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序列10位

 山道にはおよそ不釣り合いな、仕立ての良い漆黒のスーツ。

 整えられた髪と、余裕を感じさせる薄笑い。


 その男の登場に、彼女の声がこれまでにないほど緊張で強張った。


「 なんであんたがここに!? 序列10位の幹部が指示役なんて聞いたことがないわよ!」


「いやなに、久しぶりに顔を見たくなったから、変わってもらったのさ。相変わらず君の仕事は『完璧』だね。伯爵の件も、実に鮮やかだったよ」


 男は一歩、また一歩と優雅な足取りで室内に足を踏み入れる。その視線が、彼女の隣で身構える俺へと移った。


「ところで、、その男はなんだい? 野良犬でも拾ったのかな? 君ともあろう者が、随分と趣味の悪いアクセサリーを連れているじゃないか」


 男から放たれる底の知れない圧に息を呑んだ。


 風の魔導士のような暴力的な威圧感とは違う。


 獲物を観察する蛇のような不気味な気配。


 男はこちらも品定めするように、冷ややかな瞳を細めた。


 零はカズトの前に一歩踏み出し、背後に隠すようにして男を睨みつけた。


「こいつは、なんでもないわ。ちょっと力が使えるから、雑用係に便利だと思って拾っただけ。……あなたには関係ないわよ」


 声は冷静を装っていたが、背中の後ろで彼女が拳を固く握っているのが見えた。


「へぇ……。でも、そいつは『百足ムカデ』の構成員じゃないよね? 部外者に組織の秘密を知られたなら、ちゃんと殺さないと。それがルールだろう?」


男が、ピアノを弾くように優雅に指を動かした。


「――ッ!?」


 次の瞬間、首筋に冷たく鋭い感覚が走った。


 目に見えないほど細く、鋼よりも強靭な「糸」が、カズトの首周りに幾重にも巻き付いている。


男が指をクイと引けば、一瞬で首を撥ね飛ばされる――。

(殺される……っ!)


 死の直感。思考よりも速く、反射的に全魔力を首の一点に集中させた。


 キィィィィン!!


 硬質な音と共に、首筋からツーッと一筋の血が流れた。


しかし、糸が肉を断つ寸前で、魔力防御が糸を食い止める。


「おや……。切断を免れたか。野良犬にしては、なかなかしぶといじゃないか」


 男は意外そうに目を丸くし、指の力を少しだけ緩めた。

荒い息を吐きながら、首を絞めつける見えない死線を睨み据えた。


「……やめなさい! 私の所有物に勝手に手を出すのは許さないわよ!クレイ!!」


 彼女の手には、いつの間にか銃が握られていた。


 小屋の中の温度がさらに数度下がったかのような、凄まじい殺気が膨れ上がる。


 男――クレイは、首を傾げながら残念そうに肩をすくめた。


 しかし、その指先は依然として、首に巻き付いた糸を操る位置から動いていない。


「ふーん、困ったなぁ。……実はね、伯爵とのやり取りを少し遠くから見ていたんだよ。君、随分と処分に困っているようだったじゃないか。あんな甘いことを抜かす奴は、組織にとっては足手纏いでしかないだろう?」


 心臓がドクンと跳ねた。あの惨劇も、あるいはその後の彼女との死闘も……すべてはこの男に見られていたのか。底知れない恐怖が背筋を伝う。


「だから、親切心で手を貸してあげようと思ったのだが。これはどうしたものか。君は本気でその『ゴミ』を守るつもりなのかな?」


 零の瞳に、激しい怒りと、それを上回るほどの防衛本能が宿る。


彼女は一歩も引かず、男の眉間を射抜くような視線を返した。


「余計なお世話よ。私の持ち物をどう扱うかは私が決める。その糸を今すぐ解きなさい。さもないと、あんたのその余裕そうな顔に、風穴を開けるわよ」


「おっと、怖いねぇ」


 クレイはわざとらしく両手を挙げてみせ、パチンと指を鳴らした。


すると、首を締め付けていた見えない糸が、魔法のようにスッと霧散した。


「とはいえ、僕もきみとやり合う気はないんだよね。一応君は上席だし?

真面目に戦えば僕が負けちゃうからね。損な役回りはごめんだよ。ねぇ、序列5位?」


(5位……!?)


 あまりの衝撃に言葉を失った。


隣にいる彼女が、そんな高位の幹部だったなんて。


クレイのふにゃりと柔らかな笑みとは対照的に、カズトの心は激しく波打つ。


 クレイはそのまま小屋の壁に寄りかかると、胸ポケットから一通の封筒を取り出した。


「さて、茶番はこれくらいにしようか。新しい『お仕事』の話だ。今度のターゲットは、君もよく知る人物だよ」


クレイが差し出した封筒の中身を確認した瞬間、彼女の顔から血の気が引いていくのを俺は見逃さなかった。


「……っ!? 王女の殺害……ですって? 本気なの?」


「ああ、本気も本気。上からの直々のご指名だよ」


 彼女は震える手で依頼書を握りつぶさんばかりに力を込め、クレイを激しく問い詰めた。


「何を考えているの!? こんな無茶な依頼! 王女暗殺なんて、直接国家を敵に回すことになるわよ。それに!」


「……それに?」


「王女のそばには、この国唯一のSS(ダブルエス)ランクの冒険者が護衛として付いているわ! あんな『歩く天災』が相手じゃ、潜入どころか近づくことさえ不可能よ。こんなの、実質死にに行けって言ってるようなものじゃない!!」


 彼女の叫びは、死を恐れてのものではなく、あまりにも理不尽な死への強制に対する憤りのようだった。


SSランク――それは一人で大国の軍隊を壊滅させると言われる伝説級の強者。


いくら序列5位の彼女といえど、まともにやり合って生き残れる相手ではない。


「さあ? 上の考えていることなんていちいち知らないからね。君が優秀すぎて、少し嫉妬でもされたのかな。あるいは……今の君なら、そのSSランクすら超えられると期待されているのか」


 クレイは肩をすくめ、他人事のように窓の外を眺めた。


「期限は一ヶ月後。場所は王立学園の記念祭。警備は厳重、失敗は死、逃亡は処刑。あ、そうそう、その野良犬くんも連れて行けばいいじゃないか。おとりくらいにはなるだろう?」


 男はそう言うと、カズトを一瞥してクスクスと不気味に笑った。


(SSランク。零を死なせるための依頼なのか?)


 絶望的な状況を前に、彼女の背中が小さく震えている。


カズトはその震えを止めるように、思わず彼女の肩に手を伸ばそうとしたが、クレイの視線がそれを許さない。


 男はさらに残酷な真実を突きつけた。


「まぁ、これはあくまでも僕の想像だけど、伯爵の一件での不手際。君はもう『不確定要素』として、組織に見限られたんじゃないかな? くくく」


 その言葉に、彼女の肩がビクリと跳ねた。


「実はね、もし君がその男を連れずに一人でここへ来ていたら、もっと別の、、そう、ずっと楽な依頼が書かれた『こっちの紙』を渡すように言われていたんだよ。でも、君は彼を連れてきた。それが答えだ」


 男はヒラヒラともう一枚の封筒を振ってみせ、そのまま懐に仕舞い込んだ。彼女は奥歯を噛み締め、低く震える声で呟く。


「……始末されたくなければ誠意と価値を見せろと、上はそう言いたいってことね。その足手纏いを抱えたままでも、不可能を成し遂げてみせろと……」


「さぁね。今のはただの僕の妄想だから、真実は闇の中さ。組織っていうのは、いつだって効率と結果しか見ないからね」


 男は出口へと歩き出し、去り際に一度だけ振り返った。


その瞳には、獲物が死ぬのを待つハイエナのような光が宿っている。


「まぁ、SSランクを『殺せ』って依頼なわけじゃないし、王女を殺すだけならワンチャンあるんじゃないかな? 彼を囮にして、君が刺す。あるいはその逆……。ククッ、精々あがいてよ。幸運を祈るよ」


 クレイの姿が掻き消えるように小屋から消えると、重苦しい静寂が戻ってきた。


「くそっ!!」


 零は依頼書を握りしめたまま、その場に膝をついた。


彼女の指先が、怒りと絶望で白く震えている。


俺を連れてきたことが、彼女を死の任務へと追いやってしまった――。


「零……」


 自分の存在が彼女を追い詰めたという事実を突きつけられ、言葉を失った。


しかし、彼女は顔を上げないまま、絞り出すような声で言った。


「……いいわ。やってやろうじゃない。SSランクだろうが神様だろうが、私の邪魔をするなら、全部殺してあげる。」


 膝をついたまま、握りしめた依頼書をさらに強く指に食い込ませる。


そして、ゆっくりと顔を上げた彼女の瞳には、絶望を通り越した、狂気にも似た冷たい決意が宿っていた。


「零、本気で王女を殺す気なのか? 例え出来たとしても、それに意味があるとは思えない……」


「意味なんてないわよ。あるのは『結果』だけ。私が王女を殺せば、組織は私の有用性を再確認して、しばらくは手出しをしてこない。私たちが生き延びる道は、それしかないの」


「でも……! 王女を殺せば国中が敵になる。それに、SSランクの護衛って……」


 必死に詰め寄るが、零はふらりと立ち上がり、窓の外の遠い空を見つめた。


「……やるしかないのよ。私がやらなければ、今度は組織が私とあんたを消しに来る。ねえ、カズト。さっきのクレイの言葉を聞いたでしょ? 私があんたを捨てていれば、こんなことにはならなかったの」


 彼女は自嘲気味に笑い、俺を振り返った。


「……あんたが言ったのよ。『生きている限り、私から離れはしない』って。その言葉、後悔させてあげるわ。王女を殺すために、あんたには徹底的に動いてもらう。例え、その手がどれだけ汚れようともね」


 零の言葉は、俺を突き放しているようでいて、その実、運命を共にすることを選んだ者への「呪い」のようでもあった。


「……後悔なんてしない。俺が決めたことだ」


 拳を固く握り、彼女の冷たい視線を受け止めた。


 王女暗殺という大罪。そして最強の護衛。


 あまりにも巨大な壁を前に、俺たちは後戻りのできない奈落へと足を踏み出そうとしていた。

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