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#5 潮時


誰にでも必ずやってくる記念日がある。

幼いころは指折り数えて楽しみにしていたのに、おそらくハタチを4年くらい回ったころからだろう。

そんなにめでたいと思えなくなる記念日。

それすなわち、誕生日!!

この家にも、唯一誕生日を心待ちにしている人間がいる。

「きらはね、4歳になるの!」

誕生日の一週間以上前から誕生日フィーバーの季楽。

これくらいの子どもがはしゃぐ様子は、見ている側の人間も心が和む。

8月は蓮桜も季楽と同じ誕生日だから、お祝いが一回で済む。

二人が一日帰宅したその日の夜、えらく広くなったマットレスに深夜男二人で寝転んで夏樹と雪華は居間の天井を眺めていた。

佐渡嶋家は一軒家の二階建てで、二階が今全く機能していない。

二人ともに自室を持っていないのだ。

ほしいなとは思いつつも、作ったところで部屋にこもるかと言われれば絶対に就寝時しか使わないのが目に見える。

日常生活はリビングダイニングのみで十分過ごせるし、就寝時は襖で仕切れる居間にベッドのマットレスを押し入れ収納から出して敷いて寝ている。

季楽を預かっていると、その方が何かと楽なのだ。

フリーライターを生業にしている雪華はたまに一人になりたいと思う反面、もし自室で深夜に仕事をしていて家の人間の急な体調の変化に気が付かないことの方がの恐怖心が一人になることに対する欲よりも勝っている。

雪華は実家で生活していたころ、母親を二回ほど救急車を呼んで病院に搬送した過去がある。

自分では気にしていないつもりではいるが、そのことがまだ尾を引いているのは明らかだった。


 「きらとれおの誕生日なんけど、お盆のど真ん中やし家でなんかしようか。」

どこかぼーっとした雪華の声。

「俺もれおも仕事やもん。」

夏樹からの返答はなんとなく想像がついていたが、やはり雪華にはどこか残忍に思えた。

「子どもの誕生日にも仕事か。」

働かなければ生きてはいけないが子どもの誕生日なんて一年に一日しかないのにと言いたい言葉を、雪華はそっとかみ殺した。

その代わりにと、思い切り皮肉ったのだ。

「次の日休みやから、その時にお祝いしよ。れおもたぶんそう言うと思う。」

夏樹はなんだかんだ頑固だ。

言い出したら聞かないというか、こういうということは夏樹の中でこれが決定したことなのである。

「はいはい。」

はむかったところで、何がどう変わるわけではないことを雪華はよくよく知っているのだ。


-じゃあ誕生日当日はどうしようか。


季楽を育ててきた雪華としては、やはり誕生日はその日しかない。

大人の事情だけで潰してしまうのは心が痛い。


-とりあえず壁面作って、朝ごはんでも食べに連れてってあげよ。


二年前に大きな手術をして以来、雪華の体力は午前中しか持たない。

昼寝をしなければ、夕方には体が限界を迎えて熱を出してしまう。

そのことがネックではあるが、多少の無理は専売特許のため、午前中は外出しようと雪華はこっそりと心に決めた。




 翌日。

早朝5時過ぎに蓮桜がまだ寝ている季楽を連れて帰ってきた。

早朝にはもうライター業を開始している雪華が出迎え、玄関で季楽を預かり、マットレスに寝かせてリビングで蓮桜にあらかじめ作っておいた爆弾おにぎりを食べさせていた。

「昨日はどうやった?」

「二人はやっぱり寂しいよ。」

苦く笑いつつ、蓮桜は雪華の作ったおにぎりをほおばる。


「じゃあうちで暮らせばいいやん。」


ごく自然な流れで。

台所で麦茶を淹れながら、あの話を持ち掛けた。


「ははは。そうはいかんさ。」


もうほぼうちで暮らしているようなものなのに、なかなかこの口説き文句に乗ってこない蓮桜。

頑固な奴だとため息をつき、リビングに置いてあるこたつ兼用の大きなテーブルでおにぎりを食べる蓮桜の向かいに腰掛けた。

「本気、なんけどな俺は。」

麦茶を蓮桜に差し出し、長方形のテーブルの横長の距離で二人の視線がぶつかる。

「気持ちだけ」

「その言い訳は聞き飽いた。」

「でも迷惑に」

「なるなら俺がこんな話を持ち掛けるわけがない。」

「せっか、」

「れお。もういい加減折れてくれんか。きらと一緒にうちで暮らそう。」

夏樹の隣で気持ちよさそうに眠る季楽に、蓮桜の視線が泳ぐ。

「何をもって迷惑と思ってんか知らんがな、お前にもきらにももっと楽な生活をしてほしいわけなんや。俺らは確かに他人かもしれん。血のつながりはない。幼馴染でもない。けどそれは俺と夏樹もそうやろ?俺は確かに5年前佐渡嶋の姓になった。けど、俺と夏樹が血のつながった家族になったわけじゃない。戸籍上場家族でも、あくまで他人なんや。でも血は繋がってなくても、実家の人間より俺は夏樹にはるかに甘えてる。これが家族なんかって思えるようになった。きらもそうさ。預かり始めたころはまだ赤ちゃんやったのが、もう幼稚園。俺は性格が悪いけど、きらはかわいいし親心みたいなもんもある。」

季楽を雪華に預けて、もう三年が過ぎていた。


-いろんなことがあったな。


蓮桜の脳裏に、季楽が生まれてからのことがいろいろと浮かんでは消えていく。

「今日。帰ったら夏樹も入れて話し合いを持ちたいと思う。どうかいい返事が聞きたい。」

まっすぐで心に突き刺さりそうな、雪華の視線。

こんなところまで亡くした妻に似なくてもいいだろうにと、蓮桜の胸がチクリと痛む。

他人の空似にしては、椿と雪華はあまりに似ている。

顔も性格も、背格好も。

声変りをしなかった雪華の声は、骨格そのものが似ているのだろう椿にそっくりなのだ。


「…考えておく。今日は早く帰るから。」


今まで断固拒否の答えしかしなかった蓮桜のそれが、初めて揺らいだ。


「今日こそ落ちてもらう。」


年齢にそぐわない雪華の幼い顔を見ていると、今この瞬間折れそうになってしまう。


-セリフと顔がかみ合ってない。


笑うつもりはなかったが、自然と蓮桜の表情がほころぶ。


-潮時なのかな…。なぁ、つばき…。


三年間走り続けた。

いや、そうしてなければ心がつぶれそうだった。

季楽にはかわいそうなことばかりしてしまっている自覚がある。

今は亡き妻の笑顔を思いつつ、蓮桜は小さくため息をついた。



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