや重層的な感じを、表現できていればと期待している場面です。始祖王による星団統一の時代、その息子たちによる分裂の時代、先王による再統一と蛮族征伐の時代、現王による国内充実の時代と、長い時間に色んなものが積み重なっている様相を、味わって頂けていれば感激です。
百光年とは踏破するのに、光の百倍の速度でも1年かかる距離で、光は1秒で地球を7周半するスピードだってことも念頭において、空間的な広がりも感じながら読んでいただけると、一層ありがたいです。
ケイラと再会するのにも、えらく遠回りしたジョンに、更に遠回りなケイラへの返答をやらせているのも、そんな願望があってのことなのです。