第1章 平等鞠という人物
2作目。前作よりもわかりやすく書きたいです。もちろんもっと面白く。
第1章 平等鞠という人物
午前中だとしても、電車は走る。ビルディングとアスファルトの海を、レールに乗って走っている。かんかんに照らされて熱くなっているはずの鉄のレールの上を、さらに摩擦で温めるように、走る。
その中は、乗車率90パーセントとでも言おうか、そのくらいの人間が席についており、センチメートルで語られる長方形を、携帯端末を、ほとんどの人間が見ていた。
外の灼熱に対比して、車内はエアコンが効いて涼しい。おそらく、このエアコンがあるからこそ、人は電車に乗るのだろう。逆か。エアコンが無ければ、誰も乗りはしない、そう言い直すべきだろう。
さて、正確な現在時刻を言うとすれば、午前九時二十二分。平日であれば学校がすでに始まっており、学生の登校ラッシュは終わっている。だから、その時間に乗るのは大抵大人だ。もちろん学校に通っていない小さな子供も乗るには乗るが……。
しかしそのように思考を巡らせる必要は実のところない。何故なら、今日この日、つまりはその電車に平等鞠という短髪白髪の少女が乗っている日は、日曜日なのだ。
学校は普通休みであり、学生が学校に行くとしたら、勤勉であれば勉強か、強くなるための部活か、または強制された特別授業か、そのくらいだ。安息日である日曜日が安息できないものだということは、誰しも承知のことだろう、既知のことだろう。
平等鞠。
年齢は10。大人とは言えず、少女と言える年齢。いや、そもそも不釣合いだ。小学生が電車に、一人で乗ることがあるだろうか? 現代は小学生でも、一人で電車を利用するのか?
まあしかし、それを危険だと言うのはひとつの見方からに過ぎない。自身の少女性を自覚し、それを逆手にとり、防護壁とする。そういう考えをする恐ろしい少女だっているのだから。
平等鞠も、その一人だ。
……ところで、平等鞠というのはその少女の本名では、実は無い。本来の名前はあるのだが、しかし彼女はそれを言わない。
これから赴く戦場のことを考えて、かもしれない。いや、それはただ単に、この名前が気に入っているからということらしいのだが。元の名前を嫌いなのか、という問いに対しては、彼女は答えない。まあ、彼女が意識というものを手に入れた時には、既に彼女の両親はこの世にいなかったのだけれど。
さて、この平等鞠。日曜日だというのに電車に乗って、どこに行くのか。みたところ白と黒にはっきり分かれたとてもシンプルな夏服な学生服を着ているが、学校に行くというわけではない。彼女は既に県を二つ越えている。もはや小学生の行動範囲ではない。
彼女は今から、戦いに行くのだ。
さて、どうしたものか――いや、どうするかは決まっている。命令された通りに行動するだけだ。だか、その命令そのものが奇妙だ。鞠はそう思う。
いや、奇妙なのは命令ではなく、発端か。
「まー、かつてなかった前例が生まれたから仕方ないかもしれないけどさー」
小声で呟く。ついでに資料から目を離し、窓の外の流れるビル群を見る。
かつてなかった前例――それは、あろうことか『魔法行』からの逃亡成功者だ。
『魔法行』とは、現代に存在している魔法使いを全て管理する機関だ。魔法使いが現実の科学の世界に流出しないように、管理する場所だ。
そこから、十ヶ月前に、脱走を完了した人間が現れた。19歳の少女だ。まあ、鞠と比べれば大人の部類だ。
『魔法行』の挙動に関しては、絶対的な危機にもかかわらず、脱走を完了させたのは、単に、それが科学の世界に影響を及ぼさないと判断したかららしい。ただ、魔法行からの監視がつくようになったが。
そして、よりによって、その脱走した人物の監視役というのが、この平等鞠で、現在電車で目的地へと向かっている平等鞠だ。
「……濾過さん、ちゃんとしてるかなぁ」
監視していたときと同じように生活していれば、何も迷惑になることはない。ただ、やはり心配だった。
濾過、というのは、名前を平等濾過とした、先ほど話した脱走者のことである。
鞠と姓が同じ、というのにもいくつか込み入った事情があるのだが、それはまあ、後で話そう――。
この二人の間には、脱走者と監視役という関係以上に、深い関係がある。いわば、家族のような関係。濾過について脱走者と表現したが、文字面のような悪人ではなく、むしろ真逆で、楽しげな性格をしている。少なくとも、誰かに危害を加えようと思う人間ではない。
まあ、それはさておき。
「気が重いなぁ……」
濾過のことを尊敬敬愛しているので寂しいというのもあるが、それ以上に戦うということが好きではない。
六歳のときに魔法行における『戦う部隊』に入隊し、そこから軍人、兵士、戦士として魔法を磨いてきた。しかし、やはり人と戦うのは嫌だった。
戦闘が好きな『3N』という人物もいたが、正直言ってあれは引くレベルだ。そう思い返した。
魔法の研究は、好きなのだが。
「はぁーあ」
ため息をつき、再度資料を見る。
『魔法行』から愚かしくも逃げた魔法使いは四人。彼らはとある県のとある市のとある町のとある場所に『寺』を建て、なんとも怖いもの知らずなことに『魔法によって世界を救う』という名目のもと、新しい宗教を始めてしまったのだ。
魔法によって世界を救う。魔法という存在を知らなければ、それは妄言にしか聞こえないだろうが、魔法使いがそれを運営するとなると……本当に妄言では済まないことになる。
『魔法行』の目的、魔法の科学世界への流出を防ぐこと。だからひとつの可能性として、もしその宗教の教徒が、魔法を使えるようになってしまったら? 『魔法行』も黙ってはいない。
というわけで、濾過の監視に成功している鞠が派遣された、というわけだ。
「っつーか。私一人ってどういうことよ……」
派遣されたのは鞠一人のみ。隠密性を高めるためだとか、他の部隊が忙しいからだとか、そういうあれこれが重なったらしい。
でもまあこれは。
死ぬことになるかもなぁ……。平等鞠は、そう思った。
「じゃーん!」
「なんだそれ」
「携帯電話!」
「携帯電話って言うには、なかなか巨大じゃないか? いくら自由が保証されてるからって、そんなに好き勝手するなよ。遠慮をしてくれ自重をしてくれ」
「わかってるって。わざわざ『魔法行』に呼び戻されちゃったんだし。それに、携帯するのはこっちじゃなくて、鞠ちゃんに持たせたほう」
「鞠……ああ、あいつね。そういえばあのでっかいイヤリングがあったな。あの、木の枠で緑色の魔法石がついたやつ」
「いや、そっちじゃないよ? それは鞠ちゃん昔から持ってたし」
「あれ? 他に何か持たせたっけ?」
「ふふ、鞄の中のポッキーの中に、実は携帯電話をいれておいたのよ!」
「……いつの間に」
「鞠ちゃんが出発する直前。と言っても機械じかけじゃないんだけどねー」
「魔法じかけ、ってこと?」
「そのとーり。どこに携帯するって、ここ」
「頭?」
「髪の毛。ヘアピンに魔法かけて、携帯電話にしたの」
「ヘアピンをポッキーの箱にいれるのはどうかと思う……。で、それと通信するやつがこれってことか」
「またまたそのとーり」
「いや、っていうかこれ一人で作ったのかよ」
「うん。だって誰も手伝ってくれないんだもん」
「……流石は唯一の脱走成功者『CPS』って言ったところか」
「やーん。その名前は捨てたの。いまの名前は、平等濾過よ」
「魔法名を捨てる……まあ、アリっちゃアリなのかもな」
「あら? 捨てちゃうの?『3N』ちゃん」
「まさか。おかーさんに付けてもらったっていう大切な思い出がありますしー」
「まあ、その方がいいと思うけどね」
「……で、結局この携帯電話とやらを使ってどうするんだ?」
「向こうと繋げて連携バトル。面白いでしょ? 効果範囲はちゃんと届いてるわ」
「……面白いかはともかく、便利ではあると思う。今は何故か戦闘部隊だれも居ないし。あんたの見張りをしながら戦闘のサポートもできるってことか」
「そのとーり。問題は、いつポッキーの箱を開けるか、よね」
「直接渡しておけよ……」
電車を降りる。降りると同時にもわっ、とした日本の夏特有の熱気に包まれる。電車内の清涼な空気とはまるで違う。
「お寺って雰囲気は、まあ涼しそうではあるけどさ……」
ホームから出て、駅を出る。車が流れるその様子はまさに都会という感じだ。それを横目で見ながら、鞠は鞄を肩に掛けなおす。ショルダーバッグ。
目的地である『寺』までの道のりは、電車の中で覚えた。というか、鞄の中には資料として地図もしっかり入っているので迷ったら見れば良いだけだが。
というか地図なんて目印になりそうなものを探せばあとは楽に覚えられる。見る必要はないかな……と、鞠は思った。
「…………」
しかしそれより、気になるのは脱走した、敵さんのほうである。
四人の魔法使い。そしてその四人が四人とも、それぞれに秀でた能力を持っている。秀でたというか、特化した魔法か。得意な魔法と言い換えてもいいかもしれない。
肉体強化の『HRB』
電撃使いの『DghT』
風魔術師の『14C』
トラップの『RRQ』
「いやいや、気が鉛砲丸……重すぎでしょ……」
鞠はといえば、得意な魔法なんてない。学校で習った魔法は全部できるが、それだけだ。突出したものなどない。そこに、幾ばくかの劣等感を感じた。
暑いのもあいまって本当に考えたくなくなる。今からでも引き返したいくらいだ。
まあ、親の形見とも言える魔法石で、なんとかなると思うが……。
はぁーあ。
ポケットから手の内に収まるほどの財布を取り出しながら、自動販売機に向かって歩く。
まずは暑さをなんとかしなければ。人間は体温が40度以上になると生命活動を支える酵素が壊れると聞いたことがあるぞ。
というわけで水分補給だった。カルピスソーダを150円と引き換えに手に入れ、プルタブを開ける。
クカシュゥ!
唇にその冷たく、炭酸で熱く、甘みのあるものを当て、口内に流し込み、喉を通って行く。喉の奥に残る、ぱりぱりと痺れた感覚。快感である。
「くこぉーーっ。ふぅ」
さて、歩きながら飲んで行こうか。いくら外貨としての『日本円』が支給されたとしても、無駄遣いする訳にはいかない。
……便宜上『魔法行』では外貨、ってなってるけど実際使ってるのも円だからやっぱり無駄遣いはしたくない。
魔力の無駄遣いも、避けたいところだ。
「あっ、そうだ」
思い出した。確か出発するときにポッキーをバッグにいれていたはずだ。それの無事を確認しなくては。無事を――というか、その安否を確認すると、言った方が正しいか。
ちょっと胃には悪いが、早急に飲み干す。口の中が炭酸で痛くなるが、我慢する。そしてここで、どうしてペットボトルにしなかったんだ、と後悔する。まあ今更どう言っても仕方が無い。
うっぷ。
ゴミ箱に空になった缶を入れて、トイレがありそうなデパートやらコンビニやらを探しつつ、バッグの中を探り、トッポを出す。
ここで、今封を開けてどうする、という考えに至った。が、それを打ち消すほどの奇妙な手応えを感じた。
とても――軽い。
カラカラという、紙と何かが中でぶつかるような音がした。
「えっ?」
封は――開いていない。のに、中身にトッポのあの重さはない。
「……どういうこと?」
歩きながら、封を開けずに考える。
これは、『寺』側からの攻撃なのか? その可能性がある。だとしたら、誰から攻撃を受けている? そして、
「なんのために……?」
隠密行動のために一人だけだが、残念なことに、バレてしまったと考えて――で、どういうことだ? 四人のこのメンツから考えて、このようなことができる人間はいない――
「違う。魔法使いなら誰でも念動力くらいは使える……でも、こんなに『寺』から遠い場所、ってことは……」
しかしやはりわからない。私がこの程度のことで帰るような人間ではない――というか、私に限らず、この程度の『違和感』で帰るような人間がいるか? 向こう側の心理として、そんな弱い意志を持つ人間が『追いかけてくる』と思っているのか?
「だとしたら、何が残る?」
歩きながら、そうつぶやく。手に持ったトッポの箱に疑問を感じつつ、考えられる可能性を探す。
これは何かの攻撃ではないのか――
「…………」
まあ、考えても仕方がない。最後までチョコたっぷりという文言について言及するようなものだ――適当にそういうことを思い、箱を開けてみる。
警戒心たっぷり――
ここで鞠が警戒していたことが、逆に鞠をトラブルに巻き込む結果となってしまう。鞠はポッキーの箱に何かが仕掛けられていると思い、慎重に開けていった――その慎重さが、仇となった。彼女は箱だけを警戒していたせいで、前から来るものに気づかなかった。
それが仕掛けた当人の思惑だったのではないのだけれど――そして、前から来るものも、偶然としてはとても出来すぎていて――
『ぷるるるるるるるるるるるるるるるるるるるる』
「!?」
箱を開けたとたん、まるで着信音のような音が、中から聞こえてきた。鞠はそれに驚く。警戒はしていたのでおどろいて気絶するようなことはなかったが、それでも体を一瞬震わすような挙動をした。
「えっ、電話……?」
おそるおそるトッポの箱の中にある音を鳴らしているそれを取り出す――。
「……ヘアピン……?」
にわかには信じられないだろうが、白いヘアピンから、電話の着信音のような音が聞こえている……!
「魔法電話……」
科学技術でここまで小さい電話を作ることは不可能ではないが、それにはただならないコストがかかる。そのようなコストを、果たして先駆けとして駆り出された鞠にかけるか? 推測する答え、ノーだろう。
魔法であれば、その源は精神力。強い魔力を持つものが、どうにかしてこのポッキーの箱の中にこの魔法電話を入れたというのがまっとうな考え方だろう。
そう言うことの出来る魔法使いを、鞠は一人だけ知っている……
「……濾過さんか」
『魔法行』からの脱走成功者、現在は監視されている彼女にならば、可能だろう……まあ理由としては、心配だからというだけで十分だろう。
ヘアピンを出来るだけ耳の近くに付けたところで、着信音のような音がやんだ。
『鞠ちゃんー? 聞こえてるー?』
予想通り、濾過さんである。
「きこえてますよっと。着信音どうにかならなかったんですか?」
『ああ、視界に入ったときに大音響で鳴らすようにしちゃったからね、ごめんごめん』
「まったく……」
着信音が鳴ってからびっくりして止まっていた歩を再度進める。目的地に向かって。濾過という強力な魔法使いが、声だけとはいえ一緒にいるので先ほどより足は軽かった。
「そうだそうだ。その宗教ってやつ? もうちょっと詳しく教えてくれない?」
『資料読まなかったの?』
「うとうとだったし。移動って眠くなるじゃん」
『あー。鞠ちゃんってそういうタイプだったっけ』
「そ。どんな感じだったっけ」
『えっと、どこから話せばいい? 名前から?』
「名前……はべつにいい。目的からお願いできる?」
『了解。えーっと……あったここだ。目的、魔法によって世界を救う』
「うん」
『……それだけ』
「……それだけだったっけ」
『うん』
「あー。じゃあ、実際にやっていることとか」
『えっと、まあビラ配りと声かけで勧誘してるみたい。強制的な勧誘はしていないらしい』
「あら、強引な宗教ってわけじゃあないのね」
『多分今はそういうの流行らないだろうしね』
「そういう問題?」
『宗教って基本的にそういうものでしょ。人気人気』
「そういうもんかねぇ」
『で、実際にやっていることとは魔法教育、ね』
「魔法教育……」
『魔法行』にはいくつかの『科』と、それに連なる『部』がある。そのうちの『教育科』で魔法使いの教育を行っている。理論と、その実戦。魔法の教科では大きくその二つを中心に、魔法使いの子供たちに授業を行っている。そこでは現実の世界と同じように、魔法の使い方を初歩から学べる教科書がある。
その教科書を使って、一般人にも魔法を使えるように教育している。ということらしい。
「それってガチでアウトじゃない……?」
『うん。魔法を外に出しちゃうことになるしね。どう考えてもアウトだよ』
『魔法行』が魔法使うを閉じ込める機関だと言うことは、もう何度も何度も話したが、何度でも言わなければならない。『魔法行』が真に恐れているのは、一般人からその存在を認識され、そして魔法という技術を奪われ、組織が壊滅することである。
だから、その『教育部』では攻撃魔法は一部の人間にしか教えられていない。その一部の人間が、今回脱走したらしい。だから、同じく攻撃用の魔法が使える『非常事態部』に所属する鞠が出向いてきたというだけだ。
『で、やっこさんのほうの情報は大丈夫?』
「うん。そっちはちゃんと確認したよ」
『戦うことが好きだねぇ』
「いや、死にたくないだけだし」
これは本音である。こちらも何度も言うように、鞠は死にたくない。死なないためには、戦う相手を熟知する必要がある。正攻法の戦い方だ。
……まあもっとも、濾過さんのほうは初見攻略したらしいけど。私はそこまでギャンブルはしない。
後がないあのころの濾過さんとは違って、今の私には戻らなければならない場所がある、そう言うことも考えると、余計に死にたくなくなった。
「……」
しかし――いや、しかし。だ。
勘違いとはいえ、ひょっとしたら、本当に『寺』側からの攻撃を受けているかもしれないということを、考えずにはいられなかった。なにせ、向こうには肉体強化の『HRB』、電撃使いの『DghT』、風魔術師の『14C』、トラップの『RRQ』ととても好戦的な魔法使いばかりなのだ。脱走したと言うからには、追撃してくるということくらいは考えているだろう。
私の固有の魔法でも、対処できるかどうか分からない――得意な魔法ではなく、固有の魔法。得意とか突出したとかではなくて、固有の魔法。それが唯一、鞠の勝利への道だった。
ただ、それでもこの強い四人衆に勝てるかどうか……そんな感じで鞠は歩を進めていた。
『言っておくけど、鞠ちゃんの魔法は強いけど、最強じゃない。そこだけは自惚れないようにね』
「自惚れてませんよ。むしろ……突破口が大きいと自負していますよ。弱点を突かれれば、すぐに壊れますから」
平等濾過は、現在最強の魔法使いである。比喩ではなく、事実である。
魔法を使うために必要なものを認識し、そしてそれを支配できる。そういう意味での最強だった。
そこに対しての平等鞠である。彼女は――
「うわっ」
『何か』にぶつかった衝撃で鞠はちょっとびっくりする――びっくり?
今の鞠に、びっくりするようなことがあって――ちょっとしかびっくりしない……? そんなことが――戦場において――あるのだろうか。
でもまあ、ふたを開けてみれば結構単純で――
「うわぁっ」
と、偶然十字路でぶつかった少年は仰け反った。両者そんなに速いスピードで移動してはいなかったのでそんなに強く当たったわけではないのだが、やはりいきなり当たるというのはびっくりするものだ――
しかし身長差や体重差というものは、どうしても埋めようがなく、少年はかろうじてたっていられたが鞠はぶつかったあと地面に尻餅をつくような形になってしまった。
「えっと……」
現状理解をしようとする鞠。今、濾過との電話中にこの少年とぶつかった。オーケー。
「あ、あっと。すみません」
「いえいえ、こちらこそ、前方不注意でした」
『んー? 鞠ちゃーん? もしもーし』
もしもーし、と、鞠の付けているヘアピンから音が鳴る――ヘアピンから? 声がする?
「その……ヘアピンから?」
少年はどうやら気づいたようだ。それが、現代科学では到底ありえないことであると。
「げっ……」
鞠は悟った。魔法の存在を知られてはならないと言うのであれば、気づかれてもいけないのだ。つまり、気づかれてしまった以上――修羅場に突入することを悟った。覚悟した。
「もーしもーっし。まーりち」
ヘアピンを取り外す。それと同時に声が途切れた。
立ち上がり、少年を見る。驚いた、信じられないものを見たかのような目でこちらを見てくる。
鞠は、とても不運だ、と思った。
第1章・終
第2章へ続く