第10章:父と子、そして新たな未来へ
クリスチャンが国の指導者となってから、さらに季節が巡った。彼の献身的な指揮のもと国は驚異的な速度で復興を遂げていた。瓦礫の山だった場所には新しい住宅が並び、かつて悲鳴が響いていた通りには子供たちの笑い声が戻っていた。
執務室の窓からその光景を眺めるのが、クリスチャンにとって唯一の安らぎの時間だった。そんなある日、慌ただしいノックの音と共に側近が部屋に入ってきた。
「閣下、面会を希望されている方がいます」
「面会? 今日のスケジュールにはなかったはずだが」
「はあ……それが、どうしても閣下に会わねばならないと。追い返そうとしたのですが、閣下の『父』を知る者だと言っておりまして」
クリスチャンは眉をひそめた。暗殺の可能性も否定できない。彼は隻眼を鋭く光らせ、警戒しながらも頷いた。
「……わかった。ここへ通せ」
しばらくして重厚な扉がゆっくりと開かれた。入ってきたのは、杖をついた一人の老人だった。白髪は薄くなり、足取りも覚束ない。だが、その鼻に乗った眼鏡と蓄えられた長いひげ。そして何よりクリスチャンを見つめる慈愛に満ちた瞳は、彼の記憶データに深く刻まれているものと完全に一致した。
クリスチャンは息を呑み、椅子から立ち上がった。
「まさか……」
老人は懐かしそうに目を細めて微笑んだ。
「驚いているな。無理もない」
そこに立っていたのは、死んだはずのマンフレート・クリスチャン・ヘッセン博士だった。
「博士……! なぜ、生きて……?」
クリスチャンは机を回り込み、老人へと歩み寄った。信じられないという表情で震える手を伸ばす。
「あの日、私は確かに死の淵にいた」
博士は静かに語り始めた。
「過労と心労で倒れた私は、軍によって『死亡』と判断された。奴らにとって、兵器開発を拒む老いぼれは邪魔でしかなかったからな。私は遺体として廃棄処分されるところだったのだ」
博士は遠い目をして続けた。
「だが、軍の医療班の中に、かつて私の講義を受けていた学生がいたのだ。彼は仮死状態だった私を密かに連れ出し、人目を避けた隠れ家で必死に治療してくれた。私が意識を取り戻した時には、お前はすでに前線へ送られ、あのような姿に変えられてしまっていた……」
博士の声が悔恨に震えた。
「すまなかった、クリスチャン。すぐにお前を助けに行きたかった。だが、老いた私の体は動かず、軍の監視も厳しかった。お前が苦しみ、戦っている姿を、ただ隠れて見ていることしかできなかったのだ……!」
博士の目から涙が溢れ出した。
「私を許してくれ。お父さんらしいことを、何一つしてやれなくて……」
クリスチャンの視界が潤んだ。人工涙が、閉ざされた左目の頬をも伝って流れ落ちる。彼は膝をつき、小さくなった父の体を優しく抱きしめた。
「謝らないでください……博士。生きていてくれた、それだけで十分です」
「クリスチャン……」
「あなたが生み出してくれたこの命(心)があったから、私は戻ってくることができました。あなたは間違いなく、私の父です」
長い時を経て二人はようやく再会を果たした。親と子、創造主と被造物という垣根を超え二つの魂が互いの温もりを確かめ合った。
しばらくして、落ち着きを取り戻した博士は涙を拭ってクリスチャンの顔をまじまじと見つめた。
「立派になったな。まさか、お前がこの国を導くリーダーになるとは」
「私一人では力が足りません。まだ解決すべき問題は山積みです」
クリスチャンが苦笑すると、博士は悪戯っぽい笑みを浮かべた。かつてラボで見せていた、あの快活な表情だ。
「ならば、優秀な助手が一人必要ではないか?」
「え?」
博士は背筋を伸ばし、クリスチャンに向かって言った。
「私は科学者だ。復興のための技術、インフラ整備、いくらでも知恵を貸せるぞ。……これからは、私が『クリスチャン総統』のアシスタントとして働かせてもらおう」
かつてはクリスチャンが博士のアシスタントだった。しかしこれからは、博士がクリスチャンを支える番だ。
「……はい! お願いします、博士!」
クリスチャンは満面の笑みで答えた。机の上に飾られた二人の写真の中で、過去の彼らが微笑んでいる。そして今、その写真よりもさらに深い絆で結ばれた二人が、未来へと歩き出そうとしていた。




