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銀河戦國史 (漂泊の星団と王国の巡察使)  作者: 歳超 宇宙(ときごえ そら)
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第2話 片想いの名門貴族 その2

 ジョンがパーティーを催すようになって、半年が過ぎたころ、遂に、待望のケイラが、ジョンの大邸宅でのパーティーにやって来た。10年以上の時を経て、やっとジョンは、大好きなケイラと相まみえることができたのだ。

 10の(よわい)を刻んだ、ケイラの美貌に、10年間も目にすることのできなかった彼女の麗姿に、ジョンは言葉を失ったものだった。

 コロコロと、転がり出しそうな瞳の愛くるしさには、わずかにも変わりはないのだが、仕草には以前の美しさに、妖艶さが付け加えられていた。一段低くなった声音には母性が宿り、ほっそりした顔の輪郭からは、ガラス細工の繊細さがほとばしっていた。

 恋は、更に深まった。新たな恋心が、この瞬間に、生み出されたとも言えるのかも知れない。愛しい想いを再認識した。愛しくて愛しくて、居ても立ってもいられないくらいだった。

 だが、誰にも想いを知られたくないジョンには、あまり積極的には、ケイラに話しかけることはできなかった。ケイラも、大パーティーの主催者として多くの参加者に取り巻かれ、担ぎ上げられているジョンに、親しく話しかける隙など見い出せるはずもなかった。

 同窓の旧友として、通り一遍の挨拶を交わしはしたが、それだけだった。手の届く距離にまで近づくことも、互いの近況を述べ合うことも、ましてや積年の想いを打ち明けることも、ジョンはできずじまいだった。

 それでも、ジョンはケイラを諦められない。ここまでのことをして来ておいて、これしきで諦められるはずがない。ジョンは、次なる手を打っていた。

 パーティーの参加者の中に、ケイラの友人の恋人という男を、ジョンは見つけ出していた。ケイラには話しかけ難いジョンだが、その男には、気兼ねなく話しかけられた。何度もパーティーに参加して来ていたその、トニーと名のる男と、ジョンはいつしか親友と呼びうる間柄になっていた。

 スペースヨットと呼ばれるレジャーが、この時代の富裕層に人気があった。

 中心星から吹き付けて来る恒星風に乗ることで、動力無しで宇宙を駆け回る遊びだ。不規則に変化する中心星「ジャティー」の恒星風をつかんで宇宙を駆け回るのは、スポーツ性の高い活動なのだ。人工天体を適宜に配置して、安全を確保しつつ享楽性も追求したコースの中を、恒星風に乗ったスペースヨットで駆け抜ける爽快さを、この時代の裕福な者たちは堪能していた。

 ジョンはトニーを、何度となくスペースヨットで連れ出した。ケイラの名は口に出さないジョンだったから、4回目までは、トニーがケイラを連れて来ることはなかった。

 だが、彼の恋人の友人がケイラなのだから、粘り強く彼を誘い続けていれば、いつかはケイラを連れて来るはずだ、とのジョンの目論見は、5回目のレジャーでようやく図に嵌った。

 ジョンとトニーとトニーの恋人と、そしてお目当てのケイラと、その4人で繰り出すスペースヨットでのレジャーが、到来したのだ。

 それはジョンに、踊り出さんばかりの興奮を与えた。宇宙服ではあるが、エレガントにデザインされたそれに身を包んだケイラは、ジョンをゾクッとさせるのに十分な色香を放っていたから。

 時代が時代なら信じがたいかもしれないが、この頃の宇宙服ときたら、ボディーラインを豊かに再現できるほどに薄手で、密着性にも富んでいたものだから、ケイラがジョンの目を奪う吸引力も、並大抵では済まなかったのだ。

 いつになく饒舌になるくせに、何を話したのかは、話した傍から忘れ去ってしまう始末のジョンだった。流れ行く星海の絶景も目には止まらず、恒星風までもが、どこ吹く風になり下がってしまう有様だった。

 学院時代から10年以上ぶりでの、ケイラと共に過ごす時間だ。手の届く距離で相対し、実際に何度か、彼女の肩や背中に手を置いたりもし、親しく言葉を交わすことができた。

 それも、一緒にいるのは、恋人同士のトニーたち2人だけだ。どれだけケイラに話しかけても、仮にジョンの想いに気づかれてしまったとしても、誰をも傷つける心配はないだろう。

 学院時代にもできなかったくらいに、ジョンはケイラと存分に話し込み、スキンシップも楽しむことができた。誰憚ることなく、心のままに、ジョンはケイラとすごす時間を味わった。

 恋人であるトニーたちを2人切りにさせてあげるために、という大義名分を振りかざせば、必然的に、ごく自然に、ジョンもケイラと2人だけの時間を作ることができた。

 ケイラが初めてパーティーに参加した日から数えても3か月以上、ケイラの近くに大邸宅を構えてからなら1年近く、学院の卒業からなら11年という長い年月を経て、ジョンはケイラと、2人だけで向かい合ったのだった。

 王国の、ほとんどの者が羨むくらいの巨万の富を成し、大邸宅を構え、豪華なパーティーを連日連夜催して無尽蔵に散財してみせるほどの名門貴族が、青春時代から恋い焦がれた1人の女性と向かい合うためだけに、途方もない遠回りをして来たのだった。だが、しかし、向かい合ったとて、ジョンには、ケイラに想いを打ち明ける意思などは、微塵も、ありはしないのだった。

 それどころか、会ってどうするのか、どうしたいのか、ということについて、ジョンには何の考えもなかった。何も考えていなかった。ただ会いたい、その一念だけで、10年に渡る消息の捜索と、邸宅建造やパーティーへの大散財と、親友を使った回りくどい策を弄して来たのだ。

 熱く胸を焦がした想いを胸の奥に秘めたままで、ジョンはケイラと他愛もない話ばかりをした。同じ景色を、言葉を入れ替えただけの表現で、何度も繰り返して称賛した。ケイラのエレガントな宇宙服に対しても、同様だった。トニーの失敗談を、さっきトニーが自分で語ったばっかりなのに、ケイラに得意気に話して聞かせたりもした。

 そうこうしていると、2人切りで過ごせる大切な時間は、またたく間に過ぎてしまい、彼は彼女と、再び離ればなれになった。

 彼女を乗せたシャトルは「ジャティー」星系に、彼を乗せたシャトルは「セボ」星系に、虚しく飛び去って行った。イオンスラスターのもたらす強列な加速で、彼と彼女に厳し目の重力を味わわせながら、2隻のシャトルが、別々の方向へと飛んだ。

 両シャトルは、超光速の疾走を可能たらしめる筒状軌道の、ターミナル施設に収容され、更に2人を引き離す移動を遂げる。光の千倍という途方もない速度で、慕うジョンと慕われるケイラは、遠ざけられたのだ。

 隣り合わせとはいえ、広大な宇宙からみれば近くであるとも考えられるとはいえ、超光速の移動手段なしには、気軽に行き来などできないくらいに離れている、両星系へと、そこに待つ従来と変わらぬ日常生活へと、2人は戻ったのだった。

 ただ、唯一の成果として、彼は彼女と、もう一度会う約束をしていた。今度は、トニーも抜きで、初めから2人だけで、彼は彼女との逢瀬を約していたのだった。

 ジョンの暮らす「セボ」星系に属する、天然の惑星の1つを遊覧するというレジャーを、ジョンは次なる逢瀬の舞台に選んでいた。

 惑星の極付近に出現する、オーロラを突き抜ける体験ができるものだ。七色に光り輝き躍動するオーロラに、立体的に取り囲まれるという体験だ。

 この惑星にも環があり、それをかすめ飛んだりもする。純白の平原のように広がる、無数の氷塊で出来ている環を眺めることになるのだから、清々しい経験だ。学院時代のシャトルからの景色という、共通の思い出にも浸れるだろう。

 きっと2人には、あの頃以上に、ロマンティックな時間が訪れるだろう。彼は、そう信じていた。それを、夢に描いていた。

 この約束を知る者は、ジョンとケイラ以外には、誰もいない。誰にも想いに気付かれたくないジョンの願いも、その逢瀬においては、裏切られることはないだろう。相変わらず、想いを打ち明ける気にはなっていないジョンだが、再びケイラと2人切りで、楽しくロマンティックな時間を過ごす予定は、手に入れていたのだ。

 会ってどうするかの考えも、相変わらず無いのだが、誰にも知られず、ジョンはケイラに会い続けるつもりだった。誰にも知られていなければ、気兼ねなく、ケイラとの会話を楽しめるのだ。

 今回のスペースヨットでの逢瀬も、誰にも知られることなく終えられたと、ジョンは安堵していた。彼が彼女と2人切りで話し込む場面など、誰も、トニーとその恋人ですら、目撃してはいない・・・はずだった。

 しかし、壁に耳あり障子に目あり、古い時代にはそんな言葉があったが、かれらの時代にも、暗黒で極寒で大気すらない虚無の宇宙空間に、耳や目があった。あちこちに、至るところに、張り巡らされていたと言っても、過言ではない。

 彼らの逢瀬を盗み見、たくましく想像を膨らませ、勝手に危機感を募らせていた輩がいた。

 その輩の策動が、尋常ではない遠回りの果てにようやく手に入れた、ほんのささやかな、愛しいケイラにただ会うだけというジョンの予定を、台無しにしようとしていた。

 スペースヨットでの逢瀬から半月後、ケイラからジョンに向けられた通信で、その悪しき兆しが告げられた。

 巡察使という役割を、国王に仰せつかっていたジョンは「セボ」星系を遥かに離れ、遠くの星系にまで出向いていた。星団王国の中を超光速で駆け巡るのが、彼の日常であったので、それは珍しいことではない。当宙域を治める領主を監査するため、住民の陳情を聞くため、不正の有無や治安の状況を確認するため、ジョンは巡察使としての職務を、熱心にこなしていた。

 そこへ、超光速の通信が、ケイラからの凶兆を携えて、追いかけて行った格好だ。

 この時代、タキオンと呼ばれる、虚数の質量を持つ素粒子の波動が、超光速通信の手段として用いられていた。光速の千倍以上もの速度で飛ぶ素粒子ではあるのだが、1光年離れれば、通信が届くのに10時間近くかかってしまう。

 ジョンは、タキオン粒子で満たされた筒状の空間を作りだす“タキオントンネル”という超光速の軌道を使って、5光年近い彼方へと役目を果たしに出向いてしまっているので、通信には、丸2日くらいが必要だ。双方向でのやり取りなんてものは、全く不可能だ。

 ケイラが一方的に思いをしたためたメッセージが、タキオン粒子に乗って、超光速で宇宙を飛んだ。

 ジョンをギョっとさせ、真っ青にもさせる、悪しき報を突き付けるために。


 今回の投降は、ここまでです。次回の投降は、 2020/5/16 です。

 タキオン粒子というのは、未だ発見されてはいませんが、存在を予測する物理学者さんもおられる、質量虚数で超光速移動をする物質ということになっています(要確認!)。SFではよく使われるアイテムでもあり、本シリーズでも頻繁に登場します。

 そして、タキオン粒子が存在しているとしても、作中のような現象が起こるなどあり得ないと、おそらく物理学者さんは声をそろえておっしゃるでしょうが、そこは無理を承知でこんな風に使っています(同様の説明を、過去の作品の後書きに書いたかもしれません)。

 荒唐無稽は極力排除するのが、本作品の方針ですが、超光速移動に関しては、どうしても荒唐無稽にならざるを得ないし、超光速移動なしでは、銀河スケールでの物語は存在しえません。

 ならば、毒を食らわば皿までで、超光速の移動や通信に関しては、徹底的に荒唐無稽です。一度設定した基本的な特性は変えないつもりですが、時代によっては、タキオントンネルでの移動速度などは、変化していきます。ややこしくてわかりづらい部分もあるかもしれませんが、あまりお気になさらずに、さらっと通り過ぎていただいたら、良いのではないかと思います。


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