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番外編 迷子とお姉さん

ちょっとした日常風景

 王宮の夜は、昼よりも静かで、余計に広く感じられた。


 魔力で光る灯りが一定間隔で壁を照らし、長い廊下の奥は闇に沈んでいる。


「……男性用使用人浴場、昨日一回案内してもらったんだけどなぁ」


 そう呟きながら歩く。


 だが、ここがどこなのかどうかすら、もう分からない。


 王宮に来て二日目の夜。


 昼間はシンとの訓練で意識を張り詰め、体は限界だった。


 零は訓練後、セレナにそのまま専用の浴場へ連れていかれ、今頃は優雅に湯に浸かっているだろう。


 一方、カズトは――犯罪者奴隷だ。


 全員が入り終えた後、最後に一人で使う。


 そう決められていると昨日聞いた。


 時間はある。急ぐ必要もない。


 だが、だからといって迷子になっていいわけでもない。


「……聞くか」


 廊下には人がほとんどいない。


 ……いや、正確には、少しだけ人はいるのだが、近づいてこない。


 曲がり角の向こうから足音が聞こえ、誰かが現れる。


 カズトが「すみません」と声をかけようと口を開いた瞬間――


 相手は、視線を逸らし、足早に去っていった。


「……」


 それが一度や二度ではない。


 自分から近づくと、露骨に距離を取られる。


 話しかけようとすると、嫌なものを見るような目を向けられる。


(……まぁ、そりゃそうだよな、分かってたことだけど)


 首元の金属が、ひどく冷たく感じた。


 王女暗殺未遂犯。

 首輪付きの犯罪者奴隷。


 王宮の人間にとっては、関わらないのが一番安全なのだろう。


 溜息をつき、カズトは立ち止まった。


「……完全に迷ったな、これ」


 静かな廊下に、自分の声だけが落ちる。


「どうかしまたか?」


 間の抜けた声が、後ろからした。


「うわっ」


 振り返ると、そこには一人のメイドが立っていた。


 年は二十代半ばほど。


 きっちりとした制服姿だが、どこか柔らかい雰囲気を纏っている。


「あ、ごめんなさい、驚かせちゃいました?」


「い、いえ……」


 反射的に一歩引きそうになって、踏みとどまる。


 彼女は、首輪に気づいているはずだ。

 それでも、表情は変わらない。


「こんな時間に廊下で突っ立っているなんて、珍しいですね」


「あーえっと、、」


「迷子ですか?」


「……そんなに分かりやすいですか」


「はい。目がきょろきょろしてました」


 彼女はくすっと笑う。



「すみません、男性用の使用人浴場に行きたくて。」


「あー、なるほど。ここ、分かりにくいですよね」


 まるで自分の失敗談を語るような口調だった。


「私も最初、物置に迷い込んで、箒の山に埋もれてしまったものです。」


 にこっと笑う。


 その笑顔に、少しすさんでいた気持ちがなんたか追いつかない。


「んー、案内しましょうか?」


「……いいんですか?」


 思わず聞き返すと、彼女は少し首を傾げた。


「え? だめな理由、あります?」


「……いえ」


 確かに、ない。ないのだが、、


「ありがとうございます」

「どういたしまして。」


 彼女は少し考えてから言った。


「私はアンナです。見ての通りここで侍女をしています。あなたは?」


「カズトです」


「よろしくお願いします、カズトさん」


 その呼び方が、妙に自然だった。


 二人で並んで歩き出す。

 足音が、二人分になる。


「今日は大変でしたか?」


「まあ……訓練が」


「確かあのシンさんのに稽古をつけられてたのですよね!カズトさんもすごく強いとかで噂になってますよ!」


 アンナは、少し興奮したように語る。


 王宮内のことは侍女たちの噂話ですぐに伝わってしまうみたいだ。


「疲れてますよね。」


「……そうですね」


 一拍置いて、カズトは言った。


「……あの、怖くないんですか?」


「何がです?」


 即答だった。


「俺、その……一応王女様を暗殺しようとした犯罪者なので」


「もちろん知ってますよ?」


 さらっと流された。


「え?」


「でも、首輪してますよね?」


 アンナは、カズトの首元をちらっと見る。


「それなら大丈夫です」


「……どういう理屈ですか?」


「だって、それをつけてれば何もできないじゃないですか」


 あまりに素朴な答えだった。


「まぁ、正直に言うと」


「……?」


「暗殺犯って、ちょっと怖いなあとは思います」


 そこで一度、言葉を区切る。


「でも、私は港町育ちなので」


「港町?」


「はい。実家が船乗りなんです」


 アンナは懐かしそうに笑った。


「父も兄も叔父も、酒癖悪くて、喧嘩っ早くて」


「それは……」


「殴り合いはもちろん、椅子とか机とか、なんなら刃物とか飛びかうことなんてしょっちゅうでした」


 さらっと、とんでもないことを言った。


「それって大丈夫じゃないのでは...」


「でもそうそう死人が出る事なんてないですし?」


「基準がおかしい……」


「よく言われます」


 くすっと笑う。


「だから、首輪ついてて、王宮の中でお風呂に行くだけの人なら、危険な事なんてないなって」


「そういう判断基準なんですね」


「はい。それにあなたからは危ない感じもしないですから。」


 荒くれ者の環境にいた勘ってやつなのか。


 しばらく歩いてから、アンナがふと思い出したように言った。


「そういえば」


「?」


「あなたみたいな人が、どうして王女様を暗殺しようとなんてしたんですか?」


 好奇心そのままの声だった。


「……」


 カズトは、答えに詰まる。


 何から話せばいいのか分からない。


 そもそも話していいのかも分からない。


「……いや、まぁ、それは……」


 言葉を探していると、アンナは「あっ」と声を上げた。


「ごめんなさい」


「え?」


「言いづらいですよね」


 悪びれた様子もなく、あっさり引き下がる。


「私デリカシーがないってよく怒られるんです。聞かない方がいいこともありますよね」


「……助かります」


「いえいえ。ちょっと興味本位で聞いちゃっただけなので。」


 本当に、それだけだったらしい。


「あ、ここです」


「……本当だ」


 ほっと息を吐く。


「無事着けましたね」


「はい。本当に助かりました」


「よかったです」


 アンナは、にこにこと満足そうだった。


「では、私はこれで」


「ありがとうございました、アンナさん」


「いえ。ゆっくり温まってくださいね」


 そう言って、彼女は廊下の向こうへ歩いていく。


ふと振り返ってアンナが、「私はあまり細かいこととか気にしないので、困ったことがあればいつでも声をかけて下さいね」と言い残して去っていった。


 その背中を見送りながら、カズトは思う。


 (ちょっと変わった人だけど良い人だったなぁ。しかも美人だし。)


王宮に来てから、初めて“普通に”話しかけられた夜だった。


 ただ、それだけの出来事だけど、なぜか少しだけ、胸の奥が軽くなっていることに気がづいた。

可愛いメイドさんと仲良くなりたい。

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