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峡谷の岩トカゲ②

一方、少し離れた場所では、零が舞うような動きで二匹のトカゲを圧倒していた。


「カズト、いい感じよ! でも余所見しないで! 怒ったあいつは、次は口から炎を吐いてくるわよ!」


 零の警告通り、鱗を傷つけられたロックリザードは低く唸り声を上げ、その巨体を真っ赤に加熱させ始めた。


 だが、カズトの瞳には、先ほどまでの悲壮感ではなく、未知の感覚を掴み始めた高揚感が宿っていた。


「よし! どんどんいくぞ!」


 あえて、既にヒビを入れた箇所を狙うのをやめた。


 一度掴んだ感覚が「偶然」ではないことを証明するように、まだ傷一つない、背中の鱗へと狙いを定める。


(もっと硬く、もっと鋭く! )


 トカゲが灼熱のブレスを吐き出す。


 攻撃をかわして、その側面に滑り込んだ。


 右手のグローブが、高密度の魔力を封じ込めるように「キィィィィン」と高い共鳴音を立てる。


「これだぁっ!!」


 バキィィィン!!


 殴りつけた瞬間、火花を散らせながら、硬質な鱗が弾け飛んだ。


 さっきまでは傷一つ付かなかった装甲が、一撃で粉砕され、地面に飛び散る。


「やった……! 今、確かな手応えがあったぞ!」


 止まらない。


 トカゲの尻尾を飛び越え、着地の勢いのまま別の鱗へ。


 ドカッ! バキィッ! パキィィィン!!


 一撃、また一撃と、殴りつけるたびにロックリザードの「鎧」が剥がれ落ちていく。


 次第にどの角度で、どれだけの密度の魔力を叩き込めば、最も効率よく砕けるかを、身体が理解し始めていた。


(短時間で『圧縮』と『成形』の感覚をここまですり合わせるとはな。)


 シンは表情には出さないが、その驚異的な適応力にわずかな興味を抱き始めていた。


「カズト! すごいじゃない! だけどあんまり調子に乗って油断しないでよ! まだ先は長いんだから!」


 三匹目のトカゲを屠った零が、汗を拭いながら声を張り上げる。


「分かってるって! ……だけど、なんだか分かってきた気がするんだ。零の言った水が氷に固まっていくイメージ!」


 鎧を剥ぎ取られ、剥き出しの皮膚で苦しげに喘ぐトカゲを見下ろし、シンが立ち上がった。


「十分だ。小僧、そのトカゲの命、お前の好きなように刈り取れ。とどめは『雷魔法の放出』を許可する。出し惜しみするな、最大火力だ」


「……! 待ってましたっ!」


 グローブを構えると、全身から漏れ出ていた青白い火花が、磁石に吸い寄せられるように右腕全体へと集束していく。体内を駆け巡るエネルギーを、「成形」の技術で鋭利な状態へと凝縮していく感覚。


「……すごい。大量の魔力が圧縮されていく、今までと全然違う!」


 零が目を見開いて見つめる。


 周囲の空気がバリバリと鳴り響き、あまりの高密度なエネルギーに、地面の小石がふわりと浮き上がった。


「これで、終わりだぁっ!!」


 拳を突き出した瞬間、溜め込まれた魔力が、凄まじい質量を伴った「雷の槍」となって撃ち出された。


 ――カッ!!!


 目も眩むような閃光。


 それは単なる光ではなく、空気を焼き切り、空間を震わせる「雷光一閃」。


 ドォォォォォン!!!


 ロックリザードの巨体が、断末魔を上げる暇もなく雷光に貫かれた。


 轟音と共に土煙が巻き起こり、峡谷の壁面にまで深い焦げ跡を刻みつける。


 土煙が晴れたとき、そこには大きな穴のあいたトカゲの残骸が転がっていた。


「はぁ、はぁ……やった……のか?」


 右手を震わせながら、自分の放った一撃の威力に驚愕した。


 今まで「なんとなく」放っていた魔法が、明確な「武器」へと進化した瞬間だった。


「フン。ようやく『魔法使い』らしい真似ができるようになったか。この威力、俺でも直撃は避けないといけないな」


「……え?」


 直後、全身から力が抜け、その場に崩れ落ちそうになる。


 最大火力の放出と、極限の集中――その反動が一気に回ってきた。


「カズトッ!!」


 零が慌てて駆け寄り、倒れかける身体をその小さな、けれど温かい身体でしっかりと支えてくれた。


 峡谷に静寂が戻る。


 零が仕留めたトカゲたちの死骸が転がり、時折、遠くから近づこうとする個体は、シンが座ったまま指先を軽く振るだけで、目に見えない衝撃波によって一瞬で肉塊に変えられていた。


「はぁ……。うーん、やっぱりシンさんにはまだまだ敵わないな。ほとんど動いてないのにトカゲが弾け飛んでいく」


 ゴツゴツとした岩の上に腰を下ろし、誇らしげに右手のグローブを見つめる。


「なぁ零。さっきの、魔力を極限まで絞って放った一撃。これから俺の切り札になると思うんだ。何か名前をつけるとしたら、何がいいと思う?」


「名前? ふふ、私につけさせてくれるの?」


 零は少し意外そうに目を丸くしたが、すぐに悪戯っぽく口角を上げた。


「だったら……『ビリビリボンバー』とかどう?」


「いや、それはちょっと……。ダサすぎるっていうか、威厳がなさすぎだろ。必殺技だぞ?」


 顔をしかめると、彼女は「あはは!」と鈴を転がすような声で笑った。


「冗談よ! そんな顔しないで。……そうね、ちゃんと考えるなら……」


 零は少し真面目な顔になり、こちらの横顔をじっと見つめた。


 そして、先ほどの雷光が空を貫いた光景を思い出しながら、一文字ずつ噛み締めるように言った。


「王道でグングニル、はちょっと長いわね。……『来霆(らいてい)』とかどうかしら? 雷が飛んで来るってイメージと、雷帝をかけてみたわ!」


「来霆、か……。うん! かっこいいな! この技で文字通りの雷帝に登り詰めてやる!」


 その名前を口の中で繰り返すと、グッと拳を握り込んだ。


「よし、決めた。あの一撃は『来霆』だ。零、ありがとうな」


「どういたしまして。さ、少しは休めた?」


 零が満足そうに微笑む。


 だが、岩の上で退屈そうにしていたシンが、視線をこちらに向けてきた。


 新必殺技の余韻に浸る暇など、この男が与えるはずもない。


「名前が決まったのなら、あとはそれを『呼吸』と同じレベルまで落とし込むだけだ。ほら、次が来たぞ。次は複数体を相手にして立ち回れ」


「……っ! やってやるよ、見てろ!」


 そこからは、まさに地獄の千本ノックならぬ「千本トカゲ狩り」だった。


 太陽が峡谷の縁に隠れ、わずかに差し込んでいた光が消えていく中、ひたすら岩トカゲの群れに飛び込み続けた。


 最初は一撃を放つたびに肩で息をしていたが、数時間が経過する頃には、無駄な動きが削ぎ落とされ、最小限の魔力で鱗を砕き、効率的にとどめを刺す「実戦の動き」へと変貌していく。


「はぁ……はぁ……。カズト、まだいける……!? さすがに私も、魔力切れが見えてきたわ……っ」


 傍らでサポートを続けていた零も、全身汗だくだ。


 薄暗い峡谷の中で、彼女の放つ魔力の光だけが頼りだった。


「大丈夫だ。不思議と、体は重いけど頭は冴えてるんだ。……最後の一匹、いくぞ!!」


 今日何度目か分からない『来霆』を、群れのリーダー格と思われる一際巨大なトカゲの眉間に叩き込む。


 青白い雷光が闇を切り裂き、轟音とともに最後の一匹が沈んだ。


「そこまでだ。日が落ちた。今日のノルマは達成といったところだな」


 シンの言葉を聞いた瞬間、緊張の糸がぷつりと切れた。


「終わったぁ……。マジで、死ぬかと思った……」


 その場に大の字になって倒れ込む。


  もう戦う気力は残っていない。


だが、見上げた夜空には、峡谷の隙間から美しい星が覗いていた。


「お疲れ様。あんた、最後の方は……ちょっと怖いくらい凄かったわよ」


 零も隣に力なく座り込み、泥だらけの手をそっと握ってくれた。


 その小さくて柔らかな手の感覚が、死地から生還したことを実感させる。


「よし、それじゃあさっさと登って帰るぞ」


 ……天を仰いだまま、思考が停止した。


見上げる断崖絶壁は、闇夜に紛れてさらに高く、絶望的な壁となってそそり立っている。


「……え? 今なんて? 登る? この垂直な崖を? 道具もなしに?」


「何を驚いている。来た道を戻るだけだ。なに、疲れたら崖に手を突き刺して固定しろ。魔力を指先に集中させて突き刺せば、力を抜いても落ちんぞ。握力だけで登ろうとするから疲れるのだ」


「いや、理論は分かるけどさぁ! 指を岩に突き刺すって、人間の発想じゃないだろ!?」


「じゃあ上で待ってるからな。一時間経っても来ない場合は、崖の上から大きな岩を投げ込んでやる。寝るなよ」


「ちょっと、待っ――」


 ドンッ!!


 シンが軽く地を蹴ると、その身体は重力を無視したような跳躍で数十メートル上方へ。


 そこから岩肌を蹴り、指先を岩に食い込ませ、まるで見えない糸で吊り上げられているかのような速さで、あっという間に夜の闇へと消えていった。


「行っちゃった。……本物のバケモノだよ、あの人」


 静まり返った峡谷の底。


 残されたのは、ボロボロの自分と、同じく疲労困憊の零だけ。


「カズト、弱音吐いてる暇はないわよ。あのおじさん、岩を投げ込むって言ったら本当に投げるわ」


 零はふらつく足取りで崖際に歩み寄り、指先に魔力を込めると、鋭い手刀で岩壁に穴を開け、ひょいと足をかけた。


「ほら、行くわよ。あんたの背中、私が下から支えてあげるから。落ちてもちゃんと捕まえてあげるわ。」


「零。ああ、分かったよ!登ってやろうじゃんか!あのおっさん覚えてろよ!!」


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