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峡谷の岩トカゲ

朝食を完食し、訓練場に集まった二人。


「昨夜よりも顔つきだけは少しマシになったな。カズト、零。思ったよりもお前たちの成長が早い。よって、今日はより実践的な訓練を行う」


 シンはそう言うと、王城の遥か遠くに切り立つ険しい峡谷を指差した。


「まずはあの辺りにある峡谷まで走って向かうぞ。しかし小僧、ただ走るのではない。お前は今日の訓練中も、常時『雷装』を維持しろ。一瞬でも途切れたら、その瞬間に俺の剣が後ろから飛んでくると思え」


「は、走って……!? あそこまで、数十キロはありますよね!? しかも重り!両足に重りついてる!これで雷装をずっと維持なんて無茶ですよ!」


「昨日、新しい回路が形成されたグローブの収束機能のおかげで魔力は格段に扱いやすくなっている。あとは慣れるだけだ。行け! 出遅れた奴には、死の洗礼を授けてやる」


 シンが地を蹴り、一瞬で視界から掻き消える。


「っ……! 行くわよ! もたもたしてたら、あの人マジでやるわよ!」


「くっそ! やってやるよ! 『雷装』!!」


 バチィィィッ!! と背中から青白い雷光が吹き上がった。


 昨日までのような不安定な放電ではない。


 収束の力で必要な部位に操作しやすくなった魔力が脚力を底上げする。何よりも魔力が離散し辛くなったおかげで魔力濃度を上げやすくなったのが大きい。


(身体を覆う魔力が濃い分、熱い。でも、昨日ほど痛くない。これが、安定した回路の力か!)


「いい調子よ! でも、あんまり飛ばしすぎないで、後半死ぬわよ!」


 零もまた、ここ数日で大きく向上した身体強化で隣を並走する。


 王城を飛び出し、険しい道へと突き進む二人。


 その近くからは、シンの放つ物理的な殺気がひたひたと感じる。


 並走するシンの姿は、全力で走る二人とは対照的に、まるでお湯にでも浸かっているかのように涼しげだ。


「小僧、お前の『雷装』は、神経の反応速度の強化と同時に体外への放電を無理やり抑え込んでいる。自傷はある程度しなくなったとはいえ、その分、集中力を激しく消費するはずだ」


「 言われなくても……分かって……ますよ!」


 一歩踏み出すごとに、徐々に身体の中が熱くなっていく。


「いい様だな。だが、出力を加減していると訓練にならんな。常に全力でいるからこそ意味がある。今から峡谷に着くまでの間、俺が横から不定期に『指弾』を飛ばす。速度を落とさず、全て回避してみせろ。当たれば肉が抉れるぞ。」


「えっ!? ちょっと待っ……」


 ヒュンッ!!


 言葉を遮るように、シンの指先から放たれた石の塊が耳元を掠めた。


(マジかよ!? 集中して走るだけでもきついのに、回避まで!)


「カズト、来るわよ! 右っ!!」


 ヒュンッ! バチンッ!!


「ぐっ……あぁ!!」


 出発から30分。


 常時『雷装』を維持し、シンの指弾を浴び続けた末、ようやく辿り着いた峡谷の縁で膝をついた。


 全身から立ち昇る蒸気が、その過酷さを物語っている。


「はぁ、はぁ……っ、……死ぬ……マジで、心臓が……止まる……」


どれだけ雷装の負荷に慣れても、更なる負荷をかけられて、もう一生この繰り返しなのかと疑いたくなる。


「さて、まずはウォーミングアップだ。小僧、そこの崖から飛び降りろ。目的地は下だ」


「……え? なんて? 悪い……ちょっと今、脳みそが沸騰してて言葉が頭に入ってこなかった……」


「聞こえなかったか。崖から、飛び降りろ、と言ったんだ」


 シンの無機質な声が、谷底から吹き上げる冷たい風に乗って響く。


 恐る恐る断崖の先を覗き込んだ。


「いや無理無理無理!! 底が見えないじゃん! 高低差何メートルあると思ってんの!? 馬鹿なのかあんた!?」


「シンさん、いくらなんでもそれは! 重りもついてるし着地の衝撃で骨が粉々に、、」


 零が慌てて割って入るが、シンは動じない。


「魔力操作を上手く使えば死なん。いいから黙って早くいけ」


「できるわけ――」


「――遅い」


 ドガッ!!!


「っ!? ぎゃああああああああああぁぁぁ....」


 容赦ない蹴りが背中にめり込んだ。抵抗する間もなく、体は断崖絶壁の向こう側、虚空へと放り出される。


「カズトーーーッ!!!」


 零の悲鳴が遠ざかる。


 視界が回転し、凄まじい風圧が全身を叩いた。


 加速する死の恐怖。


(くそっ、あの野郎本当に殺す気かよ!! 集中しろ……雷装を解くな! 衝撃をコントロールしなきゃ死ぬ!!)


 絶叫しながら落下していくその姿は、もはや一点の豆粒のよう。


 必死に維持している雷光が、落下軌道に沿って青白い尾を引いている。


 シンは平然と、隣で青ざめている零に視線を向けた。


「さて、お前も飛べ。お前なら、何の問題もないだろう?」


「もう! 私がいなきゃ、あいつは本当に激突して死んじゃうわよ! 言われなくても行くわ!!」


 零は地を蹴ると、躊躇なく崖からダイブした。


 空中で弾丸のように姿勢を制御し、先行する自分へと急速に接近してくる。


「カズト! パニックにならないで! 足に魔力を集中させなさい!!」


「零!! 無理、地面が、地面がうっすら見えてきたあぁぁぁ!!!」


 ついに峡谷の底――岩が転がる荒々しい川原が牙を剥いて迫ってきている。


 上空ではシンが悠然と滞空し、その審判の時を見守っていた。


 パニックに陥りかけた視界に、降下してきた零の姿が飛び込んだ。


「カズト! 手を繋いで!!」


 零が空中で右手を強く握りしめた。その温もりが、震える意識を現世へと繋ぎ止める。


「大丈夫、今の貴方なら出来るから! 衝撃と一緒に魔力を上――頭の先から突き抜けるように流すイメージよ!!」


「あ、足に集中、衝撃を上に流す! ぐっ、あああああ!!」


 必死に右手の収束回路をフル稼働させた。散っていた雷光が脚部に凝縮され、眩いほどの発光を見せる。


(雷装で反射速度は上がっているんだ。イメージしろ、俺はバネだ。衝撃を殺すんじゃない、受け流して、外へ逃がすんだ!!)


 直後、視界の全てを茶褐色の岩肌が埋め尽くした。


 ドォォォォォン!!!


 凄まじい衝撃。


 だが、着地の瞬間に足に大きく纏った魔力をクッションにして、零のアドバイス通り衝撃を頭から逃す。


 衝撃と共に突き抜けた魔力は「雷の柱」となって天へと突き抜けた。


「がはっ……っ!!」


「……っ、ふぅっ!!」


 零もまた同じ様に、だがカズトより静かに、かつしなやかに衝撃をいなして着地した。


 地面はくぼみ、激しい砂塵が舞い上がっている。


「はぁ、はぁ、はぁ……。……生きてる、のか? 俺……」


 膝をガクガクと震わせながらも、自分の足で立っていることに驚愕した。


「よし。合格だ」


 上空から、シンが音もなく背後に着地した。


「恐怖に呑まれず、零の助言を即座に実行した。今の着地で、魔力操作の『瞬発的な出力』のコツは掴んだはずだ。さて、ウォーミングアップは終わりだと言ったな?」


 シンは峡谷の奥を指差した。


 砂塵が晴れたそこには、死の臭いが立ち込めていた。


「ここは、とある魔物の巣窟でな。崖から落ちてきた獲物や、不運な行き倒れの死体が絶好の餌場となっている場所だ。……今みたいに少し音を立てれば、ほら、お出ましだぞ」


 シンの不吉な予言と同時に、巨大な岩陰が「動いた」。


 ズズ、ズズズ……と地響きを立てて姿を現したのは、全身を赤褐色の硬質な鱗で覆われた巨獣、「ロックリザード」。


「……は? いや、デカすぎだろ! ちょっとした小型の飛行機くらいあるんだけど!!」


 仰ぎ見るほどの巨体。


 その皮膚は鋼鉄のような硬度を誇り、鋭い爪は一振りで大岩をバターのように切り裂ける。


 切り立った峡谷の底は太陽の光が遮られ、不気味な薄暗さが視界を奪っていた。


「ロックリザード。並の剣士じゃ傷一つ付けられないわよ。カズト、油断しないで! あいつ、見た目に反して舌の攻撃は速いわ!」


「マジかよ。視界は悪いし、足場は最悪だし。これ本当に訓練なのかよ!?」


「訓練でなければ何だというのだ。カズト、お前の『雷装』と、零の精密な打撃。どちらが先にあの硬い鱗を突き破るか、競ってみるがいい」


 シンは戦う気配を一切見せず、近くの岩に腰を下ろした。


(やるしかないのか。雷装はまだ維持できてる。さっきの着地で瞬間的な流れのコツは掴んだ……!)


 シュルルルルッ!!


 突如、トカゲの口から粘着質の長い舌が弾丸のような速度で放たれた。


(――見えた!)


 加速を利用し、弾丸のような踏み込みで懐へ潜り込む。


「くらえっ!!」


 全体重を乗せ、昨日シンを殴った時のように魔力をグローブに収束させて、勢いのすべてを右拳に込めてトカゲの脇腹を殴りつけた。


 ガキンッ!!!


 鈍い金属音が響き渡り、衝突地点から激しい火花が飛び散る。手応えは最悪だ。分厚い鉄の装甲を素手で殴ったかのような衝撃が腕を駆け抜けた。


「いっ、いったぁぁぁ!! なんだよこれ、どんな鱗してんだよ! 超合金だろ!?」


 右手を振り回しながら飛び退く。


 鱗には少し焦げ目がついた程度で、傷一つ付いていない。


 逆に自分の拳は赤く腫れ上がっている。


「お前はスピードこそ雷装で多少マシになったが、攻撃力が圧倒的に足りていない。ただ腕に魔力を纏って殴るだけでは、それが限界だ」


 シンは岩に座ったまま、冷酷な評価を下す。


「グローブの力で魔力を厚く『収束』させることはできている。だが今は集まった魔力を押し纏めているだけの状態だ。そこからさらに圧力を加えて魔力の硬度を上げろ。より硬く、より鋭く形成するんだ。最低限、こいつを素手でブチ殺せるようにならんと話にならんぞ」


「ブチ殺せって……無茶言うなよ! 零、こいつの弱点とかないのか!?」


「言ってる場合じゃないわ! 来るわよ!!」


 トカゲは怒りに狂い、巨体に似合わぬ速度で大木のような尻尾を振り回した。


 シンは顎で零に合図を送る。


「零、手本を見せてやれ。鱗を一枚、確実に割ってこい」


「……了解。カズト、よく見てなさいよ。イメージは、水が氷に固まっていく過程に近いわ」


 零がスッと重心を落とすと、彼女を包む魔力の密度が劇的に変化した。


 彼女の右拳の周りだけ、空間が圧縮されて歪んでいるようにすら見える。


「はぁっ!!」


 トカゲの舌を紙一重で回避し、一気に懐へ。


 零の拳が、カズトが殴ったのと同じ場所――硬質な脇腹に吸い込まれた。


 ――ピシィィィィィン!!


 氷が裂けるような鋭い音。


 強固な鱗に、零の拳の形をした亀裂が深く刻まれ、剥がれ落ちた鱗が地面で乾いた音を立てた。


「うそだろ。あんなに硬かったのに、一撃で……?」


「いい? 魔力を事前に固めると動かせなくなるから、攻撃の瞬間にギュッと瞬間冷凍させる感覚よ。その時に固まる魔力の形を鋭くするのがコツね」


「見たか。さあ、カズト。お前にはあと数千枚の鱗が残っているぞ。」


「数千枚!? 終わる頃には夜になってるだろ!!」


 狂ったように暴れ始めるトカゲ。


 カズトは「水を氷に」という感覚を必死に掴もうと、再び拳を固める。


 一方、シンは視線を峡谷の奥へと向けた。


 暗闇から無数の赤い眼光が光り始めていた。


「カズトはこのまま放置だ。だが、零。お前は他に集まってくるトカゲの相手をしろ。相手が二匹になったら、今のあいつではすぐに死ぬぞ」


「……はぁ。私にも結構きついこと言うわね、本物のスパルタだわ」


 零はため息をつき、乱れた髪をかき上げると、鋭い眼光で迫りくる影を見据えた。


「でも、わかったわ。カズトが修行に集中できるように、他は私が全部始末してあげる。あんたは、その一匹にだけ集中しなさい!」


「零! 悪い、助かる!」


 巨大な尾をバックステップで回避し、再び側面に回り込む。


(さっきの零の魔力の流れを思い出せ……! ただ集めるだけじゃダメだ。もっと、もっと密度を上げろ!)


 右拳を見つめ、脳内で魔力を圧縮する感覚を研ぎ澄ませる。


(纏まったエネルギーを力づくで押し固めて……結合させる。そこから一気に、貫通力を高めるために鋭く成形するイメージだ……!)


 シュルルルッ!  頬を掠める舌にも動じない。


 右手で荒ぶっていた雷の魔力がギュッと凝縮され、歪ながらも楔のような形へと変わっていった。


「これなら……いける!!」


 地を蹴り、全力の雷装を乗せた右拳を、ヒビの入った同じ箇所の鱗へ叩き込む。


 ――パキィィィン!!


 鱗が壊れる高い音が響いた。


「入った!!」


 拳を引くと、強固だった鱗にクモの巣状の深い亀裂が刻まれていた。


 カズトの魔力がついに装甲の防御力を上回ったのだ。


「ようやく『武術』の入り口に立ったか。だが、ヒビを入れただけで満足するな。中身を引きずり出せ」


「ハッ、厳しいねぇ! でも、感覚は掴んだぞ! 零、見てろよ!」


 少し離れた場所では、零が舞うような動きで二匹のトカゲを圧倒していた。

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