初登校②
食堂内。
(平等、か。建前でもあんな風に言ってくれるやつがいるんだな)
カズトは心の中で少しだけ感心していた。
(でも、あの会長さん、かなりの実力者よ。そこらの生徒とは違うわ)
零の言葉に頷きながら三人が席に着くと、周囲は依然として遠巻きにヒソヒソと囁き合っている。
だが、セレナは全く気にせずメニューを広げた。
「さあ、何にしましょう! カズト、わたくしと同じ『王宮仕立てのステーキ』にしますか? それとも……」
カズトはメニューを覗き込み、苦笑いを浮かべる。
「セレナ様って、意外とガツッとしたものお好きですよね。ステーキとか、昨日のタルトも結構なボリュームでしたし」
その言葉に、セレナはハッとなりメニューで口元を隠しながら、上目遣いでカズトを見つめた。
瞳が少し潤んでいる。
「 たくさん食べる女の子は嫌い、ですか? それなら、カズトの好みに合わせて可愛くサラダでも食べましょうかしら。あるいは、零みたいに引き締まった体型の方がお好みですか?」
わざとらしく拗ねて見せる仕草。
「セレナ様、私を巻き込まないでください。それにカズト、あんたも余計なこと言わないの。セレナ様は成長期なんだから、しっかり栄養を摂らないとダメでしょ」
零は呆れ顔でフォローを入れるが、心の中では(確かに、この子、見た目の割に本当によく食べるわよね)と密かに同意していた。
「いや、嫌いじゃないですよ! むしろ気持ちいいくらいです。俺も遠慮なく肉をたべさせてもらいますね」
カズトが笑うと、セレナはパッと花が咲いたような笑
顔に戻った。
「ふふ、なら決まりです! すみません、王宮仕立てのステーキを三つ! それからカズトには特盛りのライスも付けてあげてもちょうだい!」
給仕が困惑しながら注文を取りに行くと、セレナは身を乗り出してカズトに囁く。
「午後は実技の授業、訓練場での運動です。しっかり食べておかないと、わたしを抱えて走ることもできませんものね?」
「え、抱えて走る訓練なんてあるんですか?」
「ないわよ、そんなの。カズト、午後はあの副団長よりはマシでしょうけど、さっきの貴族たちが集団でかかってくるかもしれないわ。食べ過ぎて動けなくならないようにね」
零の予感通り、離れた席では貴族生徒たちがステーキを頬張るカズトたちを忌々しそうに睨みつけ、午後の訓練について密談を交わしていた。
午後の実技授業は、広大な屋外訓練場で行われた。
各々が訓練用の軽装に着替えて集合するが、ここでカズトと零は驚くべき光景を目にする。
「え、セレナ様? その格好は……」
目の前に現れたセレナは、動きやすさを重視した機能的な訓練着に身を包んでいた。
腰には細身ながらも鋭い輝きを放つレイピアが帯びられている。
「ふふ、驚きましたか? わたし、実は座学よりもこちらの方が好きなんです」
授業が始まると、セレナは並み居る生徒たちを相手に、軽やかなステップと鋭い刺突で次々と圧倒していった。
その動きには一切の無駄がない。
(すげぇ。ただの『守られるお姫様』じゃないんだな。あの身のこなし、相当やり込んでるぞ)
(なるほどね。これだけ動ける訓練をこなしているなら、あんなにガッツリ食べるのも納得だわ)
零は認識を改めた。
可憐な外見に隠された、王族としての誇りと努力。
「カズト! ぼうっとしていてはいけませんよ! 次はわたしと一戦交えていただきます。手加減したら、お仕置きですからね?」
セレナは汗を光らせ、挑戦的な笑みを浮かべてカズトに剣を向けた。
「……お手柔らかにお願いします、セレナ様。でも、俺も負けるのは嫌いなんで」
模擬戦が一段落したところで、一人の男子生徒が拍手をしながら近づいてきた。
取り巻きの数からして、かなりの上位貴族であることは一目でわかる。
「素晴らしい! 実に見事な剣捌きだ。奴隷でありながらこれほどの腕前とは。ぜひ、私とも一手、お相手願いたいものですな」
わざとらしい称賛。
だが、その目は全く笑っていない。
カズトは内心で毒づいた。
自分はセレナ様の練習台として剣を握っていただけで、剣技自体は素人同然。
魔力操作で身体能力を上げ、無理やり合わせているに過ぎないからだ。
(褒めるにしても、もっとマシな嘘をつけよ。明らかに俺を引っ張り出して、公衆の面前で恥をかかせるつもりだな)
断ればセレナの面目を潰すことになる。
かといって叩きのめせば「不敬」だと騒がれる。
(面倒だな。勝つのも負けるのもマズいなら、相手が疲れるまで捌き続けるしかないか)
カズトは溜息を飲み込み、訓練用の模造刀を構え直した。
(カズト、無理はしないで。受け流すときに弾きすぎないようにね)
零が耳元で鋭く忠告する。
彼女もまた、この茶番の裏にある悪意を読み取っていた。
「ふふ、いいでしょう。カズト、わたくしの護衛としての実力、彼らに見せつけてやりなさい」
「では、参りますぞ!」
鼻息も荒く、上位貴族の男子が鋭い踏み込みと共に、魔力を乗せた重い一撃を繰り出してきた。
カズトは最小限の動きでそれをかわし、剣先を滑らせるようにして受け流す。
(おっと、危ない。今のでカウンターを入れたら鼻っ柱を折っちまうところだった。我慢、我慢だ)
カズトにとって、これほど精神をすり減らす戦いはなかった。
(うわ、今のマジで危なかった! 素直に避けたらあいつ勢い余って転んでただろ。わざとバランス崩したふりして、俺もよろけないと!)
相手が渾身の力で振り下ろす剣を、カズトはあえて「ギリギリで受け止めて押し負けたふり」をしたり、反撃する際もあさっての方向に剣を振って「ああ、惜しい!」という小芝居を挟む。
魔物相手なら一瞬で終わる勝負を、わざわざ「接戦」に見せるための魔力操作は、全力で戦う数倍の集中力を要した。
「カズト! 何をやっているのですか、もっと踏み込みなさい! やってしまいなさい!」
後ろからは、事情を知らない(あるいはすべて知っていて楽しんでいる)セレナの無邪気な檄が飛ぶ。
(セレナ様、無茶言わないでくださいよ! こっちは汗をかく演技で必死なんだから!)
一方、零は腕を組んでその様子を眺めながら、呆れたようにため息をついていた。
(カズトも大変ね。あの程度の実力しかないやつを、三十分も相手にするなんて。でも、あいつの体力のなさ、そろそろ限界ね)
零の読み通り、三十分が経過した頃には、貴族の男子は肩で息をし、髪は振り乱れ、もはや剣を構えることすらやっとの状態だった。
対するカズトも、演技でフラフラと足元を覚束なくさせる。
「はぁ……はぁ……! 貴様……な、なかなか……やるではないか……。だが、今日のところは……このくらいで、勘弁しておいてやろう……!」
男は震える手で剣を鞘に収めると、典型的な負け犬の捨て台詞を吐いて、取り巻きたちに支えられながら去っていった。
「……あー、終わった……。マジで疲れた……」
カズトはその場にへたり込んだ。身体的な疲れよりも、相手を傷つけず、かつ自分も負けないように立ち回るという高度な「接待」による精神疲労が限界だった。
「最後の方は随分ともたついていましたね。せっかくわたしが応援してあげたのに」
セレナが不満げに頬を膨らませて近づいてくる。
「セレナ様、カズトを責めないであげてください。あんな『プライドの塊』みたいなのを相手に、怪我一つさせずに引き分けに持ち込むのがどれだけ大変か。カズト、お疲れ様。あんたの忍耐力だけは認めてあげるわ」
零はそう言って、カズトに水筒を差し出した。
カズトが地面に座り込んで大きく息を吐いていると、セレナがトコトコと歩み寄ってきて、ジト目で見下ろしてきた。
「もう、あんなの、別にぶっ飛ばしても良かったのに。わたしが許可を出したのですよ?」
セレナは不満げにカズトの肩をポカポカと叩いた。
その仕草は王女としての威厳というより、心を許した相手への甘えのようにも見えた。
「セレナ様、意外と過激なんですね。相手は一応、この国の将来を担う貴族の坊ちゃんでしょう? 本当にぶっ飛ばしてたら、明日から俺、学園にいられないでしょうよ。」
「わたしがそんなことさせませんよ!」
セレナはさらに頬を膨らませる。
「カズトの言う通りですよ、セレナ様。あそこまで『互角』に見せかけるのは、普通に勝つよりずっと技術がいるんですから。でもカズト、あんたのあの演技、時々わざとらしすぎて見てるこっちがヒヤヒヤしたわよ」
零は苦笑しながら、タオルでカズトの額ににじんだ――こちらは演技ではない本物の――汗を拭ってやった。
「でも、おかげで今日一日、あなたがただの乱暴者な犯罪者ではないことは周囲に伝わりましたね。さあ、座り込んでいないで立ってください。帰って着替えたら、今日はお疲れ様の意味を込めて、わたしのお部屋でお茶会をやりましょう」
セレナは機嫌を直したように、カズトの手を握ってグイッと引っ張った。
夕暮れに染まる学園を後にし、王家の紋章が入った豪華な馬車が城へと向けて走り出した。
車内では、疲れ果てて座席に深く沈み込むカズトと、その隣でどこか誇らしげな零、そして何より上機嫌なセレナの姿があった。
「聞いてくださいマリア! 今日のカズトは本当に見事だったんですよ!」
セレナは、同乗していた側近の侍女長に向かって、身を乗り出すようにして今日一日の出来事を話し始めた。
「実技であの傲慢な貴族の令息を相手に、あんなに翻弄して! まるで蝶が舞うように攻撃をかわし続けるんですもの、わたし、見ていて胸がすく思いでした!
」
「それはお見事でした。近衛騎士との模擬戦の時とは違って、ちゃんと手加減ができたのですね」
マリアはセレナに同調するように、穏やかに微笑んで話を合わせる。
「そうなのです! まるで、わたしの名誉を傷つけないように細心の注意を払っているのが伝わってきて、ふふ、あんなに不器用そうなのに、実はとっても献身的なんです。ねえ、カズト?」
「いやぁ、そんなに褒められるとなんだか照れますね。今までの褒められ方とは角度が違うと言いますか」
「セレナ様、そんなに褒めるとこいつ調子に乗りますから、そのくらいにしてください。でもマリアさん、本当ですよ。あんな面倒な接待試合、私ならごめんです。」
零が補足すると、マリアは感銘を受けたようにカズトに一礼した。
「カズトさん、零さん。セレナ殿下の学園生活を支えてくださり、感謝いたします。お二人のおかげで、殿下は今日、今まで見たこともないほど楽しそうに過ごされておりました」
「ええ! 明日からの学園も楽しみで仕方がありません。カズト、明日はもっと派手に見せてくれてもいいんですのよ? わたしがすべて責任を取りますから!」
「勘弁してください。俺、明日は静かに寝ていたいくらいです……」
セレナの無邪気な期待に、カズトは再び遠い目をして馬車の窓の外を眺めた。
城のシルエットが見えてくる中、カズトの脳裏には、明日以降の波乱に満ちた学園生活への不安と、ほんの少しの充実感が入り混じっていた。




