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第二話『魔法使いと平和』  作者: 由条仁史
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第6章 新しい魔法

最強の魔法使い、電撃使い『DghT』と魔法石の魔法使い、平等鞠の戦い。そして魔法石の秘められた力とは。

 第6章 新しい魔法



 ポケットは右側だけではなく、左側にもあり、そして鞠の魔法石は二つある。空中に投げ出された鞠は左側のポケットを探り魔法石を取り出した。

 地面にそれを投げつけ、風船のようなクッションを作る――見れば、『寺』が倒壊している。

 そうか――『DghT』は暴走したのか――いや意図してやったことかもしれないが、とにかく彼は『寺』を破壊した。

 あいや、彼ではなく彼女だったか? そう、事前調査書には女性と書かれていた。女性で、年は――

 7だったはずだ。




 魔法中毒。

 魔法のその便利さにすっかり魅入った、魅入られた魔法使いである。この魔法の無い現代社会、現実世界では想像しにくいだろう。しかし似たような中毒症状はあるではないか――インターネット中毒とか。それに似たことが魔法でも起こるのだ。便利な力のその利便性がゆえに使いすぎて――そこから抜け出せなくなってしまった者がいる。

 これを放っておくとどうなるのか、想像するのは簡単である。自分の世界から抜け出せなくなり、自己中心的な思想に走ってしまう。いや、思想だけならまだいい、そこに暴力が存在したらもう一大事だ。トリガーハッピーという言葉があるが、それを暴走させた先にあるものは死体の山と血の海だ。

 魔法ではどうなるだろうか。

 思想が暴力に結びつく魔法というものは、中毒症状の先に何があるのだろうか。いや、さほど違いは無い。自己中心的な思想に走り、自己中心的な魔法を使い、自己中心的な惨状を生み出す。想像に難くない。

 一瞬にして大量虐殺が出来る魔法だって、世の中には存在しているのだから。

 さて、『DghT』のことを考えてみよう。

 彼女は弱冠7歳にして魔法中毒者である。

 そして理由となるだろうか、最悪なことに――彼女は電撃使いである。

 この世界において、最強の魔法使いである。




「ぐっ――」

 地面に降下。魔法石を回収。私より上に飛んでいたものが次々に落ちてくる。キメラは――どうやら拘束が邪魔をしてその攻撃から身を守ることが出来なく、墜落した衝撃で死んでしまったようだ。ならばそちらの魔法石も回収してしまってかまわないだろう。

 『寺』は倒壊した――地下室だった部分には穴が開いている。その周りに木造の『寺』だった残骸と、地下室の床だった鉄塊が散乱している。

 空が青い――

「ぷっっっ……はぁーっぁ!」

 と声がしてその辺にあった鉄塊が上空へ投げ飛ばされた――上空?

 重力にしたがってそれはただの兵器じゃないか――立派な攻撃じゃないか!

「あああああーっくそっ、あの野郎めどこ行きやがったんだぁ? どうせ生きてんだろぉあいつは……畜生が」

 悪態づきながら彼女が現れるのを鞠は見つけた。

 金髪の長髪オールバックを後ろでひとつ結び。青い瞳は澄んでいるが、そこから出る光は――鋭い。鋭い眼光。

 その――7歳の少女こそが、電撃使い――『DghT』!

 最強の魔法使い!

「あー、いたいた。生きてるかーっ? おいこらぁっ!」

 ごすっ、と人が人を蹴る音が聞こえた。

「目立った外傷は……ないな。心臓は動いてないか。おら、おきろや」

 バキィン! という音と青白い光が見えた。

 無理矢理の心肺蘇生、そして脳の電気信号の強制復活か――もちろん人体には相当の負荷がかかる。肉体改造が仮にされていたとしても、それは変わらないのではないか――?

 あんなに乱暴な電撃では――!

「あー。調子でねぇー……糞がッ」

 そういって彼女は電撃を木材の破片――といっても十分に大きいのだが――を2つ、両手に持ち上げて、上に投げ上げた。

 次の瞬間、上空で爆発が起きた――!

「はっはっはっはーっ! さぁてと……」

 おそらく――いや、流石に信じられないけれど、というか、信じたくない。そこまでやってしまうことが出来るのかどうか自分でもわからなかったからだ。

 爆発は彼女『DghT』の上空で起こった。彼女の上空――一点でだ。

 二つの木片をそれぞれ垂直に投げたのだから爆発箇所は二箇所であるはずだ。矛盾している。それを解決する方法はただひとつ。木片を空中で引き合わせたのだ。自分の真上に向かって投げればいい――その意見も大いに賛成できるが、その場合爆発の説明がつかない。引き合って――その引力のために爆発したと見るのが自然だからだ。

 だからつまり何がいいたいかというと――木を、磁石にしたということである。

 磁化――銅線でコイルを作り、その中に鉄棒を入れれば、磁石になる。小学生の理科の時間でやったことのある人は多いだろう。基本的にはその原理を使ったと考えられるが――木でやるとなればまた話は違ってくる。

 すべての物質が、磁力を持つわけではないということは、誰でも知っているだろう。鉄を含めたおおむね四種類の元素しか、磁力の保持を許されていない。木には、それらの元素は含まれていない。断言は出来ないが、保持していたとしても釘は『寺』に使われているのでないとして、それでも微々たるものだ。

 だからこそ恐ろしい。

 木材を磁石として扱ったのだ。電撃によって磁場を形成し、その引力で爆発を引き起こした。それくらい強力な電撃。それくらい大雑把な電撃――

「あぁーんたぁが……鞠ってやつ?」

 ぞわり。

 年下の少女であるはずなのに、恐怖を感じる。

「そーねそーねそーゆーことね。ありがと! 鞠!」

 満面の笑み。見るものが見ればそれは可愛らしいものに映っただろうが、鞠にはそうはどうしても見えなかった。

「助けてくれたんだね。きゃはっ!」

 鉄が飛んでくる。

「!?」

 とっさに手で防御する。そのあとに魔法石で防御だ――ノーモーションの攻撃!。電撃使い……とても恐ろしい。結局、飛んできた勢いを利用して、後ろに飛ばすくらいのことしか出来なかった。

「でもさぁ……ねぇ?」

 ぎらぎらした青い瞳は、じっと鞠を見つめる。

「拘束を解いてくれたんだからそれについては感謝するけどね? だけどねだけどねだけどね? この野郎が攻撃されたときにはその攻撃した奴に攻撃しなきゃなんだよね。だって、あんた、敵なんでしょ? 敵! 敵! 的! てきだったら攻撃してもいいよね? いいんだよね! だってそうでしょ?」

 真っ赤な舌――

「攻撃する人間は、攻撃される覚悟があるはずだからね!」

 電撃!

 一筋の光が鞠に向かって放たれる!

 喰らったら死ぬ! ボルトだのアンペアだの考える余裕はない。とにかく、これを回避しなければ! 幸いにしてこの電撃使いはとても大雑把、雑な魔法使いだから奇をてらった攻撃はしてこないだろう。だから単純にこれをどうやって回避するかという問題――。

 魔法石!

 手に握っていた魔法石で電撃をガードする。もちろんただ単純な防御じゃない。電撃はそれほど甘くはない。魔法石を細かく多層構造にして、それらを高速でローテーションさせる。それによって抵抗を増やし、電撃のスピードを緩める。緩めるだけでよい。喰らわなければ良いのだから。緩めて――体をそらし、後ろにはじく!

「ぐ、ぅっ――!」

 電撃は鉄塊に当たり、吸収されるように消えていった。




 魔法石。

 当たり前に鞠が使っている魔法石の魔法だが、それについてもう一度良く考えてみよう。

 形を変えることが出来る。変形という特殊技能を持っているのだが、よく考えると、その原理は意味不明だ。

 物が質量――重さをもつ理由はヒッグス粒子やヒッグス場というもので説明が出来る。では、形を持つ理由はなんであるか、知っているだろうか。ヒッグスよりももっと一般的に知れ渡っているもの――中学の理科の授業でも習う。

 電子――である。

 物質を構成する分子を構成する原子を構成するもののひとつだ。

 陽子、中性子、電子――そのうちマイナスの電荷を持ち、陽子や中性子の1840分の1の質量を持つ、電子である。それが、物体の形を決める――分子間力! 静電相互作用! 少し調べただけでざっとこんなものだ。

 すなわち、鞠の魔法とは、電子を操る魔法なのではないだろうか。そのように考察することが出来る――『DghT』と同じ魔法を使うのだと! その範囲が違うというだけで、同じ種類の魔法!

 しかし――聡明な読者様はお気づきだろう。真相をいうと、決して同じ種類の魔法ではない。

 この魔法は――もっと、べつの――

 そう、たとえば、悪魔の力でも使えば説明できるのではないのだろうか。




「がっ、はーっ、はーっ……」

 あれから何本の電撃をはじいただろうか。

 おそらく10本は軽い。

 その一本一本……しっかりと弾かなければ、一瞬でお陀仏だ。

 しかし、だんだん分かってきた……電撃がどのような感覚で弾かれるのか、どのような動きをすれば上手く弾けるのか。

 しかしワンパターンな攻防――防戦一方だ。

 電撃を放つ『DghT』、それを弾く鞠。見てるだけでは単調な戦闘が繰り広げられていた。

「……? あーれっ? まだ倒れてない? おかしい……おかしい……」

 手のひらをこめかみに当て、ぶつぶつとそうつぶやく『DghT』。

「あー。そうかそうかそういうことだったか。ぜぇーんぶ弾いてるってわけね」

 きゃはははは、と高らかに笑う『DghT』。手のひらの上に電撃の閃光を巻く――

「ねぇー電磁石って知ってるよね? 鉄の棒に銅線を巻いて電気を流したら、磁石になるってやつね。で、さー? これも知ってるよね?」

 『DghT』は地面に指をあてる。

「人間の血液には、鉄が含まれている――ってこと」

「――――っ!」

 おいおい、ふざけんなよそんな攻撃と言いたくなる。

 いくら魔法使いとはいえど、体の構造は普通の人間とは何も変わりはない。『HRB』であればまた違うかもしれないが、鞠は生憎そういう改造を受けたことはない。科学的に見ればヘモグロビンが含まれた血液を通わせている人間だ――ただの人間!

 ヘモグロビンの中の鉄分が、磁力的に同じ方向を向く――そしてくっつく!

 洒落にならない!

 こいつは――本格的に殺しにかかっている!

 本格的に――狂気的に!

 軽い気持ちで――私を殺そうとしている!

 まさに狂戦士!

「魔法石!」

 魔法石を爆発させる。

 電撃使いに勝つ方法を――ご存知だろうか。

 最強の能力に勝つ方法。とても単純で、とても理にかなっている方法だ。『こちらも電撃を使う』――という方法である。最強には最強をぶつけないと、そもそも勝負にならない。

 しかし、今の鞠には『DghT』に匹敵する電撃は生み出せない。

 だからこれは、ある意味では賭けだった。

 魔法石を気化させて、その中で電子を移動させる。出来るかどうかではなくてやれるかどうか。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「!? 嘘ッ」

 特攻! 足を動かしながら――電子を感じろ! 帯電のエントロピーを減少させろ!

 相手が操る電流の、その逆回転。

 電子の動きは――脳天に向かって左回転がかかっている、つまり足元に向かって右回転させる……電流を弾くのと同じものだと思えばよい。拳で殴るまでの辛抱だ――慣れないことを、しなければ!

 あと3歩、2歩、1歩――!

 右の拳で『DghT』の左頬を殴りぬける!

「ぶぐらぁ――ッ!」

 無様に吹き飛ばされる『DghT』。やはりまだ7歳。10歳の鞠の力でも吹っ飛ぶ。3歳年上――

「観念――してっ!」

 さっさと縛り上げて魔法封じの札を貼り付けるしかない。まともに戦って勝てるわけがなかったのだから。というかもはやまともに戦ってはいない。この一分もかかっていない戦いの中で、鞠は相当に魔力を消費した――

 体力も、もうそれほど残っていない。

「ど――畜生がッ!」

 『DghT』は空中で殴られた顔を無理矢理起こして、両手を鞠の方向に突き出した。

 ほぼゼロ距離での電撃射撃――鞠は空気中の魔法石を凝縮させながら、それに呼応するように両手を突き出した。

 スパーク――!

 突き出された二つの両手の内部に、とても眩しい光が生まれた。『DghT』の電撃と、それを拡散させる鞠の魔法石だ。垂直方向からの電撃を跳ね返すには、とんでもないほどの魔力を要する。無理矢理魔法石を移動させる。高速で移動させる。

 しかし『DghT』も必死なのには違いない。彼女は鞠からパンチを一発食らったのだ――魔法使いとしては最強なのに。弱冠7歳の、最強。扱う魔法は最強でも、体力差はどうしようもなく埋められない。それでなくとも、頭部へのダメージというのは人体にとって深刻な被害なのだ。

 二人の少女の――現実であれば小学生だ――魔法戦。

 それはもう、終わり始めていた。




 では趣向を変えてこんな話をしてみよう。

 『DghT』は、どうして鞠と戦っているのか。

 戦うことになった理由――ではなく、今ここで鞠と戦っている意味だ。戦いたくないのなら、戦わなくていい。それこそ、小学生らしい、小学校低学年らしい理由をつけて、戦わなければいい。

 主観的な意味での、『DghT』の戦う意味。

 その一つ目として、魔法中毒というものがある。魔法を使いたくて使いたくて仕方がない。だから戦う。魔法を用いて戦い、魔法をぶちまける。――注釈をつけるようだが、魔法を使いすぎて魔力が切れるということは、『DghT』にはない。魔法、魔力とはつまり精神力で、中毒者の精神はおかしくなっている。はっきり行って、測れないほどに。測れないということはつまり無尽蔵ということ。尽きることが、無いということ。

 そして――ほかの理由は? 私怨? そんなものがあるのだろうか。出会って数分もたっていない、ろくに会話も成立していないこの二人に、どんな関係があるのか。

 戦う理由――このようにしてみると、ほとんど無いといってもいい。中毒症状があるとしても、戦うことそれ自体にはあまり意味が無い。戦うというのは、持てる力を使うべきときに効果的に使うということとも解釈できるのだから。使うときと、使わないときを考える。それが戦うということでもある。

 では逆のことを考えよう。

 『DghT』が、戦わないことを選べない理由――のほうだ。



「ねぇ――『DghT』」

 スパーク戦が終わり、力つきた二人のうち、先にそう声を発したのは鞠だった。

「あなた、家族はいるの?」

「か……家族?」

「そう。お父さんとお母さんと、もっと言えばきょうだいとか……『魔法行』にいるのかしら?」

「……いる、よ。『魔法行』にね」

「どうして、一緒にいないの?」

 『DghT』の、家族。7歳の彼女には、まだ保護が必要だ。保護者としての、家族。彼女には家族が必要なのだ。

 それを放り出して、『DghT』は今『HRB』らと行動をともにしていた。彼らは、彼女の家族ではない。家族なら、どうして監禁なんてするだろうか。家族愛が無い家庭――というものも存在するのだろうが、大抵の家庭はそうではないということもまた認識しておくべきだ。

「人質に――されているから」

「――誰から?」

「…………」

 ちらっ、と意識を失い――『DghT』のおかげで死んではいない――倒れている『HRB』を横目で見て。

「あいつらに、ね」

「…………」

 そうか、そういうことだったのか――どうして『DghT』が『HRB』に協力するのか、それだけが疑問だったのだ。彼女は家族を人質にとられていた。だから『DghT』は戦っていたのだ。戦うしかなかったのだ。

「両親は、どんな人?」

「お母さんは私に優しくしてくれてた。こんな私だけど、ね。お父さんは私のためにいろいろしてくれた。おもちゃを買ってくれた。本を買ってくれた。お姉ちゃんは一緒に遊んでくれた」

「いいわね、家族が……いて」

「……ひとごとみたいに」

 小さく、ボソッと、呟くように『DghT』はそう言った。

「え? もう一回言って頂戴」

「他人事みたいに言ってくれるじゃない……私が今、どんな気持ちでいるかも知らないで!」

 仰向けに倒れていた『DghT』は踏ん張り、立ち上がる。

「家族が今どんな目にあっているかも知らないで、よくそんな軽々しくそんな言葉が言えるわね。あなたの家族も、いつ私と同じような目に遭うかは、分からないじゃない!」

「分からない、わね」

「そうでしょ……そんな軽々しくは言えないでしょ!」

「ええ。私には――」


「家族が、いないから」


 沈黙。

 静寂。

「え……?」

「私には家族がいないのよ。あなたとは違ってね」

 平等鞠には――家族がいない。

 衝撃のカミングアウト。

 少なくとも、『DghT』にとっては衝撃だった。

「それは、どういう意味?」

「文字通りの意味よ。私にはお父さんもお母さんもいない。もちろんきょうだいもいない。親戚もいない」

「……死んだってこと?」

「分からないってこと。私は、捨て子だったからね」

「捨て子……?」

「生まれて間もないころに、捨てられたの。その私を拾ったのが『魔法行』」

「『魔法行』……」

「私が『魔法行』のために戦っているのはね、『魔法行』への恩返しでもあるのよ。だからこそ、私は死ぬわけにはいかない」

 ふふっ――と鞠は笑う。

「同じね。行動動機が」

「同じ……どういうこと?」

「私は『魔法行』のために戦う。あなたと戦いたいからじゃない。あなたはあなたの家族のために戦う。私と戦いたいからじゃない」

「戦いたく……ない」

「戦う必要なんて、最初から無いじゃない」

「は……ははははは」

 倒壊した『寺』だったものを足に踏みながら、縛られるものをなくした7歳の少女が、目的をなくした笑いを響かせていた。いや――目的を、見据えた笑みか。

 最強の魔法使いを倒す方法。

 いくら強くても、戦いではなければその力は無いに等しい。

 戦線上になければ、その肩書きは意味が無い。

 平和な世界では、力よりも心が優先される。

 現実世界でも、『魔法行』でも、それは同じことなのだ。

「そうだ……鞠、ちゃん、だっけ」

「そうよ。何?」

「あんたも電気、使えるんでしょ?」

「うん。というよりも……この魔法石の変形を応用させたって感じだけどね」

「どっちが、先だと思う?」

「え?」

「魔法石の変形が先か、電子移動が先か。はたまた――」


「もっと深いところが先か」


 金髪の髪が、夏の夕暮れの、生暖かい風に揺れた。




 電子。

 エレクトロン。

 レプトン第一世代。

 マイナス1の電荷を持つ。

 さて、皆様はこのような言葉をご存知だろうか。

 神が作り出した、はかなくも美しく、人間には理解することの出来ないその弦を。

 その弦の作り出す振動は、華麗な旋律を奏で、すべての物質を作り出す。人間もその旋律の中、生まれている。

 超弦理論。

 調弦理論という言葉になじみがないのなら、超ひも理論という言葉のほうが良いだろうか。

 とても短く、三次元では解釈することの出来ない短いひもが振動してさまざまなものを作る。どんなに陳腐なものでも、どんなに綺麗なものでも、どんな感情でも、どんな存在でも、それで構成されている。

 この理論は、ついこの間までは不完全なものだった。

 ついこの前まで。しかしあの事件があってから、この理論は完成した。

 世界は――完成した。

 その事件とは――


 ヒッグス粒子の発見。


 である。

 この鍵を人類は手に入れることで、人類が作り出した扉が開くことが確認されたのだ。世界に対して、人類は次のステージへ進むことが出来るようになったのだ。

 そして。

 そのヒッグス粒子が基礎的な存在である理論、『標準理論』に――『魔法』が組み合わさったらどうなるのだろうか。

 もう少し分かりやすく言えば、平等鞠の魔法石と、ヒッグス粒子と超ひも――

 どちらのほうが、大きいのだろうか。

 科学と魔法ではない。

 世界と魔法の集大成。

 彼女がそれになる日は近い。




「だからさ――あんたのその魔法石の粒子が、超ひもよりも小さいんだよ。電撃をぶつけたときの感触、違和感は、それで説明がつく――それでしか説明がつかない」

 『寺』をぶっこわしたあとにできた木屑と鉄片をそのままほうっておき、鞠と『DghT』は前線基地、砂衣の家に向かった。その道中。

「つまり、私の魔法石の変形を利用して――物を生み出すことができる、ってこと?」

「そういうこと」

 魔法石が、超ひもを振動し、クオーク、レプトン単位で物質を作る。

 それが、可能だ――というのが彼女、『DghT』の主張なのだが。

「そんなばかな」

 というのが、鞠の反応だった。

「第一それが本当だったとして、どうやって物質を製造するの? それってつまり、魔法石を粒子単位で動かせってことでしょ? どれだけの集中力、処理速度がいるのやら、知れたことじゃないんだって」

「そうなんだよね。そこだけが問題なんだよ」

 悩む『DghT』。金髪を今度は二つ耳の上にまとめている。いわゆるツインテールという奴だ。

「テールじゃない」

「え? そうなの?」

「髪型にもいろんな種類があるのよ。3歳年上って言っても、大したことないわね」

「ぐっ……まあ、いいわ」

 年上の意地。

「それで? その髪型はなんていうの?」

「…………」

 どうやら忘れてしまったようだ。

「そ、そんなこと今は関係ない。それより、どうすれば物質製造ができるのか、それを話し合うべき」

「うーん……『魔法行』でも達成したこと無いと思うからね。論文も多分無いだろうし」

「達成されていたとしても、論文が出回ることはないと思う。世界をまるっきり変えるものだしね」

「『戦う部隊』でも、か……。所詮下っ端ってことなのね」

「論文は諦めるしかないか……でも、要はさっきあんたが言ってたとおり、集中力と処理速度があればいいんでしょ?」

「うん。でも私にはそんな能力はないよ。そしてそれは……人間離れしてると思う」

「人間離れした、力……だったら、魔法じゃ、無理か?」

「魔法で……どうするの?」

「たとえば、『賢者』に魔法石を使用させるとか」

「それは無理」

 耳につけている魔法石――もう敵がいない以上、イヤリングとしてつけている。やはり、これが落ち着く――に触れる。

「この魔法石は、私にしか従ってくれないの。私よりも強い魔法使いに、濾過さんって人がいて……あの人に魔法石を動かさせてみた――動かせようとしたけど、まったく反応してくれなかった」

「……そうなの?」

「そう。つまりこれは本当の意味での、私の固有魔法。だから『賢者』にさせることもできないと思う。濾過さんは『賢者』に認定されかけたことがあったしね」

「へぇー。じゃあ別の方法、2つめ。私の電撃を使って、処理能力を無理矢理高める」

「え? どういうこと?」

「だから、私の電撃をパソコンの要領で利用するってこと。そうすれば処理能力の権に関しては解決する」

「あー……なるほどね」

「なにその、無理だろ的な目は」

「いや、あなたの電撃だけど、そういう精密なことは苦手だと思うの。だって、まだ起きないじゃん?」

 そう言って、『寺』の破片を魔法石で切り組み合わせて作った台車のうえに眠っている『HRB』を見る。

「生きてはいるけどさ、蘇生させたのあなたでしょ? 精密な電撃が作れたらこんなに気絶してないと思うんだけど」

「……人体って、相当デリケートだし」

「……言い訳のように聞こえるから却下。うーん……ほか何か無いかしら」

「もうひとつ! もうひとつ思いついた!」

 強く主張する『DghT』。

 7歳児。

「……なに?」

 ほぼ諦めかけた10歳児。

「こいつ! こいつを使うの!」

 『HRB』を指差す。カラカラと音を立てる台車の上でまだ気絶している。

「こいつに、鞠の頭を改造してもらえばいけるじゃん!」

「はぁ!? 嫌だ嫌だ嫌よ! こんな……変態に体をいじくられたくはない!」

 肉体改造の魔法を用いて、鞠の脳味噌から処理速度処理能力を上げようというものだ。実現できるかどうかは分からないのだが……しかし、それ以前に鞠は『HRB』が苦手だった。というか、ちょっとした生理的な嫌悪を覚えている。

「はぁー……まあ、いいよ。別にこの魔法を達成する必要は無いんだから」

「いやいや! とりあえず試せるだけ試してみてよ! できたらすごい! すごいはすごいんだから!」

「あーもううるさい! うるさいわよ! 『魔法行』に帰るわよ!」




「ふーん……」

「どう思う? 濾過」

「いやいや、思いつかなかったなぁってだけ。私ならできると思うよ」

「やってみれば?」

「いや、もうちょっと考えてからやることにするよ。質量保存の法則を破る魔法だからね……」

「いやいや、それ以前にさ。魔法ってもんはエネルギー保存則を、熱力学の法則を真っ向から破ってるんだけどな。そう言う意味で考えると、物質製造ってのも分かりやすいっちゃ分かりやすいよな」

「さしずめ賢者の石ってやつね……魔法石との相性も高いってことね」

「というか……思うんだけどさ」

「何? 『3N』」

「もともと魔法石って、そのために作られたようにも思えてくるんだよ。そもそもあの魔法石は、捨て子である鞠が、最初から持っていたもの……つまり、作成者が不明なんだよ」

「製作者不明。まあ普通に考えたら……鞠ちゃんの母親が作ったってことかな。鞠ちゃんも『魔法行』の子だよね? 『魔法行』で捨てられたのなら、『魔法行』にその親もいるはず。戸籍を調べれば……なんとかなりそうね」

「どうやって、親を特定するんだ?」

「単純に、血縁だよ。現実世界でもやってるよ? DNA検査ってやつだよ。『魔法行』の支配力を使えば、可能だと思うよ」

「だとしたら……鞠には絶対に物質を製造してもらわなけばならないな。『魔法行』のトップに交渉するには、それしかない」

「それにしても、鞠ちゃんの親ねぇ……あの髪の色は、突然変異な感じだけどね」

「白髪か。確かに遺伝的じゃあないよな。あいつ、まだ10歳だし」

「老けるには早すぎるからね……」

「なあ、今また思いついたことがあるんだけど」

「なに?」

「いや、まさかとは思うけどさ……」


「鞠は、神の子じゃあないだろうな?」


「……キリストとか、そういうやつ?」

「そう、だとしたら捨て子ってのも納得いく。元から親がいないんだとしたら……」

「……そうしたらさ、あの魔法石は……とんでもないものにならない?」

「神が作りしものってことか。そりゃあまたずいぶんたいそうなものだな」

「どっちにしても、鞠ちゃん……不思議な子よね」




「さて、『DghT』」

「うん。分かってる」

 ロープを、『DghT』――まだ7歳の少女――の腕に巻き、縛る。足に巻き、縛る。この砂衣宅までの道中、鞠の魔法について、雑談も交えながら一緒に歩いてきた彼女は、拘束された。いくら無抵抗――になった――とはいっても、『魔法行』から脱走した危険分子には変わりはない。そのうえに、彼女は最強の魔法使いなのだ。そこを忘れてはならない。

「魔法封じの札はつける?」

「あれは嫌だ。魔法を使わないって、約束するから」

「……うん。信用する」

 ぺたり。座り込む『DghT』。

「……これで、終わりか」

 『14C』。

 『RRQ』。

 『HRB』。

 そして、『DghT』。

「あ、砂衣さんもいたか……」

 さらに、砂衣誠。この部屋の主。

 彼が特段何か悪いことをしたというのではないのだが、運が悪かった――あの曲がり角でぶつかってしまったが故の、そう言う意味でのハプニング。

「3日目にしてようやく終わった……長かったなぁ」

 風呂に入ろう。そう思って、脱衣所に行く。ヘアピンをはずし、ポケットの中から魔法石を取り出し、物質製造が原理上可能だということを思い出す。

 ひょっとしたら――親がいない私ならば、人間を超越しているのかもしれない。2年前に考えたことだ。当時は思い上がりが激しく、すぐにそれが間違いであることを理解したのだが――ひょっとしたら、自分になら魔法石を使って物質製造が出来るかもしれない。

 今、一番ほしいもの……そうだ。このヘアピン。

「もっと可愛いのがいいなぁ……」

 たとえば、星のマークがついているものとか……だとしたら直径は1センチくらいで、まあ材料は鉄でいいだろう。鉄は原子番号何番だったか。すいへーりーべー……ああ、そうだアルミのほうが早いのか。13番。陽子13個、中性子は何個だったっけ……13個でいいや。ダメだったら放射線が出てくるだけだ。そんなに多くのものを作るわけではないのだから……うーん。空気中の酸素とか窒素から陽子を分配すればいいよな。集めれば……なんとか……。

「なるわけないよな」

 一分ほど想像したところでそうつぶやき、目を開ける。手の上の魔法石の感触は変わらない。どうせ、どうにもならないのだから――


「……えっ?」

 魔法石の緑色の上に、きらきらした、まるでアルミニウムのようなものが、欠けた星型をしていた。

「――マジでかよ」


 ――その夜、純正アルミニウムの一円玉を作ることに成功した。縛られた5人と鞠で、軽くパーティーを開いた。



                   第6章・終

                   第7章へ続く

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