本当の実力②
カズトは少し真面目なトーンに戻り、セレナの顔を覗き込んだ。
「でも、貴族連中の方は本当に大丈夫ですか? 今日のあれ、王派閥と貴族派閥で揉める原因になったりしませんか?」
いくらスカッとしたとはいえ、政治的な火種にならないかが懸念だった。
「多少の摩擦はあるでしょうけれど、それ以上に力を示せたことが大きいですね。特に、失われた『雷魔法』をあなたが使ったという事実。これが重要なんです」
セレナは椅子に腰を下ろし、優雅に足を組んだ。
「むしろ貴族たちへの強力な牽制になるはずです。『王家は失われた魔法の使い手すら手中に収めている』という事実は、彼らの慢心を砕くには十分な劇薬ですもの。帰ったらお父様への説明は必要ですが、総合的にプラスで終わるでしょう。わたし、今日の結果には大満足です!」
セレナがただ単に「暴れたい」という理由だけでなく、王女としての冷静な計算も働かせていたことを知り、カズトは少しだけ安心したように肩をすくめた。
「なるほど。なら、俺も悪役を演じた甲斐があったってことですね」
「セレナ様がお父様に説明するなら、私の出番はなさそうね。でもカズト、あんたの雷、本当に派手だったわよ。ふふ、ちょっとだけ、かっこよかったわ」
零が横から小さく、カズトにだけ聞こえるような声で囁いた。
「さて! それじゃあそろそろ教室に戻りましょうか!わたしの身の回りのお世話も、今日はカズトと零に頑張ってもらわなくてはなりませんし!」
セレナは、最強の奴隷となった二人に世話を焼かれることを今から楽しみにしているようだ。
控え室で身なりを整えた三人が、午後のホームルームのために教室へ戻ると、そこはまるで別世界のような静寂に包まれていた。
扉を開けた瞬間、視線が一斉に集まる。
だが、それは昨日までの、品定めするような傲慢な視線ではない。
得体の知れない上位存在に対する、本能的な恐怖と怯えが混じったものだった。
(うわ、すごいな。視線が刺さるっていうか、みんな露骨に目を逸らすぞ)
カズトが一歩教室に踏み出すと、進行方向にいた生徒たちが弾かれるように道を空けた。
昨日まで陰口を叩いていたグループも、今は顔を青くして俯き、震える手で教科書を握りしめている。
「あら、皆様。どうかなさいましたの? お葬式のような顔をなさって」
セレナはその空気すら楽しむように、優雅に、そして昨日よりもさらに堂々と胸を張って自分の席へと向かう。
その後ろを歩く二人。
(ねえ、カズト。あそこで固まってる女子たち、あんたの歩く音を聞いただけでビクッとしてるわよ。あんた、完全に恐怖の対象になったわね)
(狙い通りだけど、これじゃあ友達なんて一生できそうにないな)
教室の隅では、先ほどの演習を見学していた貴族たちも、小声で「あれが絶滅した雷魔法か」「あの女の奴隷も、あいつより強いなんてデマだろう? そうであってくれ」と、絶望的な予測を囁き合っている。
教壇に立った教師ですら、カズトと目が合うと一瞬言葉を詰らせ、手元の資料を落としそうになる始末だ。
「ふふ。カズト、零。これこそが『力』がもたらす正しい秩序ですわ。わたしたちを煩わせる雑音が消えて、とても清々しいですね?」
彼が歩み寄るだけで周囲がさっと引いていく光景は、まさに「無敵の奴隷」とその主君に相応しいものだった。
「(セレナ様、どれだけ鬱憤たまってたんだろうか...)」
カズトは、自分の席の横に控える零の様子と、彼女を避けるようにして遠巻きに眺める生徒たちの怯えきった表情を見て、思わず口角を上げた。
(ククッ。なあ、零。何気に俺よりも、お前の方が怖がられてるのもちょっと面白いな)
カズトが小声でからかうと、零は周囲の視線をいなすように冷めた目を向けたまま、低い声で返す。
「笑い事じゃないわよ。あんたがあんな余計なこと言うから、私が『あの雷使いを止められるもっとヤバい女』だと思われてるじゃない。さっきから隣の席の子、私と目が合うたびにヒッって鳴いてるのよ?」
実際、生徒たちの間では「あの雷使いが、自分より容赦がないと認めた女」という尾ヒレのついた噂が、教室内に光速で広まっていた。
カズトの暴力は目に見えるものだったが、零の「未知の力」に対する恐怖は、より底知れないものとして定着してしまったようだ。
「良いではありませんか。二人揃ってこそ、わたくしの誇る最強の守護者ですもの。ねえ、皆様?」
セレナがにっこりと教室全体を見渡すと、視線が合った生徒たちは一斉に震え上がり、まるで軍隊のように揃って首を縦に振った。
放課後。
人影が引き始めた廊下を歩いていると、正面から凛とした足音が響いてきた。
そこに立っていたのは、生徒会長。
公爵家の令嬢であり、この学園の頂点に立つ人物だ。
「……少し、よろしいかしら。セレナ王女殿下」
彼女は完璧な礼法で挨拶をしたが、その鋭い視線はセレナを通り越し、後ろに控える二人を射貫くように見つめている。
「あら、生徒会長。わたくしに何か御用? お父様が待っていらっしゃいますの。手短にお願いしますわ」
セレナは余裕の笑みを浮かべ、カズトの肩に手を置いた。
「ええ。午後の演習の件です。騎士科の選抜十名が、あなたの奴隷たった一人に蹂躙されたという報告を受けました。壁に埋め込まれた生徒は、未だに意識が戻っていないとか」
彼女は一歩踏み出し、カズトの目の前で足を止めた。
「カズトさん、と言いましたね。あなたが使ったのは本当に雷魔法なのですか? 絶滅したはずの魔法を、一介の奴隷があのような高出力で扱えるなど、到底信じがたい。学園の治安維持を預かる身として、あなたの危険性を再定義する必要があると考えています」
「危険性、ですか。俺はただ、セレナ様の命令に従って、向かってきた相手を退けただけですよ。数で勝る貴族側が負けたからといって、個人の能力を問題視するのは、少し公平さに欠けるんじゃないですか?」
カズトが言い返すと、生徒会長の眉がわずかに動いた。
すかさず、隣の零が冷ややかな声を添える。
「それに、会長さん。カズトはあれでも、かなり手加減していた方なんです。私が止めに入らなければ、今頃あの十人は灰になっていたかもしれません。彼を刺激しすぎるのは、学園のためにならないと思いますよ?」
零から放たれる底知れないプレッシャーに、生徒会長は初めて一瞬だけ動揺を見せた。
(この二人、ただの奴隷ではないわね。セレナ殿下、一体どこからこんな怪物たちを)
緊迫していた空気が、生徒会長の深いため息とともに一気に抜けた。
「はぁ……あなたたちのスタンスは理解しました。……でもね、流石にやりすぎなんじゃないの? セレナちゃん」
先ほどまでの生徒会長としての空気はなくなり、そこには困り果てた姉のような表情があった。
「あら、やっぱり見ていらっしゃったのですか?ふふ、わたしのカズト、凄かったでしょう? お姉様」
「凄いとかそういう問題じゃないわよ。あなたたち、明日から本当に針の筵になるわよ?」
生徒会長は、幼少期からの付き合いゆえの呆れ顔で、セレナの額を軽く小突いた。
「もう、その顔は確信犯ね。でも、このままじゃ学園も黙っていないわ。だから、特例として提案しに来たの」
彼女は再び背筋を伸ばし、二人をまっすぐに見つめた。
「カズト、零。あなたたち二人を、生徒会直属の『特別執行部』に誘いに来たわ。表向きは『監視下に置くため』という名目だけど、生徒会のバッジがあれば、少なくともくだらない嫌がらせを黙らせる公的な権限が持てる。どうかしら?」
「あの、私たちは一応犯罪者奴隷なのですが。生徒会なんかに所属することができるのですか?」
零の至極真っ当な疑問に、生徒会長はクスリと笑った。
「もちろん無理よ。ま、普通なら、ね。でも今のあなたたちは、学園側も完全に持て余している危険生物なのよ。野放しにして惨劇を繰り返されるよりは、何らかの形で首輪がついている方が、学園の秩序としてはまだマシな状態になるわ」
彼女は一歩カズトに近づき、その胸元を指差した。
「つまり、私たちがあなたたちを管理・監視しているというポーズが必要なの。私が「教育中ですので」の一言で突っぱねれば、他校や貴族派閥からの追及も防げる。悪い話ではないはずよ?」
「わたしの駒を、学園の公式な番犬に仕立て上げようというわけですね。カズト、零。これでお姉様もわたしたちの共犯者になりました!」
セレナは楽しそうに生徒会長の腕に抱きついた。
「分かりました。その『特別執行部』という役目、謹んでお引き受けしますよ。ただし、あまり面倒な雑用は勘弁してくださいね」
「引き受けてくれて良かったわ。ちょうど今、特別執行部は人手不足なのよね。期待しているわよ。雷使いの執行部員なんて、学園始まって以来のインパクトだもの。さて、長居して騒ぎになってもいけないわね。今日はこれで帰りなさい。陛下によろしくね。セレナちゃん。」
生徒会長はひらひらと手を振りながら、去り際に足を止めて振り返った。
「あ、そうだわ。私のことはシオンって呼んでね」
「……え?」
「学園内では一応『会長』で通してもらうけど、プライベートではシオンでいいわ。セレナちゃんの所有物なら、私にとっても身内みたいなものだしね」
彼女はいたずらっぽくウインクをすると、廊下の向こうへと消えていった。
「ふふ、お姉様に気に入られましたね。よかったですね、カズト?」
「いや、いいのかな。王女を『セレナ』、公爵令嬢を『シオン』呼びって。俺、なんだか身の危険を感じるんだけど……」




