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『ドグラ・マグラ』争奪戦〜万能の魔導書が欲しいんだ?〜

▶︎▶︎▶︎


 ――何人来たってこの本だけは渡さない。マヌケどもめ、しつこいぞ!


 ――くだらない噂に惑わされて、こんな本なんぞに群がって。


 ――まあ、でも、仕方ない。仕方ないから相手してやる。私は番人、『ドグラ・マグラの番人』だ。精々惑え! 迷って狂え!


 勿論お前ら(読者諸君)もだぞ。惑え惑えよ、戸惑面喰(ドグラマグラ)に――


▶︎▶︎▶︎


「オイ、そこのガキ!」


 今日もスラム街の一角に怒鳴り声が響く。ただし、今日の声の主は見かけない顔の大男だった。


「なに?」


 気怠げな返事は少女のもの。端正な顔立ちの少女。衣服もスラムにいる割には綺麗だ。


「お前『ドグラ・マグラ』って本、知らねえか?」


 対する大男はあからさまな悪党。撃鉄が下りた2丁拳銃のトリガーに指をかけている。


「知ってる」

「本当か?」

「さっきのお客さんにも同じ事聞かれた」

「客? ああ、お前娼婦か。分かった、話せ」


 悪党は、小綺麗さから少女を娼婦だと考えたらしい。その少女に2つの銃口を向けた。


▶︎▶︎▶︎


「つまり、お前のさっきの客も『ドグラ・マグラ』を追ってた上に、偶然場所を知ってたお前がそいつに話しちまって、俺達は絶賛大ピンチって事か?」

「大ピンチ?」

「あ、いや、お前は関係ねえ。マズイな。分かってるよ。ああ? うるせえな」


 男は何やらぶつぶつと言っている。


「……よし、確かにお前は関係ねえが、案内してもらおうか。お前ならそいつがどこ行ったか分かるだろ」

「お金くれる?」

「さあな」


 もはや清々しい笑顔で男は銃口を向け直した。が、少女が差し出した左手を見て全力で嫌そうな顔をした。


「何のつもりだ」

「握手。これからよろしくって事」

「ああん? 見ろ。両手が塞がってて無理だ。さっさと案内しろ」


 少女は無表情のまま数秒硬直した。まさか悪党と握手したかった訳でもないだろうが。しかし、すぐに何もなかったように踵を返して歩き始めた。背中に拳銃を突きつけられたままで。


 この状況下で、少女はまだ口を開く。


「じゃあ、自己紹介。歩きながらでもできる」

「はあ? 何がしたいんだお前。状況分かってるか?」


 拳銃がどれだけ強く背中に押し付けられても、少女は気にせずただコクリと頷き、勝手に自己紹介を始めてしまった。


「私、ルマ」


 それだけ。ルマはただスラム街の奥へ進んでいく。男はその続きを待ったが、ルマの自己紹介はそれだけらしい。気紛れか、男も応えた。


「あー、俺はドッグだ。犬じゃねえぞ。なんだよ? 別にいいだろ名前ぐらい」

「わかった、ドッグ」


 名前の可笑しさには触れずルマはまた頷いた。自己紹介を終えた2人はひたすらに進む。まるで恋人同士のように。


▶︎▶︎▶︎


 しばらくしてドッグは黙って歩くのに飽きたのか、両手をぶらぶらさせルマに話しかけた。


「そういやお前、なんで『ドグラ・マグラ』を知ってんだ? 娼婦なんかには一生縁のないモンなんだがな」

「……噂になってる。スラムの皆知ってる。『何でも願いを叶える魔法の本』だって。皆探してる」

「ふうん、人生一発大逆転狙いか。それで、お前はなんで場所まで知ってんのに手に入れようとしない。そんな事(・・・・)やらなくてもよくなるぞ」


 ルマはわざわざ振り返って問い返した。


「どういうこと?」


 ドッグは少女の眉間に銃口を突き付けた。


「いいから。前向け」


 ドッグは再び歩き始めた目の前の少女に軽蔑の視線を送った。フンッと鼻で笑ったくらいだ。本人の責任ではなくても、その無知と愚かさはドッグにとって見下すのに十分だった。


(目の前のチャンスをむざむざ逃すなんて馬鹿のやる事だ。俺ならもうとっくに手に入れて逃げてる。惜しいな。その幸運、俺ならもっとうまく使うぞ)


 アレを手に入れるのは俺だと悪党はほくそ笑んだ。


▶︎▶︎▶︎


「そこだな?」


 ルマが向かう先にある四角い建物――元は商館か何かだったのだろう。他よりも一段背が高く豪華な建物にドッグは目をつけた。


「そう。なんでわかったの?」

「なんでって……あれは誰でもわかるだろ」


 ドッグには、元商館が渦巻く瘴気を纏っているように見えていた。黒紫の霧に覆われた建造物から漂ってくる寒気。ドッグはこみあげる震えを抑えつけた。


「やっぱりやめとく?」


 首を傾げ見上げるルマ。しかしドッグは笑い飛ばす。


「ハハッ! まさか! 俺にはどうしてもアレがいるのさ」

「そう」

「お前も覚悟はいいか……いくぞ」


 ドッグとルマは『ドグラ・マグラ』のありか、決戦場となるであろう建物に足を踏み入れた。

 ――後戻りという選択肢は、無い。


▶︎▶︎▶︎


「何だもう来たのか、待ちくたびれたよ! 初めまして私はマーダー! よろしく殺しあおうじゃないか!」


 商館の2階にいた小男はマーダーと名乗った。歯を剥き出しにしてギラギラと笑い、目ン玉をギョロギョロ回していて少しも落ち着かない。しかも唾を吐き飛ばしつつゲラゲラ笑っている。


「気味悪ィ。あいつか? さっきの客ってのは」

「間違いない」

「そうか」


 ドッグは冷静にマーダーの顔面を狙った。しかしマーダーは避けようとしないどころか、余裕綽々で口を開いた。


「ルマぁ、案内ご苦労だったなあ! お陰で邪魔者を1人喰えるぜ」

「は?」


 驚いて首だけ向けると、そいつは何でもないようにこう言った。


「マーダー、後は任せる」

「な、裏切ったのか⁉︎」

「裏切ったァ? ルマが一度でもお前の味方になるなんて言ったか? そいつは案内しただけだろうが」

「うるせえ」


 何の前触れもなく、会話の途中だったにも関わらず、ドッグは手を大きく後ろに振りかぶり、勢いよく拳銃を投擲した。


「がッ、ガァ?」

「馬鹿が」


 拳銃はほとんど直線を描いて飛んだ。ゴスッという鈍い音の後、奇っ怪な呻き声を残して倒れるマーダー。ある程度の重量をもつ物体が頭部に直撃、前頭部陥没骨折、即死。それは科学も魔法も関係ない。ただの、物理法則であった。マーダー(噛ませ犬)はあっけなく死んだ。


「まあいい。何でもいい。お前らがグルだろうと何だろうと。最終的にアレが手に入るなら何でもいいさ。あ? 何のつもりだ?」

「動くと撃つ」


 ルマは、ドッグが喋っている間に拾った拳銃を持ち主へと向けた。

 形勢、逆転。


「ふうん? ホントに敵だったのかお前。どうでもいいが。それじゃ、やってくれ(・・・・・)。ガラ《・・》!」


 ピカッと、まるでドッグのセリフに反応するようにルマが持つ拳銃、もう一方の拳銃、その両方が閃光を放ち、ルマを吹き飛ばした。無論、光に質量はない。ルマは蹴飛ばされたのだ。

 そこには三人目の登場人物(メインキャラクター)が腰に手を当て仁王立ちしていた。

 再逆転だ。


「偉そうだなドッグ! 助けてやったんだから礼ぐらい言えよな!」

「はっ! 俺の作戦通りだ! 遠慮しとくぜ」


 勇ましいポーズとは裏腹にガラと呼ばれた人物は小柄な少女だった。どうみてもルマより幼い。幼児と呼んでもいいぐらいだ。


「オイ起きろ!」


 ガラは気絶したルマの細い首筋に、小さな両手を押し当て揺さぶった。


「チェックメイト。これで俺達2人は『ドグラ・マグラ』を手に入れる。そいつが持ってないって言うなら他を当たるだけさ。どっちにしろそいつは娼婦とはいえ俺達を騙した。だから――


 殺す」とドッグは言うつもりだった。しかし、気が付くと口を閉じていた。突然体の所有権が奪われる感覚。そして、なぜかガラが眼前に背を向けて直立している。


「ご~~か~~く!」


 異常に陽気な声がした方には、気を失っていたはずの、ただの娼婦のはずのルマがそこに立っていた。スラムには似つかわしくない豪奢なドレスを着た少女がそこに。


「ずっとトリガーに指かけてるから銃自体がフェイクなのは分かってたし、妙なひとりごとが多かったから誰かいるのは分かってたけど、なるほどね! 銃のフリした化物を飼ってたんだ! なるほどなるほど!」


 いつ着替えた? 体が動かない! 口も開かない! 頭がボーッと――


 異状の中、豹変したルマ以外の誰もが動けず、何が起こっているのか、理解できなかった。


「マーダーもいい相棒だったんだけどね。ちょっとルマに犯されすぎて脳がイっちゃってさ。ありがとね! ゴミとはいえ味方を直接殺すのは忍びないもん。ついでに次の相棒も探せるし!」


マーダーは相変わらず死んでいるが、首が無い。死因は陥没骨折ではなさそうだ、頭部なんて付いていないのだから。いつから死んでいた?


 何が起こっていた? そもそも何か起こったのか? 俺達は何をした? こいつは誰だ?

 ――もしかして夢?


「正解ご名答その通り! なんと夢オチ! あなたはマーダーを殺していないしルマは気絶していない。ルマは裏切ってないしあなたの勝ちじゃない。でも結果は同じだからご安心を。マーダーは死んで、次話から何事もなかったようにドッグルマガラの3人で旅に出ます! あのくだらない本じゃなくてルマだけのためにね」


 ふざけるなよ! どこからが! 俺は 私は アレのために!


 ドッグの脳裏に黒紫の霧がちらついた。


「怒らないで。ほら!」


 ルマの左手には一冊の本――書名は、


 ドグラ・マグラ!


「私は『ドグラ・マグラの番人』。欲しいなら奪えばいい。起きた時に覚えてたらね」


【暗転】


 ――次回、矛盾だらけの夢の続き。『忌屍姦(きしかん)』お楽しみに!

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