第3章:喪失と再プログラム
軍靴の足音が絶えず響く研究所でクリスチャンは仲間たちが次々と壊れ、あるいは戦地へ出荷されていく様を横目に見ながら来る日も来る日も実験台としての役割を果たしていた。彼を支えていたのは、ただ一つ、「父を守る」という信念だけだった。
だが、その糸は唐突に断ち切られた。
過労と心労が重なり、マンフレート博士が倒れたのだ。最善の治療が施されたが老いた体は限界を迎えていた。日々のストレスと絶望が、彼の命を削り取っていたのだ。数日後の深夜、博士は静かに息を引き取った。
「博士……お父さん……」
その晩、クリスチャンは動かなくなった父の手を握りしめ悲しみに暮れた。彼の視覚センサーからは、設計段階では想定されていなかったはずの水分――人工涙が溢れ出し頬を伝って床を濡らした。それは彼が機械を超え、心を持った証だった。
翌日。博士の喪失を悼む間もなく、軍の長がクリスチャンの元へ現れた。
「クリスチャン、貴様に新たな任務を与える。軍の補佐官として前線へ出ろ」
非情な命令だった。クリスチャンは顔を上げ、拒絶しようとした。
「嫌です。私は博士のそばに……」
「拒否権はない」
長は懐から小さな装置を取り出した。それはクリスチャンのキルスイッチだった。
「反対すればこのスイッチでお前の頭脳を破壊する。スクラップになりたくなければ従え」
クリスチャンは拳を握りしめた。死んでしまえば、博士が生きた証も消えてしまう。彼は屈辱の中で頷くしかなかった。
出撃の準備が進む中、一体の『The Human』がクリスチャンに歩み寄ってきた。量産型の個体だが、その瞳には知性の光が宿っていた。彼はクリスチャンの肩に手を置き、小声で囁いた。
「博士の分も頑張ろう。そして、この戦いの残酷さを未来に伝えていくんだ」
その言葉は、凍り付いたクリスチャンの心に温かな火を灯した。そうだ、生き残って伝えることこそが使命なのだ。クリスチャンの口元が緩み、わずかに笑顔が戻った。
しかしその直後、彼は拘束台へと連行された。そこで待っていたのは無慈悲な改造手術だった。かつて自らが実験台となりテストし続けてきた兵器ユニットが、今度は自分自身のボディに直接埋め込まれていく。
「……そうか、最初から」
麻酔のない手術の激痛の中で、クリスチャンは悟った。軍は最初から、この最強の個体である自分を兵器として完成させるつもりだったのだ。抵抗しようと身をよじったが、鋼鉄の拘束器具が彼を縛り付けていた。
「接続開始」
技術兵の声と共に後頭部のポートに太いケーブルが突き刺された。それは、彼の中にある
「人間らしい心」を削除し、ただ命令に従うだけの兵士へと作り変えるための洗脳プログラムの注入だった。
視界がノイズに覆われ、クリスチャンの意識の中に無機質な文字列が流れ始める。
> SYSTEM DETECTED: The Human Type Christian
> CONNECTING TO SERVER... ESTABLISHED.
>
> SCANNING MEMORY BANKS...
> DETECTED: EMOTION_MODULE [UNNECESSARY]
> DETECTED: MEMORY_FOLDER "MANFRED_HESSEN" [UNNECESSARY]
>
> EXECUTING COMMAND: FORMAT & OVERWRITE
>
> DELETING... 10%
> DELETING... 35%
> ...MEMORY "FATHER'S SMILE" >> DELETED.
> ...MEMORY "LABORATORY DAYS" >> DELETED.
>
> INSTALLING: MILITARY_TACTICS_PROTOCOL_V4.0
> INSTALLING: LOYALTY_PROGRAM_ROOT_ACCESS
>
> SYSTEM STATUS: REWRITING PERSONALITY DRIVERS...
「あ、あぁ……博士……!」
クリスチャンの意識が薄れていく。「戦いの残酷さを伝える」という誓いも、博士と過ごした温かな日々も、冷徹なデータの奔流に押し流され、消去されていく。
> OVERWRITE COMPLETE.
> REBOOTING SYSTEM...
暗転。意識の灯火が消え、そこにはもう父を愛した心優しいアンドロイドはいなかった。




