本当の実力
登校二日目の朝、馬車が学園の正門に滑り込む。
昨日とは明らかに空気が違っていた。
カズトと零がセレナの後ろを歩いていると、掲示板の前に人だかりができている。
そこには、午後の合同演習の対戦表が貼り出されていた。
「……あら? これはどういうことかしら」
セレナが眉をひそめて指差した先。
そこには、カズトと零の名前が刻まれていた。
【演習内容:特殊変則マッチ(多対二)】
【対戦相手:騎士科選抜チーム(十名)】
(……十対二? いくらなんでも露骨すぎないか。昨日の引き分けが、あいつらのプライドを余計に刺激しちゃったみたいだな)
そこへ、昨日カズトが相手をした貴族の男子が、数名の仲間を連れてニヤニヤと近づいてきた。
「やあ、カズト君。昨日は失礼したね。今日は君の真の力が見られるよう、特別に私たちが胸を貸してあげることにしたよ。魔法あり、武器ありの模擬戦だ。どうやら君はセレナ殿下を守るために生徒にまでなった、たいそうお強い護衛だそうじゃないか。楽しみだねぇ?」
カズトは掲示板を見上げて深い溜め息をついた。
(二日目で、すでにこれか。どんなに上手く立ち回っても、結局こうやって無理やり引きずり出されるんだな。これじゃあキリがないぞ)
そんなカズトの様子を、セレナは申し訳なさそうに、けれど真剣な眼差しで見つめていた。
「カズト。わたしが無理を言ってあなたをここに連れてきたせいで、嫌な思いをさせていますね。この演習、わたしが運営に圧力をかけて中止させましょうか?」
「いえ、セレナ様。ここで逃げたら、昨日の苦労が全部水の泡になります。それに……」
カズトは隣に立つ零を見た。
「ええ。私達はセレナ様の強い護衛としてここにいます。ここで殿下が口を出せば、その評価に傷がついてしまう可能性があります。」
(どうするか。十人を相手に、また一時間も『接戦の演技』をするのは流石に無理がある。かと言って、全員ぶっ飛ばせば間違いなく問題になるけど、でも、もうこれしかないか?)
カズトは講義が始まる直前、真剣な面持ちでセレナに向き直った。
「セレナ様、昨日は波風立てないようにと言いましたが……やっぱり、いっそ徹底的に振り切った方がいいのかもしれない、と思い始めてます」
「あら? それはどういう心境の変化かしら?」
「当初の想定以上に妨害が多いです。このまま中途半端に相手をしていても、次から次へと嫌がらせが湧いてくるだけです。かと言って、強い護衛を付けたセレナ様と言う形式上、対戦を断るのもあまり得策ではない。ならばいっそ『セレナ様の奴隷は本当に無敵だ』と分からせれば、手を出そうとする奴もいなくなる」
カズトの言葉に、零が驚いたように目を瞬かせた。
「あんた本気? でも、確かに。セレナ様が最強の奴隷を従えてるって誇示するのは、この国の派閥争いにおいても有利に働くかもしれないわね」
セレナは少し意外そうに目を丸くしたが、すぐにその唇に、どこか挑戦的で艶やかな笑みを浮かべた。
「ふふっ……いいですね!わたしの最強の奴隷。その響き、とても気に入りました!完膚なきまでに叩きのめしてやりなさい。責任は、このわたしがすべて取ります!」
「穏便に行けるならそのほうがいいかと思ったのですが、結局セレナ様のお手を煩わせてしまい申し訳ございません。それなら、午後の演習は少し趣向を変えてやらせてもらいます」
午後の訓練場。
異常な対戦カードを一目見ようと、多くの生徒や教師たちが詰めかけていた。
対戦相手の騎士科選抜チーム十名は真剣を構え、自信満々にカズトたちを包囲した。
「おいおい、そんな手ぶらでいいのか? 一瞬で地に這わせてやろう!」
カズトはわざとらしく、気だるげに首を回す。
「ああ、好きなだけ打ってきていいですよ。まぁ、準備運動にすらなりそうにないけどな」
審判の笛が鳴った。
「相手は所詮奴隷だ!演習に応じたという事は、事故で腕の一本や2本くらい無くなっても構うまい!」
「突撃ィッ!」
怒号とともに、前衛の五人が一斉に斬りかかり、後衛の生徒たちが火球や氷の矢を放つ。
カズトは零を背後に引かせると、最小限の動きで攻撃をかわし、あえて紙一重で熱線を浴びるような「危なげな」動きを見せた。
「見ろ! さすがに十人相手じゃ防戦一方だぞ!」
「昨日の運もこれまでだな!」
嘲笑が響く中、カズトは心の中で秒数を数えていた。
(8、9、10。そろそろ、いいかな)
カズトの全身から、バチ……ッという不穏な火花が散り始めた。
「お望み通り、見せてやるよ。――絶滅したはずの魔法の味をな」
カズトは一瞬で踏み込み、一番声の大きかった前衛の男子生徒の顔面に拳を叩き込んだ。
ドォォォォンッ!!
「あがっ……!?」
男子生徒の巨体が文字通り「砲弾」のように吹き飛び、訓練場の高い壁に激突。
白目を剥いてずり落ちた。
「なっ!? なんだ今の!?」
カズトの全身から「バチバチッ!!」と耳を裂くような放電音が鳴り響く。
青白いの火花が龍のように身体に巻き付き、地面の石畳が熱で爆ぜる。
「何って、ただの『雷魔法』だよ。そんなに珍しいか?」
「バカな! 雷魔法は数百年前に絶滅した魔法だぞ!」
「なら、自分の身体で教科書の記述が間違ってるってことを味わってみるんだな」
カズトが地面を強く踏みしめると、周囲全体が白紫色の光に飲み込まれた。
「――放電!!」
カズトを中心に広まった巨大な雷の輪が、襲いかかろうとしていた残りの九人を一気に飲み込んだ。
「ぎゃああああああああっ!!」
「があぁっ……!!」
騎士候補生たちが、ガクガクと震えながら次々と糸の切れた人形のように崩れ落ちていく。
「おいおい、魔力で防御もできないのか?これっぽっちじゃまだまだ遊び足りないんだけどなぁ」
カズトはさらに魔力を練り上げ、バチバチと破壊の予兆をわかりやすく周囲に拡散させる。
「あ...ぐっ...」
1人だけ、倒れずに踏みとどまった生徒がいた。
そこそこに魔力防御が出来るみたいだ。
「なんだ、ちょっとは出来るやつがいるじゃないか。それなら、もっと強くしても良さそうだな。」
カズトは笑いながら、さらに強い放電を浴びせようと、より派手に自身の周囲を雷で覆う。
カズトの周囲で激しく弾ける雷を見て、唯一耐えた生徒の表情が恐怖へと染まる。
「や、やめろ..奴隷風情が私にこんな事をして、家が黙ってはいないぞ...」
「ディスチャー---」
そこへ、零が素早い足取りで近づき、カズトの腕をガシッと掴んだ。
「カズト! やめなさい、それ以上やったら死人が出るわよ! セレナ様の顔に泥を塗るつもり!?」
必死に食い止めるような零の演技。
カズトは不満げな表情を作った。
「……なんだよ零、邪魔すんなよ。殺しはしないって。俺はお前よりよっぽど手加減が上手いんだから、心配するな。まぁお前じゃほんとに殺しちゃうだろうけど、俺はそんなに野蛮じゃないぞ?」
この言葉に、観客席から悲鳴に近いどよめきが上がった。
「あ、あいつ、今なんと言った? あんな化け物より、あの女の方が手加減が下手だって!?」
カズトはゆっくりと手を下ろし、雷を霧散させた。
足元で転がっている生徒達を見下ろしながら、セレナの座る席へと視線を送る。
(あははは! 素晴らしいわ、カズト! これですよ、わたしが求めていた光景は!)
セレナは片手で口元を隠しながらも、その瞳は興奮に輝いていた。
静まり返った訓練場に、パチ、パチ、とゆっくりとした拍手の音が響き渡る。
セレナは優雅に歩き出し、倒れ伏す騎士候補生たちには目もくれず、カズトと零の間に堂々と立った。
「見事でしたわ、カズト、零! 期待以上の、いえ、期待を遥かに上回る素晴らしい活躍でした!」
セレナの声は、魔法で拡声されているかのように広大な訓練場の隅々まで響き渡った。
怯え、あるいは驚愕して固まっている生徒や教師たちを見渡し、彼女は誇らしげに胸を張る。
「皆様、ご覧になりましたか? これがわたくしの、セレナ・エル・アイリス・アステリアの選んだ奴隷の力ですわ! 絶滅したはずの雷魔法を従え、数に頼るだけの者たちを一蹴する。これこそが、わたくしに仕える者に相応しい輝き!」
セレナはカズトの肩にそっと手を置き、まるで自慢の宝石を披露するかのような仕草で続けた。
「家柄や数でわたくしに並ぼうなど、土台無理な話ですわ。わたくしの奴隷一人にすら届かぬ者たちが、わたくしに意見しようなどと。ふふ、今日の光景を目にした皆様なら、もうお分かりですよね?」
その宣言は、暗に「カズトに手を出すことは、この暴力と、それを持つ私に喧嘩を売ることだ」という強烈な警告だった。
カズトは隣で、わざとらしく「まだ暴れたりない」という風を装いながら、内心で苦笑していた。
(セレナ様、ノリノリだなぁ。まあ、これだけ派手にやれば、明日から変なちょっかいを出すバカは激減するだろうけど)
(完全に『悪役令嬢』みたいな顔になってるわよ。でも、これで私たちの立場は確立されたわね。カズト、お疲れ様。百点満点だったわよ)
零は小声で囁き、観客からは見えない角度でカズトの腰を軽く叩いた。
周囲の生徒たちは、セレナのあまりの覇気と背後に控える二人の「怪物」の存在感に圧倒され、ただただ沈黙を守るしかなかった。
演習が終了し、他の生徒たちの視線から遮断された控え室に入った瞬間。
それまで悪徳な王女を演じていたセレナが、豹変したようにぴょんぴょんと飛び跳ねた。
「カズト! 零! さいっこーでした! もう、本当っにさいっこー! わたし、ずっとあんな悪役みたいなセリフ言ってみたかったんです! お淑やかなお姫様なんてつまらなかったのよね!」
目をキラキラと輝かせ、カズトの手を握ってぶんぶんと振り回す。
先ほどの傲慢で圧倒的な威厳はどこへやら、中身は完全に「いたずらが大成功した子供」そのものだ。
「いや、セレナ様、キャラが崩壊してますよ。さっきの『わたくしの奴隷に届かぬ者たちが……』なんてセリフ、どこで覚えてきたんですか?」
「ふふん、いつか使える日が来ればと、図書室にある古い叙事詩や悪役列伝をこっそり読んで予習していました! カズトが一人目を吹き飛ばした瞬間、『あ、これだ!』って確信しました!」
「もう、殿下ったら。こっちはカズトが暴走しないか、ハラハラしながら止める演技をしてたっていうのに、ご本人はノリノリだったんですね」
零が呆れたように腰に手を当てると、セレナは「零の『カズト、やめなさい!』も、とっても真に迫っていて素晴らしかったですよ!」と彼女の手まで握った。
「これで明日からは、わたしにすり寄ってくる鬱陶しい者たちも、あなたたちに無礼を働く者たちも、みんな震え上がって逃げ出しますね! せいせいしました!」
「まあ、あそこまでやればそうでしょうね。でもセレナ様、これでお淑やかなイメージは完全に崩れ去りましたけど、後悔してませんか?」
「後悔? まさか! むしろ、これが『真のわたし』です!わたしの騎士たちが最強なのですから、わたしも最強に振る舞わなければ失礼というものです!」
セレナは満足げにふふん!とふんぞり返り、二人を見上げて満面の笑みを浮かべた。
「カズト、あなたは知らないでしょうけど、セレナ様はお風呂とかでは割とこんな感じよ。まさか公の場でここまではっちゃけるとは思わなかったけど」
零が耳元でこっそり教えると、カズトは「え、そうなの?...」と驚きながらも妙に納得した。
ようやくなろうらしい展開




