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伯爵暗殺②

 重苦しい沈黙を切り裂いたのは、零の突き放すような感情のない声だった。


「はぁ、、あなた、もういいわよ。……いらないわ」


 彼女は俺の方を見ようともせず、返り血のついた手袋を無造作に脱ぎ捨てた。


「……え?」


「今のあなたなら、魔力操作も身についた。外に出ても野垂れ死ぬこともないでしょうし、同郷の情けは果たしたわ。このまま私のそばにいても邪魔なだけ」


 零の言葉が、冷たい雨のように心に突き刺さる。


「甘い理想を振りかざす『異物』は、私の計画には必要ないの。どこにでも行きなさい」


「ふざけんな! 邪魔なわけっ、俺は、俺はあんたを守るって!」


 必死に食い下がった。


 伯爵を救えなかった悔しさと、彼女が自分を切り捨てようとしている恐怖が混ざり合い、叫びとなって溢れ出す。


「……そう。なら、今すぐ私が殺してあげるわ。その方が後腐れなくていいものね」


 彼女の瞳に、見たこともないほど鋭い殺気が宿った。


 言葉が終わるより早く、彼女が踏み込んでくる。


 魔力を脚に、そして拳に――修行で何度も見た、あの無駄のない神速の踏み込み。


「――ッ!!」


 咄嗟に魔力を腕に集め、十字に組んでガードした。


 直後、凄まじい衝撃が全身を突き抜ける。


「がはっ……!?」


 ガードごと吹き飛ばされた。背中が木に激突し、肺の空気がすべて強制的に吐き出される。


そのまま地面に崩れ落ち、視界が火花を散らした。


「ふーん、ガードできたのね。でも、次は防がせない。……さっさと消えなさいよ。それとも、私の手であの人と同じように胸を貫かれたいわけ?」


 立ち上がろうとした瞬間、細い指が鉄の枷のように俺の頭を掴んだ。


 容赦ない追撃が始まる。


「がっ……、ふ、待て……!」


 必死に魔力を固めて防御を試みるが、零の攻撃はそれすらも予測しているかのように、防御の薄い箇所を的確に突いてくる。


 鳩尾への膝蹴り、顔面への鋭い掌打、そして強烈な回し蹴り。


体は木の幹に叩きつけられ、何度も地面を転がった。


「何よ、その目は! 伯爵の時と同じね……甘ったれた、誰かを救えると思い込んでる無垢な目! 反吐が出るわ!」


 零が馬乗りになり、俺の顔の横に拳を叩き込んだ。


 地面が陥没し、土煙が舞う。


 荒い呼吸を繰り返す彼女の瞳には、殺意と、それ以上に激しい絶望が渦巻いていた。


「私はとっくに壊れてるの! 人を殺し、嘘を重ね、女神への復讐のためだけに生きてる! あんたみたいな光の中にいる奴が隣にいたら迷惑なのよ!」


 振り下ろされた拳がガードを突き破り、胸元に深く沈んだ。


「……ゴホッ……、……それでも……っ」


 溢れ出る血を吐き捨てながら、俺は彼女の細い手首を掴んだ。


意識が飛びそうなほど殴られても、その力だけは緩めない。


「……それでも、俺は……あんたを一人には……させない……っ。あんたが……自分を汚すたびに……、俺も……その隣で……、泥を被ってやる……!」


「……っ! 黙れ、黙れ黙れ黙れ!!」


 狂ったように拳を振り下ろす。


 だが、その拳は激しく震えていた。


 やがて零は、ぴくりとも動かなくなった俺を見下ろし、荒い息を整えた。


 赤く腫れた彼女の拳は、俺を殴るたびに彼女自身の心も削り取ってしまったかのようだった。


「……さよなら。今度会うときは、本当に敵よ」

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