第4章 魔法らしい魔法
鞠が前線基地を張っている砂衣の家のあるマンションにトラップ使い『RRQ』が襲来。これまでと一味違う魔法バトル。
第4章 魔法らしい魔法
さて、ここで現在どのような状況にあるのか、すなわち、平等鞠がこれまで何をしてきたかをまとめてみよう。
まず鞠は、『魔法行』にある『戦う部隊』に所属している。『戦う部隊』という名前はいかにも即興でつけられた感が否めない。というより、その名前こそ、その異常さを目立たせているといえる。
『魔法行』はいくつかの『科』、そしてそれに連なる『部』が存在する。そして『戦う部隊』というのは戦闘に関わる幾つかの『部』を纏めた呼称だ。
しかし、『戦う部隊』はそれでいて、『魔法行』の中で最大の権力を持っている。どの『部』でもどの『科』にもないほどの。
その理由は単純だ。その部隊がとても危険なことをしているからである。
所属するだけで、死の可能性があるということ。
というよりも、『魔法行』がこうして平和に運営できているのは、『戦う部隊』のおかげだということが『魔法行』内で最大の権力を有している大きな理由なのかもしれない。
そして、今回『魔法行』を守るため『戦う部隊』から派遣されたのが平等鞠だ。
『魔法行』から脱走した四人の魔法使いを、殺してでも『魔法行』に連れて帰る。というのが鞠の受けた任務だ。
そして、そのうちの一人を、今現在監禁している。
「…………」
朝だ。起床した平等鞠は、横目で『それ』を見る。
夜中じゅうずっと起きていたのだろうか……? 目の下にくっきりと隈が出来ており、力尽きた目で虚を見ている。鞠が起床したことにも気づいていないようだ……。
風使い『14C』。『戦う部隊』で教鞭を執っていた魔法使いだ。鞠もその教えを受けたことがある。言うなれば鞠の恩師なのだが。
「…………」
その恩師の手と足を縛って動けないようにしたのは、ほかでもない鞠だ。
どちらかというと、気の毒だと思う。一般的に言われる正義に従うのであれば、彼女『14C』は今すぐにでも解放されるべきなのだ。しかし、『魔法行』から見れば大罪人であるのだから、仕方がない。
鞠はそれを見て、正義とは何かを考える――一人の人間をこのような悲惨な状態にすることが、正義なのか……?
……鞠には分からなかった。彼女にかけているこの拘束を外したら、鞠は殺されるかもしれない。それだけは、正義だのなんだの言ったところで変えられない。生存欲求。絶対に死にたくない。ほかの何を犠牲にしても、このような若さで死ぬことだけは避けたかった。
この場合は、その正義の心を犠牲にした。
それだけのことだ――。
「……おはようございます、先生」
「…………」
返事はない。予想通りだ。
さて、朝ごはんを食べようか――ちなみに、この部屋の所有者であった砂衣は、『14C』と同じように手と足を封じられている。
だから、この部屋にあるものは実質鞠のものだった。
でもまあそうは言っても他人のものを使うというのは気が進まない。鞠はバックの中にある『戦う部隊』からの支給品を食べることにした。
ただ、『14C』と砂衣には、冷蔵庫の中に入ってた牛乳とパンを食べさせた。
「はい、先生。あーん」
「…………」
ゆるく開いた口に一口サイズにちぎったパンを入れた。
平等鞠、人生初の『あーん』である。
指を噛み切られるのではないかとドキドキした。
「……行ってくるか」
扉を開ける。廊下に出て、扉を閉める。鍵も閉める。さて、寺に行こうか――
と、思ったその瞬間に――彼は現れた。いや、初めからそこにいたのだろうか? しかし気づかなかった――気づかなかったというより、おそらく向こうが感じさせなかったと言うべきか――
「『THE WORLD』――」
まあ、鞠にも視界というものがある。廊下を挟んでドアの向かい側には手すりがあり、その向こうに空が見える。否、見えていた。彼、その少年がそう言った瞬間、空が見えなくなった。空だけではない。遠くに見える住宅街や、その向こうの山も、青白い壁に阻まれて見ることが出来なくなっている。
「――!?」
なんだこの現象は――無論魔法――そして、この少年は誰だ。
こいつは――誰だ?
「さて、鞠さん。ちょっとしたゲームをしましょう。何。とても簡単なゲームです」
「あんた――誰?」
口調が悪くなる。感情に流されてそうなったのだけれど、その程度で何が変わるというわけではない。
「誰、って簡単に推測できるでしょう。まあ教えますよ……ぼくは『RRQ』。トラップ使い、という奴でしてね」
「トラップ使い――!」
『RRQ』!
よく覚えている。『14C』から聞けた有力な情報のひとつ。『RRQ』に勝てる奴は、実際のところいない、と――。
こんな少年に……勝てない、だと?
「まあいわゆる『かけっこ』ですよ。いまから合図でこのマンションを一階まで駆け降ります。そしてこのマンションから脱出する。それだけの簡単なゲームです」
「……馬鹿じゃないの?」
なんだこの少年は――少年よりも幼い鞠もそう思った。なんだこの――弱そうな少年は! もちろんの話、鞠は魔法石をちゃんと持ってきている。だからポケットある魔法石の形状を変化させて、この少年を縛ることなんか、簡単に出来てしまった。
腕を体ごと縛るという大雑把な縛り方だが、その縛らないよりは数段ましだ。何しろ腕がなければ、思い通りに走ることが出来なくなるのだから。
「この場合ぼくが馬鹿かどうかというのはあまり関係ないんですよ。だって、勝利条件が『マンションから脱出する』じゃあありませんもん」
縛られたまま――その少年は顔色ひとつ変えずにそう言った。
「あくまでもそれはゲーム終了って意味ですよ。ゲームといってもこれは取引という形のゲームです」
「……取引?」
「ええ」
軽い声色だ。見た目的には14か13といったくらいだろうか。しかし……なんだその強靭なメンタルは。『戦う部隊』に属していたという情報はなかったのだけれど……。
逆か? 『戦う部隊』なんか相手にならないような強い魔法を有しているからこその余裕――なのだろうか。
「風使い『14C』をこちらに引き渡してください。殺してはいないんですよね? その部屋に……いるんでしょう?」
「……ええ、いるわ。そしてまだ、生きているわ。舌を噛み切りでもしない限りは」
よかった、とその少年は言った。
「ではまず、先に警告しておきます。ぼくは言いましたよ――『THE WORLD』って」
少年が――消えた。
消えた!?
「『THE LOVERS』と『THE DEVIL』――そんな拘束は意味ありませんよ」
「…………」
なんだそれは。
何なんだその魔法は――。
そんな魔法が、存在するのか?
この鞠の魔法石による魔法は、どんな魔法使いにも破れないはずなのに。
彼は魔法石による拘束を無視し、二メートルくらいもとの場所から離れた位置に移動した。
「……タロットによる魔法ね」
「正解ですよ」
素直に『RRQ』は答えた。
「とても有名ですよね。そのカードに何が書いてあるのかを知っていなくとも、タロットカードがとても占いに特化したカードであるのは誰でも知っています」
とある漫画でも取り上げられたくらいに、と少年は軽口を言った。
「さて、話を本筋に戻しましょうか。『14C』を返してください。そうすればぼくはあなたに攻撃しません」
「『14C』は引き渡さない。そう言ったらどうなるの?」
「この『THE WORLD』の結界を解きません。つまり、ぼくが生きている限りあなたはこの結界の外には出られないということです」
「……つまり」
「もうこの時点で――『詰み(チェック)』です」
まだゲームらしいことは何もしていないのに――勝利宣言。
どちらに転んでも、『寺』側に利のある展開になるというわけだ。
『14C』を引き渡した場合、『寺』側が何を得るのか。ちょっと考えればすぐに想像できる。移動手段、だ。『14C』の風で、『魔法行』からの追っ手を振り払う――逃げる。それが目的で、この少年は鞠に取引をしているのだ。
では『14C』を引き渡さなかった場合――少年は『THE WORLD』と言ったが――マンションを囲っている結界が解かれないらしい。それはつまり、ライフラインを切断したということだ。この切断された状態が続く。それこそ絶望である。だから、『14C』を引き渡すほうがこの場合懸命な判断といえる。しかし――
「――『詰みきり(チェックメイト)』っては言わないのね」
鞠は『RRQ』の言葉尻をつかむ。このような些細な表現が、鞠を救う可能性もある。
「ええ――言ったでしょう。ゲームをする、って」
手すりに寄りかかる『RRQ』。鞠は幼い瞳できっ、と『RRQ』をにらみつける。
「そうにらまないでくださいよ――可愛いのに」
「……ロリコンの妄言は別気にしないけど、で、その肝心なゲームの勝利条件と敗北条件。条件は何で、その結果どうなるの?」
「だからレースですよ。あなた自身のね。あなたが無事にこのマンションの一階にたどり着けたらあなたの勝ち。たどり着けず、死んでしまったらあなたの負け。分かりやすいでしょう?」
「なるほど、確かに分かりやすい」
「ぼくはその一階で先に待っておきます。そうですね、制限時間は――10分でどうでしょうか。この四枚のカードを置いておくので、このうちどれか一枚を取ってください。それがスタートの合図です。頑張って一階まで来てくださいね」
『RRQ』は四枚のカード――おそらく裏面なのだろう。こちらからでは表面に何が描いてあるのか分からない――をコンクリートの廊下に置いた。これが――スタートの合図。
10分で、一階までたどり着ければ鞠の勝ち。そうでなければいずれ鞠は死ぬ。とても分かりやすい構図だった。
しかし問題は、10分という時間だった。時間が足りない、端的に言えばそう言うことだ。鞠がこの魔法石のロープでここから一階まで飛び降りることが出来れば、10分と言わず10秒でクリアできる。しかし『RRQ』の物言いは、『そんなことはありえない』と言っているようなものだ。そして何より、『THE WORLD』。タロットカードの大アルカナ。0から数えて21番目のカード。『世界』を現すそのカード……つまり、この結界の内部は、言うなれば『RRQ』の世界ということだろうか。そうであるとしたら、『正規ルート』でしか一階まで行けない。それ以外のルートは許されていないということか。
たしか廊下の先にエレベーターがあったはずだ……それを使えば、おそらく1分以内に一階に着けるだろう。しかし、制限時間は10分だ。つまりエレベーターを使った方法を、『RRQ』は望んでいない。エレベーターは、たとえば破壊されてるとか――そして『生きて一階に来れるか』ということなのだから、エレベーターに乗ったとたんに、致死性のトラップがあるとか。それこそトラップ使いの領分――!
いっそのことトラップが至る所に散りばめられていると考えたほうが良いだろう。一歩歩いただけで発動してしまいそうなトラップが――
「くす。あんまりそう警戒しないでくださいよ。トラップの数はせいぜい30個です」
「十分多いって」
「いえ、9箇所にチェックポイントという形で3つずつトラップを仕掛けているんですよ――正規ルートで行けるようにね」
「もちろんその中には――」
「致死性のものから、じわじわと侵食していくトラップもありますよ」
チェックポイントとしてのトラップ……進路を限定するものもあるということか。ますます行動が制限される。
「では、一階でお待ちしてますね。『THE LOVERS』」
少年は消え――四枚のカードが残された。
「……気に入らないやつね」
と、鞠は如何にも子供らしいことを呟いた。
そして、おそらくこれこそがトラップなのだろう。第一の――トラップ。
ゲーム……と言ったか。しかし、このゲームに参加することについて、鞠は強制されていない。そう、こんな馬鹿げた一方的なゲームに参加する必要はないのだ。
ではこの結界からはどうやって出るのか――簡単である。このまま一階に行って『RRQ』を倒す。もしくは殺す。そうすれば彼の魔法であるこの結界が消え、何事もなく――
「いや、違うわね……」
事態は――そんなに甘くはない。第一に、彼は『RRQ』、トラップ使いなのだ。このカードを手に取り、ゲームに参加しなければならないのかもしれない。だって、手に取らなかった場合、べつのトラップが発動するかもしれないじゃないか――それこそ即死性のトラップだったりしたら!
ゲームから降りれば、勝負に負けるのは当たり前――ということか。生きるか死ぬかでそんな洒落たことを言っている場合ではないだろうに。
そして第二の理由。『RRQ』が死んでも、『THE WORLD』の結界は消えないかもしれないからだ。タロットカードというなんとも魔力的な価値がふんだんに詰まったものが、所有者の死によって効果をなくすとは、考えにくい。残留思念も魔力に組み込んでしまえば――永久機関!
「……ちっ!」
舌打ちをし、四枚のうち、一番右端のカードを一枚手に取り駆け出す。何、トラップを回避して一階までたどり着けば良いだけだ。ただそれだけのこと。この魔法石が完全に使えないというわけではないのだから、それもフル活用して――
なんとなくだが、手にとったカードを見る――目で見て確認したかった。と、そこにはこう書いてあった――
『同じスートだけを手に取ること』
スート……トランプにおける、ダイヤとかクラブとか、そういうマークのことだ。しかし、そんな一般的なカードをあの少年は使うだろうか?
カードに書かれている文字は、三秒もしないうちに消えてしまい……そして、雲から生えてきた右手が金貨を持っている絵が描かれていた――
「タロットカードの……小アルカナ!」
タロットカードといえば、塔だの悪魔だの吊るされた男だのと、そういうもの有名だが、それはタロットカードの一部、大アルカナの部分でしかない。大アルカナ22枚、そして小アルカナ56枚。タロットカードは合計78枚のデッキなのだ。
そしておそらく、彼が言っていた文言と組み合わせると……
「この金貨のスートを、一から順番に集めて行くってことか――」
小アルカナには40枚の数札がある。棒、杯、剣、貨の四つのスート、それぞれに1から10まで。
鞠の場合は『貨』のスートだが、それを一つずつ集めていけということか――そういう意味でのゲームということか!
「まわりくどいことを――!」
いや、それが目的なのかもしれない。時間稼ぎとしてのゲームなのかもしれない。だとしたら、もうあの少年はこの結界内部にいないかもしれない。
まったく、状況がつかめない――!
タロットカードというものは、魔法の題材にしやすそうで、実はそうではない。あくまでもタロットカードはカードなのだ。ただの絵のついた、それに勝手に意味を付加したカード。大アルカナも小アルカナも同じだ。そして、小アルカナの魔法というものは、大アルカナ以上に作りにくい。
なぜならば、小アルカナはその数字を追った、物語としての性格が強いからである。
だから、物理的な魔法としては描けず、精神的な魔法となってしまう。ここまでおわかりいただけるだろうか。
そう――タロットカードは、占いにはこれでもかというほど向いているが、魔法や攻撃ときった面でみると、全然向いてはいない。精神的な意味が強く込められているからである。
どちらかといえばギリシャ神話や、八百万の神の力の方が魔法の攻撃には向いている。題材にし易いのだ。
ではなぜ、『RRQ』はタロットカードを使うのか――精神的攻撃としての魔法が、便利だからである。魔法により催眠術を使うことができるのならば、それは強いだろう。魔法使いを操ることができたら最高だ。もちろんその魔法使いの力は劣化するのだが。
ただし、このタロットカードの使い方。これを罠として利用するのというのは――相当にタチが悪い。罠というものは、気づいたら嵌っているものである。だから、気づいたら精神的にダメージを受けていたという状況にもなりうる――!
罠の手段としてのタロットカードなのではない、タロットカードの使い方としての罠。
鞠はそれを突破する方法を持ち合わせているのか――
「ふふふ――鞠さんは今頃、どのカードを拾ってるんですかねぇ」
玄関、といっても『RRQ』がいるのはマンションから出たすぐそこだった。
結界の壁がすぐ目の前にあるような場所。そして彼の手には虚ろな光を放っている『THE WORLD』のカードがある。
もちろん、この結界の鍵である。
「まあ、このカードがこのカードでなくなったときにこの結界は破れるんですけどね――カードが破れたら、結界も破れる、うーん」
関連性の問題であり、その言葉にはセンスらしきものはなかったが、あくまで独り言である。なにを言っても咎めるものはいない。
この結界内において、鞠以外にはいない。
「残り二分――ものすごい幸運の持ち主ならば、今から9枚目を取りに行ってるころか」
そろそろこっちも準備しておくか――と『RRQ』は呟き、『THE WORLD』のカードをポケットに入れる。
準備、と言ってもそんなに大したことは必要ない。鞠が制限時間以内に辿り着く場合と、そうでない場合の魔法的な準備はもう済んでいる。
だから、この場合準備というのは心の準備だった。
自分だけ助かるという正義に反する覚悟と、そして――約束を破る覚悟である。
もし鞠がここに制限時間以内にたどり着けたとしても、結界を解除しない、ということ――鞠を助けるつもりなんて、最初から無い。
もし制限時間以内にたどり着けたのであれば、明日回収するから『14C』を玄関そばに置いておけ、と言うだけである。もちろんその場合も鞠を結界からは出さない。
じわじわと――殺していくだけである。
「……まあ、たどり着けるはずないんだけどね」
簡単な確率の問題だ。九つのチェックポイントにそれぞれ四枚、数字は同じだがスートがそれぞれ違うカードがあり、そのうち一枚が鞠の『貨』のスートである。このとき、すべてのチェックポイントで鞠が『貨』ノスートを一発で引く可能性。
4分の1の9乗――計算するのが面倒なほど確率は低くなる。
そしてチェックポイントでは、鞠の『貨』のスートを引くまで通過することができず、そうではなかった場合そのカードに応じた精神的ダメージを与える。そのダメージから立ち直るには相当な時間がかかる。
どこまでも下衆な力である。
「だから現実的に考えれば、多分まだ二枚目くらいじゃないかな――」
「いや、そんなことはなかったわよ」
うぃぃん、と玄関の自動ドアが開き、そんな声がした――
もちろん、魔法使い、平等鞠である。
「思ったよりも遠回りな道のりだった――めんどくさいわね、それがあんたの性格なの?」
未だ呆然としている『RRQ』をよそに、平等鞠はただ淡々と、思っているままのことを話す。
「あんたの性格とこの魔法で、まああんたの戦い方ってのもわかってきたわ。遠回しに、いろいろなことを考えさせる。そして頭をパンクさせて、そこを突く」
まさしく下衆ね――と、言われて、『RRQ』は思考をようやく開始する。
まあ、開始したところで、『RRQ』には結論が出ないのだが……。
「どうして――いや、どうやって」
「いや、多分だけどあんたの魔法はこれ以上ないくらいに完璧だった。流石に魔法使いといえど、確率は操れないし、運命も操れない」
あくまでも魔力を練って現象を生み出すだけなのだから――魔法使いに、そういうことは、出来ない。
「あんたの魔法――まあ精神崩壊系魔法だよね? ということは魔法式は、『触られたそれに接している意思に』発動、ってわけだよね」
魔法式――魔法の方式、の略称である。どのように魔法が作用するのかという説明。
そしてその魔法式は正しい、正解だ。まさしく完璧――しかし、それがいけなかった。少なくともこの平等鞠との戦闘にとっては。
「だから前提の問題ね。あんたの魔法は前提として私が一人だって前提から始まってるけど……実はわたしは一人じゃないの」
「……!?」
「ふふふ、実はね、私――二重人格なの」
嘘である。
「だからさ、私のこの表側の意思じゃなくて、裏側の意思にその魔法を受けさせれば、どのカードをめくってもこの表側の私には何の被害もないのよ」
すべてのカードをめくる、それこそが正解――
実際のところ鞠は二重人格ではない。人格は一つしかないし、精神もやはり一つ。では、鞠はどうやってあれらのトラップをクリアーして行ったのか。
単純な話――いるじゃないか。魔法で鞠と繋がっている、あの魔法使い。『魔法行』から逃げ出せた唯一の魔法使いと、魔法で繋がっているあの電話を持っているじゃないか。
魔法で繋がっているのであれば――『RRQ』の魔法もその『回線』を通る。通らないほど強力な繋がりならば、緩めてもらえばいいのだ。
その電話を作った本人――今は『魔法行』にお邪魔している――平等濾過に。
彼女の魔法の力を使えば、『RRQ』程度の魔法は、無効化――とまではいかないにしても、受け流すことはできるのではないか。と考えたのだ。
ならばそこからは簡単だ。一回そのヘアピンですべてのカードに触れ、それから好きなようにめくる。ヘアピンが触れた時点で『RRQ』の魔法は発動されるが、その魔法は鞠ではなく、濾過の方に流れて行って――彼女の圧倒的な魔法によって無力化される。
先の『14C』との戦いではその魔法電話のヘアピンを砂衣宅に忘れてきてしまったが、二回続けて同じヘマをする鞠ではない。
「なるほど……その発想はなかったよ。一人じゃなくて、まさか二人と戦っていたとはね……一対二なんて、卑怯じゃないか」
「トラップ使いが何言ってるのか。まあ、ここまで来たから、ゲームとしては私の勝ちです。さっさと結界を解いてください」
「――解くと思うかい?」
「……はっ」
鞠は悪態をつく。やっぱりそうだったか、という意味で。
そしてもう一つ、やっぱりその程度だったか、という意味で。
「どうせその結界の力も、カードを依り代にしてるんでしょ? だったらあんたの体探り回してそいつを見つけてしまえばいいわけよ」
「無理だね」
『RRQ』は走り出す――結界へ向かって! 既に逃げ切る算段はつけていたということか――
「無駄です」
しかし、『RRQ』の足は動かなかった――何か、緑色の液体が足に絡みついて――
「魔法石――!」
ならばまたタロットカードの力で脱出を――いや、出来ない。このタロットカードの力は、『THE WORLD』の結界の内部でしか使用出来ないのだから。そして使えたとしても、鞠の魔法石が液状になっているため、その移動速度が固体状態よりも格段に速く、逃れられない。気体になったら本当の終わりだ。
「この距離まで間合いを詰められたのが運の尽きでしたね、さて」
鞠は『RRQ』の前に移動する。
「こんな幼い少女に体をまさぐられるなんて、ロリコンさんにはご褒美ですよね――」
結論から言うと。
『RRQ』のポケットから『THE WORLD』の札は見つかった。それを引き裂くことで結界は解かれた。
そして彼をどうするかといえば、魔法封じの札を貼り付けて、手足を縛って砂衣の部屋に置くことにした。もちろんタロットカードもすべて回収した。鞠には使えそうに無いのだけれど。
彼を砂衣の部屋に置いた後――鞠はすぐに『寺』へと向かった。
残る魔法使いはあと二人、うち一人が、絶対に戦いたくない相手――電撃使い!
『RRQ』の死亡が知られていない今だからこそ、その二人を倒せるかもしれない。と、そのように考えて。
『RRQ』との戦闘で鞠は実質、疲労しなかった。せいぜい朝の散歩程度である。勝負はこれから――
しかし、電撃使いに勝てるとは、この時点では考えていなかった。勝てる方法は何かないかと考えていたが、思いついていない。ただ、これ以上勝機のあるタイミングはこれから存在しないと考えて行動しただけだ。勝算はないけれども!
だから洒落て言うのならば、今鞠が向かっているのは『寺』という仏の場所であるはずなのだが、そこは『地獄』のようでもあるのだということ。
そして『寺』にまさに『地獄の生物』とでも呼べるようなものがいることは、このとき鞠は知らなかった。
鞠は走る――
第4章・終
第5章へ続く