水魔法の訓練④
食堂に並べられたのは、疲労回復に効くスパイスがふんだんに使われた肉料理と、瑞々しい新鮮な野菜のスープ。
零とセレナは、普段の淑やかな振る舞いもどこへやら、空腹に突き動かされるまま競い合うようにフォークを動かしていた。
「(モグモグ)……生き返るわ……。カズト、午後からの練習、私も負けないわよ」
頬をリスのように膨らませながら、零が宣言する。
食事が進み、ようやく空腹が満たされてくると、セレナがちゃっかりした一面を見せる。
彼女は潤んだ瞳でカズトを見上げ、小鳥のように可愛らしく口を開けてみせる。
「ふぅ。あ、カズト。わたし、先ほどの特訓で魔力を使い果たして、もうフォークを持つ手すら動きません。食べさせてほしいです。あーん」
さっきまで山盛りの食事を凄まじい勢いで平らげていた姿は、もはや記憶の彼方へ追いやってしまったらしい。
「ちょっと、セレナ様! さっきまであんなにバクバク食べてたじゃないですか! その手が動かないなんて、どの口が言っているんですか!」
零は呆れたように叫びつつも、不意にカズトと目が合うと、ふいっと顔を真っ赤にしてフォークを置いた。
「……セレナ様だけっていうのは不公平よ! 私だって腕がパンパンなんだから。……ほら、私にも食べさせなさいよね!」
「え、ええ? 二人ともさっきまで普通に食べてたじゃん!?」
カズトがたじろいでいると、背後からスッと、冷ややかで、けれどどこか楽しげな響きを孕んだ声が降ってきた。
「……殿下。随分と元気が残っているのですね」
「ひゃっ!? マ、マリア……」
マリアは優雅に微笑みながら、セレナの背後に立ち、その肩にそっと手を置いた。
「甘える余裕があるということは、まだ限界ではなかったということ。安心いたしました。これなら午後は、午前中の倍――いえ、三倍は魔力を絞れそうですね」
「さ、三倍!? い、今の発言は撤回します! 嘘です、わたし本当にもう限界で、指一本動か――」
「いいえ、許可しません」
ぴしゃりと言い放たれ、セレナは「墓穴を掘った……」という絶望的な顔でうなだれた。
マリアはそんな主を意に介さず、カズトへと視線を向ける。
「さあ、カズトさん。殿下の戯言は気にせず、しっかり召し上がってください。午後の『雷の形状変化』はこれまでのようにはいきませんからね。苦戦するようであれば、私もお手伝いをさせていただきます」
マリアの眼鏡がキラリと光り、カズトは午後の特訓が水よりも遥かにハードなものになることを確信した。
「マリアさんって侍女さんなのにすごく魔法に詳しいですよね。」
カズトがふとした疑問を口にすると、なぜかセレナが自分のことのように自慢げに胸を張った。
「マリアは元Sランク冒険者ですからね! 魔法の腕も、実戦の駆け引きも超一流ですよ!」
「マジですか!? なんで元Sランクの人が侍女を?」
「まあ、色々とありまして。縁あって今はセレナ様の専属侍女長兼教育係をさせて頂いております」
マリアは過去を詮索させない柔らかな微笑みでかわしたが、その立ち居振る舞いには隠しきれない歴戦の風格が漂っていた。
午後の訓練が始まると、マリアはセレナと零を容赦なく午前中以上の過酷なメニューへと追い立てた。
「さて、お二人は午前と同じ訓練を続けましょう。いえ、先ほど言った通り倍の密度で、ですよ。」
「うぅ……鬼……」とボヤきながら特訓に戻るレイナを見送り、マリアはカズトの前に立った。
「カズトさんは、先ほど水で行っていた形の維持を、雷で行ってください。雷は性質が攻撃性に特化しています。暴発しないよう、細心の注意を払ってくださいね」
「グローブ周りに纏わせてある程度なら固めることはできるんですけど、手から離れた位置で形にするのはかなり難しいんですよね。その上、強度もとなると……」
「強度は後から高めていけばいいので、まずは形を作るところから始めましょう。コントロールさえできれば、攻撃の軌道を自在に変えられるようになり、格段に扱いやすくなりますよ」
「確かに。今はまだ全方位か前方に放出するくらいしかできないので、軌道制御は喉から手が出るほど欲しいです」
「では、まずは同じように球体にして、そこから様々な形に伸ばしていきましょう。左手を貸してください。私の方でも流れをサポートします」
マリアの手が重なり、彼女の魔力がカズトの体内に入り込んでくる。
それは濁流を導く堤防のように、カズトの荒ぶる魔力を自然に、かつ強引に形作っていく。
カズトの掌に、ジジジ……と野球ボールほどの雷の球体が生み出された。
「(形になった。マリアさんの補助があるだけで、こんなにスムーズにできるのか)」
「まだ、集中を切らさないでください。ここから少しずつ、形を変化させていきます」
マリアの誘導に合わせ、球体は刃状へと形を変え始める。
カズトもこの感覚を逃すまいと必死に集中し、やがて掌の上には、一振りの小さな雷の剣が出来上がった。
だが、その輪郭はバチバチと火花を散らし、陽炎のように激しく揺らいでいる。
「(クソっ、ちょっと意識を逸らすと、すぐに崩れそうになる。これを戦闘中に維持し続けるなんて、今はまだ想像もできないな)」
「現状は合格点ですが、実戦では使い物になりません。サイズもですが、重要なのは密度と強度。そして、それを無意識の領域まで落とし込むことです。見ていてください」
マリアが手を無造作に差し出すと、カズトの目の前で空気が一気に収束した。
シュンッ! という音と共に現れたのは、透明に近い、けれど確かにそこに存在する「風の剣」だった。
マリアが指先を動かすたび、その剣はレイピアのように細く、あるいは大剣のように重厚に、さらには鞭のようにしなやかに形を変えていく。
「すごい。まるで自分の体の一部みたいだ」
「風は雷に比べてはるかに性質が安定していますし、水よりもさらに変化がさせやすいですが、理屈は同じです。魔力の指向性と凝縮のバランス。これが瞬時にできるようになれば、あなたは雷を剣にも鞭にも変え、間合いを自在に支配できるようになるでしょう」
マリアは優雅に風の剣を霧散させると、カズトの目を見つめた。
「長さ、太さ、そして強度。これらをひたすらに繰り返し練習し、肉体に覚え込ませるのです。あなたなら、必ずできるようになります」
「ありがとうございます、マリアさん。一人でやるよりずっと早く、コツが掴めた気がします!」
再び雷鳴が響き、カズトは特訓を再開した。
その様子を羨ましそうに見ていたのは、疲れ果てたセレナだった。
「ねぇマリア! わたしもその形状変化というのをやってみたいです!」
「セレナ様、光魔法で剣を作ったら、それただの照明になっちゃいますよ。出力を限界まで上げれば、レーザーみたいにはできるかもしれないですが」
零が冗談交じりに言ったその言葉に、セレナはこれまでにないほど目を輝かせた。
「レーザー! !かっこいいではないですか! 零さんのあのロボットのように、わたしの指先から光線を放てるということですよね!? わたし、レーザーが出したいです!」
淑やかな王女にあるまじき発言に、マリアは静かに額を押さえ、零は「しまった」という顔をした。
「いえ、セレナ様。光をそこまで凝縮するのはさすがに…下手したら熱で自分が焼けちゃうかもしれないですし…」
「いいえ! カズトがあんなに頑張っているのです! わたしだけキラキラ光るだけなんて嫌です! マリア、わたしにもレーザーの特訓を付けてください!」
「(溜息)……全く。カズトさんの影響で、殿下まで実戦主義になられてしまいましたね。分かりました、そこまで仰るなら、光の収束を叩き込みましょう。ただし、非常に体力を削りますよ?」
「望むところです!」
こうして予定時間は大幅に延長された。
夕闇が迫る訓練場。
カズトは雷の刃のサイズを大きくすることに注力し、零はロボットで防御を磨き、セレナは指先に熱を帯びた光を溜め込もうと奮闘する。
日没が迫り、オレンジ色の残照が消えかかる頃、セレナの指先に驚くべき変化が起きた。
「集まりなさい! 拡散せずに、一点に――っ!」
突き出された指先から、細く、鋭く、真っ直ぐな白銀の光線が放たれた。
空気を焼く音を立てながら標的の木人を掠め、その表面を焦がして深く抉り取る。
「……マジか。本当にレーザー出したぞ」
「嘘でしょ、一日でコツを掴んだの? セレナ様、意外と性格的に搦め手より攻撃の方が向いてるのかも」
マリアは焦げた木人と、満足げに微笑む主を交互に見て、少しうれしそうに深いため息をついた。
「……呆れました。まさか殿下が、これほど殺傷能力の高い術を形にされるとは。いえ、素直に称賛いたしましょう。お見事です、殿下。さすがの潜在能力の高さですね、少々侮っていました。」
「やりましたぁ! これでわたしも、カズトと一緒に戦えますわね!」
「とはいえ、これはあくまで緊急時の自衛手段。王女が前線でレーザーを打ちながら暴れるなんてあってはなりません。明日からもメインは治癒魔法であることを忘れないでくださいね?」
「分かっています。でも、これで少し自信がつきました!」
誇らしげに胸を張るが、セレナの足元は疲労でふらついている。
カズトは慌てて駆け寄り、彼女の肩を支えた。
「無理しないでください。でも、本当に凄かったです、セレナ様」
日没の静寂が訪れる中、四人はようやく訓練の道具を片付け始めた。
「これにて、休日の特訓は終了です。皆様、明日の朝には学園が待っています。今夜は早めに身体を休め、英気を養ってください」




