水魔法の訓練②
「ちょっと! 加減って言葉を知らないの!? 訓練場が壊れちゃうじゃない!」
零は慌てて腕で顔を覆い、降り注ぐ飛沫でびしょ濡れになりながら叫んだ。
「あんなの、まともに食らったら骨がバキバキになります。」
セレナは目を丸くして、粉々になった標的の残骸を見つめている。
マリアだけは、飛んできた水飛沫を平然とした顔で、指先を振るって弾きながら、冷静に評価を下した。
「なるほど。投擲のイメージは悪くありませんが、今のままではただの質量の暴力です。カズトさん、次は今の塊を野球のボールくらいまで小さく、そして岩のように硬く圧縮して放ってみてください。雷の剣を作るには、その、拡散しようとする力を一点に留める密度の制御が不可欠です」
カズトはマリアの指示通り、上空に新たな水の塊を生み出し、それを一点に凝縮しようと魔力を内側へ絞り込んだ。
(これって、前に零が言ってた、水を氷に変えるイメージそのものだよな。もっと小さく、もっと、硬く...)
しかし、あまりに巨大な質量を一気に、強引に圧縮しようとしたため、内部の魔力の均衡が崩れた。パキッという、何かが凍り割れるような亀裂の音が響いた直後、水の球が限界を超えて、爆弾のように四散したのだ。
――ドォォォォン!!
「きゃあああっ!?」 「な、何よこれ!?」
頭上から文字通りの「滝」が、逃げ場のない四人に降り注いだ。
訓練場は一瞬にして豪雨に見舞われたようになり、全員が頭から足先まで、文字通り、滴るほどびしょ濡れになってしまった。
「げほっ! ごめん、失敗した! 加減を間違え……っ、て、え……」
謝ろうとして顔を上げたカズトは、そのまま次の言葉を飲み込んだ。
そこにいたのは、水に濡れて肌にぴたりと張り付いた薄手の訓練服を纏う、三人の女性たちだったからだ。
「冷たいです……もう、カズト! いきなり何を。目が、開けられません」
セレナは濡れた髪をかき上げるが、白地の服が完全に水分を吸って透け、繊細なレースの下着の模様と、身体のラインが、無防備に露わになっている。
「ちょっと、これ最悪……。服が重いわ……」
零もまた、普段の気の強さをどこかへやったような、濡れて透けた姿で肩をすくめ、身を縮めている。
しかし、カズトの視線を最も強く惹きつけたのは、その横に立つ女性だった。
「制御の失敗ですね。ですが基本はできているので、慣れればすぐに制御できるようになるでしょう」
眼鏡の曇りを指先で直し、淡々と語るマリア。
しかし、彼女の服は、その凄まじい「質量の暴力」を隠しきれていなかった。
濡れた布地が吸い付くように彼女の成熟した身体を強調し、他の二人をも圧倒するような、重みを感じさせる双丘のシルエットが、今にも溢れ出しそうなほどの主張でカズトの視界を占領したのだ。
(マリアさん、普段隠してるけど、これ、本当に同じ人間か? 迫力が違いすぎる)
「……ちょっと、カズト? さっきから、一体どこを、何をそんなに凝視しているのですか?」
セレナの少し低くなった、嫉妬混じりの声に、カズトはハッと我に返った。
マリアは、カズトの視線が自分の胸元に釘付けになっていること、そしてセレナと零が焦燥感を募らせていることを、敏感に察知した。
彼女はふむ、と口角をわずかに上げ、大人の余裕を感じさせる妖艶な笑みを浮かべると、濡れた布地を肌に張り付かせたまま、一歩、また一歩と優雅な足取りでカズトへと歩み寄った。
「あら、カズトさん。そんなに呆然として。自分の魔法の威力に驚いてしまったのですか? ほら、髪から水が滴っていますよ」
そう言うと、マリアはあえてカズトとの距離をゼロに等しいほどに詰め、持っていたタオルで彼の顔や首筋を、丁寧すぎるほどに拭き始めた。
ふわりと、濡れた肌からマリア特有の香りが漂う。
「マ、マリアさん!? 近い、近いですって! 俺は自分でできますから!」
カズトの心拍数は一気に跳ね上がり、視線をどこにやっていいのか分からず激しく泳がせる。
「ちょっと、マリア!! 拭くなら主であるわたしの方が先でしょう! なんでカズトから拭いてるのですか! さっさと離れなさい!」
セレナは顔を真っ赤にして、ピョンピョンと跳ねながら抗議する。
「鼻の下伸ばしてないで、さっさと離れなさいよ! この変態!」
零も腕で透けた胸元を必死に隠しながら、射抜くような鋭い視線を飛ばしてくる。
マリアは思った。――これ、少し面白いわね、と。三人のあまりにも純粋で分かりやすい反応に、彼女は非常に珍しく、主人の前であることも忘れて、抑えていた遊び心を出してしまったのだ。
カズトは頭が真っ白になりかけながらも、必死に理性を保って声を絞り出した。
「お、俺のことはいいので! 殿下を拭いてあげてください! 風邪をひいてしまいます、は、早く!」
セレナや零の視線が痛いほど突き刺さり、これ以上この至近距離に留まるのは、肉体的な意味でも社会的な意味でも命の危険を感じたからだ。
すると、マリアはカズトの狼狽ぶりに満足したのか、ふっと体を離して艶然と微笑んだ。
「ふふ、それもそうですね。では皆様、そのまま動かないでください」
マリアが優雅に指先を振るうと、訓練場に暖かく柔らかな微風が巻き起こった。
その風は全員の体を優しく包み込むと、布地の隙間まで入り込み、一瞬にして水分を吸い取っていく。
カズトたちの服は、まるで最初から濡れていなかったかのように、ふわふわとした心地よい感触を取り戻した。
「おぉ、すげぇ。一瞬で乾いた」
「さすがマリア。相変わらず魔法の制御が完璧ですわ。」
セレナが感心したように自分の服の袖を確かめている横で、顔を真っ赤にしたままの零が、マリアに指を突きつけた。
「ちょっと!! 出来るなら最初からやりなさいよ! さっきタオルでベタベタ拭いてた意味、まったくないじゃない!」
「それもそうですね。私としたことが、あまりの惨状に失念しておりました」
マリアは眼鏡をキリッと指先で直すと、何事もなかったかのように平然と言い放った。
(マリアさん、絶対わざとだ。大人の余裕っていうか、完全に遊ばれてるな。この人、怒らせちゃいけないタイプだ)
セレナは、マリアにいいようにあしらわれたのがよほど悔しかったのか、負け惜しみのように呟いた。
「マリアは稀にそういうところがありますよね! だから二十八歳にもなって、いまだに独身なんです!」
ふん、と頬を膨らませて怒る仕草をするセレナ。
カズトは、マリアの年齢を聞いて「えっ、二十八……?」と思わず意外そうな声を上げた。
その年齢を聞いて、彼女のあの落ち着きと、そしてあの圧倒的な包容力の正体に、妙な納得感を覚えてしまったからだった。
「というかマリアさんって独身なんですか? こんなに美人で仕事もできて、その、スタイルもあんなに……」
カズトはつい、さっき腕に押し付けられた圧倒的な「質量の暴力」の感触を思い出してしまい、視線を泳がせながら呟いた。二十八歳という、若さと成熟が同居する絶妙な響き。そして先ほどの濡れ場で見せつけられた、あの尋常ならざる肉体美。男として、その事実に触れない方が無理というものだった。
すると、背後からスッと冷たく、けれどどこか柔らかな熱を孕んだ気配が忍び寄った。
「カズトさん。私の婚姻状況が、今の訓練に何か関係がありますか?」
耳元で囁かれた低く落ち着いた声に、カズトの背筋に氷を這わせたような戦慄が走る。
「い、いえ!? ただの世間話です! 深い意味はありません!」
慌てて首を振るカズトに、マリアは艶然とした微笑を向けた。それは大人の余裕に満ちた、美しくも恐ろしい笑みだった。彼女はそのまま、主であるはずのセレナの首根っこを、子猫でも運ぶかのようにひょいと掴み上げた。
「殿下、私はこれでも殿下に人生を捧げておりますので。余計な口を動かす元気があるなら、まだまだ頑張れそうで安心しました。さあ、訓練に戻りましょうか」
「ちょ、ちょっとマリア! 自分で歩けます! わたしは王女ですよ!? カズトぉー、助けてくださいー!」
セレナはバタバタと空中で足を動かしながら抵抗したが、無慈悲なメイド長によって、再び光魔法の猛特訓へと引きずられていった。その光景は、もはや日常のワンシーンのようでもあった。
(……二十八歳か。あの美貌と包容力で独身っていうのは、確かに逆に怖いわね。本気で狙ったらどんな男も一瞬で骨抜きにしそうだし)
零は遠ざかっていくマリアの背中を、ある種の畏怖と、同性としての警戒心を込めて見送った。彼女の持つ「完成された女性」としての魅力は、自分たちにはまだ届かない領域にある。
訓練場の奥からは、「マリア、もう無理です!」「いいえ、あと十回です。カズトさんのあの魔力量をご覧なさい。主が負けていてどうするのですか?」というセレナの悲鳴と、マリアの容赦ない激励が交互に響いてくる。
カズトはそれを遠い目で見守りつつ、再び自分の掌に意識を集中させた。
(さっきの失敗は、一気に凝縮しようとしたからだな。もっと層を重ねるみたいに、外側から少しずつ固めていくイメージで……)
カズトは再び手のひらの上に水の球を生み出した。今度は無理に圧縮させず、そこから魔力を糸のように細く注ぎ込み、内側へ内側へと圧力をかけていく。徐々にサイズは小さくなり、その透明度は増し、光を鋭く反射する密度の高い弾丸へと変質していった。
一方、その隣では零がさらに過激な訓練を開始していた。
「よし、こっちも準備完了。」
零は訓練場に、何やら物騒な兵器を作り始めていた。
ラッキースケベ的なのもたまにはいいよね




