古賀兄弟への訪問客 三頁目
神器
この世界に存在するあらゆる『物』の頂点に立つ存在
これらはどれも決まった特徴を持っており、
第一に固い。
この星、というより観測できる宇宙の範囲で最も固く、それこそ星が爆発しようと破壊することはできない。
次に一種に付き一つ、能力を備えている。
それがどのような物であるかは、持ち主によって全く違うものとなる。
そして最後に『あらゆる能力』、『異能』、『不可思議』な現象を否定。すなわち無効化・消滅させる
この武器の前では『時空を制する力』『因果を操る力』『無条件で相手を殺す力』etc、は全て無力化し消滅する。
また『未来予知』や『空間支配』を行う、持ち主には関係ない力の場合も、効果の適用外となり、攻撃の威力を『増加』『低下』させた場合でも、あたってその威力が身に染みる前に完全に無効化される。
いわば、能力の類なく、素の実力が必要な武器。
手に入れる方法はある程度分かっており、『強い力』と『強い意志』が求められる。
現在世界で最も研究されており、能力無効化のメカニズムの解明について日夜研究されている(なお、結果は芳しくない)
「間一髪って、ところでしたね」
木でできた簡素なベンチに腰かけ、古賀蒼野が尾羽優に膝枕をしながらその様子をじっと眺める光景。
それを見ていた土方恭介が顎に手を置き、興味本位で語りかける。
「ふむ。弟分が母親のような表情と仕草で美少女を休ませる姿は見ていて興味深いのだが、お前の仲間のこの子は、いつもこんな大変な状況にあっているのか?」
多種多様な花が咲き乱れる庭園に、申し訳程度に建てられている石造りの建物。
様々な人々や自然で溢れているその景色のど真ん中で、彼は蒼野に話しかける。
「いやまさか。本当にたまたまだよ。その中でも今回みたい状況は本当に少ない」
「何でも、突発的に記憶を失うらしくてな。原因不明の奇病らしいんだが、その前兆としてこういう事があるらしい」
「まあ本人もそこら辺分かってるらしいから、たまにこうやって呼ばれるってわけだ」
仕方がないといった様子で説明しながら少女が手にしている携帯電話を指差す蒼野に、やれやれと息を吐きながら言いきる康太。
「そうか…………」
「ん? 土方さんどうかしましたか?」
二人の説明を聞き恭介の視線が憂いを帯び、その姿を見て蒼野が疑問を抱いた。
「いや、『ウォーグレン』のヒーラーといえば今世界中でかなり話題だからな。そんな腕前の術者が、自分でも解決できない奇病を抱えているというのは皮肉だと思ってな」
「まあ、確かにな」
苦笑し頭を掻き毟る恭介の言葉に康太が同調し、蒼野は黙ってその言葉を聞く。
「ん……うん?」
「お、目を覚ましたか」
「あれ? アタシ……どうしてこんな場所に?」
「やっぱ記憶が飛んでるな。一から説明するぞ。まず俺たちがここに来た経緯は――――」
そうして蒼野が説明口調で一つずつ確認を始め、
「康太、少しいいか」
それがある程度の時間がかかるのだろうと見積もった恭介が、康太を引き連れ近くにあった別の休憩スペースに移動した。
「いきなりどうしたんだよ兄さん」
「いや、お前には聞いておかなくちゃならない事があってな。というよりも、俺がここに来た本当の理由はそれだ」
周りを花で囲われ地面から天井まで花で装飾した休憩スペースは、庭園のメインストリートから逸れた場所にあるため人はおらず、そこにあった自販機で恭介が康太の分の無糖コーヒーと自分用にお茶を買い、木製の茶色い椅子に座る。
「お前、今悩み事があるだろ?」
「…………」
椅子に座り、椅子と同じ色の丸机に肘かけた男が、これまでの穏やかさとは全く別の、真剣な顔で康太に問いかける。
「……兄さんには叶わねぇな」
その探るような目付を前にした康太が口を付けようとした缶コーヒーを机に置き、男を正面から見据える。
「今俺は『ウォーグレン』に所属しているわけなんだが、時々それでいいのかって疑問が湧くんだ」
「というと?」
「俺が強くなったのは、昔兄さんが死にかけたことが理由だ。ここでならより強くなれると思ったから入隊した。だけど最近になってそれでいいのかって思うようになってな」
「強くなることが目的で、それがここで出来るのなら、なんの問題もないんじゃないのか」
古賀康太という人間は自らの意思に素直な人間だ。あれをやると決めたらそれを必ずやり、これはやらないと決めればそれは決してやらない。
良くも悪くもまっすぐな性格で、それが原因で他者の言葉を聞かず、自分の意思で全てを決めてしまうというある意味での悪癖もある。
その康太が、自分が決めたことで悩むというのは、彼からしたら少々驚くべき事態であった。
「お前の事は数年とはいえ寝食を共にした身だ。良く分かってるつもりだ。その行動原理に、おかしな点はないと思うんだが?」
「確かに、な。だけど俺だけが中途半端なんだ。それが気になって仕方がない」
「中途半端?」
康太の言葉の真意を計りかね、探るように反芻する土方恭介。
「ああ。ギルド『ウォーグレン』にはほんの半年前までヒュンレイさんって言う人が居たんだが、その人が死んじまってな。康太も含めてみんなその人の意思を継ごうと日々頑張ってる。だけど、俺は違う」
優はもちろんの事、蒼野も強い思いを秘め『ウォーグレン』に残っており、めんどくさがり屋の積も自分で言いだした事務仕事に関しては文句ひとつ言わず仕事をしている。
ゼオスに限って言えば自分の命綱を握られているのも同然のため、ここに残るのは優以上に必然のため議論のしようはない。
「つまり、お前だけは『ウォーグレン』のためではなく、ジコンのために強くなってる現状に悩んでるってことか?」
「そうです。俺にはそれが正しいのかがわからないんです」
全てを聞き終えた恭介は確認を取り、康太が縋るように答えを求める。
「まったく、少し頭が固すぎるぞ、いや不器用すぎるぞ康太」
「?」
それに対し、恭介は心底困った様子でため息を吐き、その様子を見て、康太は彼らしくもない様子で取り乱した。
「お前はジコンが大切で強くなるためにギルドに残ってると」
「は、はい」
「ただ、その目的が他の面々とは違ってて悩んでると」
「ええ」
「加えて一応聞いておくが、そんな悩みを持つくらいだからギルドが嫌いなわけじゃないんだよな」
「もちろんだ! ジコンも好きだが、ここだって大好きだ!」
混乱しきっている康太に対し恭介が続けて質問を出し、それに対し康太は嘘偽りのない答えを返す。
「なら簡単じゃないか。お前も他の奴らと同じように、ギルドのために戦えばいい」
「え?」
そうして最後まで聞き終えた時出された答えを前、康太は虚を突かれたかのような声を絞りだした。
「それは……俺にジコンへの思いを捨てろってことですか?」
これ以上ない程苦しそうな声でそう口にする康太。それを前に恭介は頭を抱える。
「いやそうじゃなくてな……うん、これは俺のミスか? いやそうじゃないな。まさかここまで思い込みが強いとは」
「?」
「至極単純な話だよ康太。一つ聞きたいんだが、優先順位をつけるのは仕方がないとして、大切な物って言うのは二つ以上あっちゃいけないのか?」
真剣な声で尋ねる恭介の問い。それに対して康太はすぐに答えを返せず言葉に詰まる。
「答えは今お前が言い淀んだ通りだ。別に二つ以上大切な物があったっていいんだ」
「い、いや。それはちょっと不誠実なんじゃないか?」
思いもよらない答えが返されたことでこのうえなく狼狽える康太だが、
「例えば、そう! ものの例えだが! チョコレートアイスとバニラアイスがあったとして、それを一つのコーンに乗せるのは罪か?」
そんな状態の康太に対しなだめるような優しい声で教える恭介。
「そんな事はない。二つとも乗せて食べるのは当たり前だ!」
「なら問題ないじゃないか」
「む、う……それは確かに」
それを聞けば康太もただ頷く事しかできなかった。
「要はそういう事だ。二つ以上好きなものや大切な物があるのなんて、普通当たり前だ」
「そうなのか?」
「むしろ、今までジコン一つに専念できたお前がすごいと思うぞ。むしろ怖い、俺は怖い。どういうきっかけがあればそんな凄まじい執念が宿るんだよ」
「そうだな。尊敬してた兄が瀕死の重傷になったのを見れば、そんな執念が宿る」
「…………俺のせいか!」
全ての原因が自分にあったことを悟り恭介が爆笑し、康太の肩をバンバンと叩くのだが、康太が無言で見つめてくると、徐々にしおらしくなり最後には頭を下げた。
「いやその……正直すまんかった。まさかお前が十年近くあの件を引きずるとは」
「謝るなって。少なくとも俺は、俺の意思でそうするって決めたんだ。後悔はしてねぇ」
胸を張りそう言いきる康太。それを見た土方は…………なんとも言い難い目をした。
「兎にも角にもだ、お前の今の気持ちは別に間違っちゃいない。大切な物が一つ増えただけだ。それがいけない事であるわけではないから、気後れする必要はない。ようは、優先順位をつけて割りきってしまえばいい」
「別に『ウォーグレン』が一番じゃなくてもいいと?」
「そりゃそうだ! というか、原口善にしても目的は別にあるんじゃないか? ギルドだってその足掛かりのはずだ。他の奴にしてもそうだ。必ずしもギルドが一番ってわけじゃないと思うぞ」
「そうか。なんなら聞いて見るよ」
普段他の者には決して見せないような素直な返事をして、康太が自らの悩みが解決したことを理解する。
「それで、他にはないのか。悩み事とか……隠し事とか」
「他?」
胸にできていた取っ掛かりが取れたことで安心した康太だが、そんな彼の様子を恭介はじっと見つめる。
その視線がやけに真剣なものであったため、康太は変に抵抗する気も起きず、過去の出来事を振り返る。
「………………いや、ないな」
狂戦士との戦いから始まり、ゴロレムとの会話にヒュンレイとの会話。アルと娘の件や――――ヒュンレイからの遺言。
じっと見つめてくる恭介の目をしっかりと見返しながら過去の出来事を振り返り、康太は確信を持ってそう言い返せた。
「本当か? 例えば賢教の修道女、アビス・フォンデュの事とか……」
「ブッ!? どうしてその名前が出てくんだよ。てかなんでそんなことまで知って!?」
「はっはっは。世界中を回ってる兄さんはもの知りなんだ。一つアドバイスを送るなら、大切な物は多いほどいい。その思い、大切にしておくといい」
「よ、余計なお世話だ!」
顔を赤くして机を叩く康太の様子を楽しそうに笑いながら眺める恭介。
そうしていると蒼野が優を引き連れながら二人がいる休憩スペースまでやってきて、康太と恭介の顔を交互に見る。
「あれ、なんか顔が赤くないか康太?」
「気のせいだ」
「いやでも絶対……」
「気・の・せ・い・だ!」
「そ、そうか」
鬼のような形相で否定され康太が思わず後ずさる中、隣に立つ優が恭介の顔をマジマジと見つめている。
「蒼野、記憶を失くす前のアタシってこの人と会った?」
「いや、合ってないな。というか悪いな。康太との合流を優先してて話しそびれた。この人は土方さん。ほら、俺や康太が何度か話した、一時孤児院にいた兄さんだ」
「へぇーこの人が。てかここに来た経緯とかも全然わかんないんだけど、何かの依頼?」
「いやいや。私がここに来たのは弟分の元気な顔を見たかったからだよ。それはそうとはじめまして。土方です」
「あら、ご丁寧にどうも。尾羽優です。気軽に優って呼んでください」
自然と差し出された手を握りながら、二人が軽く会釈をして挨拶する。それから一言二言口にすると、四人で丸机を囲うように座り、蒼野が優の記憶のなくなった部分を思いださせるように再度話を始める。
「それにしても、蒼野はずいぶんと手慣れているな。……まるで夫婦だ」
「まあ俺がアイツと仲が悪いこともあって、あいつが記憶の補完を担当してるんですよ。だから自然と仲良くなっていくんじゃないんですか。あいつが携帯に付けてるストラップ? いやお守りかも、蒼野が前の旅行の際に買ってやった奴ですし」
「ああ、あれは蒼野が買ってあげたのか。あいつも中々やるな。もう付き合ってるのか?」
「いや、どっちもそういうタイプじゃねぇからな。そんな様子は一切ない」
「なんだ。やることやってるかと思えばそういうわけでもないのか」
「いやエロ親父かなんかかよあんた。ておい何で二人に近づいていく!」
何を考えているのかわからないような真顔で近づいていく恭介に対し、手を伸ばすが意味などあるはずもなく、子供に対し話を聞かせるような態度で説明を続ける二人の間に入り、机に置いてある優の携帯電話を手にする。
「土方さん?」
「うぇ!?」
「話している最中に悪いね。お前が女の子にあげたものと康太に聞いたから、どんなセンスの物を選んだか気になってな」
「え、ええ。いいですけど。せめて一言くらい伝えてください。びっくりしちゃった」
僅かに怒気を孕んだ声を発する優。そんな様子など露知らずといった様子で土方は少女が蒼野からもらった『稲葉』で買ったお守りをしげしげと見つめながら触り、ニッコリと笑いながら返した。
「うーん、いいものだ。いやなに、異性へのプレゼントにあまりにもみずぼらしいものを買っていたらどうしようかと心配になってな。これはちゃんと、お返ししよう」
言いながら危険物でも取り扱うような手つきで慎重に返す恭介。それを大事そうに受け取る少女の姿を見れば、それをどれだけ大切しているのかも一目でわかった。
「今の一連の行動でなーんかわかったわ」
「何がだい?」
「アナタは確かに康太の『お兄さん』だわ」
「な、心外だな!」
「え、なんだよその反応。傷つくぞ!」
「冗談だ冗談」
肘を机に突いたまま心底辛そうな表情を見せる康太に対し、恭介が笑って返す。
「む、そろそろいい時間だが、戻った方がいいんじゃないか?」
それからしばらく四人で話し込んでいると、庭園全体にどこか懐かしく、かつ胸に残る音楽が鳴り響き、時計の長針が真下を指し示す。
それを確認した恭介がそう言いながら立ち上がると、他の面々もそれに合わせて立ち上がり、キャラバンへと向け歩き出した。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
本日四話目の更新。
ちょっとした日常話です。
この様子ですと零時までの更新はここまでになると思うのですが、
本日は深夜中にもう一話更新しておいて、新章のエピローグまで終わらせようと思います。
あ、それと今回の神器の前書き情報は新情報もあるので、ぜひご覧ください
それでは次回もよろしくお願いします