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第7話 豊穣祭


 二人の出会いから三ヵ月。

 太陽の熱に追い立てられるように、金龍の都の時間は瞬く間に過ぎていく。

 夏の時間は忙しく過ぎ、気が付けば秋の香りが風に混ざっていた。


 その間、ヒデは妻とともに仕事に追われる日々を過ごしていた。

 さて、英雄の仕事と言えば、蛮族や悪魔をその剣で屠るイメージが浮かぶかもしれない。それは間違いではない、いざ有事となれば彼は迷うことなく剣を抜き、人々の前に立つだろう。

 だが、平時となれば状況は違う。

 何も起きない間は、ずっと眠っていればいいかと言われれば、それは違う。

 ヒデは仮にも領主の息子である。彼に通さなければならない話は多い。

 そしてなにより、『英雄』としてとして振る舞う必要がある。


 その舞台の当日――

 夏から秋の変わり目。各地から寄せられる大地の恵みに感謝をする豊穣祭の日。


◆◆◆


 澄み渡る秋空の下、人々が祭りの準備で忙しなく行きかう。

 皆、祭りの準備で大忙しなのだ。

 もちろん、その中には英雄とその妻もいた。


「これじゃあ、見世物だよ」


 市場の真ん中、普段は大道芸人たちが芸を披露する広場。その端に建てられたテントの中で、英雄はぼやいていた。

 普段とは違う、豪奢な服。自分の意志と言うよりは、周囲の人間に着せ替え人形のように着飾れた自分。


「その通りですよ。見世物になるためにここに居るのですから」


 ウィンズはさらりと言うと、すぐに歩いて行ってしまう。次の職人の応対に当たると言うのだ。


 ――英雄とは旗印だ。


 いつか旅をしていた時、仲間に言われた言葉だ。自分の手に聖剣があり、自分が英雄であるのならそれを道標として人々が集まってくる。

 戦の時はそれが戦場を貫く刃となり、平時であれば人が集う都となる。

 象徴になって欲しい。それは、ウィンズからもロウマンからも口を酸っぱくして言われていたのだから。


◆◆◆


 太陽が真南に昇る頃、領主の館から空砲の音が聞こえてくる。祭りの始まりを告げる、龍の咆哮だ。


「さあ、開幕の挨拶をお願いしますね」


 ウィンズに促されて、英雄は舞台に上がる。祭りのために用意された広場の高台。人々の視線が一斉に集まってくる。

 英雄の口から告げられるのは、祭りのはじまりの合図。

 そう短い言葉ではない。けれど、それを言うだけで英雄の頭は真っ白になったと言う。

 だが、それは謙遜であることは間違いない。


 彼が言った言葉は、今でも確かに残っているのだから。


「皆さん、お久しぶりです」


 その言葉に、祭りの騒がしさは静まり返る。


「知っての通り、僕は異世界からこの地へやって来て数年。住んでいる時間を考えれば、この街にとって新参者でしょう。それでも、この地に吹き抜ける風を肌で感じた時、心が穏やかになります……」


 その言葉の裏に、誰かとの思いであった。

 失った人と歩いた街の景色。日々変わっていくけれど、土地に沁みついた思い出は変わらない。


「だから、感謝をします。この街を愛し、風を守ってくれる皆様に……僕のような異邦人であっても、迎え入れてくれてくれるこの街の空気に!」


 聴衆が、静かに拍手をする。

 挨拶が終わり、舞台から降りた時に見たウィンズの顔は満ち足りたものだったそうだ。


 さて、英雄が舞台から降りて変装用の普段着に着替えると、その妻も落ち着いた格好で戻ってきた。

 祭りの進行も一段落し、もう自分が席を外しても大丈夫な段階になったのだ。


「なら、一緒に祭りを回らないか?」

「え、それは……その……今の私の装いでは、英雄の妻として恥ずかしいのではないかと」


 ここ数日、ウィンズは祭りの準備や英雄の補佐で大分仕事を詰め込んでいた。

 容姿は十二分に美しいのだが、化粧は普段よりも薄いし、令嬢と言うには地味な服装をしている。


「いいよ。それに、変装していくようなものなんだから」

「……ふふ、それもそうですね」


 天幕の外には人々の声。祭りを楽しむ人々の賑わい。

 二人、その中へ歩いていく。


◆◆◆ 


 街を歩く中、英雄は一つ違和感を覚えた。

 ウィンズが普段よりも距離を開けているのだ。


「なんだか、普段よりも距離がない?」

「……その……顔が赤いのです。それが恥ずかしくて」


 よく見ると、ウィンズの頬が赤く染まっていた。


「それじゃあダメだよ。はぐれたら大変だよ」 


 ヒデから差し出された手を見つめて、ウィンズは立ち止る。

 けれど、頬を緩ませるとその手を取った。


「しかし、いったいどうしたんだい? もしかして、熱でもあるのか」

「違います! その……実は見惚れていました。壇上で演説をするアナタは、間違いなく英雄でした。それが眩しくて、童女のように感情を顔にだしてしまった……」


 今度は、ヒデが笑う番であった。


「はは、それは嬉しいね」

「本当に、あの日と同じ、人々の希望を集める輝かしい姿をしていました」

「あの日?」


 問いかけると、妻は気恥ずかしそうに語り始める。


「ここより南西の貿易都市バグダード。ヒデ様はそこで魔物を討伐したことがありますよね」

「ああ、あの時は海から這い上がってきた魚獣を退治した時に行ったね。仲間たちが居なければ街に被害が出ていた、辛い戦いだった」


 英雄はいつかの戦場を思い出す。共にかけた仲間たちと一緒に街を走り抜けて戦い抜いた日々の感触は、まだ手の中にある。


「私も、その場所に居たのです。だから、知っています。英雄の輝かしい姿を」

「そっか……」


 今度は英雄が気恥ずかしくなってしまい、黙ってしまう。

 そのまま、二人で街並みを往く。

 行きかう人々。綺麗に磨かれた石畳。金龍の湾から流れ込む風。その全てを身に受けながら、妻は言う。


「よい、街ですよね」


 景観が美しい。街の善さを語る尺度は様々にあるだろう。

 ただ、歴史書において金龍の都について語る際、ある一つの評価が必ず付く。

 ――あらゆる人と物、そして文化が交じり合い、共に歩いていく街――

 その日、英雄の瞳に映った街並みはどんなものだったのだろう。

 様々な人々が行き交い、共に祭りを祝う。その空間は――街は、間違いなく美しいものだったろう。


「うん」

「姉様が愛した街……ですから」


 英雄の脚が止まった。

 手を繋ぐ妻の顔を見てしまう。


「君は……」

「ええ、姉様は私にとっても大切な人でしたから」


 言葉を繋ぐより先に、問いかけたいことを答えた。

 普段とは違う、柔らかな言葉遣い。そこには親愛の情がある。


「ヒデ様は、この街を愛していますか?」

「もちろん」

「私もです。ここは姉様が生涯をかけて愛した街と……愛した人が居ます。私は英雄のように剣をとって戦うことはできません。せいぜい、少しだけ学がある程度。それでも、自分に出来ることをしたいのです」


 英雄の手が握り返される。

 妻の手は小さくて、女性の力は弱い……けれど、しっかりと繋がっていた。


「いつか、姉様に言われたのです。この街は誰も拒まない。私も受け入れられている、と」


 英雄は繋いだ手に僅かに力を籠める。

 壊れないように。だけれども、伝わるように。


「少しずつだけど、頑張ろうと思う。君とのことも、前の妻とのことも……この世界で生きていくために頑張りたい。英雄としての政も……その、この地を治めるために血を絶やさないことも」

「それならば、今夜こそ夜伽を許してくれますよね」

「いや、それはちょっと」


 さて、冒頭のやり取りはこの後に行われたとか。


◆◆◆

ここまでお付き合いありがとうございます。

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