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説明・発言・思案・急転


「蒼野の奴は何しにここまで来たんだ?」

「…………こいつは貴様らに会えただけでもここに来た意味があると考えられるような性格だ。気にする必要はない」

「どうぞ」


 そう口にしながら、ロムステラに促された席に座るゼオス。するとロムステラが花園の中に建てられた小さなキッチンからお皿を取り出し、その上に八分の一にカットされたケーキを乗せる。


「どうぞ」


 机の上に置かれたのはレアチーズケーキにレモンを混ぜた物だ。

 それが自身の側に置かれると同時に彼は然程警戒した様子もなく瞬時に頬張り、素直な感想を口にする。


「………………うまいな」

「恐れ入ります」


 レアチーズの濃厚な味わいにレモンの爽やかさを見事に調和させたそれは、ゼオス・ハザードがこれまで食べて来たケーキの中で最も素晴らしい味であり、気が付けば皿の上は空になっていた。


「いやーいい食べっぷりだ。見てて気持ちがいい!」

「………………」


 楽しそうにそう口にするレウ・A・ベルモンドだが、それに対しゼオスはバツの悪い表情を浮かべる。


「そんな恥じるような表情をしないでくれよ! ロムステラさんが作るレモンのレアチーズケーキは、初見の場合大抵が今の君みたくすぐに食べてしまう」

「わたくしなど、もう何十回も食べてるのにすぐに食べきってしまいますのよ」

「…………」


 レウやルティスの話を聞いても、ゼオスの表情は変わらない。

 しかし言い返す事もせず、空になった皿に再び乗せられたレモンのレアチーズケーキに再び口を付けている姿を見れば、そこまで気を悪くしていない事はこの場の全員がわかった。


「さて、せっかくの初ゲストなんだ。色々とお話を聞かせてもらいたいな!」

「……それは吝かではないのだが、そもそもこの会は何を目的に開かれている? これほどの面々の集まりだ、ただ喋ることが目的、というわけではないだろう」

「いや。このお茶会はただ集まって好きなように喋るための集まりだよ?」


 ケーキを頬張りながらも用心深い様子のゼオスに対し、レウの無垢で純粋な答えが返ってくる。

 それを聞いても信じ切れないゼオスであるが、その様子を見ると紅茶を口にしていたシリウス・B・ノスウェルがゼオスに視線を向ける。


「君が疑うのはわかる。何せ、ここに集まった我々は貴族衆の次世代を担うといっても過言ではない。しかしだからこそ、ただのお茶会が重要なのだ」

「……どういう事だ?」

「いかに貴族衆が強固な絆に結ばれているとはいえ、長い時代において一部の隙もない壁のような組織であったわけではない。必要な連携が取れず、崩れかけたこともある」

「うん。そうならないために、当主の息子世代は若いうちから集まって親睦を深めておくんだ」

「…………」


 正直なところ、ゼオスに貴族衆の内情や歴史など知りようがない事だ。

 しかし語られた内容は大きな組織ならばどこにでもある事態であり、シリウスの説明は十分に納得できる者であり、一通り聞き終えた後、彼はケーキの横に置かれていた紅茶に砂糖を二つ加え口をつけ息を吐く。


「……それで、何を聞きたい?」


 蒼野が起きていれば『ぶっきらぼう』と言いながら頭を叩かれるような反応を返すゼオス。


「んーなんでも。君はここにいる全員と全く異なる世界を生きてきたはずだから、色々話してくれるとうれしいなぁ」

「……俺の人生など、人に語れるような内容ではないぞ。というよりも、それは俺の半生を知っての事か? ならば話せる事自体がそうそうないぞ」


 しかしそのような態度を取られてもレウ・A・ベルモンドは目を輝かせ好奇心からそう口にして、それに対しゼオスが苦言を呈する。


 自らの人生は血塗られており、そもそも語りだせば犯罪の自白に近い。


 ゆえにそんな事はできるはずがないと、暗に伝える。


「別に全然…………」

「まあそりゃそうだわな! なら、蒼野の野郎と出会ってからの事だけでも話してくれよ。それなら問題ないだろ?」

「……それならば、まあ問題ない」


 その意味を正確に悟ったゲイルがレウを押しとどめ円滑に話を進めようと前に出ると、対するゼオスもその程度ならば問題ないと了承し、ポツポツと、多少の脚色も加えながら話しはじめ、その場にいる全員が耳を傾ける。


「……俺とそこに寝ている男が初めて遭遇したのは――――」

「ほへー」


 蒼野や他の面々との初遭遇時の記憶を話せばレウ・A・ベルモンドがため息をつき、


「……業腹ではあったが、その時から俺はこいつやギルドの連中と共に行動している」

「話には聞いてたが、お前から聞くとまた印象が変わってくるな」


 決着から加入の経緯を聞けばゲイル・U・フォンが頷く。


「……その後、積も一時的にとはいえギルドに加入することになった」

「積さんはそのような経緯でみなさんと行動していたんですね。知らなかったです」

「ふむ」


 アルマノフ大遺跡での冒険譚を話せばルティス・D・ロータスとシリウス・B・ノスウェルが興味深げに耳を傾けていた。


「……そうして今に至るわけだが、これくらいでいいか」

「今のってほんの一年くらいの話だよな。なんというか……おたくは思ったより何倍もすごい人生を送ってるな」

「…………否定はしない。確かに規模だけで見ればこれ以上ない程濃密な一年だったという自覚がある」


 ゼオスからすれば蒼野と出会ってからの人生はそれまでと比べぬるま湯に浸かったようなものだったのだが、確かに安全な人生を送ってきた貴族衆の次期当主からすれば、かなり壮絶な人生に映ったのだろう。

 加えて頻度はそこまで大したことはなかったといえども、戦ってきた敵の厄介さだけで見るならば、語っていない部分も含めこれまでで最も大変な一年であったと彼も自覚していた。


「……俺ばかり話をするのも不本意だ。聞きたいことがあるのだがいいか?」

「もちろん! これはお互いが話したいことを話し合う会だ。聞きたいことがあったらどんどん聞いてくれ!」


 ゼオスの質問に対し両手を広げ、笑顔でどんな質問でも来いとでも言うように待ち構えるレウ・A・ベルモンド。


「……ならば聞こう。きさ…………いやお前たちは『彼岸の魔手』という組織を知っているか?」


 その言葉を聞いたゼオスが策を弄することもなく真正面から気になっていた内容を聞くのだが、その瞬間、周りの空気が微妙に変化したのをゼオスは確かに感じ取った。


「彼岸の……魔手……ですか」

「「…………」」

「……どうした。答えられないのか?」


 最初に困惑の声を口にしたのはルティスであり、それに対し頷くゼオスであるが、それ以降その名を口にする者はおらず、


「いえ、そうではありません。存じ上げない名が出されたため、困ってしまったのです」


 老紳士に視線を向ければ、心底困惑したという様子で首を横に振る。


 クドルフと呼ばれた傭兵はどうかと見てみても、これまでと変わらずただ黙って腕を組んでいるだけだ。


 シリウス・B・ノスウェルを見てみればこれまでと変わらず紅茶を口にしており、レウ・A・ベルモンドはといえば何事かを考えているのか必死に頭を捻っている。


 ゲイルとルティスはといえば、ゼオスの言った言葉に眉をひそめている。


「…………ふむ」


 誰が嘘をついており誰が正直な反応をしているのかまでゼオスにはわからない。


 しかし誰かが嘘をついている事だけは、空気の微妙な変化から理解できた彼はこのまま追及するべきかどうか僅かに思案し、


 ジリリリリリリリリ!


「……時間ですか」

「……なに?」


 その時、花園全体に騒々しい音が響き、ロムステラがそう口にする。


「うぉうっ!?」


 その目覚まし時計のように騒々しい音は意識を失っていた蒼野の耳にも入り、他の面々は少々鬱陶しげな表情を見せながら耳を塞ぐ。


「とても楽しい時間ではあったのですが残念ながらお開きのようです」

「……時間だと?」

「ええ。このお茶会は忙しい身の皆さまの大変貴重な時間を割いているものでして。本日は十八時までの予定となっていたのです」


 ロムステラの発言を聞き時計を見れば、いつの間にか時刻は十八時となっていた。


「失礼。明日のための準備があるのでね。先に上がらせてもらうよ」


 するとシリウス・B・ノスウェルがいの一番に立ち上がり、何もない虚空を掴んだかと思えば、ドアノブを捻るような動作を行い部屋から出て行く。


「護衛の任務は終わりだ。私も、失礼する」


 それに続いてクドルフ・レスターも動き出すと、ぼんやりと目を開けたままフラフラとしている蒼野の側にまで移動し肩を叩き意識を鮮明にさせる。


「久々に君たちのような少年に出会えて楽しかった。もし何かあれば私に依頼をしてくれ。力になれる事ならば応えよう」


 彼は蒼野とゼオスを一瞥するとそれだけ言い残し、シリウス・B・ノスウェル同様この空間から出て行った。


「では、わたくしは残りの皆さまをお送りいたしましょう。よろしいでしょうか?」

「あ、わたくしは彼をここに呼んだ責任者として、一緒に帰ります」

「僕もそうさせてもらうよ!」

「さようですか。では、ゲイル様だけでもいかがですか?」

「なら、そうさせてもらうかね」


 そうして残った面々もロムステラが温和な表情でそう促すと各々の道へ進み、ゼオスは目をこする蒼野を連れ、ルティスとレウの二人と共に部屋を出た。


 こうして、少年が胸にわだかまりを抱えたまま、貴族衆の御曹司たちが集まったお茶会は幕を閉じた。




「今日はせっかく来てくださったのに、ゼオスさんが望んでいる情報をお教えできず申し訳ありません」


 花園を歩き続け蒼野とゼオスが乗ってきたエレベーターの前にまで移動したところで、ルティスが頭を下げ謝罪する。

 その意味が理解できず首を傾げる蒼野と花園にいた時同様頭を捻るレウ。


「……気にする必要はない。元より教えてもらえないだろうと考えての質問だ」


 そもそもゼオスがこの問いを投げかけた理由は朝にこのお茶会に参加する事を伝えた際に善から頼まれた事にある。

 レオン・マクドウェルを抱えるほどの戦力を持った、ギルドの決まりからすれば本来存在してはいけない暗殺者の集団組織。

 彼らはそれがどこにあるか考えた結果、少なくとも今回の件の裏側にいたのはダイダス・D・ロータスの事前の警告から、貴族衆のオリバー・E・エトレアであると想定。

 そこから少々先へと考えを広げ、貴族衆全体が何らかのかかわりがある何かないかを探るための質問が先程のものである。

 その結果あの場の空気の変化から、ゼオスは貴族衆全体と『彼岸の魔手』には何らかの繋がりがあると確認でき、明確な答えまで手に入れるには至らなかったが、十分な収穫を得たと考えていた。


「そうでしたか。いえ、ですがお役に立てずすいません」


 何を考えているか心を読めるルティスが、ゼオスの発言に嘘偽りがない事を確認し安堵の息を吐く。


「あ、ところで二人はどこに送ればいいのかな。もし予定がないのなら、夜のクライメートを案内しようかとも思うだけど」


 そうして場の空気が僅かに重苦しい物に変化すると、それを察知した様子のレウ・A・ベルモンドが朗らかな様子でそう口にして、蒼野が目を丸くする。


「いいんですか!?」

「もちろんだよ! せっかく来てくれたのにしっかりとおもてなしができないんじゃ、貴族衆第一位の御曹司としては赤点だ! 今夜は地元の人しか知らない、有名スポットを回り続けるぞぉ!」

「ぜひ!」


 声を弾ませる蒼野とレウに、ルティスが笑う。

 それからすぐにボタンを押すと開いていたエレベーターの扉が閉まり、来たとき同様大きな揺れを起こしながら、上へと昇っていく。


「さ、着いたよ。じゃあ観光街に行こうと思うんだけど、ルティス君はどうする」

「わたくしはそういうところはまだ慣れていないので、すぐにウルタイユに戻ろうかと思いますわ」

「そうか、ならまた今度……おや?」


 それからさほど時間をかけず、エレベーターが目的地に到達し外へ出る一行。

 彼らの視線の先では、様々な企業を照らす真っ赤な夕日を背景にして一人の男が立っていた。


「あの人は…………」


 その男は浅黒い肌をした真っ赤な炎のような髪の毛が特徴的な筋骨隆々とした男であり、彼らにとって疑問でしかなかったが、全身に深い傷を負っていた。


「えっと……お久しぶりです…………」


 その姿を見てレウが少々不思議に思いながらも前へ出てお辞儀をして挨拶をすると、男はそうかしこまらなくてもよいと少年の肩を軽く叩き、


「あ、すいません。でもお久しぶりです――――オーバーさん」


 その返事に気を良くしながら、レウは笑って挨拶をする。


「ああ」


 そんな少年の姿など確認することもなく、


「久しぶりだな……お前たち」


 彼はただじっと、蒼野とゼオスだけを見つめていた。


ここまでご閲覧いただきありがとうございます。

作者の宮田幸司です。


という事で蒼野とゼオス側の話の本筋、数話ぶりにプッツン男の登場です。

色々と今後の展開の構想はしていましたが、バトルファンタジーとしては、

やはりこっち側に舵を切ってしまいますね。


次回またはその次からはVSオーバー第二戦目です。

お楽しみに!


それと、以前話していたお引っ越しは明日の朝から行います。


調べた結果よくわからなかったので、一章の方にこちらの話を連続投稿する事にしました。

恐らくいつも通りの投稿時間には終わらせて、毎日投稿分を上げると思うのでよろしくお願いします



それではまた明日、ぜひご覧ください

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