第10話 冬
最後に、この話を添えよう。
冬が訪れた頃、異変が起こった。
黒く、分厚い雲が北から流れてくるようになったのだ。
瞬く間に世界が寒くなった。秋風は木枯らしに変わり、霜が降りる。
英雄は、何かを察したように空を鋭い瞳で睨みつける。
そして、ロウマンより通達があった。
――北の大地に、冬の悪魔が出現した。
気象にまで影響を与える程強い魔物が出現した。直ちに討伐隊が組織され、その代表としてヒデが選ばれた。
人々の前に立って戦うことも、英雄の責務なのだ。それは、本人も妻もよく理解していた。
妻を置いて戦地に旅立つこと。
夫を戦地に送り出すこと。その葛藤はいかほどのものなのだろう。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「お待ちしております」
けれど、二人にも義務は理解できる。あったのは、ただ、その言葉だけだった。
秋が終わって間もないと言うのに、空からは重たい雪が落ちてきた。
◆◆◆
妻に見送られて北の大地へと英雄たちは進む。
だが、敵は魔物だけではない、冬の寒さそのものが大きな障害として立ちふさがる。
積雪は道を埋め、行軍するだけでも大きな負担となる。
普通であれば春を待つものだが、今回は寒気を生み出す魔物を討伐しないことには春が訪れる前に人々は凍り付いてしまう。
やがて、吹雪が世界を覆った。進むことも退くことも出来なくなった。
食料は日に日に減っていき、餓死者が出るのも時間の問題だった。
これ以上は耐えられない。玉砕覚悟で進軍するしかない――
――そんな時、雪をかき分けて光が届いた。
いつか聞いた、街そのものを揺るがす声が聞こえて来たのだ。
「やあ、待たせたね」
「おう!! 俺たちが来たら百人力だ!!」
英雄の二人の仲間が、荷馬車を引き連れて現れたのだ。
「どうして……」
疑問を口にしつつも、表情には安堵が浮かんでいる。
「なあに、キミの奥さんに頼まれたのさ」
得意気に答える賢者。テキパキと荷下ろしの指示をする戦士。彼らを呼び出したのは、妻であった。
聞けば、二人はウィンズに呼び出されたそうだ。
――いつか絶対に必要になる――
秋の邂逅の際、ウィンズは都の魔法使いやギルドに頼み込んで、いつでも彼らと連絡を取れるようにしたと言う。
その予感は的中した。
突如呼び出された二人は、雪原用の装備と補給物資を届けてほしいと言われたのだ。
まさに、天からの助けだった。
そして、助けはそれだけではなかった。
「これは?」
「君の奥さんからの預かりモノだ。補給物資とは別に持ってきたんだ、と」
「マフラー、か」
手渡されたのは、歪な手編みのマフラー。首に巻くと、力が湧いてくるようだった。
「よし!」
英雄の力強い号令が響き渡る。戦士がそれに続く。
その戦いが、無事に終わったことは言うまでもないだろう。
さて、この後に待っている英雄たちの激しい戦いの詳細は、別の物語に譲ろう。
これは英雄譚ではなく、英雄と妻のお話なのだから。
それに、語るまでもないだろう。この英雄が、そう簡単に負けるわけがないと。
◆◆◆
そう、戦いは一方的に終わった。
冬の悪魔は聖剣の前にあっけなく吹き飛ばされ、瀕死の重傷を負う。
だが、そこで終わりではなかった。
「英雄よ――聞いたぞ、お前は元は異世界の存在である、と」
英雄の眉が動く。悪魔はニヤリと笑うと、一つの提案をした。
「取引をしよう。ここで俺を見逃したのなら、元の世界へ返してやろう――」
返答は、剣の一閃であったと言う。




