プロローグ
7作品目の投降になりました。これだけ書いて来たのに、小説を書くことの難しさと、自身の力量不足を、痛感するばかりです。
ですが、独創性のある世界を想像し、創造しているという自負はあるので、何とかそこに、一人でも多くの方を連れ込みたいと願い、今回も作品を投稿しました。
前回までの6作品の、どれかをお読みくださった方はご理解くださっていると思いますが、本作品は、銀河における1万年の人類の歩み、という一つの連続した世界の、一つの断片を切り取って描かれます。
同じ世界なので、重複する要素もたくさん登場しますが、本作品だけの独自性を示す要素も、たっぷりと詰め込んだつもりでいます。
これまでの作品の雰囲気を追体験したい読者様にも、全く新しい世界をお望みの読者様にも、お楽しみいただけるのではないかと、独りよがりに信じていますので、是非、最後まで読んでいただきたいです。
1回投稿分のサイズとしては、前作より微減(減ってばかりじゃないか→すいません!)ですが、プロローグだけはたっぷりです。作品全体のサイズとしても、前作の半分以下に縮小(縮小してばかりじゃないか→申し訳ありません!)しています。今回と次回の作品は、短編を投稿する予定です。その後、ちょっとボリュームのあるやつを、でも、「ファング」や「キグナス」ほどでもないやつを、と考えています。短編もやるけど、短編ばかりにするつもりでもないと、ご理解頂きたいです。
で、本作ですが、プロローグが、ちょっと理屈っぽくなってしまっています。面倒臭かったら、適当に読み飛ばして頂いても、作品の理解に差し支えは生じません。
前回までと同じく、今から1万年後の、恒久平和が実現した銀河を背景に、エリス少年が登場する場面から、物語は始まります。エリス少年が、彼にとって数千年も前の史実に、触れることでストーリーが動き出します。
第2回目の投降から、本編が始まるわけですが、是非、プロローグである第1回目も含め、通読頂きたいと願っています。
よろしくお願いいたします。
暗く静寂な宇宙に、きらきら輝く円盤状の建造物が、ポツンとある。その盤面上に、エリス少年はいた。
少年が見上げると、宇宙の漆黒からしみ出したかのごとく現れた宇宙船が、すーっと彼のいる建造物へ、接舷しようと近づくのが見えた。その向こうには、出航して行き、宇宙に溶け込もうとしている宇宙船も見える。
いくつもの宇宙船が、行ったり来たり、慌ただしい感じで飛び交っている。商船、旅客船、遊覧船など、いろんなタイプの宇宙船が、それらの中にはあるはずだ。外観で見分けがつくわけではないが、いまだ10歳のエリス少年にだって、それくらいの知識はある。
見上げる、とはいうが、視線の先は円盤の盤面に対して、垂直に近い方向だった。円盤の形をしてはいても、回転による遠心力を応用した疑似重力で、外周壁面に押しつけるタイプではないのだった。
重力制御技術の発展した少年の時代には、もはや遠心力に頼る必要なんてない。中央に穴が開いた円盤、という形状の宙空建造物において、盤面に対して垂直に人工重力がはたらいているので、遠心力で円形構造物の外側へと疑似重力をはたらかせていた時代と比べると“上”と表現すべき方向にも、角度にして90°の違いが生じている。
宇宙船は、円盤の外側にも中央の穴の部分にも接舷して来る。そうやって、接舷が可能な場所を多くしているのだ。
航宙中継ステーションとして、多くの宇宙船に立ちよらせる目的で創った建造物だから、穴の開いた円盤状にすることで接舷場所をかせいでいるわけだ。
円盤の真上以外には、重力は生じていない。エリス少年の体は建造物に押し付けられているが、彼の近くで建造物に接舷している宇宙船は、建造物には押し付けられず、無重力状態で係留されている。だから出航する時も、よけいなエネルギーは使わなくていい。好きな場所だけに重力を発生させられるこの時代の技術は、宇宙での往来をとても簡便なものにしていた。
少年と宇宙船との距離を、近く、と表現したが、2千mと少しくらい離れている。外側の端から内側の端までが5kmくらいである円盤の、中間くらいの位置に、エリス少年はいたから。
その距離で見ても、宇宙船は大きい。視界の3割くらいが、埋まってしまうサイズだ。触れられるくらいに近よったら、首を上下左右にねじ曲げても、船体の端が視認できなくなるに違いない。
同じくらいに巨大な宇宙船が、十隻以上も行き来している頭上の光景は、少年をポカーンとさせる迫力を有していた。
日差しの降りそそいでいる少年の周囲は、明るく照らされているが、見上げる空は漆黒の宇宙で、それを背景に、いくつもの巨大な宇宙船が右往左往している。いや、右往左往どころではない。三次元の広がりを持つ宇宙だから、左右だけでなく上下や前後も含め、立体的にそれらの航跡は錯綜している。
日のある空が真っ黒というのも、時代が時代なら奇妙に思えるかもしれないが、陽光を乱反射する大気がなければ、青空になどなるはずはない。
大気は、少年の頭上5百mくらいで途切れている。円盤の形をした建造物の、天井がその高さだから。透明素材でできた外壁でもある、天井の向こうは、真空の宇宙なのだ。5百mぽっちの大気層は、空を青に染めるには、スケール不足なのだ。
日差しをもたらすのは、今少年がいる「クアテロン」星系の中心に位置する恒星「クアテロン」が放つ、天然の核融合による輝きだ。光の強度が手頃になるハビタブルゾーンに、その建造物は置かれているので、降りそそぐ日差しも当然のように心地良い。家族旅行の途中、宇宙船の乗り継ぎのためにここで一泊したエリス少年とその一行も、上機嫌ですごすことができていた。
「どうして、こわいおふねが、とんでいるの?」
「こわい・・??」
3つ年下の少女の問いに、エリス少年は首をかしげた。「怖い船なんて、どこにあるの、ターニャちゃん?」
「あっち」
幼なじみである少女の指の、ずっと先に、エリス少年は軍用艦を認めた。彼らから見て、斜め上の方向だ。円盤状である建造物の外端の向こうを、ゆっくりと航行している。
「そうか。怖い船って、軍艦のことか。怖いといえば、怖い・・の・・かな。でもあれは、銀河連邦の軍艦だから、僕やターニャちゃんは、怖がらなくていいんだけどね。」
「でも、ミサイルとか、もってるんでしょ?」
「そうだね・・そっか。それを考えると、やっぱり、怖いのかもしれないね。」
恒久平和が実現された、と多くの人が信じている時代だったが、エリス少年の暮らす銀河にも、軍隊というものはあった。第3次銀河連邦という組織が、この時代を生きる全ての人々から治政を託されているとみなされているのだが、軍隊はその銀河連邦にのみ、保有が認められている。
「わるい人を、やっつけに来たの?ケーサツでもかてない、わるい人?」
クリクリの眼で彼を見上げる幼なじみに、ニコリと大きな笑顔を作って、エリスは応じた。不安にさせまいとする、少年には精一杯の気遣いだ。
「ううん、そうじゃないんだ。ここに悪い人が、いるわけじゃないんだよ。でも、いくつかの国が、この近くの場所を取り合いっこしているからね。力づくの取り合いなんかしたらダメだよ、っていう気持ちを見せつけるために、銀河連邦はここに軍艦を連れて来ているんだ。」
少女の顔色を伺いながら、エリスは説明を続ける。「ここには大勢の人が来るから、その人たちを安心させるためにも、銀河連邦がちゃんと見張っているよって、だから戦争なんて起きないよって、軍艦を見せることで伝えているのさ。」
「ふうん。」
幼い彼女がどこまで分かってくれたかは疑問だが、エリスはそこで説明を終え、視線を少女から転じた。
屋外のカフェで、彼らは時間をつぶしていた。
宇宙を漂う建造物の中に、彼らはいるのだが、その建造物の中にも、何百もの建物が林立している。円周方向に走る環状の道路と、それに直行して外端と内端を結ぶ道路も走っている。
縦横に走る道路に区切られた、建物の密集する都市が、宇宙を漂う円盤の上にある。円盤の片側の面だけに、だ。両側に重力を発生させるのは、この時代でも無理なので。
宙空建造物の中ではあっても、建物の外にいる状態なので、エリスたちはそこを“屋外”と認識している。
建物ばかりがあるわけではなく、それらの隙間に、小さ目ながら公園もある。緑の木々に彩られ、鯉などが泳ぐ池もある。
通りの向かい側にそんな公園を眺められる、エリスたちのいる屋外のカフェは、宇宙船に搭乗するまでの時間をつぶすには、もって来いの場所だった。
通りを行き交う人々の間を、エリスの視線はさまよった。どれも穏やかで楽し気だ。平和に満ちていると、思える光景だ。
こんな場所に姿を見せる軍用艦が、少女に物騒な印象を与えるのは無理もないと、エリス少年は改めて実感した。
銀河連邦に加盟しているいくつかの国が、少年たちがいる航宙中継ステーションの近くにある宙域において、領有権を主張している。国とは認められていない、いくつかの勢力も、その宙域において様々な権益をもっていると強弁している。
軍隊の保有が認められていないとはいえ、連邦加盟国には警察権を行使するための、最小限の武装は許されているし、国以外の勢力も、武力を秘密裏に保有している可能性はある。
そういった武力を用いた脅迫で、領有や権益に関する主張を押し通そうとする国や勢力は、この時代にもあるので、銀河連邦には軍の保持が必要だと、考えられていた。連邦軍が武装艦艇を派遣して睨みをきかせることで、人々に脅威を感じさせないようにしているわけだ。
「恒久平和が実現したっていっても、国レベルの大きな戦争が起きていないっていうくらいのことで、軍隊がいらなくなったわけじゃ、ないんだよな。」
「コーキュー?平和って高級なの?」
「え?あ、あはは・・・」
3歳年下の幼なじみには難しすぎた独り言への反応に、エリスは苦笑で返すしかなかった。
連邦加盟国は、どれも軍を保有していない。そして連邦に加盟していない国家は、この時代には1つも無い。連邦軍に対抗できる規模の軍事力なんて、長く隠し通せるはずもないから、国家レベルの武力衝突が勃発する可能性は、まず無いといえる時代ではあった。人類が地球から飛び出して以来、1万年にわたる戦乱の時代を経た末に、やっとたどり着いた恒久平和の姿だ。
しかし、小規模な紛争や暴動なら、時折起きている。各国の警察や連邦軍によって、早期に鎮圧や調停がなされていたが、死傷者などの被害も出ている。それが、恒久平和の内実だった。
このような被害の報は、ここの近くの宙域における領有権争いに対しても、人々の不安を煽る原因となっている。どれかの国や勢力が、警察という名目でのみ公認されている武力を、もしくは秘密に隠し持っている兵器を、領有権獲得の手段として行使するのではないか。そんな想像が、どこかで起こった紛争や暴動によって掻き立てられている。
掻き立てられた不安が原因となって、どこかの国や勢力の武力を背景にした主張を、認めてしまおうなどという考えが、広がってしまうかもしれない。そうなれば、武力による脅しが有効なのだと、更に多くの国や勢力が考えるようになるだろう。平和を維持するには、それは避けなければ、ならない事態だ。
だから銀河連邦は、不安を抑え込まなければいけない。武力で連邦軍に対抗できる国や勢力が一つも無いとしても、連邦軍は、じっとはしていられない。領有権争いのある宙域に軍用艦を派遣して、不安が拡大しないように、目を光らせなければならない。
連邦軍は、民意により制御され、平和維持のために活動していると、多くの人々に信じられている武装組織だ。その上に、銀河で唯一存在が認められた軍隊であり、最強の戦闘集団でもある。その連邦軍の軍用艦が睨みをきかせていれば、誰も武力など、使えるはずがない。
多くの人にそう感じてもらえれば、武力での脅しで主張を押し通すのも、不可能になる。連邦軍以外の全ての武力が、無効化される。エリスの視界に軍用艦が、物々しい姿を現している理由が、それだ。
「理由は分かるけど、やっぱり、せっかくの穏やかな景色が台無しになっちゃってる感じは、あるかな。」
幼なじみが、こわいと表現した軍艦を、少年はまた注視した。
ただ睨みをきかせるだけでなく、今見えている軍艦の中で、各国や勢力の代表者による話し合いも、行われているはずだった。エリスは10歳の少年だが、そういったニュースも、ちゃんと把握している。
領有権そのものの解決は、まだまだ先になりそうだが、偶発的な武力衝突などを起こさないために、そして各国や勢力が当面のあいだは、公平に利益を享受できるような暫定的ルールを定めるために、銀河連邦の仲裁のもとで、連邦の軍用艦の中で、交渉が行われているのだ。連邦による調停が、進行中というわけだ。
「ミサイル、とんでこないよね?」
「あはは、大丈夫だよ、ターニャちゃん。連邦の軍艦がいるかぎり、誰もここでケンカなんかできないし、誰もケンカをしなければ、連邦の軍艦もミサイルなんか、使ったりしないからさ。」
「レンポーのひとは、みはっているだけなの?」
「そうだね。ケンカをはじめないように見張るのと、ケンカなんか始まらないよってみんなに伝えて、安心してもらうのと、ケンカをしそうな人たちに話し合いをしてもらうのと、それらをいっぺんにやるために、あの軍艦は、ああやってこの辺りを飛び回っているんだよ。」
レインボールート作戦と、名付けられていた。虹のように、色を異にする全ての国や勢力が並び立って、平和的に安全に利用できる航路がここにあるのだ、と主張するための、作戦というわけだ。
ここが、誰でもが安心して通行できる航路であることを、身をもって確認し、それを世に広く宣言し、安全の確保に連邦が積極的に関与する姿勢であることも見せ付ける。そして最も重要なこととして、武力による脅威で領有権の主張を押し通そうとする国や勢力を、強く牽制する。そのための、連邦軍艦艇の航行なのだった。
幼なじみの顔に、安心の色がひろがるのを見て取ると、エリスはしばらく黙りこんだ。複雑な想いも湧いて来る。連邦軍という武力で保たれる平和しか、自分たちは手に入れられないのか。そんな気持ちのままエリスは、通りを行き交う人々に、また視線を転じた。
幼なじみと同じくらいに、誰も彼もみな、安心し切った表情をしている。ここが領有権争いの舞台になっている宙域の近くであることは、ほとんどの人が知っているはずだ。でも、誰もそれに、不安を感じていない。銀河連邦による平和維持活動の成果、と言っていいだろう。
「もうすぐ搭乗開始だよ。エリスたちも、準備はいいかい?」
聞こえて来た声の方に目を向けると、父が歩み寄って来るところだった。すっきりとした細身のジャケット姿で、カフェテーブルの間を縫っている。
「いつでも大丈夫だよ。」
椅子から、飛び降りるように立ち上がるエリス。「ねえ父さん、連邦のレインボールート作戦ってさ、上手くいきそうなのかな?」
その言葉で、父も、遠くに見えている連邦軍艦艇に、視線を向けた。
「そうだな。完全な解決を見るのは、遠い先の話になりそうだけど、とりあえず、当面の間は問題の宙域を、均等に共同利用するってところで、折り合いがつくんじゃないかな。」
「だって、ターニャちゃん。だから、安心して良いよ。」
「うん」
「はは・・、君たちはその歳で、そんな真面目な心配をしていたのかい?」
「連邦の軍艦が、ずっと見えていたからね。ねえ、ターニャちゃん」
「うん」
エリスの父にも太鼓判を押されて、少女から心配の色は、すっかり消え失せていた。そんな彼女に、腰を落として視線を合わせ、エリスの父は言う。
「心配いらないよ、ターニャちゃん。連邦の人たちが、戦争なんか起きないように、一生懸命がんばってくれているからね。」
エリスの時代の恒久平和は、そうやって、第3次銀河連邦を中心とした、人々のたゆまぬ努力によって維持されているものだった。努力を怠れば、いつでも争いの芽は顔を覗かせると、この時代の誰もが認識していた。
「平和ってきっと、消耗品なんだよね。」
「おっ、ずいぶん生意気なことを言うんだな、エリス。」
「へへへ・・・」
父には茶化されたが、それはエリスの、本心の言葉だった。
既にそこにあるからと言って、安心してはいけない。毎日作り出す努力を続けなければ、直ぐにでも失われてしまう。恒久平和とは、平和への努力をみんなが、一人残らず、やり続けている状態のことだ。エリス少年には、そう思えるのだった。
野生の動物は、みんな戦っている。餌や縄張りや繁殖相手などを手に入れたり、奪われないようにするために。
植物だって、戦っている。より高く広く枝葉を伸ばすことで、陽光の争奪戦を繰り広げたり、根から出した物質で他を排除し、自分の根を広げる場所を確保したりなど、熾烈な戦いを繰り広げている。きれいな花を咲かせるのも、受粉を助けてくれる昆虫などを引き寄せ、他より効率よく子孫を残すという争いに、勝つための戦いだ。
花は争わないし、ナンバーワンを目指さない、なんて歌がはやったことも遠い昔にあったらしいが、そんなのは嘘っぱちだ。昆虫を誘引する争いに負けた花や、誰からも一番きれいだと思ってもらえなかった花は、受粉の機会を持てず、子孫を残せないままに枯れ果て、死んでいくだけだ。
生きとし生けるものは全て、争いながら生きている。生命とは、争うシステムだ。戦うことこそが、生きることの本質だ。存続するために必要なものを、争いに勝って獲得するための仕組みの集大成こそが、生命活動に他ならない。奪い合いを制するために戦う行為を、生きると呼ぶのだ。
争わない生き物は、いない。戦わない生き物なんて、決して存在しない。
争わずに生きる術は、自然界には無い。戦っている状態こそが、自然だ。人間にとっては悪かもしれないが、生命にとっては、自然な状態だ。
逆に平和とは、不自然な状態だ。善であろうが正義であろうが、人にとって好ましかろうが、平和は、不自然なのだ。
自然環境の中ではあり得ない状態、それが平和というものだ。
暗い夜に、明かりを灯すようなものだ。
暗くなるのが当たり前の夜に、明かりを求めるのならば、自然界には無い何かを、努力や工夫によって作り出して、それを維持して行くしかない。絶え間なく発電し続け、必要な場所に照明器具を設置し、それらが正常に作動するように維持管理しなければ、暗いはずの夜に明かりを得ることはできない。
暗いと不平を言うよりも、すすんで明かりをつけましょう。
そんな言葉が語られたこともあるが、暗いのが嫌なら、自分で電灯のスイッチをオンにするくらいの作業は、誰もが自分の力で、やってのけなければいけない。電灯という道具の存在や、その使い方や、メンテナンスの仕方や、入手方法などの知識を、持っておかなければ話にもならない。手間ひまを惜しんで何もしない者も、暗闇から脱することはできない。
個人では、どうしようもないこともある。大規模な発電などは、個人ではできない。集団による組織力を使わないと、絶え間ない発電も難しいだろう。ソーラーパネルだって風力発電用の風車だって、個人では製造も設置も困難だろうから。
それらは専門の誰かに任せるしかないのだが、だからと言ってそれについて、一般人は何も知らなくていい、というわけでもない。電気代や税金などの形で、各個人も、何かを負担しなければいけないのだから。
暗い夜に明かりを灯すというのは、集団での組織的活動や、各個人の知識や行動などが、全てそろって初めて実現する。それでも、夜の空間の全てを、ずっと明るくできるわけではなく、一部分を、一時的に明るくするだけだ。電灯という発明は、人を、暗闇から完全に解放したわけではない。限られた場所だけで、限られた時間だけしか、開放してくれない。夜に暗くなる部分を、世の中から完全に無くすなんてことは、できたためしはないのだ。
平和だってそうだ、とエリスは思う。
銀河連邦軍など、専門とする人々による平和維持活動、それを支えるための税などの個人負担、それに加えて、各個人のある程度の知識や行動などが伴って、初めて創りだされるものだ。それらの活動が、ずっと続けられなければ、維持できないものだ。それでも、世の中の一部分を、一時的に平和にできるだけだ。始めからどこかにあるとか、じっとしていれば手に入るとか、一度創りだしたらずっと続くとか、そんな都合の良いものではない。
だから、平和は、消耗品なのだ。
毎日、創りださなくてはいけない。創りだした人のもとにしか、無い。専門の人に任せるしかない事柄も多いが、各個人も負担するべきものを負担した上で、ある程度の知識は持ってないといけないし、積極的な行動も展開し続けなければならない。
明かりを得たい人は、電灯をオンにする方法や、電球の取り換え方法や、それの入手先くらいの知識は持ち、必要な作業を実行するくらいの手間ひまは、かけなくてはならない。それらが成されて、ようやく、一部の人が、一時的に手に入れられる。平和だって、そういうものだ。
電気代を滞納したら電気を止められしまい、明かりは得られなくなる。電球が切れたのに取り換えなくても、やはりそうなる。電灯のスイッチがどこにあるか知らない者にも、明かりはもたらされない。自然災害などの停電で、突如失ってしまったりもする。発電所の数や、発電方法などは適切か、そんな知識も持っておき、場合によっては、政治的に発言するなどの具体的な行動も、起こさなくてはいけない。明かりを、安定的に確保したいのならば。
それは、平和も同じなのだ。
生命は争うのが、自然の摂理なのに、それに逆らって、争いが無いという不自然な状態を実現しようとするのが、平和というものなのだから、暗い夜に明かりを得るのと同じくらいに、組織的活動と個人の努力の、両方が求められるわけだ。
銀河全体の平和を維持するために、銀河連邦はレインボールート作戦のような活動を実施している。それを支えるための個人負担は、エリスの家庭でも税などの形で拠出している。それに加えて、エリス自身も、知識を蓄えたり積極的な行動を展開したり、しなければいけないだろう。少年には、そんな自覚があった。
といっても、具体的に何をすればいいか、それは未だ10歳の少年には、難しい問いだった。そして少年は、その答えを、歴史に求めようと思っていた。
彼が歴史好きで、彼の父が歴史学者である、という理由だけでなく、平和を創りだし維持するために必要な知識は、歴史の中に蓄えられていると、エリス少年は信じている。
人の歴史は、戦争の繰り返しかも知れないが、裏返せば、戦争と向かい合い、それを克服するための努力や工夫を、繰り返して来たのだとも、受け取れるから。
歴史の中で、平和のために、誰が何をして来たか。その結果が、どうだったのか。それらを一つ一つ見ていくことで、エリス少年は、自分の時代に自分が何をすれば良いのかを、探り当てようと思っているのだった。
「銀河連邦が、レインボールート作戦とかをしているように、歴史の中でも平和のために、色んな人が、色んな活動をしていたよね、父さん。」
宇宙船に搭乗すべく、漆黒に漂う円盤の上で歩みを進め始めたエリス少年が、父を見あげて語りかける。その眼が、特別な熱を帯び始めた気配を、父は感じ取ったようだ。
「ああ、もちろんさ。いつの時代も人々は、平和を願って来たからね。それでも、なかなか戦争は無くならず、第3次の銀河連邦が樹立されるに至って、ようやく全人類が2百年ほど、国家規模の戦争をせずに済んだ時期を、体験したのだけどね。
恒久平和などと言われていても、それが永遠に続くのかどうかは、誰にも分からない。でも、取りあえず大きな戦争の火種が見当たらないくらいに、今の銀河の平和は、しっかりと管理がなされている。第3次銀河連邦の活動を、中心としてね。」
「古い時代にも、今ほどの徹底した活動ではなくても、平和維持のために力を尽くした人たちは、いたよね。前に話してくれた、巡察使っていう名前の役目を与えられた人も、そうだったよね。」
「おお、エリス、よく覚えているな。そう言えば、ずいぶん前に、巡察使の話をしたことがあったかな。ある国で、いまでも多くの国民に親しまれているくらい、歴史に強く名を刻んだ、有能かつ誠実な、伝説的ともいえるほどに高名な、巡察使の話を。
巡察使と呼ばれる官職は、いくつかの時代の、いくつかの国で見られるもので、不誠実なことをした人も少なからずいたけど、平和のために真摯に取り組んだ人の話も、多く知られているね。確か、その中の一つを、いつだったかエリスに、話したことがあったね、そう言えば。」
「うん、あれだよ、あの、銀河の中で漂流している星団にあった、古い王国の・・・」
ストリームと呼ばれる天体群が、銀河系の中にある。ほとんどの天体が、同じ方向に同じ速度で回転運動している銀河系円盤において、ストリームと呼ばれる天体群だけが、全く異なる方角と速度で移動している。
エリス少年が“漂流している”と表現したように、銀河系の中を気まぐれな進路や速度で突き進むのが、ストリーム天体だ。それが、星団であるケースもある。
恒星が十数個から数十万個という幅のある規模で、寄り集まっているのが星団で、銀河系円盤から独立した動きをしている星団もあるのだ。
恐らく、以前には銀河系の外側にあった矮小銀河などが、銀河系の重力に引きこまれて、内側に飲み込まれてしまったものであろうと、考えられている。銀河同士で衝突している真っ最中、などという表現も、当てはまるかもしれない。
内部はスカスカなのが銀河だから、衝突したところで物体の接触は起こらず、互いが互いをすり抜けてしまうのだ。そして今まさに、天の川銀河の内部において、別の銀河による“すり抜け”が進行中だというわけだ。
ストリーム星団は、銀河系の他の天体の動きとは全く同調していないことから、周囲の天体との位置関係が、どんどん変わって行く。
第1次の銀河連邦が本部の1つを置いていた宙域の近くに、人の住み着いた星団が位置していた時代があった。その頃には、銀河連邦の支援の下に、その星団住民に対しても平穏で先進的な統治が行われており、豊かで安定した暮らしを実現できていた。
最初に星団に住み着いた人々は「宇宙系人類」と呼ばれ、人類発祥の惑星「地球」で起こった全面核戦争から逃れて、宇宙を当てもなく放浪した人々の末裔だった。
千人程度の少人数での、宇宙での放浪は、科学技術や文明水準において大きな退行をもたらすものだった。だから「宇宙系人類」は、後進的な集団となってしまうケースが多かった。
全面核戦争において「地球」に居残った人々は、人口の7割が失われるという壊滅的戦禍とその後の荒廃を、5百年ほどかけて乗り超え、宇宙に植民を開始するまでの復活を遂げたのだが、科学技術や文明水準においては「宇宙系」よりも、高度なものを維持できていた。だから「地球系人類」と呼ばれるこれらの人々は、多くの「宇宙系」に比べて、宇宙への植民では後発であっても、先進的な集団である場合が多かった。
漂流している星団に住み着いた「宇宙系」の人々も、科学技術や文明水準を大きく後退させていたのだが、運よく「地球系」が中心となって構成されていた、第1次銀河連邦の支援を受けることができ、遅れていた分を、かなり取り戻すことができた。
しかし、彼らの住む星団が漂流していて、周囲の天体との位置関係が遷移していったことで、状況に変化がおとずれた。連邦が本部を置いている宙域との距離が、どんどん大きくなって行き、十分な支援が受けられなくなってしまった。それだけでなく、星団の向かう先が、最悪の環境だった。
後の世には「航宙型」と呼ばれる「宇宙系」の中でも未開であるだけでなく、野蛮で攻撃的な性質をもった集団が跳梁跋扈する宙域に、彼らの星団が入りこんでしまったのだ。
特定の天体や宙域に定住せず、宇宙で移動し続ける暮らしを送りながら、他者からの掠奪を主な生活の糧とする場合の多いのが「航宙型宇宙系人類」だった。「定住型宇宙系人類」や「地球系人類」を標的とし、それらに獰猛に襲いかかって物資を奪う暮らしを続けていた彼らは、野蛮と表現するしかない人々だった。
漂流している星団の住民にとってみれば、科学技術や文明水準の後ろ盾になっていた銀河連邦からの支援がなくなる一方で、野蛮な「航宙型宇宙系人類」の巣窟に踏み込んで行ってしまうわけで、その先には悲惨な日々が待ち受けていた。
野蛮な集団に星団内への侵攻を許す回数は、どんどん増え、それを追い払うための銀河連邦からの援軍は、どんどん細っていったのだ。
その傾向がある程度進んだ段階で、それまで安定的に運営されていた統治体制が崩壊し、無政府状態となってしまった。星団内の各所で孤立した小集団が、星団の奥深くにまで侵入するようになった「航宙型宇宙系人類」による、略奪や破壊に連日のように曝され、蹂躙され続けた。
それでも、銀河連邦からの支援がなくなった絶望的状況の中で、救国の英雄が現れ、星団内に暮らしていた人々を再度組織して「航宙型宇宙系人類」どもを、自力で追い払えるくらいの回復を成した。
星団全域を治下に置いた、国家と呼びうる組織も樹立されたのだが、その体制は、銀河連邦の支援のもとに公正公平で開明的だったかつてのそれとは異なり、国王を中心とした、君主制独裁国家であった。
エリス少年が今、思いうかべている王国がそれであり、一定の平穏を取り戻したその王国の君主によって任命された巡察使が、少年の時代の第3次銀河連邦と同じように、民衆と領邦への監督や指導や支援、不正の摘発や犯罪者の取り締まり、更には紛争の仲裁や利害対立の調停などを行っていた。
エリスの時代の歴史学者が、民間の伝承をしらみ潰しに精査することによって見つけ出し、たどり着いた、ある住民の持つ使われなくなって久しい古いコンピューターの中から、大昔の巡察使の活動の痕跡を、通信記録として拾い上げた。
それまでも多くの逸話が伝わっていた巡察使について、更に本人の残した言葉が、通信記録として見つかったわけで、実像の解明は大きく前進したのだ。
歴史学会で報告されたそれの詳細を、少年も父から聞いたわけだ。
「面白かったなぁ、あの話は。大昔の大人の交わした通信だから、僕にはよく分からないことも多かったけど、ずっと昔に、ずっと遠くの国で巡察使をやっていた人が、自身の活動について、知人と交わしたメッセージの中で、とても詳しく語ってくれているんだったよね。」
旅の目的地へと連れて行ってくれる宇宙船への、搭乗手続きを、父や幼なじみと並んで済ませながらも、少年は記憶を手繰りはじめた。父から聞いた、大昔の、巡察使と呼ばれた人の、私的な通信に刻みこまれた、物語を。
港湾施設となっている建物のエントランスホールを、少年が通り抜ける。そのアクションだけで、チェックインは完了する。遠隔検査によって、個人の特定や所持品の識別が成される。旅客宇宙船の善良なパッセンジャーであると確認されたことで、コンコースへのゲートが開かれる。
コンコースを歩いた先には、彼らの乗るべき宇宙船が待っている・・・はずだ。だが、少年の目には、コンコースの先を見据えている彼の瞳には、もう、歴史物語しか映っていない。
エントランスホールで、別の何かも少年の好奇心を認証し、時空にまつわる不可思議なゲートを、開いたのかもしれない。
少年が歩いているのは、宇宙船へ繋がるコンコースだけでは、なかったり、するのかも・・・。視線の先に見えるのものは、いったい・・・
いや、もしかすると少年は、父の言葉から彼の頭が描きだした想像を、見ているだけ・・なのかも・・しかし・・映像だけでなく、ある気持ちまで、彼の胸の中には、湧きあがっている・・ような。
胸を、熱く焦がすような、気持ち。押し込められていたような気持ち。それは、遥かなる昔の巡察使と呼ばれた誰かが、胸の奥深くに秘めていた気持ち・・・・かもしれない。
同時代の誰にも伝えたことのなかった熱い気持ちが、遥かなる時空を越え、数千年後の未来を生きる少年の心にだけ、伝搬した・・・なんてこと、あるわけ・・・ない・・・のか・・・ある・・・の・・か?
今回の投降は、ここまでです。プロローグは終わり、次回からは本編です。
2020/5/2 に投稿します。
タイトルにもなっている漂泊の星団は、現実の天文学において観測されているものですし、巡察使というものも、歴史の中に実在する役職です。気になる人は「恒星ストリーム」or「巡察使」で検索!
漂泊や漂流という表現は作者独自かもしれませんが、銀河系円盤にあるほとんどの天体と異なる動きをしている、恒星や星団などがあり、「ストリーム」という言葉が、天文学においては当てられているようです。
巡察使というものも、作中でのエリスの父と同じ説明ですが、いくつかの時代にいくつかの場所でみられ、詳しい役割や権限の大きさにも、ばらつきはあるでしょう。
このように、天文学における最新の知見や、歴史学が明らかにした過日の実相というのを、たっぷりと織り込んで組み立てて行くというのが「銀河戦國史」の、基本コンセプトになります。
そのことを念頭に置き、そういうものを味わい楽しもうという気持ちで、次回以降の本編をご覧いただければ、作者としては、これに勝る喜びはありません。