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戦技祭 予選②

 予選四日目。


 各ブロックの本選候補者たちが順当に勝ち上がり、会場となる第一訓練場の熱気は最高潮に達していた。


 これまでの予選とは明らかに空気が違う。


 観客席を埋め尽くす生徒たちの視線は鋭く、ここで繰り広げられる戦いを一瞬たりとも見逃すまいという緊張感が張り詰めている。


 他ブロックの実力を測る絶好の機会であり、単なる観戦以上の意味を持つ場所だ。


「ここなら、勝ち上がってくる相手の分析も同時に行えるってわけですね」


 カズトは試合場へと視線を据えた。


 第一試合は、Aブロックのシオン。


 対戦相手は、生徒会の副会長を務める男子生徒だ。


「副会長はどちらかと言えば事務方というか、インテリ系のイメージがありましたけど、しっかり動けるんですね」


「強さだけで執行部が選ばれているわけではありませんが、周囲に舐められない程度の実力は、誰もが備えていますよ」


 カズトの呟きに、隣のセレナが補足を入れる。


 開始の合図と共に、試合は瞬く間に動き出した。


 序盤からシオンが苛烈な火魔法で主導権を握り、副会長が精緻な水魔法でそれを受け流す展開となる。


 水の刃で間合いを制し、防御が必要な箇所には即座に水の壁を展開する。


 攻防の切り替えに澱みがなく、さらには水の分身を混ぜた攪乱を加え、一手ごとにシオンの隙を潰しにかかっていた。


(……強いな。派手さはないけど、積み上げた技量が透けて見える)


 カズトは無意識に、その分身のタイミングを自分の中に取り込むイメージを走らせた。


 だが、盤石に見えた副会長の表情から、徐々に余裕が削り取られていく。


 シオンが保っている底知れない余力が、目に見える形で戦況を支配し始めていた。


「流石は生徒会長です! これは本選まで取っておきたかったのですが……背に腹は代えられませんね!」


 副会長が懐から取り出したのは、蒼く輝く魔石だった。


 それを砕いた瞬間、大気中の水分が一点に集束し、一気に膨れ上がる。


「いでよ! ウンディーネ!」


 立ち上る水柱の中から、水の精霊がその姿を現した。


「精霊召喚……!? 魔道具を使ったのか」


「あれは高位の術式を封じ込めた宝珠ですね。一度きりの使い捨てですが、精霊を呼び出すのは本来、最高峰の魔術師にしか許されない業です」


 セレナの解説通り、ウンディーネの出現によって戦場は一変した。


 圧倒的な水量と圧力。


 相性の悪さも相まって、シオンは一気に防戦へと追い込まれたかに見えた。


(このまま精霊が消えるのを待つのも選択肢だけど。お姉ちゃんがそんな勝ち方を選ぶはずがない)

 セレナが予感した通り、シオンの唇の端が、挑戦的な角度で吊り上がった。


「驚いたわ。面白い切り札じゃない!」


 その声に焦りの色は微塵もない。


 むしろ、予期せぬ強敵を前にした悦びすら混じっていた。


「こっちも、相応の挨拶をさせてもらうわね!」


 シオンが地面に掌を突き立てた瞬間、訓練場が揺れた。


 爆ぜるような炎が噴き上がり、ウンディーネを凌駕する規模の巨躯が顕現する。


「いでよ! イフリート!」


 業火を纏った精霊の出現に、会場全体が静まり返る。


「シオン会長まで、自力で精霊を!?」


「凄いです……。私がお城で見ていた時よりも、ずっと……」


 驚愕するカズトたちの前で、シオンは観客席へ一度だけ視線を向けた。


「私だって、あの時から死ぬ気で積み上げてきたのよ! いつまでも守られるだけの存在でいられるわけないじゃない!」


 その叫びに応えるように、イフリートがウンディーネを飲み込み、紅蓮の炎が全てを焼き尽くした。


「お疲れ様でした、シオン会長」


 試合を終えたばかりの彼女に、カズトが歩み寄る。


「まさか本物のウンディーネが出てくるとは思わなかったけれど、どうにかなったわね」


 事もなげに言うシオンだったが、その呼吸には激戦の名残がある。


「魔道具なしでイフリートを呼び出しておいて、よく言いますよ。学生の域を完全に超えてるじゃないですか」


 呆れ混じりに感嘆するカズトに、シオンは満足げな顔をする。


「文字通り、死ぬ気で特訓した成果よ! もしかして、ちょっとは見直してくれたかしら?」


 冗談めかした問いかけ。


 だがその直後、カズトの両隣から突き刺さるような気配が放たれた。


「……ええ。尊敬します、本当に」


 無難な返答を選んだカズトだったが、シオンは逃がしてくれなかった。


 彼女は不意に距離を詰めると、すっと頭を差し出してきた。


「本選出場のお祝い。……ねえ、撫でて?」


「えっ、あ、はい。……よく頑張りましたね」


 拒む間もなく、カズトは彼女の髪に触れた。


 柔らかな感触と共に、彼女の熱心な努力が手のひらから伝わってくるような気がした。


「ふぇっ……。え、えへへ……」


 予想外に素直な、緩んだ表情を見せるシオン。


「ちょっと! 何を平然と受け入れているのですか! サービスが過ぎますよ!」


 セレナの制止の声が飛ぶ一方で、零は何も言わず、ただ凍てつくような視線をカズトの横顔に向けていた。


 シオンはそんな周囲の反応を楽しむように、軽やかな足取りで背を向ける。


「じゃあ、二人とも応援してるわよ! 本選で会いましょう!」


 彼女が去った後、残されたのは形容しがたい気まずい沈黙だった。


「いや、その……流れでつい……」

「……」

「……」


 最後まで言い訳を口にすることは叶わなかった。


「……次は私の番ね。行ってくるわ」


 冷気を纏ったまま、零はそれだけ言い残して試合場へと向かった。


(……対戦相手の人、ごめん。たぶん死なない程度には手加減してくれると思うけど……)


 その不吉な予感は、残酷なまでに的中した。


 零の相手は、間合いの管理と風魔法を組み合わせた実力者の槍使いだったが、彼女はその全てを真っ向から粉砕した。


 小細工は一切なし。


 ただ圧倒的な肉体強化と速度、そして力だけで、槍のリーチをねじ伏せ、空間制御を加速で突破し、空中へ逃げた相手を跳躍一番で叩き落とす。


 まさに蹂躙。


 カズトは観客席で、やり場のない同情と共に目を閉じた。


 試合を終えて戻ってきた零は、なぜか先ほどまでの冷たさが消え、憑き物が落ちたように晴れやかな顔をしていた。


 そして無言のまま、カズトの隣へ腰を下ろすと、先ほどのシオンと同じように、すっと頭を差し出した。


「……」


 隣では、セレナが「分かっていますね?」と言わんばかりに深く頷いている。


 カズトに選択の余地などなかった。


「……よくやったな、零。凄かったよ」


 観念して手を伸ばし、その髪を撫でる。


 零は何も言わず、満足そうに目を閉じ、その温もりを独占するようにじっとしていた。


 しばらくして、顔を上げた彼女の表情はすっかり柔らかくなっていた。


「ふふん♪」


 何事もなかったかのように座り直す彼女の背中を見送りながら、カズトは心の底から、命拾いをしたという安堵に浸っていた。

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