「世界は崩壊しかけてる、君に会いたい」
「世界は崩壊しかけてる、君に会いたい」
濁った空の下、僕はホームに立っている。
ホームは坂のように反りながら今も延伸され続けている。
黒い虫が安全第一の黄色いヘルメットを被って、ブロックのような「ホーム素」をレゴのように接着していっているのだ、片時も休まずに。
長いカマキリの腕のような主連棒を前後に動かし、船がホームに入ってくる。
船はひとつ大きく咆哮すると、前照灯をカタツムリの角のように伸ばし始める。その先端が赤く明滅し、ようやく扉が開く。
船の座席は腰まで沈みこむほど柔らかく、黄色で、あたたかく、思わず眠りそうになる。
走り始めた船の、四角い嵌め殺しの窓の向こうに稲刈りを終えた田と、さらにその先に林が見える。
窓外の田を覆うように船から左右に翼が伸びて、薙ぎ払うように林の木々を切り倒し、景色はプールの中のようにブルーになる。
台所の床下収納のような、船の床の小さな扉を開けて、はしごを降りて行く。
水の中のはずなのに、不思議と冷たくなくて、上等なスーツやワンピースを着たマネキンが
プラカードを持ってこちらを見ている。
はろーはろー。カクカクとマネキンの口が動いて呼びかけられる。
愛している愛してる、会いたい、会いたい。手を取ってくれよ。向こうに林があるよ。
もういいんじゃないか。一緒に行こう。今日のご飯はきんぴらごぼう。
君に会いたい。
プラカードのことばを並べて見せて、マネキンは買わないかと言う。
いまや、不要になったことばが溢れ、どこでも大安売りされている。
西洋人の顔をしたマネキンが、いつか使うんじゃないかと勧めてくる。
でも僕にはそこにあるどのことばも、見覚えがあった。
砂漠の中に黒檀のテーブル。花と蝶をデザインした白いテーブルクロスが敷かれていて、赤ワインが入ったグラスが2つ置かれている。風が時々、クロスの端を揺らしている。
もうすぐ世界は終わると言う君に、僕は君の髪が伸びた話などをしている。
もうここへは来ない方がいいんじゃないのかと君は言う。
青い世界に氷の柱が立っている。鳥居みたいに。
それをくぐりながら船は走り、駅に着く。
「うらうらとぉーあ、うらうらとぁー」
車掌が癖のある声で告げ、客は一斉にマスクをする。
花束を抱えて君が入ってくる。
ボックス席の僕の正面に座ると花束を膝に置いて話し出す。
何を言っているのか、折れ曲がった脚を踏み鳴らす虫の声で聞こえない。
いつ旅立つのかと聞くと、本当は最初からいないのだと君は答える。
それなら、安心して僕は君に会いに行ける、そう思う。
黒い船は時折り、形を変えながら走り続けて、車掌がまた駅名を告げるけど、よく聞き取れない。
僕は景色を頼りに船を降り、駅名を確かめる。だけど、長い駅名の文字は途中で読まれるのを拒否するように、捩れて、ひしゃげ、どうしても最後まで読めない。
仕方なく、スマートフォンをコートのポケットから取り出して、通話アプリを起動させると、君に電話をかける。
陽気な呼び出し音がしばらく続き、電話がつながる。
今、近くの駅まできてるんだ。
しばらくの沈黙のあと、君の声がする。
今日の空のように少し湿って灰色に掠れたあたたかい声。
戸惑ったように、今日はこれから飲み会があるのだと言う。
途中までの駅名を告げた僕に、わたしも会いたかったよ、でもそこはどこなのと君は言う。
電話を終え、駅を離れ、壁が黒く変色した木造家屋が続く町並みを僕は歩く。
屋根瓦の先端には魔よけの鬼が彫りこまれている。
手のひらで、スマートフォンのSNSのアプリが勝手に起動し、画面がゆっくりとスクロールしはじめる。君との今までのやりとりを遡っていく。
自然と速度があがり、スマートフォンが微かに震えだす。
振動が激しくなり、なにか、爬虫類の卵が孵化するように、ぷりっと、ことばが液晶から漏れて、ふわふわと、吹き出しの形のまま、空に浮かぶ。
やがて吹き出しは消えて、ばらばらになったことばが空に散る。
僕は凧をあげるようにスマートフォンを握った腕を少し後方へ反らして駆け出す。
今まで僕が君へ使った、君が僕に残したことばが孵化して空へ舞い上がっていく。
夢中で走っていたら、気づかずに、コンパスで切り取られたような巨大な落とし穴に飛び込んでしまい、僕はそのまま水平に手を広げて落下していく。あまりに深く、まるで空へ落ちていくようだ。
電信柱も、瓦屋根も、落ちていく。
落ちながら僕はようやく理解する。
うらうらとぉー。だみ声の車掌の声。
うらうらと。裏浦戸。
そうか、もうとっくに通り越してしまっていたんだ、君のいる場所を。
そこはどこなの、さっきの電話の君の声を思い出す。
角を伸ばし終えた船は胸を反らし、発車の時を告げる。
まどろんでいた僕は、ポケットの中に起きた微かな振動に目を覚まし、やわらかな座席から身を起こすと、スマートフォンを取り出す。
指先でロックを解除すると、君からのメッセージが届いている。
もう千年、駅のホームで待ってる。(終)
special thanks
「アイネクライネ」米津玄師
「メトロノーム」同上
「vivi」同上
「紅」X JAPAN




