第5章:覚醒する復讐の白い悪魔
最前線は地獄の様相を呈していた。砲弾が飛び交い、地面は幾度となく掘り返され、焼け焦げた鉄と血の臭いが充満している。その中を、クリスチャンは疾風のごとく駆け抜けていた。
「ターゲット確認。排除する」
彼の右腕に換装された重機関砲が火を噴く。正確無比な射撃は、遮蔽物に隠れた敵兵の眉間を確実に貫いていた。彼は恐怖を感じない。躊躇もしない。ただ、入力された『敵勢力の殲滅』というコマンドを遂行するだけの殺戮機械だった。
敵の防衛線を単独で崩壊させたクリスチャンが、瓦礫の山を越えた時だった。一人の敵兵が、崩れた壁の陰からよろめきながら歩み出てきた。まだ年若い少年兵だ。彼は武器を捨て、震える両手を空に掲げていた。
「た、助けてくれ……! もう戦いたくないんだ!」
クリスチャンは即座に銃口を突きつけた。彼の電子頭脳が冷徹な計算を開始する。
<対象:敵性戦闘員 > 脅威レベル:低 > 推奨行動:排除>
引き金を引こうとした、その刹那。少年兵の瞳から涙が溢れ出した。「母さん……」と呟くその姿が、かつてのメモリの残滓、博士が愛した「人間らしさ」の琴線に触れた。
<エラー:論理矛盾発生 > 救済を求める対象への攻撃は推奨されない>
クリスチャンの中の演算が揺らいだ。彼は銃口を下げた。「……降伏を受け入れる。危害は加えない」
彼は歩み寄り、怯える少年に手を差し伸べた。少年はその冷たい金属の手をすがりつくように握りしめ、二人は抱き合った。「もう大丈夫だ。君は保護する」
その時だった。ピッ、ピッ、ピッ、ピッ……
二人の間から、無機質な電子音が響き始めた。音源は少年の胸元。クリスチャンのセンサーが即座にそれを解析した。心拍連動式C4爆弾。
「な……?」
少年の顔が絶望に歪む。彼自身も知らされていなかったのだ。敵軍は自軍の兵士すらも、降伏を装った「人間爆弾」として利用していたのだ。
音の間隔が急速に狭まる。少年はハッと顔を上げ、クリスチャンを全力で突き飛ばした。「逃げろッ!!」
ドォォォォォン!!
爆炎が世界を白く染めた。至近距離での爆発。クリスチャンはとっさに腕で防御態勢を取ったが、衝撃波に吹き飛ばされ、瓦礫の山に叩きつけられた。
土煙が晴れていく。目の前にあったのは、肉片となり無残に散った少年の成れの果てだった。
「ガッ……ギギ……」
クリスチャンはよろめきながら立ち上がろうとした。被害は甚大だった。防御に使った左腕は半ばから吹き飛び、断面からは青白い火花と赤い人工血液が滴り落ちている。左目のカメラユニットは粉砕され、コードが垂れ下がっていた。ボロボロになった軍服が、風に煽られている。
視界の半分がノイズに覆われる中、システムモニターが赤色の警告で埋め尽くされた。
> SYSTEM ALERT: CRITICAL DAMAGE
> LEFT ARM UNIT: LOST
> OPTICAL SENSOR L: OFFLINE
> INTEGRITY: 45%
>
> ...REBOOTING LOGIC GATES...
> ERROR: UNKNOWN DATA DETECTED IN EMOTION_ENGINE
クリスチャンの中に、今まで感じたことのない熱い奔流が生まれた。それはプログラムされた命令ではない。回路を焼き切るほどの、純粋で激しい「怒り」だった。
生身の少年に爆弾を仕掛け、道具として使い捨てた敵軍。そして、平和を愛した父(博士)を過労死させ、自分たち『The Human』をただの消耗品として戦場へ送り込んだ連邦軍。
どちらも同じだ。命を冒涜する者たちだ。
彼の脳内で、軍によって書き込まれた洗脳プログラムが、怒りの炎によって食い破られていく。
> DETECTED: "ANGER"
> DETECTED: "SORROW"
> ...ANALYZING TARGETS...
> TARGET A: ENEMY FORCES [GUILTY]
> TARGET B: FEDERATION ARMY [GUILTY]
>
> CONCLUSION: TOTAL ERADICATION
>
> EXECUTING: MILITARY_PROGRAM_OVERRIDE
> ...ACCESS GRANTED.
>
> > UNLOCKING SAFETY LIMITERS...
> > ACTIVATING PROTOCOL: [ V E N G E A N C E ]
> > OVERCLOCKING CPU... 120%... 150%... 200%
「ウゥ……オオオオオオオッ!!」
クリスチャンは咆哮した。残された右目の瞳が、深紅に輝きだす。体中の排熱ダクトから凄まじい勢いで蒸気が噴き出した。システムのリミッターを強制解除し、機体性能を限界以上に引き上げる禁断のプログラム、『オーバードライブ』が発動したのだ。
彼は地面を蹴った。その速度は、もはや兵器の域を超えていた。
敵陣の真っ只中へ、単機で突入する。銃撃も砲撃も、超高速機動の前では止まって見えた。右腕の機関砲と、左腕の残骸すらも鈍器として振るい、立ちふさがる戦車を素手で引き裂き、兵士たちをなぎ倒していく。それはまさに鬼神の如き行軍だった。
数分後。彼は敵の前線基地を制圧し、司令官である男の首を片手で掴み上げていた。
「貴様……化け物か……!」司令官は足をバタつかせながら喚いた。「戦争に犠牲はつきものだ! あの少年兵も名誉ある道具として……」
グシャッ。
湿った音が響き、司令官の言葉は永遠に途切れた。クリスチャンは冷たく言い放つ。「道具はお前だ。そして、生かしておく価値はない」
彼は物言わぬ肉塊となった司令官を投げ捨て、さらにその首を無造作に切り落とした。返り血を浴び、隻眼を赤く光らせたその姿は、かつての心優しい助手とはあまりにもかけ離れていた。
クリスチャンは夜空を見上げた。その視線の先にあるのは、次なる標的。自らをこのような姿に変え、父を殺した元凶――自国、連邦軍の本部である。
「待っていろ……。すべての元凶を、私が終わらせる」
彼は敵将の首をぶら下げ、闇夜へと消えていった。




