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異世界転生大成功!! ……知識チートは大失敗?そマ?

 ――神々(仮)の間を抜けると、そこは摩天楼だった。


「……なんでさ」


 これが、渡部善幸わたなべよしゆきの異世界初の言葉だった。

 彼は荒れた息を静め、摩天楼に浮かぶホログラムに嘆息を零した。


 ***


 暗い世界で覚醒し、目を開ける。その前には彼を囲むように真っ白な人影。その数、六。


『でぇ? これが次の子なんだけどぉ……』

『徳は高いがね』

『下心がのぅ』

『でも、それ10歳までだよ?』

『良いんでないの? 儂は良い』


 口々に白い影が言葉を紡いで、話し合いが活発になっていく。各々の影が発言しているが、どの影も老若男女の声が混ざり合って、コーラスの様だった。


「あの、ここは?」

『あァ? どうでも良いだろうが。好きに呼んでおけ』

「ア、ハイ」


 一声の威圧の後、すぐに話が再開する。

 蚊帳の外に置かれた事による孤独感。

 その空白の時間は死を思い起させた。

 迫るトラックに嫌な音、子供の泣き顔。


『――もぉ良ぃ? じゃ判決ぅ』


 寒気を覚えた頃に一際大きな声が挙がり、ざわめきに似た話し合いが終わる。


『『善行を鑑み、今一度、人への転生を』』

『と言う訳だね』

『そうだ。転生だ』

『現世か、異世界か──』


「異世界でお願いします」


 やや食い気味に言い放った彼の顔には、僅かに興奮の色。とうの昔に忘れていた夢を思い出し、感動と期待に震えていた。


『撤回は出来ぬぞ?』

「構いません」

『価値観、風習、問題は多いでしょう』

「理解しているつもりです」


 念押しに影が迫る。距離を測るものが無いため、実際には巨大になっているのかも知れない。


『ならば、良し』

『オッケーオーケー! 行きましょー!!』


 やや細身の影が集団から進み出て、彼の手を引く。

 引かれて行けば小さな光点が現れ、彼の目を突き刺す。

 その光は強力で思わず手を翳し、目を眇める。


『それでは! えー、グーッドラーァック!!』


 光量が際限なく増大して、白に塗りつぶされた空間に彼は飲み込まれた。


 ***


 ──転生、出来たのか……?


 意識が浮上してそう感じた時、全ては分厚い水越しの様で、指を動かすのも億劫に感じる程だった。

 目を開いて、得る事が出来たぼやけた視界の先。

 そこには強烈な光とその下をうねる何かが映って、半狂乱で一目散に逃げ出した。普段と勝手が違う体で、転げ回った末に飛び出した外界。


 それが、摩天楼。透明なドームに覆われた未来都市だった。


 確かに、そこは異世界であった。

 だが、ファンタジーでは無かった。


 そこは、自らの暮らした世界から数段も上の世界だった。


「SFは、嫌いじゃない……けど、けどさ――」


 トラス構造の幾何学模様と、透明なガラス状のプレートで作られた、巨大なドーム。

 雑多な喧騒が絶え間なく溢れる大通り。喧騒を産み出す多様な人種。

 見覚えの無い記号の羅列。宙に浮かぶホログラムに軽快な電子音。

 タイヤとエンジン音が無いまま滑る車。


「――普通は! ファンタジーでしょう!?」

「おかーさん、あれ――」


 ヒステリックな叫びを上げた彼を、幼子が指差し傍を歩く母親に話しかける。

 彼はあまりの驚愕に、思わず目を剥いて振り返る。


「やめなさい――すいません子供が」

「……あ、申し訳ない。こちらこそ」


 母親も言葉こそ取り繕っているが、視線には不信感を滲ませている。


 ――初めてだ。結構、クるもんだな。


 思わず涙腺が緩み、目頭を押さえる。

 潤んだ目に悔恨の念を滲ませた時、大音量のサイレンが響き渡り街を包む。


「ヤバい……行かなきゃ」


 焦燥に押され、当てもない街を走る。背中に投げられる呼び声を振り切り、見知らぬ路地を右往左往。

 息を切らして気が付けば、摩天楼を覆うドームの外れ。

 フェンスに覆われた倉庫街に迷い込んでいた。

 息を整えつつ、汗で湿った栗色の髪を乱雑に掻き上げた。

 

「――痛っ、髪抜け……んん?」


 彼は絡まって抜けた髪に違和感を覚え、辺りを見渡して近くにあった錆び付いたレンチを拾い上げる。

 錆で所々を赤く染めたレンチの柄に、自分の顔を映す。


「俺……顔が違う? なら――他人の身体か……!?」


 強烈に歪み切った鏡面を見て、思わず自分の顔を撫でまわすと、壁に寄り掛かってそのままへたり込む。


「ホントに、他人なのか……俺は」


 砂粒が散らばる地面を眺め嘆息する。


「神様、かな……初めに言っといて欲しいよ。こういうのは」


 そこに降り注いだ、反響する怒号と響く金属音。

 思わず仰ぎ見ると、倉庫の小窓からは光が零れ、隙間から内側の熱気が漏れる。

 それは彼の心をくすぐり好奇心を煽る。


「なんだろ……」


 少しして倉庫のシャッターが開き、粉塵のベールを裂いて進み出たのは、兵器だった。


「ロボットなのか……!」


 分厚く角張った、無骨な人型のロボットだった。


 それらは粛々とドームの縁、ズルズルと開いたゲートへ進んでいく。

 次々と進み出て歩いて行く、15メートル大のロボットを呆然と見送ると、彼は誘われる様にフラフラとして、倉庫街に並ぶある一棟に立ち寄る。

 勝手口をくぐり抜けて内側へ入ると、煌々と照らされた伽藍堂にポツリ、と一機の機体が置いてある。


「親父なら……大喜びだな」

「もう良いのか!?」


 突如響いた至近距離からの胴間声に飛び上がる。いきなりの事に動悸と混乱を抑えきれず、俯いて回らない舌で音を出す。


「落ち着けって、体は大丈夫なのか?」


 胴間声の主、油ハネの染み付いたツナギの壮年が、彼の肩に手を置いて揺する。


「ホント、大丈夫です、大丈夫ですから、体も」

「そうか! なら良かった」

「え、ええ、良かったです」


 ガラガラと笑う壮年の男に同調して、頭を掻く。


「じゃあ行くぞ」

「はい?」

「分かってるってぇ……その為に来たんだろう?」

「は、ちょ……え?」


 彼の腕を引いてグイグイと歩く壮年は、悪戯を敢行する子供の様な笑顔を作っていた。壮年は彼を引いたままロボットの背に回り、そこに在る空間に彼を押し込む。

 硬いシートに操縦桿、紛うことなき操縦席コックピット


「あの! これ──」

「敵多いらしいからな! 気ぃ付けろよ!」

「まっ、待って……!」


 伸ばした腕は空を切り、コックピットは閉鎖される。


「……どうしよう」


 体の持ち主はいざ知らず、彼は、ただの一般人なのだ。


『――搭乗者は照合を完了して下さい――搭乗者は照合を完了して下さい』


 頭を抱える彼に対して、急かす様にコンソールからアラートが鳴る。


「どうすりゃ良いんだよぉ……」


 彼は一人、操縦席で頭を抱えた。


 ***


 わたべは、家族全員がオタである事以外は普通の人間だった。

 父のロボットに始まり、兄のファンタジー。そして、腐った母と砂糖漬けの姉が重なり、それらの熱を叩き込まれた彼もまた然り。

 7歳で既に広く浅く教育されていた。

 その中で強く惹かれたのが、兄ジャンルが一つ「異世界転生」であった。


「ぼく! てんせいしてぼうけん、したい!!」


 そう宣言した幼い彼の行動力は凄まじく、異世界転生を目指し邁進。

 転生、転移後の活躍の為、基礎身体能力の向上に努め、数種のサバイバル書籍と、簡単な科学書籍も購入し熟読。更に主人公達の共通項であった家事能力、特に料理を母に付いて学習した。


 神への配慮も抜け目なく、出来うる限りの善行を行った。

 すべては確実な異世界への転移、転生と、その後の活躍の為。

 そんな生活を続けて早20年――彼は、ただの善人だった。


 ***


 そして、その善行は認められ、念願の異世界転生を果たした。

 にも拘らず彼の顔は暗く、脂汗を浮かべていた。


『――搭乗者は照合を完了して下さい』

「照合ったって、分かるかよ!」

『――搭乗者は照合を完了して下さい』

「知らないって! くっそ……」


 鳴り続けるアラートに苛立ちが積もる。紛らわす為の貧乏揺すりもアラートを消す事はない。精神を宥める為に心の中で悪態をつく。


 ――他人の体なんだ、分かる訳ないだろ!


「識別番号 210341 バリー・マレット」

『識別番号、声紋、確認。待機状態解除。パイロットデータ、ロード』


 ――そもそも、どういう世界かも知らないのに。


「ジェネレーター始動。オートバランサー同調。関節ロック解除。フィードバックシステム始動」


 ――第一、転生だったらファンタジーだろ!? それが王道だろ!


「火器管制同調。敵味方識別有効。通信システム解放。探査装置起動」


 ――なのに専門知識必須の兵器を動かせとか……。


「行動開始――って……あれ?」


 見知らぬ操縦桿を手慣れた様子で動かす。前後左右に小さく動かすとそれに同調して機体の腕が動く。数瞬前まで、むしろ今も操縦法など解っていない。

 だが、事実、動いている。


 ――戦い方が、体に染みついている……?


 確かめる様にフットペダルを操作すれば、思い描いた通りの距離を移動する。解らないはずの操作が、出来ている。


「やれる……! やれるんだ!! ハハッ、ハハハハ!!」


 絶望に抑圧された状態を破り、一足飛びで興奮の最高潮を記録する。高ストレスを経験し、多少の人格崩壊が発生した状態。

 感動に火照った手が、操縦桿を握り込む。


「父さん。俺は、行けるよ……!」


 砂塵を巻き上げて、全速で格納庫から飛び出して行ったバリー



 ――彼は後日、追試に頭を抱えていた。

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