想ひ出色の手紙
昭子は便箋を机上に広げ、鉛筆を程好く読み尖らせた。濃い目の2Bで、深緑の六角形を握る指に気持ちが通っていく。
卒業式を目前に親友と喧嘩をしてしまった。女学院での生活を共にした大事な親友は、ふいっと逸らした目を合わせてくれない。あれよあれよと日捲りはいざ卒業式前日まで歩を進めた。このままでは嫌だ。昭子は唇から魂の欠片を絞り出す。緩く巻かれた髪は胸まで伸びてしまった。嫁ぐ先の家業ではもう邪魔になる。
切らなきゃならない。想ひ と一緒に。
ねえ、神様。強く願えば叶うと言うなら。
――親愛なる親友 木下 みどり 様へ
御卒業、おめでとうございます。私も卒業だけれど、あなたに直接言おうものなら、あなたは逃げてしまうでしょう。
みどりとこんなことで、お別れになるのは私、嫌なの。黙ってお見合いをしたのは、ごめんなさい。
きちんと自分の口からみどりへ話すつもりでいたの。話したかった。いいえ、嘘ね。話したくなかった。
本当にごめんなさい。みどりに話さなければ、結婚なんて嘘でみどりと一緒に大學へ行けると夢見た私が居たのだわ。
みどりと送る大學生活はきっと、凄く楽しかったでしょうね。
今までもずっと一緒にいたのだから、ずっと一緒にいたかった。
でも駄目。
私、駄目なの。
気付いてしまった。みどり、あなたご存知?みどりの睫毛って、長いのよ。切れ長の目に下睫毛までしっかりと伸びて、足並み揃えて生えている。私は逆睫毛なの。知らなかったでしょう。いいのよ、逆睫毛の苦しみは逆睫毛しかわからないわ。とにかく、みどりの睫毛が長いって私、気付いてしまったの。
ふふん、何かわからないって顔をしてるのがありありと目に浮かぶわね。まあ、読みなさいよ。
私、みどりと一緒に居すぎたのね。
普通じゃないのよ。こんな邪な気持ちでみどりの隣にもう居れないもの。睫毛の長さまでわかるほど近くで、気付けるほどにみどりしか見えていなかった。
だから今はさよなら。私が夫の子を産んで、母になればきっと前のように戻れるから。だから、お願い。その頃には私を許して。
あなたと目が合うと、その瞬間が永遠だった。
大好きよ、みどり。
―― 平成 昭子より
みどりは下駄箱を開けると、靴の上にちょこりんと座る訝しげな封筒を見付けた。なんだ、お前は?既に後輩からの贈り物で両手がいっぱいなみどりは些か面倒に思いながらも、犯人の検討をつけつつ差出人の名前がない封筒を開けた。
ぱ、さ。
封筒を開けた瞬間に甘い香りと一房の髪が落ちる。緩く巻かれた長い髪。百合の甘い臭いが纏わりついて、まるで隣にまだいるみたい。そう。切ったのか。
縮こまった便箋を開く。
あきこ?
呟くより早くみどりは上靴のまま、荷物は放って昭子が旅立つ駅へと駆けた。
閉まる列車の扉を昭子は振り返る。みどりが泣きながら、ばかって叫んでいるような気がした。そっと閉まった扉に手を預けると、現実世界を視界から消す。
ねえ、神様。
強く願えば叶うと言うなら、もっと私に都合の良い世界にしてよと思ったけれど。
やっぱり止めとくわ。
私は皆、時代のコだもの。
扉の向こうには見知らぬ人々が行き交うだけだった。