再会②
長い廊下を静かに進み、ルリはついに、王と王妃の待つ部屋の前へと辿り着いた。
そこは広大な謁見の間のような公の場ではなく、大切な客人を迎えるための、穏やかな空気が流れる一室だった。
余計な人払いは既に済まされており、室内にいるのは実の両親である二人だけ。
互いに虚飾を取り繕う必要のない、ただ真っ直ぐに向き合うための場所だ。
「準備はいいですか?」
隣に立つセレナが、穏やかな声で尋ねる。
ルリはその胸の中に確かな緊張を宿しながらも、逃げ出すことなく力強く頷いた。
その返答を見届け、セレナが扉をノックしてゆっくりと招き入れる。
開かれた視界の先には、肩を寄せ合うようにして座る王と王妃の姿があった。
扉が開き、ルリの姿がその瞳に映った瞬間――。
王は弾かれたように固まり、喉を震わせながらも言葉を失った。
隣り合う王妃の瞳には、みるみるうちに大粒の涙が盛り上がっていく。
「お待たせしました。お父様、お母様」
セレナが一歩前に出て、静寂を溶かすように告げる。
「この子が第二王女クレア――いえ、今はルリと名乗っています」
「っ――――」
ルリは何かを言いかけ、けれど、せり上がってきた感情に喉を塞がれて言葉が出ない。
そんな彼女の肩へ、セレナが優しく手を添えた。
「ルリ。このお二人が、あなたのお父さんとお母さんですよ」
ルリは震える顔を上げ、二人を真正面から見つめた。
「……おとう、さん……。……おかあ、さん……」
かすれるような、消え入りそうな声。
けれどその呼び声が届いた瞬間、王妃の瞳から堰を切ったように涙が溢れ出した。
彼女はたまらず立ち上がると、ルリのもとへ駆け寄る。
拒絶されるかもしれないという微かな怯えを抱きながらも、愛おしさに突き動かされるようにして、その細い体を震える腕で抱きしめた。
「お帰りなさい、ルリ。今まで……本当に、ごめんなさい……っ」
王もまた、たまらず一歩を踏み出す。
だが、抱き合う母子の姿を前にして、祈るように足を止めた。
安堵に震える声を絞り出し、静かに言葉を贈る。
「……よくぞ、生きていてくれた。本当によくぞ……」
母の腕の中で、ルリはその確かな温もりを感じていた。
それはセレナに抱きしめられた時よりも強く、鮮明な熱となって彼女の芯に響く。
脳裏に浮かんだのは、覚えているはずのない遠い日の記憶。
まだ幼かった自分を抱き上げた母の感触と、耳元で囁かれた慈愛の言葉。
失われたはずの時間が、不思議な懐かしさを伴って胸の奥で息を吹き返していく。
気づけば、ルリの頬にも熱い筋が伝っていた。
入り乱れる感情に声を上げて泣きそうになったそのとき、ふと、背中を押してくれたセレナの言葉が蘇った。
(立派に大きくなった姿を見せてあげてください)
ルリは溢れる涙を手の袖で拭った。
そして、精一杯の、太陽のような笑顔を作ると――。
「ただいま! お父さんbox、お母さん!」
弾けるような声で、力いっぱい叫んだ。
その言葉に、王の肩が微かに、だが激しく震える。
ルリは今度は自分から母の背に手を回し、しがみつくように抱きついた。
今の自分は、これほどまでに大きく、強く育ったのだと証明するように。
もはや自分たちの出る幕ではないと判断したカズトたちは、家族だけの時間を用意するため、四人を残して静かにその場を後にした。
廊下へ出ても、閉ざされた扉の向こうからはルリの元気な声が漏れ聞こえてくる。
「たいしたやつだよ……まったく」
過酷な運命を背負わされながらも、あんな風に笑ってみせる。
ルリの心の器の大きさに、カズトは素直な感嘆を漏らした。
「そうじゃな。わしも気が付かぬうちに、あやつはあんなにも立派になっておったのだな」
隣で歩くゴンゾが深く頷く。
親代わりとして彼女を五年間育ててきたその背中には、どこか誇らしげな色が滲んでいた。
「しんみりしている暇はないわよ。ルリちゃんのためにも、戦技祭は負けられないわ」
零が表情を引き締め、自分たちが置かれた状況を再確認させるように告げる。
「分かってる。俺と零で優勝と準優勝を独占して、圧倒的な力の差を見せつけてやるさ」
カズトは前を見据え、ゴンゾに向き直った。
「ゴンゾさんはしばらくルリの世話役として城に住むんですよね? それなら、戦技祭までは毎日、俺たちの指導をお願いしてもいいですか?」
「もちろじゃ。ルリのため、わしにできることがあるなら喜んで協力させてもらおう」
心強い返答に、カズトの意識は早くも実戦的な課題へと向き始める。
「よし、これで基礎固めは完璧だ。あとは、勝つために何か……新技でも考えるか」
腕を組み、思考の海に沈んでいく。
「雷の形状変化もまだ修行中でしょ? あんまり詰め込みすぎるとパンクするわよ」
呆れたように零が釘を刺すが、カズトの思考は止まらない。
「分かってるって。でもあれは時間をかけるしかないし、何かこう……発想の転換というか、今できることの応用で化ける手札が欲しいんだよ」
「雷? なんの話だ?」
会話に置いていかれたゴンゾが、不思議そうに眉を寄せた。
「そういえば言ってませんでしたね。俺、絶滅したはずの雷魔法が使えるんです」
「なんと!?」
思わず身を乗り出したゴンゾだったが、カズトの平然とした様子を見て、すぐに毒気を抜かれたように息を吐いた。
最近の出来事を考えれば、この程度の衝撃にはもう慣れてしまったらしい。
「今は放出や神経加速がメインなんですけど、そろそろ別の応用が欲しくて。痒いところに手が届くような、トリッキーなやつが」
ゴンゾはしばし黙考し、自身の記憶の引き出しを探る。
「……昔読んだ古い物語にな、雷を操る英雄が『磁力』を戦術として使っておった」
その一言が、カズトの脳内で散らばっていたピースを繋ぎ合わせた。
「磁力……電気の応用か。確かに王道だな。レールガンみたいに、金属を飛ばす遠距離攻撃も可能か?」
「牽制にはなるでしょうけど、小石程度じゃ格上には通らないわね。それなら『来霆』の出力を調整して直接撃ち抜いた方が、まだ有効よ」
零が即座に現実的なダメ出しを投げる。
「だよな……。中途半端な遠距離は、俺の持ち味を殺すだけか」
一度は否定されたものの、カズトの思考はさらに加速していく。
「じゃあ、相手を磁力で引き寄せるとかは?」
「無理ね。磁力を働かせるには相手に魔力を定着させる必要があるわ。格上の抵抗を抜いてまでやる価値はない」
「……確かに」
再び思考が止まる。
だが、視線がふと自分自身の足元に落ちたとき、新たな閃きが生まれた。
「人じゃなくて……『物』や『地面』ならどうだ? 高速移動の瞬間、足を地面に磁力で固定できれば、物理法則を無視した変則的な動きができるかもしれない」
踏み込みと同時に地面へ吸着し、反発の力で爆発的に蹴り出す。
それを連続させれば、これまでの機動を遥かに凌駕する立体的な動きが生まれるはずだ。
「……それなら、ありね。通常の動きから外れる挙動は、格上にも通じる可能性があるわ。ただし、反動の負荷は相当なものよ。下手をすれば自前の脚力を制御しきれずに足首が壊れるし、魔力操作もこれまでにないほどシビアになるわね」
「それくらい、工夫と気合いで何とかしてやるさ」
リスクへの懸念よりも、新しい可能性を掴んだ手応えの方が勝っている。
カズトの意識はすでに、これから試すべき新技のイメージへと切り替わっていた。
「善は急げだ。早速練習してみようぜ」
ちなみに設定上、王子達も何人かいてもちろんルリとの再開シーンは存在するのですが、あまり本編に関わらせる予定もないので描写をカットしてます。
一応別ルートで色々と動いていたりとかあったりなかったりしますが。




