憤怒の怪物/守護の拳闘士
亜人
・一般の人間とは姿形が違う人間の総称。十属性のどれかや、身体能力、頭脳など、一般の人間と比べた場合何かが秀でている事が多い。
・ただし一般の人間の百分の一以下の人数のため、昔は姿形が原因で、社会から疎まれている存在でもある。現在は神の座イグドラシルが受け入れたため、対象にはならない。
・このような姿になった原因は『異能』によるもので、言うなれば何らかの特性を突き詰めた結果『最適な形として人からかけ離れた姿』になった存在。
・代表的な存在は獣人族や魚人族・鳥人族。エルフや鬼人族はかなり希少性が高く、竜人族や巨人族は、過去の大規模な乱獲や戦いで滅んだとされている。
空を突き破り現れた物体を目にして、善が忌々しげな瞳でそれを睨む。
天井を突き破り現れたそれは、目の前に見える町を押しつぶせるだけの質量を持った巨大な岩石。
数百キロ単位で広がる町を押しつぶすほどの質量を持ったそれが、強烈な熱を放ちながら、大地へと向け沈んでいた。
「オーバーおめぇ!」
「ギャハハハハハハハハハハハハ! ここで見てろ原口善! どれだけ足掻こうと、お前じゃ何も救えないってのを証明する光景をなぁ!」
もはや自分の身などどうなっても構わない。
そのように思い自暴自棄になったオーバーが最後に成しえようとするのは、自らを完膚無きに叩きのめした男へのささやかな復讐。
それを前に怒りを顕わにする善の姿を見て、心底楽しくなった彼の口から絶え間なく笑いがこみあげる。
「たくっ、面倒ごとをしやがる!」
しかしそれを前にしても、目の前の男の顔は絶望に染まらない。
未だ何も終わっちゃいないというように瞳には光を宿しており、それを感じ取った瞬間、顔に張り付いていた笑みは消え去った。
「おい、なんのつもりだクズ野郎。殴る蹴るしかできねぇてめぇが、一体何をしようってんだ。あ?」
「決まってんだろ。その殴る蹴るで、あれをどうにかするんだよ!」
そう口にした原口善が疾走。
音を置き去りにする速度で小さな村へと向け駆ける。
その姿を見てオーバーの背筋が一瞬凍るが、それでもすぐに意地の悪い顔が戻ってくる。
「馬鹿が。てめぇじゃそれはどうしようもねぇよぉ!!」
オーバーという人間が知りえるこれまでの情報と、今実際に戦ってみてわかったことが一つある。
原口善という人間は『超人』という領域にカテゴライズされる存在ではあるが、どこまで行っても肉体を用いた範囲での戦闘しか行えない。
属性粒子は昔からコントロールできないため使う事ができず、どれだけの破壊力を持った拳や蹴りであろうと、砕けた岩石の熱と破片は小さな村を地図から消し去るだろう。
ただ自分は変えようのない事実を痛感させるため、ゆっくりと隕石を落とし絶望感を煽ればいい。
何もできずに跪く男の姿を確認し、この場を離れればいい。
そう確信するオーバーであるが、しかしその予想は見当違いであると言わざるをえない。
なぜならばそのような弱点を補うために、原口善は青い練気を会得したと言っても過言ではないからだ。
真下から聞こえてくる悲鳴を耳にしながら、原口善が空を走る。
その足取りに迷いはなく、向かうべき場所へと一直線に向かって行く。
「うし、ここがいいな」
そうして辿り着いたのは、村一つを消滅させるために作りだした悪意の結晶から見て斜め下の位置。その場所に辿り着くと、目の前の存在がいかに邪悪かを思い知る。
オーバーが纏っている炎の鎧は、全身を守ることが最大の目的のため炎の熱が表面に集中している。そのためどれだけ近くにいようとも実際に触れるまでは害がなく、触れた場合に限り対象に牙を向く仕様となっている。
だが善が今直視する目前の存在は違う。
周囲全てを焼き尽くすために生まれたこれは、その大きさから纏っている熱の量はかなり下がっているが、遥か上空に存在する今でも地上の温度を急速に上げていき、辺りを焼き尽くす災厄としての役割を全うしている。
「とりあえず、まずは囲うか」
それを前にした善が自らの練気を巨大な隕石に纏わせる。
善の練気の真価は自らが生じさせた練気をあらゆるものに纏わせることだ。自らの分身に纏わせれば相手を欺くことができ、他人に付与すればある程度の攻撃を防ぐ鎧として機能させることができる。
そして今のように周囲に被害を生じさせるものに纏えば、その被害を練気の内部だけに抑えることができる。
「さあて、行くぜ……」
村一つ覆う程のものとなれば、粒子を使って同じような事をするとなると大量の粒子を消費することになるが、練気は違う。
そのエネルギーの根幹が本人の意思である練気は、その思いがくじけない限り無制限に使う事ができ、だからこそ巨大な隕石を囲ったあとにも関わらず、無辜の民を守ることに意思を燃やす善の体からは大量の青い練気が生じ、真下にある町の大地と隕石を繋ぐ。
「なぁっ!?」
巨大な幹を持つ大樹が突如現れたかのような光景にオーバーが息を呑み、彼がただ呆然と眺める中、ゆっくりと下降していた隕石がその動きを静止させる。
「これで……」
セブンスター第六位オーバー。
原口善との戦いにおいて至らぬ点は数多くあれど、ことこの最終局面において大きな過ちがあったとすれば作りだした隕石の落下速度を亀の歩みの如き速度にしたことだろう。
善により長く絶望感を与えるために速度を遅くする等という事などせず、目の前で村を潰す敗北感を与えることだけに満足していたのならば、これほどゆっくりとした速度にはならなかった。
もしもある程度の速度があったのならば、いかに原口善が練気で支えようと足掻こうと、その圧倒的な質量で押しつぶせるはずであったのだ。
つまりは、己の捻じ曲がった欲望を叶えるための無駄な行為が、結果的に彼の全てを奪い去った。
「ふ、ふふふふふふ……ふざけんな。ふざけんなふざけんな!」
目の前で繰り広げられる光景を前にして、額に浮かんだ血管が千切れ血が吹きだし、握った拳からは血が溢れる。
それは奇しくも、ゲゼル・グレアがオーバーに殺されたと聞いた時に善が見せた姿と全く同じものであった。
「終いだ!」
善が青い練気を纏った隕石の真横に立ち、拳を握るがその拳は善自身の拳に非ず。
大量の練気を固めて作った、隕石と比べても一切見劣りしない巨大さを誇る巨大な腕と拳だ。
それを全身全霊の力で隕石へと叩きつける。
「おらぁ!」
善本人の拳に比べれば威力は比べ物にならない程劣る拳とはいえ、練気に動きを止められたことで、ただの巨大な岩の塊となった隕石を明後日の方角へと吹き飛ばすことには差し障りない。
青い腕から放たれた一撃を浴びた巨大な悪意は、抵抗することなど一切なくその一撃を受け入れ、善とオーバーが戦いを繰り広げた、無数の崖が連なる無人の大地に落下した。
「ふぅ、終わったか」
いかに無尽蔵な練気といえど、使い続ければ粒子を使うのと同様疲れもする。
落下したまま青い練気に覆われていたことで砕け散ることもなく鎮座するそれの前まで移動した善は、被害を最小限に抑えられたことに安堵し胸を撫で下ろす。
「ま、これで大丈夫だろ」
隕石を覆う灼熱の炎は、降り注ぐ雨により消え去るだろう。もしそうでないとしても、周囲は草木の一本さえない荒涼とした大地。
これほどの熱量を発し続けるのならばそれ相応のエネルギーが必要であり、供給できるエネルギーがないとなれば、数十分後には勢いが衰え鎮火しているはずだ。
あとは青い練気でも完全には抑えきれない隕石が発する熱についてだが、周囲に何もない現状ならば、大きな被害はでないと言いきれる。
「まぁ当然逃げるわな」
唯一の気がかりはこの巨岩を食い止める間放置していたオーバーについてであったが、先程までいた場所に戻ったところでその姿は消えており、周囲一帯を探ってみても影も形も見当たらない。
「だが…………これでよかっただろ」
しかし善は、この選択が間違っていたとは思えなかった。
もしオーバーを捕まえる事にこだわり、無辜の民を見殺しにしたとすれば、それは一生癒えることのない傷として自らの胸に刻まれるであろうことは予見できた。
「なぁ……爺さん」
何より、この場にいたのが死んだ自らの師だとすれば、同じことをしたであろう確信を彼は持てていた。
「さて、帰るか」
溶岩の鎧に巨大な岩石による町の破壊未遂。
それだけの力を使えばオーバーにも然程の余裕がない事は明確であり、これならば二次災害はないと考え善は歩き出す。
「明日の用意をしなくちゃいけねぇしな!」
雨はなおも降り注ぐ。
しかし、彼の心は自身が成しえた成果を目にして、実に晴れやかであった。
「くそっ……くそぉぉぉぉ!」
アイビス・フォーカスや善が一切想定していなかった戦いはこうして終わりを迎えた。
「許さねぇ……ぜってぇに許さねぇ」
だがオーバーは満身創痍ながら未だ動くだけの力があり、それに加えて歪んだ復讐心を抱いていた。
「この俺を捕まえなかったことを、必ず後悔させてやるからな。えぇおい!」
その言葉の真意を知る者は今はまだ誰もいない。
しかしこの逃走がどのような結末を迎える事になるのか、原口善は……いやこの世界はすぐに知ることとなる。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
今回の用語集は初出情報あり、亜人についてです。
もう少し後に語られる内容に関する先出し情報です。
本編はと言いますと、オーバーVSゲゼルの戦いは終了。
これにて今回の物語は終了……と言いたいところですが、西本部の決戦の前の一日としてとらえているため、蒼野とゼオス側の話まで続きます。
次からはそちらサイドに移りますので、よろしくお願いします
それではまた次回、ぜひご覧ください




