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遅咲き

 俺の呼吸が落ち着くまで、春子が背中を摩ってくれていた。

 たまに「大丈夫ですか?」と声をかけながら、ゆっくり、ゆっくりと。

 

 そしていざ呼吸が落ち着くと、俺はたった今脳裏に浮かんだ映像を思い出していた。

 

 人と思しき影が、向かい合う誰かの中に溶け込んでいくものと、同じく人らしき何かが、人ではない何かに入り込んでいくもの。その様は丁度、人の心を読む”読心”と、機械類の中へと入り込める”侵入”と似ているもの。そしてそれら二つが、同時に頭の中で再生されたのだ。

 それが正解だとして、いや不正解だとしても、何だって俺の中でそのような映像が。

 

 気になった時に一番役に立つのは、誰あろう夜子さんだ。

 あの人のデーターベースは、もはや人知を超えたものがある。


 ポケットからスマホを取り出し、画面をスクロールして『湯谷夜子』の電話番号を探す。

 と、


「気分はどうかしら、三留?」


 ふと声がしたのは扉の方、美緒のものだ。

 あの後、本日の湯浴みを終えたのであろう、バスローブすら纏わないどころか、水分を拭わなかったのか水浸しの状態でそこに立っていた。

 よく見ると、その先の廊下もびっしょりだ。


 春子さんは声をかけられる瞬間、厳密にはその一瞬前に霊体化して姿を消していた。


 どこをも隠さず曝け出したまま、美緒は俺の方へと歩いて来る。

 そして牢の前まで来るとしゃがみ込み、先のように純粋な笑顔を向けた。


「今日は桜の香りがする入浴剤を入れたの。お肌がツルツルになる効果もあるんですって。ほら、触って?」


 俺の手を強引に掴むと、それをそのまま自身の胸元へ。

 そんな気は全く、毛頭ないのだけれど、逆らうと何を起こすか分からない為、流れに身を任せることに決めて力を抜いた。

 

 子ぶりながら確かな弾力を持つ胸部は、やはり女の子なんだと思わせる柔らかさも兼ね備えている。

 しかし、少し指を這わせて肌の質感を確かめると、そこに”ツルツル”といった感触はなかった。

 タオルなどで拭きとっていれば、あるいは多少の感触も抜けようものだけれど、それをしていないというのにその気がないというのは。

 

 正気なようで、理知的なようで、頭の中がぐちゃぐちゃになっているらしい。


 俺を三留と言い、その後でお兄ちゃんと言ったあの時から、何かが美緒の中で揺らいでいるのだろう。


「くすぐったいわ三留。お姉ちゃんのお胸を弄ぶなんて、いけない弟ね」


 軽いデコピン付きでそう言われて、つい夢中になって考察していた手を引っ込めた。

 するとそのまま俺の入れられた牢を通り過ぎ、奥の戸棚から下着、それからニットのワンピースを取り出し、着こみ始めた。


 動作はたどたどしく、座り込みながら作業を進める様は、容姿には合っているけれど、二十三と聞いた年齢にはそぐわない動作だ。

 今の美緒の中身は、おそらく遥か過去の自分。

 その動作に見合った年相応の中身になっているようだ。


 着こみ終えたワンピースは、やはりと水に濡れてしまっている。

 女性ならそんな状態は気になって仕方がなかろうが、しかし美緒はそのまま立ち上がると、再び俺の前に来て座った。

 そのまま上体を倒して、頭の下に両手を敷いて目を伏せる。

 

「三留…みつ、る……」


 程なくして、寝息が耳に届いてきた。

 寝込みまでの速さたるや、某作品の小学生男子並みである。


 少し眺めていると、濡れた髪から滴る水分が垂れ、目元を伝って重力に従った。

 その描写もあってか、寝息を立てて安心そうに眠る美緒の真顔が、何だか寂しそうな少女の泣き顔に見えてきてしまって、どうにも言葉にし辛いものになる。

 

 今もモニタリングをしているであろう二人の目には、それが一体どのように映っているのだろうか。

 

 願わくば同じであって欲しいものだ。




――……きて――


 頭の中で音が木霊する。


――お…て――


 それは次第に言葉になって。


――おきて……起きて――


 どこか懐かしい声で、はっきりとそう言った。


 目を開けた先に広がるのは、ただ無限に広がる白の光。


 そこに浮かぶ光球から、どうやら声は聞こえていたらしい。


 光は俺に何かを寄越した。


 小さな光の奔流が入り込んでくる。


 温かくも心強い、そんな光。


――ありがとう……よろしく……――


 そんな言葉と何かだけ残して、俺の視界は再び黒に染まった。




 今度は、はっきりとした人間の声が耳を打った。

 すぐ横から、春子が直接耳に口を当てて「起きてください」と言っていたのだ。

 いつの間にか俺も眠りについていたらしく、どれだけ時間が経っていたのかは分からないけれど、すぐ眼前で穏やかに眠っていた美緒の姿はなかった。


 いつぞやのように上体を起こして目を擦り、一番に頭を過ったのは夢の中での出来事。

 スイッチを入れられたように覚醒した意識で脳を働かせると、ふと身体に、僅かだが熱を帯びていることが分かった。


 そして俺は、不思議とそれが何だか理解していた。


 覚醒レベルを確かめるように両手を閉じたり開いたりしている俺に声をかけたのは、無視をされたことに膨らませている春子だった。

 年甲斐もないそんな表情に、つい口元が緩む。


「無視をしたつもりはありません。少し、思うところがあって」

「と、言いますと?」

「万策尽きた――というわけではなさそうだ」


 はてなを浮かべる春子に頼んで、俺は再び有栖の世界へと足を踏み入れた。


 相も変わらない小さな立ち姿は、前回より少し力がない。


「まさか、またここに来たいとか言う輩がいようとは。少し驚いたわ」

「助けて欲しいって言えば聞こえは良いんだけど、ただ会いたい人への通過点として利用させてもらった。ごめん」


 頭を深々と下げると、そんなに意外だったのか、顔を真っ赤にして何を言っているの、と怒られてしまった。

 まったくもって心外だ。俺はそこまで人でなしに見えるのだろうか。


「会いたい人っていうのは、能力者のあの二人でいいのかしら?」

「話しが早くて助かる。今度、ちゃんと礼はするよ」

「不要よ。いいからこっち、さっさと出ていきなさい。生者が長くいる所ではないのだから」

「ありがとう」


 言い残して、指示された方向へと走り出す。

 横目にみた有栖の表情は、またもどこか寂し気だった。


 鏡の世界を経て。

 再び来たるは古ぼけた作戦部屋。

 もはや勝手に中継拠点となりつつあるこの部屋には、案の定二人の姿がある。

 

 半ば飛び込むようにして入り込んだ室内で驚きに目を見開く二人に、俺は言った。


「能力が分かりました」


 それを聞いた二人の反応たるや、感嘆とも驚愕とも喜びともつかないものだった。


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