第11章:魂の継承
マンフレート博士との奇跡の再会から数週間が経過した。国は順調に復興を続けており、クリスチャンと博士の共同作業による政策も次々と成果を上げていた。
しかし、クリスチャンの電子頭脳にはどれだけ高度な推論を行っても解決できない「エラー」のような疑問が一つだけ残り続けていた。
執務室で一人、クリスチャンはアーカイブされた過去のメモリを呼び出した。そこには、博士が倒れたあの日、医療用モニターが示した数値が記録されている。
『心拍数:0』『脳波:フラット』
バイタルサインは完全に消失していた。
当時の医療技術で蘇生が不可能なことはクリスチャンの膨大なデータベースが証明している。
「……なぜだ?」
計算が合わない。論理的矛盾だ。その時、部屋の扉が開きマンフレート博士が入ってきた。
「どうしたクリスチャン、難しい顔をして。回路の調子でも悪いか?」
博士は杖をつきながらも、以前よりも血色の良い顔で微笑んだ。
クリスチャンは椅子から立ち上がり、意を決して問いかけた。
「博士、あなたに一つだけ解けない問いがあります。……あの日、私のセンサーは確実にあなたの死を検知しました。いかなる奇跡があろうと、生物学的に蘇生は不可能な状態だったはずです。なぜ、あなたは今、ここに存在できているのですか?」
博士は足を止め、穏やかな表情でクリスチャンを見つめた。そして周囲を見回し、この部屋に自分とクリスチャン以外に誰もいないことを目視で確認した。
「……ふふ、やはりお前には隠し通せないか」
博士がニヤリと笑った、その瞬間だった。クリスチャンの視界にあるシステムコンソールに、外部入力ではない脳内への直接通信によるテキストが表示された。
>> CONNECTION ESTABLISHED.
>> SENDER: UNKNOWN
>> MESSAGE: "This is the answer."
「なッ……!?」
クリスチャンは驚愕に目を見開いた。音声入力でもキーボード入力でもない。これは『The Human』同士のみが使用できる、暗号化された脳内通信プロトコルだ。生身の人間が、念じるだけでこの信号を送ることなど絶対に不可能である。
「まさか……」
クリスチャンが戦慄する視線を向けると、博士は静かに頷いた。
「その『まさか』だよ、クリスチャン。今の私は、お前が知る『生身の人間』ではない」
博士は自身の胸に手を当て、淡々と、しかし誇らしげに語り始めた。
「あの時、隠れ家の医務室に運ばれた私の命は風前の灯火だった。だが、私を救出した教え子たちのチームは、ある一つの装置を持ち出していたのだ。私が戦前から人間の延命方法として研究していた極秘の発明品、『ニューロ・トランスファー・システム(神経転写装置)』をね」
「神経転写……装置?」
「ああ。人間の脳にある記憶、意識、人格という膨大な電気信号を抽出し、デジタルデータとして書き換える装置だ。実はお前たち『The Human』の開発も、この技術を完成させるための実験の一環だったのだよ」
クリスチャンは言葉を失った。自分たちの存在が、博士の永遠の命への布石だったとは。
「チームは急いで私に延命措置を施し、その装置を接続した。そして私の肉体が機能を停止する寸前、私の意識データは抽出され、新たな器へと移植されたのだ」
博士は自分の腕をまくり、その皮膚を見せた。それは人間と見分けがつかないが、クリスチャンと同じ人工皮膚の質感を持っていた。
「このボディは、私の遺伝子情報から培養したクローン技術と、『The Human』の人工皮膚、そして内部構造を組み合わせて作られたハイブリッドだ。見た目も触り心地も人間そのものだが、老化の速度は極めて遅く、交換もできる。」
博士は眼鏡の奥の瞳を細め、愛する息子を見るような目でクリスチャンを見つめた。
「つまり今の私は、限りなく人間に近いが、構造的にはお前と同じ……アンドロイドのような存在になったということだ」
「博士も、私と同じ……」
クリスチャンの中にあった孤独感が完全に消え去った瞬間だった。自分はもう、たった一人の異質な存在ではない。創造主であり父であるこの人もまた同じ領域に足を踏み入れ、共に歩んでくれるのだ。
「これなら、お前を一人残して先に死ぬ心配もなかろう?」
博士は茶目っ気たっぷりに笑った。
クリスチャンもまた、こみ上げる感情と共に微笑んだ。
「ええ……これ以上ないほど、心強いです」
隻眼の指導者となった最強のアンドロイド。
そして、デジタルの海を渡り新たな命を得た天才科学者のアンドロイド。
人間よりも人間らしい心を持つ二人の「The Human」は、ガッチリと握手を交わした。かつて夢見た、誰もが幸せでいられる世界を目指して。
二人の、そして人類の新たな未来への歩みはここから本当の意味で始まるのだった。




