第6話 金龍の都
父と息子。血は繋がらないが、確かに親子としての契りを結んだ二人。
一年ぶりの対話は、たった一人で異世界に取り残された――そう勘違いしていた少年の心を、前に向かせた。
「また、来ますね」
「ああ、いつでも待っているぞ」
再開の約束をして長い話は終わった。
入って来たよりも軽くドアを開けると、ウィンズが待っていた。
「終わりましたか?」
問いかけはそれだけだった。どこかそっけない、事務的な確認――と、昨日までのヒデであれば受け取っていただろう。
ただ、彼女は余計なことを言わないだけだ。言葉数こそ少ないが、情が無い訳ではない。
なぜなら、彼女が自分を待っていたと、気づいてからだ。
「うん」
脱いでいた変装用のマントを受け取ると、お礼をする。そして、一つ提案を持ち掛ける。
「そうだ。すぐに返るのも勿体ない。せっかくだから、少し街を見て回ろう」
「いいのですか?」
また、目を丸くして驚く。
困惑と喜び。瞳には、確かに感情が浮かんでいる。
「いいんだ」
突然現れた妻。だが、それは悪意からもたらされたものではなく、貴族としての義父の計らいによるものだ。
自分の都合ばかりを優先していた英雄は、自らの狭量さを恥ずかしく思う。
そして、ならば歩む寄る努力をしようと決めたのだった。
◆◆◆
さて、二人が済む街――金龍の都について説明をしよう。
ここは二つの海と二つの陸が交差する街。
西の藍の海、東の黒の海が交わる金龍の海峡を挟んだ街。北の大地は森の民のもの。南の大地は草原の民のもの。
様々な物と人が集まるこの場所では、大昔には争いが絶えなかった。それを見かねた金龍は粛清の咆哮をもって民を調停すると、その身を海峡越えるための橋とし、角を聖剣とした。
以来、ここは文明の交差点となり、金龍を信仰する人々が集まっている。
英雄、ヒデはその金龍が異世界から呼び寄せた勇者。草原からやって来た侵略者を倒すために聖剣を携え、この地に安寧をもたらしたもの。
そして、彼の最初の妻は、この地を納める領主の娘であった。
彼女は愛した。異世界から舞い降りた英雄と、自分自身を育んだ海辺の町を。
この世界に留まると告げたのは、英雄であると先に語った。
その後、住むべき土地としてこの街を選ぶとき、彼女はこう告げたと言う。
『私が愛したこの街を、あなたも守ってくれませんか?
戦いが終わった後も、私と共にこの街で生きてくれませんか?』
彼女と未来を約束した日から、状況はだいぶ変わっていた。
けれど、石畳の広がる街並みは穏やかな風が吹き抜け、草原の民と森の民は街を賑わわせていたと言う。
◆◆◆
さて、二人の話――英雄とその後妻の話に戻ろう。
街を歩く、と決めた者の、そこはまだ出会って間もない二人。
ぎこちなく距離を取りながらも石畳の道を抜ける。すると、幌仕立ての出店が立ち並ぶ市場が見えてくる。
ちょうど二人が足を踏み入れた時だった。諍いの怒号が市場に響き渡っていた。
困惑する人々の声と、拳がぶつかる音を聞いた時、英雄は風よりも早く駆けていた。
腰に聖剣はない。けれど、その場に在った木の棒を拾うと喧騒の中心に躍り出る。
激昂し、拳を振り上げる男。頬を殴られ、怒りに満ちた瞳でナイフを取り出した男。二人の間に割って入ると、ナイフを叩き落とし、拳を受け止めた。
「英雄殿!?」
観衆の一人が叫ぶと、一斉に歓声があがる。
皆も、英雄の輝かしい姿を待っていたのだ。
「ケンカの原因は?」
二人に話を聞くと、市場の場所取りで揉めたそうだ。他にも諸説あるが、まあ、つまらないケンカだそうだ。
軽く聞いただけでは、どちらに非があるかは分からない――と言うか、どちらにも非があるのだが、どう処理したものか決めあぐねていた。
「少々お待ちください」
そんな時、ウィンズが追いついた。
そうして、二人に詳しく事情を聴いていく。少しでもおかしな点があれば指摘し、嘘を見抜いていく。
話を整理していくうちに、ケンカをしていた二人も頭が冷えたようで大分落ち着いてきた。
「なるほど、了解しました。ならば、まずはギルドに参りましょう。見たところ、品は確かなようです。災厄の王が討伐されて日も浅い、街は人と物を求めています。確かな人材であるならば受け入れてもらえるでしょう」
そうして、一時の争いなどなかったかのように市場は平静を取り戻した。
事を納めて市場を立ち去る際、ヒデはウィンズを見て改めて言う。
「……君は、よく気が回るね」
義父が自分を支えるために連れて来ただけあると。
「これくらい、貴族として当然のことです。名を背負う一族であり権威を持っているのならば毅然と事に当たるべきです」
平然と言うけれど、声色は嬉しさを隠しきれていない。
「それに。ヒデ様も、将来的にはそうなってもらいませんと」
「はは、そうだね」
そう、自分の至らなさを思い知る日だった。
「それでも、今日の裁きはお見事でした」
「僕は、何もしていないよ」
「争いがあった時に真っ先に駆けつけて二人を引き離しましたね。それでいいのです。そうやって体が動く人はそうそう居ません。あなたは、英雄なのです。誰が何と言おうと」
英雄――何度となく呼ばれてきたその名ではあるけれど、改めて言われて照れくさくなる。
なにより、この女性にそう呼ばれることが嬉しかった。
「だから、次のお仕事も期待していますよ」
相変わらず、どこか事務的で硬い言葉。
だけど、それが情の薄さからくるものでないことは、英雄にももう理解が出来た。
初夏の日差しに照らされる横顔は穏やかな微笑を浮かべている。それを見て、英雄は自分の心が穏やかになっていくことを感じた。




