驚天動地の殺人事件 三頁目
用語集
神教
惑星ウルアーデを統治している『四大勢力』最大のグループ。
総人口の約半分が所属しており、
シンボルにして最高権威者は千年前賢教を打倒するために立ち上がり、それを実現した存在。
『神の座』イグドラシル。
世界有数の戦力を集めた実働部隊『セブンスター』の三人の業務担当の幹部を所持しており、数億人規模の兵士を所有している。
人気度は象徴として存在している『イグドラシル』と、最もメディアに顔を出している『アイビス・フォーカス』の二強だが、戦士としての人気度は、千年前の伝説から『ゲゼル・グレア』が高い
どのような内容であれ、セブンスター第二位の欠落以上に驚くべき内容ではないだろう。そう腹を括っていた善であったが、告げられた言葉はそんな彼の思惑を容易に飛び越えた。
「………………………………………………は?」
冗談だろ?
そんな言葉が思わず口から飛び出かけるが、これまで話してきた目の前のアイビスの雰囲気に、全身を覆う気の流れが、彼女が告げた内容が真実であると語っていた。
「馬鹿言うな! ゲゼル・グレアだぞ! あのゲゼル・グレアなんだぞ! あれほどの人が殺されただと!?」
語られた内容が真実だと脳が理解し、思考が正常に戻った瞬間、目前の女性の忠告など聞いていなかったかのような様子で善が声を荒げ、抑えのきかなくなった全力の拳が机へと叩きつけられる。
「先に言ったはずよ。冷静に聞いてって。あんた、怒りに身を任せてこの場所を壊すつもり?」
「っ!」
拳の力に屈した机が砕け、抑えきれなかった衝撃が地面を通じ部屋を通り抜け、建物全体を揺らす。
その衝撃が自身の身にも振りかかった事で正気を取り戻した善は、しかし未だに信じられないと言った様子で動揺。
「下手人は誰だ?」
「ちょっと善、ここは禁煙……だけどまあそれで落ち着くというのなら今回ばかりは目を瞑ります」
しかし彼とて世界でも指折りの戦士であり、花火を咥え火を点けると、それ以上感情に身を任すような事はせず腕を組み椅子に深く掛ける。
「下手人はオーバー、セブンスター第六位のオーバーよ」
「あぁ!?」
そうして冷静さを取り戻しかけた善であったのだが、告げられた名を聞き再び怒声が発せられ、それを見たアイビス・フォーカスが手を前に出して彼の怒りを抑える。
「…………そりゃ、間違いねぇんだろうな?」
「ええ。なんせ本人がそう言ってるんだから」
全身から放出する闘気だけで部屋全体を破壊しかねない善を前に、事実を淡々と告げるアイビス。
「なに?」
彼女は真っ黒になるまで燃やされたかのようなペットボトルの蓋程度の小さな塊を床に置き、
「?」
善がそれの正体について頭を回していると、アイビス・フォーカスがそれに手を添え、耳にとれない程小さな声で詠唱を始める。
その詠唱は様々な能力を即座に発動できる彼女にしては珍しく数秒掛かり、それが終わると無数のバーコードが現れ、彼女の手の中にある物体に集まっていく。
「そりゃ……時間の巻き戻しか!」
「ええそうよ」
驚くべきことではないとばかりに言い返す彼女の姿に善は頭に手を置き息を吐く。
「姉貴の手にかかりゃ最高難度の能力も数秒で発動可能か。蒼野が見たら泣くな」
「そんな事ないわ。あたしが数秒かけてやっと発動なのよ。一般人が同じことをしようとしたら、一時間くらいかかるし、蒼野君のスケールで時間を戻そうと思ったら、常人なら一日掛けても不可能よ。まあ、やっぱり希少能力と普遍能力の差ね」
そう言いながら手の中で機械を弄り、新しく作りだした机の上に置く。
『これは……いったい何のつもりだオーバー!』
『分かってんだろ。今世界は大きく動こうとしている。
んで俺もその流れに乗ろうと思ってな。あんたを殺したという功績を持って、ミレニアムの野郎に加勢するのさ』
それからボタンを押すと何もない空間に映像が映しだされ、そこでは大量の血を吐き、心臓を抑えつけるゲゼル・グレアと、それを見下ろすオーバーの姿が、遠巻きながらも鮮明に映っていた。
「考え直せ。その道に未来はない。…………今ならば全てなかった事にできるのだ」
「黙れ老害。道は既に――――選ばれた!」
穏やかに諭す老人に対し荒々しい物言いで言いきるのと同時に、彼らのいる空間全体が炎に包みこまれ、この映像を届けていたカメラの映像が途切れる。
『はは、はははは! やったぞ! ついにやったぞ! あの! ゲゼル・グレアを殺したんだ!』
それから僅かな時を置き、炎が世界を燃やす音がかき消える。それから聞こえてきた声は、これ以上ないといってもいい程興奮している一人の男の笑い声であった。
「…………とまあこれが事件のあらましよ。この情報がわかったのは昨日の深夜。それからあんたに連絡したってわけ」
「……正直まだ信じられねぇな。俺たちの誰もが勝ち越せなかったあの人が殺されたなんて。しかもその下手人が、俺やあんたじゃなくオーバーときたか」
四大勢力の中でも最強格である神教であるが、その根底を支えるのは最大戦力と語られる三人だ。
不死の力を持ち、なおかつ全世界で最も優れた作成者である事を示す創造者の称号を持つ、神教最大戦力『セブンスター』の筆頭格、第一位アイビス・フォーカス。
その義弟にして特定の条件下ならば第一位すら下すことのできる実力を持ち、世界を二分する境界を維持する重役を担っている『セブンスター』第二位デューク・フォーカス。
そして千年前の大戦において、『人間の完成形』や『果ての先に座す者』と呼ばれた人類史上最強の存在を下した、上記の二人さえ抑え込める、千年前の戦争の生き証人、『セブンスター』第七位ゲゼル・グレア。
この三人に加え神の座イグドラシルが目を光らせることで、神教の平和は約千年に渡り続いてきたのだ。
「あの人の沽券にかかわるから言っておくけど、最近は年のせいかかなり衰えてるみたいだったわ。しかも最近は心臓を抑えて苦しむことが多くなっててね。正直な話、寿命が迫ってるみたいだった」
「まあそれは俺も感じてたがよ。たとえそうだとしても死んだ事は納得できねぇ。てかこれ、下手したら神教始まって以来の危機とかなんじゃねぇか」
「事態を正確に理解してくれてありがたいわ」
その内の一角が行方不明となり、さらにもう一角が殺された。
大雑把な計算ではあるが、神教の戦力は最大時の半分以下になったと考えてもよく、それがどれだけまずいことなのかは、善にもすぐにわかった。
「…………なぁ、何なら俺が第三位に戻るか。そうすりゃ少しは状況が好転するだろ?」
その後なぜ彼女が此度の西本部襲撃を危険視するか、理解した善が提案し、
「何を言いだすかと思えば、そんなの絶対にダメよ。百害あって一利なしだわ」
「何?」
「ギルドの経営者であるあんたが、いきなり第三位に戻ったとして、周りの反応はどうなると思う?」
「…………悪かったな。今のは失言だ」
サラリと返された答えを聞き、彼は謝罪した。
もしも善が再度セブンスターの座に返り咲いたとすれば、世間は不審に思うだろう。
なにせ現状ギルド『ウォーグレン』の経営状況には一切問題がないのだ。
その状況を手放し戻ってきたとなれば、それなりの理由があると考えられる。
そこから芋づる式に調べられればゲゼル・グレアの死やデューク・フォーカスの不在に繋がる可能性もあり、どのような形にせよ世間に晒されれば神教の弱体化が露呈。
結果的に『境界なき軍勢』と賢教が強気になり、これまでにない規模の戦争が起こる可能性があるのだ。
「いい、今一番重要なのは、神教に襲い掛かったこの不測の事態を知られない事よ。事が事なだけに冷静さを失うのはわかるけど、明日までには立て直しなさい。冷静さを欠いていたせいで『不覚を取って死んでしまいました』なんて、笑い話にもなりゃしないわよ」
普段ならばそう大して考えずとも辿り着く結論に到達しなかった事実を前にして、彼女は善がどれほど動揺しているか正確に理解した。
だがそれも仕方があるまい。
修行時代から今まで、善がゲゼル・グレアに勝てたことは一度もない。そんな男が、いくら弱体化してるとはいえ負けるなど、夢にも思わなかった。
「…………あの人は、数日前まで、蒼野とゼオスの二人に稽古付けて喜んでたよな」
「ええ」
「飽きもせず昔の話を聞き続ける蒼野を大層気にいってたよな」
「ええ」
そんな男が、永遠にいなくなった。
二度と声を聞くことも出来ず、下らない雑談をすることさえできない。
それが、彼にとっては何よりも辛い。
「ここまで言えばわかると思うけど、『ウォーグレン』にはこのオーバーの捕獲又は殺害を頼みたいの。神教内部で進めようとすると、どうしても情報が漏れ出ちゃうから。少数精鋭で解決して欲しいわ」
「了解した」
アイビスが告げる依頼内容に対し、善が敬礼をしながら再び二つ返事で返す。
彼としても自らの師匠を殺した犯人を捕まえるこの仕事を断る理由は一つもなく、いつも以上にしっかりとした声で返答を返すのだが、そうして受け入れてしまえば、寂しい気持ちがどっと押し寄せて来た。
「……爺さんの死体はどこにある。手を合わせておきたい」
「残念ながら、それはあんたでも教えれない。あたしも含め今ゲゼルさんの死体の居場所を知ってるのは神の座のみ。誰にもばれない場所に、静かに安置しておくとの事よ」
「……そうか。それなら仕方がねぇな」
ばれた場合のリスクを考えた場合、それは最良の選択だ。
無理を言って何とかできればとも思ったが、神の座の腹心である彼女でさえ場所を教えてもらっていないのであれば、食い下がる意味もないと考え引き下がる。
「さて、これで今日来てもらった要件は全て終わり。
まあ一応釘だけ刺しておくけど、最優先事項は明日の西本部での戦いよ。
オーバーの討伐やデュークの捜索も、やってもらわなきゃ困る事態ではあるけど、それでも明日に支障をきたすような事はしないでね」
「安心しろ、分かってる」
普段と変わらぬ様子でそう口にする善だが、掌に指が食いこみ、血が掌を伝い地面に落ちる様子を見れば、どれほどの怒りを持っているか彼女にはすぐにわかった。
「……念押ししておくけど、早まった真似はしないでね。あんたを第三位に戻さないとはいえ、これまで以上に極秘任務やらなんやらを頼むことになるんだから」
「それもわかってる」
「それと、デュークの件はそこまで焦らなくてもいいわ。アイツはね、あたしに『またな』って言って出て行ったわ。そう言ったあいつが戻ってこなかったことなんてないんだから」
「何度も聞いた事がある話だな。それであんたが帰ってきたあいつに『おかえり』と言って、デュークさんが『ただいま』と答える一連の流れだろ。知ってるよ」
「そう。ならいいの。しっかりね」
「…………」
部屋を去る善の背中に、その声が届いたかどうかは定かではない。
しかし今の行為は意味がある物であったことを信じながら、彼女は部屋を出る男を見送った。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ゲゼル・グレアの死についての詳細が今回の話の主題です。
同時に用語集は神教に関して更新。
色々と情報が出ていましたが、ある程度まとめられたかな、などと考えております。
それではまた明日、もしよければご覧ください!