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憑鬼人

作者: 松田 一

 滅者の伝記(スレイヤーストーリー)で宣伝した、短編です。です、が…ごめんなさい…

 初めは学園物のはずが、急遽、ファンタジーに変更しました。

 ほんと、ごめんなさい…

 義父(とう)さんが私の服に手をかける……

「やめ……んぐ!」

 義父さんはニタニタと笑いながら、私の口を塞いだ。

「騒ぐなよ。今日も母さん、仕事で疲れているんだ……寝かせてやらなきゃな……」

 涙で歪む景色……義父さんの手が私の体を(まさぐ)っていく……

 いや……いやあああああ!!!


「うげ、げえええ!!!」

 私はトイレで便器にしがみついて、吐いている。もう、お腹の中の物は全部吐き出してるはず、だけど、後から、後から吐き気が来る……

 苦しい、気持ち悪い……もう、嫌だよ……

 ダレカ、タスケテ……


 翌朝、カバンを肩にかける。学校に行かなきゃ……

 部屋を出るとリビングには笑顔で話している、お母さんと、義父さん……

 お母さんが私に気づいたみたい。

亜紀(あき)。おはよう」

 それで義父さんも私に気づき、笑顔を向ける。

「おはよう。亜紀」

 ギリッ

 歯を食いしばった。偽善者……

「おはよ……行ってきます」

「え、亜紀、朝ごはんは?」

「要らない…食べたくない」

「でも……」

 うるさい、自分の再婚相手(だんな)のこと、何も知らないくせに……私がどんな目にあっているかも知らないくせに、母親面しないでよ……

 その時だ。私の肩に、ポンと手が置かれた。

「ッ!!!」

 この嫌な感じ……

「母さんに心配かけるなよ?亜紀」

 義父さん……

 その言葉は、無言の威圧…自分のことを何も言うなという、威圧、脅迫……

 私はこぼれそうになる涙を必死に抑えて、そして頷いた。

「ごめんなさい……でも、食べたくないの…ごめんなさい……」

 義父さんはため息をついて、私の肩を放す。その刹那、私は歩き出した…まるで、逃げるように家を出た……


 私立、清廉学園(せいれんがくえん)

 小、中、高一貫教育のこの学園で、私は小等部からずっと、生徒をやってきた。ちなみに、今は高等部の二年生。

 私は学校に幾つもある花壇の一つに腰掛けて、ぼんやりと空を見ていた。時刻は昼休み。

 私は本当のお父さんは知らない。

 お母さんの話じゃ、私が生まれて、病院に駆けつける途中の交通事故で亡くなったらしい。

 お母さんはお父さんが残した会社を、切り盛りしながら、私の面倒を見てくれた。

 今の義父さんは元々、お母さんの会社の社員で、お母さんとも仲がよくて、まるで面識がなかったわけじゃない。

 お母さんが義父さんのことが好きだって、私はわかってたし、私自身、昔の義父さんは嫌いじゃない、むしろ好きだったと思う。

 お母さんと義父さんが結婚したのは、一年前、私が高校生になった頃。義父さんの人柄は、会社でも有名でみんな、喜んでいた。私自身も、喜んでいた。だけど、義父さんはすぐに、本性を現した……

 それからだ……私がおもちゃにされるようになったのは……

 私は頭を抱えて、まるでおびえる小動物みたいに、ガタガタ震えだす。

 イヤダ、コワイ、イヤ、イヤアアアア!!!

「う、うう……たす、けて……誰か、助けてよお……」

 ヒヤリ

「ヒャアアッ!!!」

 頬に冷たい何かが当たって、叫び声を上げた。

 見ると、何の感情もない、無表情な顔で男の人が立っていた。

 誰?制服は清廉高校の男子の制服。だけど、こんな人は知らない……

 無表情で何の感情もないような顔、だけどその顔はとても綺麗で、笑えば凄い美少年だと思う。駄目だ、やっぱり私は知らない。

 その人は私の目の前に、ただ、何も言わずに、スポーツドリンクのペットボトルを差し出している。

 状況が飲み込めず、私はただそのペットボトルとそれを差し出している人を見つめる。

 やがて、その人がぼそりと言った。

「やる。奢りだ」

「…え?」

 思わず口にすると、その人はペットボトルを私の脇に置いて、さっさと歩いていく。…訳がわからないよ……

 そう思っていると、また、あの人が言った。

「三年、宝仙 弾(ほうせん だん)

「…はい?」

 すると、その人はやっぱりあの無表情で、私に振り向いた。

「宝仙 弾。俺の名前だ。覚えておけ」

「え、あの……」

 言いかけたけど、宝仙先輩はさっさと行ってしまった。不思議な人…

「弾先輩!」

 ぼんやりと宝仙先輩を見ていると、先輩に飛びついてきた、女の子がいた。

 多分、中等部の子かな?銀色の綺麗な髪で、顔も悪くない。むしろ、可愛いくらいだ。

 宝仙先輩の腕に抱きついていて、先輩はそれを嫌がる素振りも、嬉しがる素振りも見せない。まるで、本当に興味がないみたいに見える。

 そして、女の子はまるでそんなことを気にしていない。

 まくし立てる女の子と、それを別に相槌を打つこともなく、聞いている先輩はおかしいかもしれないけど、カップルみたいに見えた。

「はあ、…彼女がいるくせに、何、やってんだか」

 私は先輩にもらった、スポーツドリンクと、先輩を見てため息をつくと、下段から立ち上がり、さっさと歩き出す。早くしないと、授業が始まる…

 

 この時、亜紀は気づかなかった。宝仙 弾が自分を険しい顔つきで見ていたことを……


「イヤ!もうやめ…」

 私は必死に抵抗するが、力で義父さんには叶わない

 私はあっさりとベッドに押し倒された。

「イヤ!もう!、うぐ!」

 義父さんに口を塞がれる。昨日と同じだ……

 涙で景色は歪む、はっきりとわかったのは、義父さんの嫌らしい、笑い顔……

 イヤアアアアア!!!


「う、うえ、げえええ!!!」

 気持ち悪い……昨日とまるで同じじゃない……

 もう、イヤ…いっそのこと…

 シニタイ……


「シニタイ……」

 口から出てきたそんな言葉、目の前にはけたたましい音をたてる、踏み切り。

 シニタイ……

 踏切が近づいてきた。

 シニタイ……

 違う、私が踏み切りに近づいているんだ……

 シネル……

 やっと、やっと、自由になれる……

 踏み切りのバーを私は越える、横目で人を乗せた、鉄の箱が近づいてくるのがわかる。

 やっと、自由になれるんだ……

 鉄の箱は私に近づいてくる、私は……

「何やってんだよ!!!」

 そんな声とともに、後ろに引っ張られた。

 ついさっきまで、私が立っていた場所を、電車が通過する。

 だけど、私は無事、なんだろう?何かに包まれているような気がする、耳元で誰かの荒い息が聞こえる。

 誰?

 顔を上げると、そこにいたのは、怒りを露にした、宝仙先輩……

「何やってんだよ!!!おまえな、もう少しで死ぬところだったんだぞ!!!」

 知ってるよ。死にたかったんだから…

 …あれ?頬を何かが伝ってる……何、これ?

 先輩の顔を見ると、先輩はバツが悪そうに、私の顔を見ている。そっと、私の頬を撫でてくれた。義父さんとは違う、優しく、暖かく……

「辛かったんだろ。だったら、誰かに言えよ。誰かに、助けてって言えよ。じゃなきゃ、誰も助けてくれねえぞ……」

 そう言って、先輩は私を強く、抱きしめてくれた。

 背中が痛くて、だけどとても温かい……

「ッ……」

 私は大人しく、先輩の胸に抱かれた……


 先輩は私を近所の公園に連れてきて、そこで自分のタオルで私の顔を拭いてくれている。

「ごめ…むぐ」

 先輩の拭く力が強くなって、口を噤んでしまった。

 先輩は何も言わない。私も何も言わない。

 沈黙がその場を支配する……

 やがて、私の顔を拭き終わったらしく、先輩は私の顔からタオルを離して、無遠慮に私の隣に座る。

 だけど、私は何も言わない…

「おまえさ、何かあったんだろ?」

 どれくらい経った時か、先輩が口を開いた。

「別に…無いです」

 嘘。私は義父さんに……

「……あっそ」

 先輩は立ち上がってしまう。

 イヤだ、もっと側にいてほしい……

 先輩はポケットをゴソゴソ探ると、中からキーホルダーを取り出した。鬼の顔で、口がまるで門みたいになっている、嫌なデザイン。

「やる」 

「へ?」

 先輩はイライラしたようで、乱暴に私の手を取ると、その手に無理矢理握り締めさせた。

「やる。嫌なデザインなのはわかるが、持ってろ」

 それだけ言うと、先輩は立ち上がって、背を向けると私から離れていく。

 イヤ、一人にしないで、お願い!側にいてよ!

 言いたい、でも、反対に私は唇を噛み締めている。馬鹿だ、私は。

 助けて、そう叫びたくて仕方がない…だけど、言えない……くだらないプライドが邪魔をする……本当に、私は馬鹿だ……


「イヤ、もう嫌あ、うぐ!……」

「もう、いい加減、抵抗するの、辞めてほしいなあ……」

 義父さんは私の口を塞いで、私を押し倒すと、服に手をかける。

「うぐ、ううぐ!!!」

 叫びたい、だけど、出来ない……完全に口を塞がれて、くぐもった声しか出ない。

 義父さんはニタニタと、嫌らしい笑みを浮かべている、もう、もうイヤアアア!!!

《…殺せ》

 え?

《イヤなら、殺せ。俺に体を渡して、そして俺がそいつを殺してやる!!!だから、渡せええええ!!!》

 バチンッッッッ!!!


「!!!」

 弾は覚醒したように、目を開けた。

 すぐさま、布団から飛び起きると、一瞬で普段着の浴衣から、戦闘服代わりの制服へと着替える。

 そして、机の中から、銃を二丁と2ダースの弾丸を取り出し、慣れた手つきでそれぞれの銃に装填する、その時、肩に銀色の毛を生やした、珍しい狐が飛び乗ってきた。

「ちょっと、行ってくる。すぐに帰ってくる」

 頬擦りをする狐を撫でてから、布団に下ろすと、服のポケットからキーホルダーを取り出す。彼女に、亜紀に渡した物とほとんど同じデザインの物。

 弾がそれを投げ上げる、その瞬間、キーホルダーは巨大化して、まるで本物の門のようになった。

 ベルトについた二つのホルスターに銃を入れて、準備完了。

「行きますか」

 門を開けて、向こう側へと飛び込んだ…


 おい……

 誰?

 何やってんだよ……

 この声……先輩!?


 真っ暗な視界が開けて、現れたのは若干ぼやける、先輩の顔。

 だけど、なんだろう?銃みたいな物が私に突き付けられている……何、するの?

 すると、先輩は笑った……穏やかな笑みで、とても素敵で思わず見惚れてしまうほど……

「俺を信じろ。絶対に助けてやる」

 …うん

 自信に満ちたその顔に、私は不安なんて感じなかった……

 ガッ!!!

 銃声が響き渡り、そして私の意識はまた、闇に飲まれた……


「う…」

 目を開けると、そこはオレンジ色の幕が張られた、閉鎖空間の中。

 パサッ

「あ…」

 肩に何かをかけられ、顔を上げてみると、そこには微笑を浮かべた先輩がいる。

 本当に、素敵……

 先輩は私の肩を叩いて、背筋を伸ばす。上がワイシャツだけになっている。方にかけてくれたのは、先輩の制服だったんだ。

 見れば、私の服はあちこち破けてて、凄い恥ずかしい……

「先輩…!!」

 私が声をかけようとしたその時、先輩と対峙する「それ」に気がつき、目を見開いた。

 先輩と対峙していたのは、赤い体に恐ろしげな顔、額には角が三本生えてはいるが、それはまるで、鬼のようだった。

 鬼のような物は足がない、まるでマンガに出てくる、幽霊みたいに足がない。

「あ、あれ……」

 私が震える指で、鬼のような幽霊のような物を指す、先輩は頷いた。

「鬼、だよ。お前に憑いていたのを俺が無理矢理、引っぺがしたんだ」

「鬼!?」

 憑いていた?あんなのが?そもそも……

「あれって一体なんなんですか!?」

 先輩はワイシャツの袖を捲り上げ、ベルトのホルスターから、銃を一丁取り出して、肩越しに後を指す。

 私がそちらを見るとそこには、情けなく震える、義父さんとお母さん……

 先輩の解説が入る。

「おまえのあいつらを憎む、憎悪の感情が呼び寄せた、悪霊。とでも言っとく。他にも色々とあるが、それは…」

 先輩は銃を鬼に向ける。

「あいつを狩ってからだ」

「ふざけるなよ、若造が!!!」

 すると、鬼と呼ばれている物が喋った。

「ふん。たかが、《九級鬼(きゅうきゅうき)》が何言ってんだか。さっさと狩って、さっさと終わりにするぜ」

「ほざくな!!!」

 鬼が先輩に飛び掛る。だけど、先輩は鬼の突進を跳躍することで、簡単に避ける。さらに、空中で身を捻って、三回引き金を引いたらしく、銃声が正確に三発響き渡る。

 一発目は鬼の右腕、二発目は左腕、そして三発目は背中の中心。

 弾丸が当たったらしき場所には、まるで魔方陣のような図が浮き出たかと思うと、その図から光の紐のような物が出てきて、鬼の体を縛り付ける。

「ぐ、ぐおおお!!!」

 鬼が悲鳴のような声を上げるけど、先輩はもう一発、弾丸を放つ。

 弾丸は正確に鬼の後頭部に当たり、またしても図を描き出す。鬼は魔法人の光に包まれていく……

「く、くそおお!、くそったれがああああ!!!」

 鬼は断末魔の叫びを残し、光の図に吸い込まれていった。


 先輩は猫のように、クルクルと旋回して、降り立った。

「先輩……」

 立ち上がって、駆け寄ろうとしたその時だ。

「なんなんだ、おまえは!?」

 義父さんの怒鳴り声。先輩は別に、慌てた様子もなく、むしろまるでくだらない物を見ているかのような、鋭い目。

「わかっていないようだがな、こいつがあの化け物を目覚めさせた原因は、あんたなんだぞ?」

「なんだと?何を言いがかりを!」

「言い掛かりねえ……」

 先輩は顎を撫でて、何かを考えるような顔をしたかと思うと、私を見つめた。

「どうする?俺の仕事は、鬼を封じるまで。ここからはお前の意思だけど?」

 先輩の真剣な顔。それはまるで、私に踏み出せといっているみたい……

 ……先輩は私を助けてくれるのかな?…いや、助けられるのも、悪いよね…

 私は手を差し出す。

「それ、貸してください……」

 先輩は一瞬、驚いたように私を見つめたけど、それはほんの一瞬。先輩はすぐに、自分の銃を貸してくれた。

 私はその銃口を義父さんに向ける。

「な、亜紀?な、何を…」

「そ、そうよ、亜紀!そんな物はすぐに…」

 義父さんとお母さんが言うけど、そんなことはどうでもいい。

 私は引き金を引いた……

 

 ガッ!!!


「……」

 銃声が響き渡って、義父さんとお母さんは目を見開いて、震えている。銃弾は二人の横の床を抉っている。

「…話しなさい…」

「…え?」

 私は続けて、銃を撃った。今度は義父さんの目の前の床に。

「ヒイイイ!!!」

 義父さんが悲鳴を上げる。

「な、何やってるの、亜紀!」

「お母さんは黙っててよ!!!」

 私の叱声に、お母さんは身をすくめた。でも、そんなの知ったこっちゃない。

 私の目は義父さんにしか向いていない。

「全部、話しなさい!あなたが私にしてきたこと、全部をお母さんに話すの!!!さあ、早くしなさい!」

「わ、わかった!わかったから、銃をおろせ!な?」

 ガッ!!!

「ヒヒイイ!!」

 再度撃った銃に、義父さんは情けない声を出す。

「ふざけないで!早く、全部言いなさい!!!」

「わ、わか…った」

 そして、義父さんは私の銃口に怯えながら、お母さんに全てを話した。私にしてきたことを、全て……


 全てを聞いた後のお母さんは絶句していた。

 ポン

 肩を叩かれ、見てみるとそこには、先輩がいた。

 先輩は手を差し出し、私は素直に銃を渡す。

 そして、先輩はお母さんに顔を向けた。

「お母さん。こいつはしばらく、俺の所で預かります。これ、住所です」

 そう言って、先輩はメモをお母さんに握らす。

「後のことはあなたにお任せします」

 先輩はそのまま、私の肩を引いていく。

 私はお母さんと義父さんを残して、家を出た……


「しっかし…まさか、自分で脅迫して自白させるなんてな〜……」

 先輩が言った。

 先輩は私を背負って、平然と歩いている。

「…すみません」

「何謝ってんだよ。俺は感心してるんだぞ?助けを求める力もないくせに、自分で解決しようとしたんだからな〜」

 先輩の首に回している腕に、力を込める。

「これで、よかったんですか、ね?…」

 先輩はズルズルと落ちていく私を、背負い直した。

「いいんだよ。お母さんには、可哀相だけど、これでいいと思う。おまえ自身、ちゃんと前に踏み出せたしな」

 先輩は振り返った。とても、優しい笑顔で。

「おまえはよく頑張ったよ。うん。辛かったろうな」

 それだけ……たったそれだけの言葉が、本当に嬉しくて。

 私は泣いていた。先輩は何も言わず、私を背負って黙々と歩き続けていた……


 一時間ぐらい経って、私は落ち着いた。

 でも、先輩の家にはまだ着かない。そんなに遠いのかな?あれ?そもそも、先輩、何で私の家にいたの?

「キーホルダーだよ」

 聞いてみると、先輩はそう答えて、そして自分のズボンのポケットから、キーホルダーを取り出した。私にくれた、あの鬼のデザインのキーホルダー。

「それ……」

「おまえにもやっただろ?あれはこれとセットで、名前は《羅生門》。入り口と出口を繋げて、入り口から瞬時に、出口へといける秘密道具だ」

 …理解できない。そもそも、先輩って何者なの?

「先輩って、どういう人なんですか?」

 聞いてみると、あっさりと答えてくれた。

「《鬼狩り》、だよ」

「鬼狩り?」

「そ。鬼狩り。俺は人に憑いた、悪い鬼を狩るのを仕事にしてるんだよ。結構、多いんだぞ?」

「…聞いたこともありませんが」

「当たり前だ。鬼狩りは一部の人間にしか、伝わっていない、機密中の機密だからな」

「ふーん…鬼は一体なんなんですか?」

 先輩が私を背負い直す。

「鬼というのは、さっきも言ったが、平たく言っちまえば、悪霊でな。人間に憑いて、その人間の負の感情を糧に、どんどん力をつけていく。そしていずれ、憑いた人間を乗っ取っちまうんだ。鬼狩り(俺ら)は乗っ取られた人間を、《憑鬼人(ひょうきじん)》と呼んでいる。さっきまでのおまえも、その憑鬼人だったんだ」

 そうだったんだ…そして、先輩は私を助けてくれた……

 私は益々、腕に力がこもった。

「…ありがとう、先輩……」

 自分でもわかるぐらい、消え入りそうな小さい声。先輩は何も言わない。だけど、きっと、聞こえたよね……


 話している内に、先輩の家に着いた…と、先輩が言うけど……大きすぎませんか?

 先輩の家はまるで日本屋敷さながら。しかも、普通の屋敷(普通の屋敷の大きさって、どれくらいだ?)より、ずっと広くて大きくて、まるで道場みたい。

 先輩は無遠慮に、母屋の戸を開けた。

「ただいま〜」 

 ただいまって、もう、深夜の一時を回ってるはず…だけど、スタスタと誰かが玄関までやってきた。

「弾さん!よかった、銀狐さんが心配してましたよ?」

 やってきたのは、銀色の子狐を抱いた若くて(二十歳ぐらい?)、とても綺麗なお姉さん。こういう人を、大和撫子って言うのかな?

「ごめん、ごめん。色々あってさ」

 先輩が私を降ろすと同時に、お姉さんに抱かれていた子狐が、先輩の肩に飛び乗って、頬擦りをする。…いいなあ、気持ちよさそう。

 その時、お姉さんが『あら?』と言って、私に声をかけてきた。

「えっと、あなたは?」

「あ、夜白(やしろ) 亜紀と言います。えっと…」

「元、憑鬼人。しばらく、預かることになったんだ。とりあえず、着替えさせておいて」

 どう、事情を説明しようか迷っていると、先輩がざっくらばんにぶちまけた。

 いいの!?って、思ったけど、お姉さんは『ああ』、と納得したようにしきりに頷いて、そして私の前に正座する。

「私は上代 雪子(かみしろ ゆきね)と申します。弾さんの、まあ、家政婦みたいな物です。よろしくお願いします」

 深々とお辞儀されました。

「あ、あいや、そんなご丁寧に、えっとよろしくお願いします……」

 思わず、私も雪子さんと同じように、深々と頭を下げた。

 雪子さんはにっこりと笑ってくれた。弾先輩の笑顔も素敵だけど、この人の笑顔もとても素敵。思わず、見惚れてしまう…大概の男の人なら、この笑顔だけでノックアウトだろうな。スタイルだって、凄くいいし……

 こんな人と生活してるんだ……先輩。

「とりあえず、亜紀さん。こちらへどうぞ。空き部屋なら、たくさんありますから」

「あ、はい」

 いつの間にか、先輩はどこかに消えてるし……


 借りたのは旅館なんかでよく見るような、浴衣。

 結構、着心地はいい。…それはそれね。

 今、私は迷子です。この家、広すぎるんだもん……

「ここ、何処〜?」

 思わず出た弱音。困った……

 その時、足元に何かに擦り寄られたような感触があり、見下ろしてみるとそこには、黒猫がいた。

「え?狐と黒猫がいるの?」

 膝を折って、かがんでみると黒猫は私に尾を向けて、それから振り向くように、私を見上げている。なんだか、ついてこいって言っているような……

「ついてこい、って言うの?」

 思わず聞いてみると、猫は『ニャ〜ゴ』と鳴いて、歩き出した…いってやろうじゃない。

 猫について、幾つも部屋を抜ける、と何個目(数え切れないぐらい、部屋を行ったりきたりしたもんね)かの部屋で、猫は座って動かなくなってしまった。

「え、ちょっと?」

 猫をつついてみるけど、何の反応もなし。いや、何処か嬉しそうに見えるのは気のせいかな?

 その時、

「あれ?ネマさんが懐くなんて、珍しいな」

 顔を向けると部屋の窓の縁に座っている、浴衣姿の先輩がいた。

 はあ〜…日本人離れした顔立ちなのに、浴衣が似合うな……

「ネマさん?」

 私は黒猫を抱いて、先輩の近くに行って、聞いてみる。

「ああ。その猫の名前。あまり、人に懐くことはないんだがな…おまえは、気に入られたらしい」

 そういう先輩は、膝に乗ったあの銀色の仔狐を撫でている。

「あの…そ、それにしても、先輩、強いんですね。あの、鬼とか言う化け物を簡単に倒しちゃうなんて」

 けど、先輩は不満そうに鼻を鳴らした。

「ふん。あんなのは、雑魚の雑魚だ。まったく、《九級鬼》なんざ、どうでもいいってのに……」

「あの、さっきも言ってましたけど、その《九級鬼》っていうのは、なんなんですか?」

「ん?鬼にも階級があってな、ちなみにその階級の数は《十級》から、《特一級》まで。で、数が少なくなればなるほど、強くなる。あんなのは、まだまだ序の口だ。《三級》から、《特一級》の鬼は比べ物にならねえよ」

 ふえ〜……じゃあ、あれは全然弱いんだ…

「それよりもさ」

 はい?

 顔を上げると、目の前にはどアップの先輩の顔。

 思わず、顔が熱くなる、だけど、先輩はそんなことは気がつかない様子で、私の頭に手を置いた、とても穏やかに笑いながら。

「吹っ切れたせいか?だいぶ、いい顔するじゃん。うん、結構可愛いぞ?」

 ボッ!!

 そんな音が聞こえた気がする。可愛いなんて、言われたの初めてだよ……

 先輩は私の頭をポンポンと叩いた。

「今日はもう寝ろ。疲れただろ?部屋には、ネマさんが案内してくれるはずだ」

「あ、はい……」

 私が立ち上がると同時に、ネマさんは私の胸から降りて、トコトコと歩き出す。

「あ、あの、先輩は寝ないんですか?」

「うん?俺は、もうちょっと……」

 そう言って、外に目を向ける。私も除いてみると、先輩が何を見ているのか、すぐにわかった。

 夜空には、満月が輝いていた。

 邪魔しちゃ悪いと思って、私はネマさんについて、その場を後にした……


「ふあ〜あ……」

 布団から状態を起き上がらせて、伸びをする。

 外には日が顔を出していて、私の布団の脇には、ネマさんが気持ちよさそうに眠っている。…可愛い……

 起こすのも可哀相だし、私は黙って下に降りようと、立ち上がったけどその瞬間、ネマさんがパチッと目を開けて、私の前に歩み出る。

「な〜に?案内してくれるの?」

 思わず、猫撫で声で聞いてみると、ネマさんはトコトコと歩き出したので、私もついていった。

 一回に降りると、厨房で雪子さんが朝食の準備をしていた。料理も出来るんだ…

 雪子さんは私に気づくと、とっても爽やかな笑顔を送ってくれた。

「おはようございます」

「おはようございます」

 私は雪子さんの丁寧な挨拶に、同じ丁寧な挨拶で返した後、『何か、手伝うことはありませんか?』と、聞いた。ちゃんと、出来ることはしたい。

 雪子さんは手を休めず、『そうですね〜……』と考える。

「あ、それなら、弾さんを起こしてきてくれませんか?ネマさんが案内してくれるはずですよ」

 ネマさんを見ると、既にトコトコと歩き出している。この猫、ひょっとして人の言葉がわかる?……そんなわけないか。

 ネマさんについて、階段を上がり、先輩の部屋に来た。

 私が借りた部屋とあまり変わらない、和式の一室。

 戸を叩いてみる。

「先輩?先輩、起きてますか〜?」

 …反応なし。もう一度、叩いてみる。

「せんぱ〜い?」

 ……反応なし!しょうがないから、入っちゃお。

「先輩?入ります…ょ」

 最後の小さいよは、驚きのせいで上手く言えなかった。

 だって…だって、先輩は布団の中で銀色の、何にも服を着ていない、裸の女の子と気持ちよさそうに寝ていたからで…

 私はブルブルと震えだした。理由はわからない。だけど、だけど、許せないぐらいに怒っているのはわかる…

 不穏な気配に気づき、先輩は目を覚ます。

「う…あ!銀狐!おまえ、また…え?え、えっと、亜紀、さん?」

 初めて先輩に名前で呼ばれた、だけど、そんなことはどうでもいい!!!

「先輩の……」

 私の震えはさらに激しくなる。

「先輩の……」

 私の怒りはさらに沸々と湧き上がる……

「あ、亜紀さ〜ん?お、おいおい…」

 先輩は恐怖に引きつった顔で私の名前を呼ぶけど、そんなことはどうでもいい、そんな時、先輩の布団に潜り込んでいた女の子が、目を覚ました。

「あ、弾先輩、おはようございま〜す。昨日は熱い夜でしたね〜……

「お、おい!頬を赤らめてそんなことを…あ、亜紀!お、落ち着けって、おい!」

 無理です。

 さっきの女の子の言葉で、私の怒りのボルテージはマックス!

「先輩の、ぶああああかああああ!!!」


「だ、だから、いだ!あれは、昨日の銀狐なんだってば!俺が膝に乗せてただろ!?」

「そんなこと、信じられると思っているんですか!?もう!中学生を…先輩の馬鹿!変態!ロリコン!」

 先輩は必死に弁解するけど、私は完全に無視。

 雪子さんはそんな私達の様子を見て、くすくす笑っている。

「あらあら、大変ですねえ……」

「というか、よく考えてみれば、火種撒いたのあんたなんでしょ?雪子さん」

「さあ〜?何のことだか……」

「とぼけるな!!!」

 文句を言い続ける先輩と、それをかる〜く、受け流す雪子さん。そんな二人のやり取りを見ている私に、誰かが耳打ちする。

「雪子さん、私と先輩が一緒に寝てることを知ってて、それであなたを行かせたんだよ。こうなるように。雪子さん、昼ドラみたいな、ドロドロとか修羅場とか、大好きだから」

「へ〜……あん?」

 そちらに目を向けてみると、あの学校で先輩に抱きついていた、銀髪の美少女中学生で、たった今、先輩と一緒に寝ていた、銀髪の美少女中学生、久坂 銀狐(くさか ぎんこ)ちゃん。

 綺麗な銀色で、肌も透き通るぐらいに白くて、目は大きいくりくりとして、まるで小動物を思い起こせる。

 気づかなかったけど、結構、スタイルも……

 そんな(中学生にしては)スタイル抜群、容姿端麗の美少女中学生は今は、先輩や私が来ている物と同じデザインの浴衣を着ている。

「それから、先輩と私は本当に何もないよ…ちょっと、残念だけど。それから、先輩が言っていることもホント。私は昨日の銀狐なんだよ」

 …は?

「だからあ、私は昨日の銀狐なの!妖怪の《妖狐(ようこ)》と人間の間に生まれた、《半妖》なの!!!」

 半…妖?え、妖怪?

「妖怪なんて、この世にいるわけが…」

「鬼だって、妖怪の一種だろうが。それが実際いるんだから、他の妖怪がいた所で、不思議じゃないだろ」

 そう言えば、そうだ!…でも…

「本当、なの?」

 聞くと、銀狐ちゃんは髪の中から、銀色の狐の耳、お尻からは銀色の毛を生やした、フサフサした尻尾を生やしてみせた。びっくり。

「触ってみてもいいけど、あんまり強く触らないでね?」

 尻尾と耳を動かしながら、銀狐ちゃんは言う。

 私は手を伸ばして、銀狐ちゃんの耳を触ってみた。

「ん…」

 銀狐ちゃんは擽ったそうに、小さい声を出す。どうやら、神経は繋がっているらしい。尻尾も触ってみる。

「へあ!…あうううう…」

 途端に、ヘナヘナと全身から、力を抜いてく銀狐ちゃん。うわ、本物だよ!

 私は開いた口が塞がらなかった…


 朝食を終え、学校にいくため、私と先輩と、その先輩に喜色満面の顔で抱きついている、銀狐ちゃんの三人は一緒に道を歩いている。

「それにしても、先輩はどうして、妖怪と一緒に暮らしているんですか?」

 その瞬間、銀狐ちゃんが沈んだ表情を見せる。だけど、先輩は。

「家族だから」

 たった一言。たった一言だけど、銀狐ちゃんはそれが嬉しかったみたいで、益々、先輩にしがみつく。だけど、先輩は何も言わない。

 なんだろう……二人とも、私をまるで気にしていないみたい…

 急に取り残された気分になる…けど、先輩は私の歩く速度が遅くなったのに気づいたのか、私に向かって振り向く。

「早く、しろよ。遅れるぞ」

 なんでもない。なんでもない一言。だけど、ちゃんと気にかけてくれていた…嬉しいな。

「はい!」

 今、私は多分、笑えてる。


「こらあ!大人しくしなさい!」

「やあだあ!お風呂なんて、やあだあ!水に濡れるなんて、嫌あああ!!」

 私と銀狐ちゃんの叫び声。

 初めは、先輩のことで私に敵意をむき出しにしていた、銀狐ちゃんも、だいぶ慣れてきて、むしろ懐いてきてくれた。

 だけど、銀狐ちゃんは水に濡れるのが凄い嫌みたいで、お風呂に入れるのは一苦労だよ……

 その時、雪子さんが駆け寄ってきた。

「亜紀さん」

「どうしたんですか?」

 亜紀さんは頬に手を当てて、妙な顔をしている。困ってる?

「お母様が…」

 ああ〜……

 私とお母さんはとても広い居間で、向かい合って座っている。

「どうぞ」

 雪子さんがお母さんにお茶を出す。お母さんはお礼を言いながら、お辞儀をして、それからお茶を一口飲んだ。

 湯飲みを机において、それを見つめる。

「義父さんと、夜白さんと離婚してきたわ」

 やがて、お母さんが切り出した。夜白さんというのは、私の義父さんの名字。

「亜紀、一緒に暮らしましょう?ね?私、あなたのこと、もっと見るように努力する。だから……」

 お母さんはそう言ってくれる。それは…嬉しくないわけじゃない。だけど…私は首を横に振った。

「ごめんなさい…」

 頭を下げる。

「そ、そう……やっぱり、虫が良すぎるわよね、こんな話……」

「そんなんじゃない」

 私は顔を上げて、お母さんを見据える。

「私、もっと、ここにいたい。銀狐ちゃんとわいわいやっていたいし、先輩の側にもいたい。それに…先輩の話だと、私みたいな人って、結構多いみたいだから……」

 私は先輩の話を思い出す。


『世の中には、何にも知らず、普通に暮らしてる奴だって多いけどさ、それと同じくらい、不幸な人間も多い。ましてや、俺らぐらいの歳って、結構問題を抱えて、抱えきれなくなる奴って多いだろ?

 そういう連中は憑鬼人になりやすい。俺らは、憑鬼人を倒すんじゃなく、救うんだよ。俺がおまえを救ったようにな……』


「私も、私と同じくらい、辛い思いをしている人がいるなら、その人を助けたいの。先輩のそばにいれば、それが出来るような気がするから。先輩の力になりたいから……だから、家にはまだ帰れない…ごめんなさい」

 しばしの沈黙、やがてお母さんが言う。

「そう……わかった。けど、いつでも帰ってらっしゃい…どれだけ、時間が経とうと、あそこもあなたの家なんだから…」

「…うん」


 そうして、お母さんは帰っていき、私は先輩の家に残ることになった。

「いいのかよ」

 膝に乗ったネマさんを撫でながら私が和んでいるその時に、先輩が話しかけてきた。

 お母さんのことを言ってるんだとすぐに思い当たり、私は頷く。

「俺と一緒にいれば、少なからず、事件に巻き込まれるぞ。それでもいいのか?」

 私はやっぱり頷く。

「私が決めたことですから」

「そうかい」

 先輩は立ち上がって、部屋を出て行こうとする。その時、先輩は私に背中を向けたまま、言った。

「じゃあ、羅生門の出口は常に持っていろ。いざとなりゃ、俺が護ってやる……」

 その先輩の言葉が嬉しくて。今の私は多分、満面の笑みだろうな。

「はい」

 言った瞬間、先輩は部屋を出て行った。だけど、きっと聞こえたはずだ……


 私の膝の上のネマさんはぐっすりと寝て、私が見上げた夜空には満月が輝いている。

 とても落ち着く…ここは、私の新しい居場所……

 ごめんなさい。まじで、ごめんなさい。

 一応、シリアス路線を目指しましたが、のうのうと生きてきた僕では、ちょっと…

 こんな未熟者の作品を呼んでもらい、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言]  設定の骨組みがしっかりしていたので、違和感なく読めました。 ちょっとだけ欲を云えば、十級〜特一級まであるのなら、比べ物にならないと言っていた三級〜特一級のどれか一つが出てくれば違った面白味…
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