嵐の中の攻防 二頁目
用語集
耐性
賢者王が粒子を見つけてから発達した人間の機能。
遥か昔から戦いに明け暮れてきた結果、人間の体は徐々に変化。十属性に対するものだけでなく、様々な能力に対しても強くなった。
炎属性耐性が高ければ、『熱』に強く、氷属性耐性が高ければ『寒さ』に強くなる。
雷属性ならば『麻痺・痺れ』などのような形である。
十属性以外を例にするならば、一時期流行った『即死系能力』耐性や、洗脳耐性が一般的によく知られている。
「なぜ!」
「あぁ!?」
「なぜ爺さんを殺したオーバー!」
荒々しい激情を乗せた拳が、オーバーの体に突き刺さる。
並の者ならばそれだけで戦いが終わる一撃の直撃を食らい、数百メートル吹き飛び反り立った崖に体を埋めるオーバーだが、彼が立ち上がる瞬間を狙い、再び拳を振り下ろそうと考え迫って来る善を蹴り飛ばす。
「決まってんだろ。これから迎える新時代に邪魔だったからだ!」
「新時代だと?」
「そうだ!」
回避や防御が間に合わず、攻撃を受けたことで善の体が宙に浮き、雨粒を弾きながら後方へと吹き飛んで行く。
「新時代だ。強者が上に立ち弱者を管理する。科学でも法でもなく、力が全てを決める、この星の在り方に最も適した世界。
そういう世界を作ろうとするとな…………あのおいぼれはひたすら邪魔なんだよ!」
地面と水平に吹き飛んでいく善の様子を、満足げに見つめるながら声を荒げるオーバー。
体勢を整えようとする善がぬかるんだ地面を何度も飛び跳ね衝撃を和らげていると、オーバーはそんな様子の彼の元へと一度の跳躍で迫り、無数の血管を腕に浮かばせながら、渾身の力で拳を振り下ろす。
「ちっ!」
交差させた両手でそれを受け止める善だが、その威力に表情を歪ませる。
「はっ! 流石に一筋縄じゃいかねぇな。いいねぇ、最高じゃねーの!」
その様子を見てオーバーはこの上なく楽しそうに笑い、拮抗状態が僅かに続いたところで、真っ赤に染まった彼の毛髪が燃え始め、浅黒い肌が赤みを帯び、全てを焼き尽くすかのような溶岩が腕に宿る。
「ふん!」
その状態になった彼は善を蹴り飛ばし宙に浮かせ、
「暴楼夏!」
叫びと共に、腕に張り付いていた溶岩が螺旋を描きながら善に襲い掛かる。
「クソあちぃ!」
慌てて回避に移行する善であるが、僅かに肩に触れただけでもその溶岩は高い炎属性耐性を持つ善の体さえ焼き、その痛みに善の顔が引きつる。
セブンスター第六位オーバーは炎と地の二属性を使いこなす鬼人族だ。
地属性の恩恵により高い身体能力を発揮し、炎属性に至っては属性粒子の量が過多な場合に発言する毛髪の変色が起き、レオン・マクドウェルのように真っ赤に染まっている。
彼の戦闘スタイルはそれら二つを活かしたもので、地属性と鬼人族の特性を混ぜ合わせた身体能力を活かした近接戦はもちろんの事、炎属性と地属性の二属性を混ぜることで作り上げた、自然界には存在しないほどの熱が籠った溶岩で多彩な攻撃を行う。
また、それらで自身の全身を包みこむことも可能であり、攻防に優れた万夫不当の強者である。
「こんなもんじゃねぇ」
「あ?」
「あの人の……ゲゼル・グレアの実力は………………こんなもんじゃねぇ」
それを前にしても原口善は一歩も引かない。
口からは無念と恨みを込めた言葉を吐きだし、自身の前で余裕の表情を晒す巨躯をジロリと睨む。
「この程度で……」
「か、夏留弾!」
「あの人を殺しただと?」
ゆっくりと立ち上がり拳を構える姿を前に、オーバーの直感が警報を鳴らす。
それに従い彼は前方180度に無数の溶岩弾を発射。
「こんなもんじゃねぇ…………あの人の力は……こんなもんじゃねぇ!」
しかし善はそれらの動きを見切り縦横無尽な動きで容易く躱すと、思わぬ光景を前にして身を硬直させているオーバーの顔面を殴りつけた。
「おらぁ!」
「ぐっっ…………あ、あぁぁぁぁぁぁ!?」
オーバーの体がピンボールのような勢いで大地を跳ね、再び崖に突き刺さる。
が、頭部を襲った殴打の威力は先程の比ではなく、突き刺さった体は厚い崖でさえ受け止め切れず崩壊。
貫通後も数キロ以上空を裂き、再び崖に体を埋め込ませやっと静止した。
「ご、あ!?」
腹を貫くような痛みに襲われ、体内に詰まっている物全てが逆流するような感覚がオ-バーの全身を支配する。
「まだだ」
すぐに何とかしなければと考えるオーバーであるが、しかしそんな暇は与えられない。
善が間を置くことなく、一呼吸の間に目標の前まで移動すると、横一文字に蹴りを放つ。
「う、おぉぉぉぉ!?」
迫る脅威を屈んで躱し、片足立ちになった善の体を急いで掴み投げ飛ばす。
その時ふと背後の光景が目に映るが、それを見て彼は息を呑んだ。
自身の背後にあった崖が、無造作に放たれたたった一度の蹴りの衝撃で真っ二つに分かれている。
「あの人は世界を背負ってた……」
「!」
その光景に呆然とするオーバーに投げかけられるは、怒気を孕んだ僅かな言葉。
それを耳にした瞬間、オーバーは反射的に声のする方角、彼を吹き飛ばした向きとは真逆の方へと視線を向けた。
「寿命が尽きて死ぬその時まで、一生この世界を守り続ける」
その時オーバーが見たのは、阿修羅の如き怒りを顔に浮かばせた男の姿。
いつ戻ってきたのかわからず、ほんの一瞬で自身の背後を取った、原口善の姿だ。
「おめぇは……そのどこまでも綺麗な願いを、考えるまでもねぇ馬鹿馬鹿しい身勝手な願いで踏みにじった。その報いを受けろ!」
その言葉には強い意志が籠っていた。
目の前の咎人に罪を宣告する、神の如きはっきりとした宣告。
決して許すつもりはないという、鋭い視線。
「知るか…………知るかよ!」
それを前にしても彼は物怖じせず、荒ぶる激情を炎の息として口から吐き睨み返す。
「てめぇの……いやあの弱弱しいおいぼれの…………クソみてぇな事情なんて知るか! 俺は俺の思うようにやった! 弱肉強食というこの星にとって最も正しい世の中を作る邪魔者を…………平和面して頂点に鎮座する、邪魔な羽虫を踏み潰しただけだ!!」
そうして彼の口から発せられたのは、自らの正しさを目前の存在に訴えかける数多の言葉。
この行いは間違っていない。
これから変化していく世界にとって必要な事であり、自らはそれを行っただけであると言い返す。
「それの何が悪い! 第一だ、てめぇは今の世の中がおかしいと思わねぇのか! イグドラシルの手によって完全に管理された世界。
平等という名で強者も弱者も一緒くたにされ、力を持つものや新たな発明をするもの、名うての鍛冶師や容姿が違う人間、そう言う奴らが、十分な評価を得られず不当な評価を受ける世界! こんな世界は! 壊す必要があるだろうが!!」
声高に、自らの正しさを主張し続けるが、それを前に善は震える。
あまりの愚かさにではない。
「オーバーおめぇ……あの人の事を羽虫と言ったな?」
目の前の大馬鹿者の発した、考慮するにも値しない一言に対する怒りで震えていた。
「それの何が間違ってる! イグドラシルの指示に従いブンブンブンブン飛び回り、間違った世界を継続させてやがる最大の邪魔者。そんなもん羽虫以外の何物でもっ!?」
オーバーの言葉は、そこで途切れる。
目で追えぬ速度で迫った善の拳が彼の頭部に襲い掛かり、抵抗させる暇も与えず大地に叩きつけたのだ。
「が、あ!?」
「…………言いたいことは良く分かるぜオーバー」
再び全身に迸る痛みから脳の処理が追い付かず、混乱している様子のオーバーの首を掴み持ちあげる善。
「お前の言う通り、俺も今のイグドラシルの治世は完璧じゃねぇと思ってる。間違ってるところも大いにあるだろうさ」
「ならなぜだ。なぜ貴様はあの野郎に反抗しない!?」
「それを改善しようとする方法が問題ってことだ。こんな世界中を混乱させる方法じゃねぇ。世界中の意思をまとめて、真正面から勝たなきゃ意味がねぇだろ」
思いもよらぬ答えにオーバーが問いを返し、そんな様子の彼を善は空の彼方へと向け投げ飛ばす。
「こ、のゴミ塵がぁ!」
そんな事ができるはずがない。
裏にそのような意思を込めた台詞を吐きだしながら、そう言いきるオーバー。
彼は雨雲さえ突き抜ける勢いで投げ飛ばされた状態から体勢を立て直し、自身が貫いたことで形成された雲の穴の向こう側にいる善へと向け炎を撃ちだすが、それは空振りに終わり、
「もう一発!」
「が、はぁ!?」
彼の者の真上を陣取り、日輪を背負った善が撃ち出した蹴りが、幾度となく敵対者の体を抉り、地上へと叩き落とした。
「おめぇは…………本当に大馬鹿者だよ、オーバー」
巨大なクレーターのど真ん中で大の字を描いたまま転がるオーバーに対し吐きだすように語りかける善。
それは、目の前の存在が奪い去った、かけがえのないものを取り返すことができない悔しさがこれでもかというほど滲み出ている声であった。
ここまでご閲覧いただきありがとうございます。
作者の宮田幸司です。
ゲゼル・グレアを殺した、オーバーの主張。身勝手かつ自分本位な自己理論を展開する回です。
とはいえこの世界ではこれ自体が悪いわけではなく、重要なのはそれを突き通すだけの実力があるかどうかという話になります。
これまでの相手と比べ、思いっきり間違った方角へとアクセルを踏みこんでくれるので、作者は結構彼が好きです。書きやすいですので。
用語集については、即死系能力や、洗脳(この場合は幻術含む)に対する耐性に関しては初出だったので、この機会に知っていただければと思います。
それではまた明日、よろしければご覧ください




