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シンの修行③

「あらあら、零さんもなかなかに情熱的ですね。シン、あまり熱くなりすぎて、私の可愛い奴隷たちを壊してしまわないでくださいね?」


 バルコニーから見下ろすセレナの瞳が、愉悦に細められた。


 その言葉を合図にするかのように、零の鋭い叫びが、激しい衝撃音の隙間を縫って鼓膜を叩く。


「カズト! 今のあなたなら、かなりの精度で『雷装』が使えるはずよ! 目にもの見せてやりなさい!!」


 その瞬間、意識が一点へと凝縮された。


 先ほどまでの修行で掴んだ、全身を巡る熱いエネルギーの潮流。


 それを外へ放電するのではなく、体内の神経と筋肉に流し込んで閉じ込める。


 地道に積み重ねてきた練習のおかげで、これまで程の自傷ダメージはない。


 肉体の限界を強引に突破させる、雷魔法独自の身体強化――。


「……やってやる。……『雷装』!!」


 バチィィィィィッ!!!


 背中と両肩から、物理的な衝撃を伴うほどの青白い雷光が噴き出した。


 魔力が身体中を駆け巡り、身体能力を無理やり数倍へと引き上げて走り出す。


「加速しただと!?」


 シンの驚愕を置き去りに、彼の視界からカズトは姿を掻き消した。


 コンマ数秒後、位置していたのはシンの死角――真後ろだ。


 空気が焦げる異臭と、パチパチという放電音が訓練場を支配する。


「捕まえた!!」


 右手を、シンの背中に向けて突き出した。


 雷光が一点に収束し、眩い閃光が世界を白く塗りつぶす。


 ドォォォォォン!!!


 凄まじい轟音と共に土煙が舞い上がった。


「やった……!?」


 零が肩で息をしながら土煙の中を凝視する。


 しかし、そこから聞こえてきたのは、どこか楽しげな笑い声だった。


「ククッ、まさか本当に当ててくるとはな。だが、詰めが甘いぞ、小僧」


 煙が晴れると、そこには左手の剣を背後に回し、拳を紙一重で受け流したシンの姿があった。


 その身は依然として無傷。


「零の格闘技術に、小僧の雷速。いいだろう。貴様らは、死ぬには惜しい素材だ。『教育』の内容を、一段階引き上げてやる」


 シンの瞳に、これまでにない凶悪な闘志が宿った。


「おやおや、シンのあんな顔、久しぶりに見ましたね。二人とも、今すぐ逃げたほうがよろしいのではなくて?」


 セレナがクスクスと笑いながらティーカップを置く。


「なるほど、これがあの時みせた貴様の切り札か。面白い。その『雷装』とやら、一秒たりとも途切れさせるなよ。今日一日は、ずっとその状態で居続けろ! 貴様の底なしの魔力量なら、理論上は可能なはずだ!」


「は!? いや、これ五分も持たないんだけど!? 魔力はもつだろうけど、体力と集中力が……何より俺の魔力回路が焼き切れるよ!」


 叫びも虚しく、シンは容赦なく踏み込んできた。


 先ほどまでとは比較にならない速度と重さの連撃。


「回路が持たぬなら、壊れるたびに魔力で繋ぎ直せ! 集中が切れた瞬間、貴様の首は飛ぶと思え!」


「ぐ、あああああかっ!!」


 必死に『雷装』を維持し、全身を走る雷の刺激で無理やり筋肉を動かし続ける。


 視界が白く染まり、耳元では自分の心臓の音が爆音で鳴り響いていた。


「カズト、弱音を吐かない! 私がフォローするから、意識を逸らさない!!」


 零もまた、シンの猛攻の隙間に割り込み、カズトの背中を叩いて激を飛ばす。


 彼女の動きも、カズトの熱に当てられたのか、極限の集中状態でさらに鋭さを増していた。


(くそ……っ、意識が……熱い、全身が熱い! でも、零が……セレナ様が見てる! ここで止まってたまるか!!)


 右手のグローブが、限界を超えた魔力の循環に耐えかねて真っ赤に加熱し始める。


 死闘開始から一時間。


 全身からはもはや汗ではなく、沸騰した水分が蒸気となって立ち昇り、放たれる青白い雷光は訓練場の石畳を焼き焦がしていた。


「あ、が……っ、あああああ!!」


 意識はとうに朦朧とし、視界は極限の負荷で真っ赤に染まっている。


 魔力回路が焼き切れる寸前の異音――キィィィィンという耳鳴りが脳を揺さぶる。


 しかし、その臨界点が、グローブに眠っていた「最後の欠片」を呼び覚ました。


 ジジジジジヂ.....――カチリ。


 脳内で何かが噛み合う音がした瞬間、右手のグローブに刻まれた魔法陣が、眩い黄金色の光を放った。


 魔力回路が壊れた古い魔道具。


 その本来の力は「収束」。


 それが、これまで何度も繰り返されてきた異常なまでの雷の魔力放出による「電圧」で、強引に新しく刻まれてきた回路がついに形成されたのだ。


「……え?」


 直前まで暴れ馬のように荒れ狂っていた魔力が、嘘のように静まり返った。無駄に散っていた雷光が、まるで吸い込まれるように身体の表面、そしてグローブの芯へと凝縮されていく。


「魔力が……消えた? いえ、違うわ。一点に収束してる!?」


 零が驚愕の声を上げる。


 目前にはシンの双剣が迫っていたが、最小限の動きでそれを回避した。


 先ほどまでの「無理やりな加速」ではない。淀みのない、洗練された「無駄のない動き」。


「……ほう。土壇場でまたひとつ覚醒したか。面白い!」


(…軽い。無駄な魔力が放出されてない分、魔力の流れがよく見える。これなら、いける!)


 グローブを軽く握りしめると、そこには雷を圧縮した小さな「核」が形成された。


 暴走していた魔力コントロールが格段に安定し、呼吸を整える余裕すら生まれる。


「素晴らしいですよ、カズト! その輝き!まさに私が待ち望んでいた輝きです!」


 バルコニーで立ち上がったセレナの瞳が、歓喜に揺れる。


 グローブの「収束回路」が完成した瞬間、取り巻く空気の質が劇的に変わった。


 全ての魔力が肉体のバネと右手の拳へと高密度に圧縮されている。


「これなら、戦える!!」


 地を蹴った瞬間、石畳が衝撃で粉砕された。


 文字通り「雷光」となったその身は、シンへと鋭い踏み込みを見せる。


 回路の安定によってもたらされた「キレ」が、一流の武人であるシンの反応速度に真っ向から勝負を挑んでいた。


「……っ、この短時間でこれほど!」


 シンは黒い双剣を交差させ、超高速の突きを辛うじて受け流す。


 しかし、攻撃は単発では終わらない。


 安定した魔力操作が、流れるような連続攻撃を可能にしていた。


「カズト! そのまま押し込みなさい!!」


 進化に呼応するように、零の闘志も爆発した。


 自身の身体能力を限界以上に引き上げ、シンの足元へ滑り込むような低空の回し蹴りを放つ。


「「おおおおおっ!!」」


 二人の息は完璧に合っていた。


 これまでずっと一緒にトレーニングして、寝食を共にしてきたからこその阿吽の呼吸。


 シンの防御が、二人の波状攻撃によって初めて、わずかに乱れ始める。


(なんという連携だ。昨日までの動きが嘘のようだ。小僧の回路が繋がったことで、零の動きすら一段階上の次元に引き上げられている!)


 シンは初めて、楽しげに歪んでいた口元を引き締め、一人の戦士として二人を迎え撃つ構えを取った。


「ふふ、あはははっ! 素晴らしいわ! 二人の絆が、シンの剣を押し返している!」


 バルコニーのセレナは、興奮のあまり手すりに身を乗り出している。


 その瞳には、自分の選んだ駒たちが、想像を超える速さで「最強」へと近づいていくことへの、悦びが満ちていた。


(これなら、一太刀……届く!!)


 右手のグローブが、収束した魔力によってひときわ強く輝いた。


 中庭を揺るがす凄まじい轟音が響き渡り、衝撃波が周囲の空気を震わせた。


 巻き上がる分厚い土煙。


 その中から徐々に浮かび上がってきたのは、右手のグローブをシンの肩口に深々と叩き込んだまま、荒い息を吐く自分の姿だった。


 シンの皮膚は焼け焦げ、そこからは微かな煙が立ち昇っている。


 全力、そして零との連携が生んだ、今日この瞬間における「最高の一撃」。


「……はぁ、はぁ……っ。……これでも、ほとんどダメージを与えられないのかよ」


 力なく拳を戻し、悔しげに顔を歪めた。


 確かに手応えはあった。しかし、シンの肩には焦げ跡こそ残っているものの、その下の肉体はたいしてダメージを負っていないことを直感で悟った。


「十分だ。今の貴様の力量では、ここらが限界だろう」


 シンは焦げた肩を無造作に払うと、鋭い視線を向けてくる。


「だが、魔力操作を極めれば、これくらいの防御はお前でも出来るようになる。攻撃に使える魔力は、そのまま強固な盾にもなるということだ。それを忘れるな」


 シンはそう言うと、二人の前で双剣を鞘に収めた。


 そこには、昨日までの「弱者を見る目」ではなく、未熟ながらも牙を剥いた「戦士」を見る色が、微かに混じっていた。


「……お疲れ様。……凄かったわよ、最後の一撃」


 零がふらつきながら歩み寄り、そっと肩を支えてくれた。


 彼女自身も限界のはずだが、その表情には、自分たちがシンに一発いれたことへの誇らしさが滲んでいた。


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