貴族衆首都 クライメート 二頁目
「それにしても、便利な機能だなそれ」
クライメートに到着しコンクリートで舗装された地面の上を歩きながら周囲の様子を見ていた蒼野とゼオスの二人であったが、気が付けば十数分が経った。
どこに行けばいいのかわからなかった蒼野とゼオスであったが、ある程度歩いていたところで突如ゼオスのポケットからチケットが飛びだし、二人の前にフヨフヨと浮き先へと進み出した。
「……これは能力なのか? それとも科学なのか?」
「普通なら能力って言いきるところだが貴族衆第一位の治める町だからな。最新の科学技術を使って、能力に似たことをやっててもおかしくないよなー」
ゆっくりと進んでいく紙切れの少し後ろを、同じ顔をした少年が追従するという奇妙な光景を道行く人々が不思議そうに眺め、それを確認したゼオスがバツの悪そうな表情をして蒼野の姿が何とか確認できるギリギリのところまで離れる。
「……いきなり止まってどうした?」
そんな中、宙を浮くチケットにただ着いていくだけだった蒼野がチケットから目を離し足を止め、尾行しているような足取りで着いてきていたゼオスが彼に近寄る。
「これを見ろよゼオス」
「……?」
蒼野に促されるままゼオスが視線を向ければ、そこにあったのは頑丈そうな台座の上に安置された、表面をピカピカに磨かれた巨大な鉄の塊であった。
「……なんだこれは?」
「歴史に関して無関心すぎるだろお前。これは、貴族衆が設立された時に作られた『誓いの石碑』だ」
「……誓いの石碑?」
オウム返しをするゼオスに頷く蒼野。
「貴族衆創設時、それぞれの家系の長がその名を書き、これから先何があっても共に乗り越えようと誓った石碑だ」
「…………そうか」
どこか誇らしげに語る蒼野ではあるが、ゼオスはそれについてはさして真剣に聞く気にもなれず、前に進み続けているであろうチケットを確認。
「……あそこか」
置いて行かれたかという一抹の不安を感じたゼオスであったが、二人を案内する役割を持ったチケットは少し離れた位置で静止したまま止まっており、二人がついてくるのをただじっと待っていた。
「……古賀蒼野」
「悪い悪い。いつか見たいと思ってたものだったんでな。少しはしゃぎ過ぎた!」
頭を掻き申し訳そうに謝る蒼野が、先を歩き始めるゼオスのところまで小走りでやってくる。
その後彼らは今度は離れることなく先へと進むと、人通りの多い十字路の信号が青になったのを確認し、横断歩道を渡る。
「ここから先は西エリアか」
住宅街が集まる東エリアから公共の施設や会社、ショッピングモールが集まる西エリアに移動した蒼野とゼオス。
二人は子供たちが楽しそうに笑う公園の側を歩き、歩道橋の上で最近出たゲームの話題をする二人組の話に耳を傾けながら、お昼前のタイムセールに押し寄せる人の波を避け先へと進んでいく。
「…………」
「ど、どうしたゼオス?」
そろそろ目的地に到着しないだろうかと考えながら蒼野がぼんやりと真横に視線を見ると、ゼオスがこれまで見たことのない、どこか遠くを眺めるような表情をしていた。
「…………いや、ごく一般的な人の営みというのを見る機会がなかったものでな。少々………………驚いていた」
「そうか…………うん、そうだよな」
その返事に、蒼野はあいまいな内容しか口にできない。
思い返してみればゼオスがウォーグレンに入ってからこれまでの間、ここまでゆっくりと人々の生活に触れる機会はなかった。
旅行や食事に関してならばある程度の関心を持っているゼオスであるが、日常の一幕に触れる機会というのは蒼野の知る限り然程なく――――いやもっと言えば、わざと避けているようにさえ思えた。
つまり蒼野や康太はもちろんの事、他の面々からしても『当たり前』の風景を、この男は全く知らないのだ。
「なぁゼオス」
「…………なんだ」
「もしよければなんだが、一度ジコンに来てみないか。派手なものは何もない田舎町だが、賢教との境界上にあるってことで、宿泊施設もある程度整っててな。たまの息抜きにはちょうどいいんだ」
「……………………断る」
少々遠慮した様子でそう聞いてみる蒼野と、普段よりも長く間を置き返事をするゼオス。
「…………俺はあの町には行かんと決めている。田舎町を紹介するというのなら、他の場所にしろ」
「そ、そうか。はは……任せとけ。他にもいい場所はたくさんあるんだ。紹介してやるよ!」
ジコンが断られた経緯はしっかりと理解できなかった蒼野だが、それでもこれまで蒼野の誘いを受けることがなかったゼオスが、初めて自分が行った提案を受けてくれたことに顔を綻ばす。
その表情を見て顔をしかめるゼオスであったが、そうしている二人の前で宙に浮かんでいたチケットが静止し、目的地に到着した事を無言で伝える。
「ここが」
「……目的地か」
同じ顔をした二人が同時に見上げる。
彼らの前にある建物は五階建ての鉄筋ビルであり、左側にある案内を見れば中にはいくつかの企業が入っている事が理解できた。
「これってどうすりゃいいんだ。チャイムの類もなければ案内も書いてないよな?」
フヨフヨと浮かぶチケットを手に取り、表側と裏側を覗きそう口にする蒼野。
彼はその後建物の外観をじっと見るのだが欲している物はない事をすぐに悟り、腕を組んで首を捻った。
「…………入るしかなかろうよ。それとも、ここで立ち続けているつもりか」
そんな彼の疑問を一刀両断する様子でゼオスが言いきり、正面入り口の扉を開け中へ入る。
「お、お邪魔しまーす…………」
中はさほど変わったこともない綺麗に磨かれたタイルの床と空色に塗装された壁の玄関ホールであり、入口の側を見れば各部屋の郵便受けが設置されていた。
「……動きだしたな」
「まだ案内してくれる感じなんだな。ありがたい」
蒼野とゼオスが内部を見渡していると、その行動が正しい選択であるとでも言うようにチケットも中に入り、今度はすぐそばにあるエレベーターの前で静止。
「乗れってことか?」
疑問を持ちながらも蒼野がエレベーターのスイッチを押すと、三階で止まっていたエレベーターが降りて来て、中にいたスーツ姿の中年男性と変わるように二人はエレベーターの中に入った。
「これでいいと思うんだが……何階のボタンを押せばいいんだ?」
すると扉が閉まる前に宙に浮かんでいるチケットが中に入る。
そうして密室空間に囚われた二人と一枚だが、表示されている五階から地下二階までのどのボタンを押せばいいかが二人にはわからず、戸惑う二人の前でチケットは各階層のボタンが設置してある壁の上に張りついた。
「…………これは」
「お、おおぉぉぉぉ。何だか良く分からないがすっげぇハイテクだ!」
チケットが張りついた瞬間、その場所を中心に黄緑色の光が瞬く間に広がり、二人の乗っている空間全体を包みこむ。
その現象を奇異の目で見るゼオスと、楽しそうな目で見る蒼野。
そんな二人を乗せたエレベーターが…………突如大きく揺れた。
「な、なんだ?」
まるで足元の床が消えたような衝撃を前に蒼野が声をあげるのだが、そんな事はお構いなしという様子で、感情のないエレベーターは地下へと降りていく。
地下一階……地下二階
「お、おい。このエレベーター止まんねぇぞ!」
地下三階……地下四階……地下五階………………地下十階
エレベーターは一定の速度を保ったまま音一つあげずに沈んでいき、上部に提示されているメーターを振りきってもまだ動き続ける。
「…………っ!」
三秒ほど動き続けたところで、これが何らかの罠である可能性を感じたゼオスが剣に手をやり意識を集中させる。
「と、止まった」
「…………そのようだな」
音一つあげることなくエレベーターが動きを止めたのは、それから十秒後。
ゼオスが剣を抜き、無理矢理扉を破壊しようとした時の事であった。
「な、なんだ? 何が起きる」
ゼオスだけでなく蒼野も警戒の色を見せ始めたところで、重々しい音を立てながらエレベーターの扉が開く。
「うっ!」
「……これは!」
その瞬間、目を覆う程の光が二人の視界を支配し、
「お待ちしておりました。お客様」
戦いの場であればこの上ない隙を二人が晒す中、彼らの耳に聞こえてきたのは積み重ねた年を感じさせる老人の声であった。
彼らが耳にする穏やかな声には僅かな敵意も感じられず、それを正しく理解した蒼野は警戒を解き光にやられた目が回復するのを待つ。
「こ、これは!」
それからしばらくして視界が回復した蒼野が見たのは、一面を埋める花畑であった。
それらの大半は二人が見たことのない、大小様々な珍しい花の数々であり、視界一面に広がるその光景に、蒼野やゼオスは圧倒される。
「ようこそ」
「「!!」」
周囲一帯を見ていた二人であったのだが、気が付かぬうちに真横に見知らぬ老人が現れており、突如聞こえてきた声を前に蒼野とゼオスが腰に携えていた剣に手を添え、
「レウ様主催のお茶会へ」
「あ、はい」
それから老人がそう告げた事で、蒼野は無事に目的地に辿り着いた事を認識し、強張った肩を下ろした。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
目的地に到着、彼らの目の前には一面の花畑、などという内容の今回の話です。
恐る恐る目を開ければ、そこは一面花畑でした、
などという展開が好きなので、今回の話と次回は結構ノリノリで書いています。
次回はお茶会メンバーが登場。
大半は新キャラですが、ここで覚えずとも後々また出てくる面々なので、
気軽な気持ちで見ていただければ幸いです。
それではまた明日、よろしくお願いします




