メリークリスマス!(結城理瀬さんへのクリスマスプレゼント)
両手を思いっ切り伸ばして背伸びをした。窓からは朝の日差しが差し込んでいる。
「うーん、もう朝か」
昨夜、ふと思いついたストーリーを一気に書き上げた。気が付いたら既に朝だった。一睡もせずに書き上げた物語は我ながら納得のいくものだった。
私は趣味で小説を書いている。小説投稿サイトに作品を投稿しているのだ。そのサイトでいくつかの連載をしているのだけれど、昨夜は何かが降りてきたようにあるイメージがわいたのだ。「これはいけるかも」そう思ったら、書かずにはいられない。それが物書きの性というものだ。
書き上げた作品をさっそく投稿してパソコンの電源を落とした。
「さて、朝ご飯を食べたら仕事に行くか…」
そう思って立ち上がろうとした瞬間、めまいがした。あれっ?おかしいぞ。長い間、座ったままだったから脚がしびれでもしたか…。気を取り直して、もう一度立ち上がった。何とか立つことは出来たのだけれど、体が思うように動かない。まるで酔っ払いのような千鳥足で、ベッドまでたどり着くと、体温計を取りだした。そして、一応、体温を測ってみることにした。デジタル表示された数字を見て私は愕然とした。39.4。
「うそ!」
二日前。
休日前だということもあって、女子会で盛り上がった。時期が時期だったので忘年会ということで仲良し4人で鍋を囲った。どこかの洒落たお店とかではなく、ウチで。それぞれ材料を持ち寄っての寄せ鍋パーティー。お酒もそれぞれ好みのものを持ち寄った。ビールにワイン、焼酎に日本酒。
「乾杯!」
まずはビールで乾杯。続いてワイン、焼酎、最後に日本酒。鍋の熱気で酔いが回るのも早かった。日付が変わる頃にはみんな目が座っていた。ここからが女子会の怖いところ。
「女子会はそれなりに楽しい!けど、やっぱり彼氏は欲しい」
ふと、香奈がそんなことを言った。香奈は彼氏いない歴20年。そこそこ美人なのだけれど、多少、酒癖に難があるのかも知れない。
「だいたい、なんで今日なの?しかも、私んちってあり得ないでしょう」
これは私が幹事の博子に向けて言った言葉。博子は私たちの中でもしっかり者で、こういうイベントをやる時にはいつも幹事を任されている。
「そうだ、そうだ!どうせなら24日のクリスマスイヴにすればよかったのに」
最近、彼氏と別れたばかりの理恵が文句を言う。そんな理恵は私の幼馴染。
「24日じゃ、みんな次の日仕事あるでしょう?それに給料日前なんだし」
博子が言うと、それなりに説得力がある。なるほど、そう言われればその通りだ。さすが、幹事歴が長いだけのことはある。そこまでちゃんと考えているとは…。ところが、そこにクレームをつけたのは理恵だった。
「ウソばっかり!ねえ、みんな聞いてよ。博子ったらさあ、イヴの夜は彼氏とデートなんだよ。だから、無駄遣いしたくないってこの鍋パーティーを企画したんだから」
「えーっ!そうなの?それ、ずるいよ。この裏切り者!」
香奈が食って掛かる。普段はおとなしいのだけれど、酒が入るといつもこんな風に絡みだす。これさえなければ香奈だって今頃は…。
「違うよ!だって、この鍋パーティーは先月から企画していたじゃない」
確かに。それに、博子に彼氏が居るなんて話は聞いたことが無い。
「まあ、いいじゃない。今日は今日でみんな楽しくやっているんだから」
「そう言う理瀬はいいわよね。素敵な彼が居て。理瀬ももしかして24日はクリスマスデートのくち?」
香奈の不満が爆発しそうだ。確かに私にはみんなも知っている男性とお付き合いしている。けれど、まだまだ彼氏と呼べるような付き合いじゃない。それに、24日は彼も私も仕事でデートどころではない。
「あーあ、もし、私があんなヤツと付き合っていなかったら、いま、日下部さんと付き合っていたのは私だったかもしれないのに!何だか悔しいな」
「えー!理恵、そうなの?ねえ、理瀬、どういうこと?」
「うーん…。微妙」
元々、日下部さんは理恵の彼氏の友達だった…。
子供のころから仲が良かった私と理恵は二人揃って東京の同じ大学に進学した。地味な私と違って明るくて派手な理恵は大学に入るなり、すぐに彼氏が出来た。それが先日、別れた彼だったのだけれど。
ある時、理恵が私に彼氏を紹介すと言って、一緒に飲み行ったことがある。その時、理恵の彼氏が連れてきたのが日下部さんだった。4人で飲んでいたのだけれど、理恵と彼氏は二人で盛り上がって、私と日下部さんはおいてけぼりだった。あまり口数が多い方ではない私に日下部さんは気を使ってくれて当たり障りのない話をして間を持たせてくれた。日下部さんとはそれ以来、会う機会もなかったのだけれど、私が小説を投稿しているサイトで彼も小説を投稿していて、彼の名前を見かけた時、最初は同じ名前の違う人だと思っていた。ここでは本名で作品を投稿している人はほとんどいないから。私も実際、ペンネームを使っていたし。
『知っている人が同じ名前なので、ちょっとのぞきに来ました…』
そんな書き出しでコメントしたところ、すぐに返信があった。
『もしかして、結城理瀬さんですか?その人はたぶんボクだと思います』
その時の衝撃ったら例えようがないほどのものだった。それ以来、私たちはお互いの小説のことで良くやり取りをするようになった。けれど、それはそのサイトの中だけのことで、実際に会うことはなかった。それから、1年くらい経ったとき、日下部さんの方から「渡したいものがあるから」とお誘いを受けた。約束をした日に指定された場所で日下部さんからそれを受け取った。同時に彼の口からこんな言葉が飛び出した。
「ハッピーバースデー!」
そう!その日は私の誕生日だった。でも、どうして私の誕生日を知ってるんだろう…。
「ごめんね。ビックリした?サイトでの君のプロフィールに書いてあったんだけど、そういうのを、なんかこういう風に利用するのは気が進まなかったんでけど…」
そっか!そうだった。
「あ、いえ、いいんです。私が公表している情報ですし。それよりも、ありがとうございます」
「よかった。中身は大したものではないんだけどね。それよりもボクはまた君に会えたことが嬉しいな」
小説仲間。私は彼をそんな風にしか見ていなかった。でも、今日、彼に会えたのは私も嬉しかった。それ以来、私たちはちょくちょく、こうやって会うようになった。
23日の朝、気が付けば4人で炬燵布団にくるまって寝ていた。今日と同じように窓から差し込んできた朝の日差しで目が覚めた。そして、三人はそれぞれの家へ帰って行った。私はもうひと眠りした。それからお腹が減って目が覚めた。軽い食事をした後に思いついた。そのことを小説にしてみようと。そして、夜を明かして、このざまだ。
「すみません。風邪をひいてしまったようで…」
そう会社へ電話をするのがやっとだった。私はそのままベッドに潜り込んだ。気が付くと窓の外はすっかり暗くなっていた。体温を測ってみる。熱は下がった。その時、インターホンが鳴った。ボサボサの髪を気にする余裕もないままドアを開けた。
「サンタ?」
「メリークリスマス!」
そう言ってサンタは…。サンタの格好をした男は付けひげを外した。
「日下部さん!」
「よかった!居てくれて。もし留守だったら、こんな格好で路頭に迷うこところだったよ」
そう言って無邪気に笑う日下部さん。今夜は素敵なクリスマスになりそう。