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第1話 男と女


 男と、女が居た。

 一組の男女が居た。

 夜の闇に閉ざされた洋館の一室。一組の男女が寝台の上で向かいあっている。呼吸をすれば息が届く。手を伸ばせば触れられる距離にいる。


 窓から、月明かりが差し込む。

 青白い光に照らされて、二人の姿が夜の闇から浮かび上がってくる。


 女は生まれたままの姿であった。陽の下では銀色に輝く長い髪は、月明かりの下では蒼銀に揺らめいている。

 真白の肌は静かな色気を宿している。髪から甘い香りが漂っていた。


 今の彼女を前にしたのなら、並の男では情欲を抑えられないだろう。


 ――そう、普通なら。だがこの二人は普通の人間ではなく――


「脱いでください。下だけでもいいので脱いでください。

 大丈夫、世継ぎを産むのも私たち貴族の仕事なので、覚悟はできています」


 堂々とした女性の声。ここで身も心も捧げることを覚悟しきった言葉。

 だと言うのに、男は申し訳なさそうに俯いて、手を出さない。自制心があると見るか、意気地がないととるかは人によるが、彼には彼の事情がある。

 それは、心と立場。


「ともかく、英雄ともあろう人が目の前の女を抱かずにいるとはどういうことです」


 訳アリの男は、『英雄』なんて大仰な称号を背負っている。さらに言ってしまえば、女の方も別の訳ありなのだ。 


「――まったく、アナタには家長として――いえ、貴族としての自覚がないのでしょうか。

 世継ぎのいない家がどれほど脆いのか、何度も聞いているでしょう」


 女の言葉は、愛する男女と言うよりは、教師と生徒。大人が子供を叱るようにもの。ロマンチックと言うよりはどこか事務的。おおよそ男女の営みがある様子ではない。

 頭を垂れる男はひたすら小さくなっているだけ。繰り返すが、おおよそ男女が睦み会う状況ではない。


「お怒りはごもっともだ。でも、服を着てください」

「誤魔化さないでくださいませ。『異世界から来た』『普通の学生だった』『ゲンダイニホンではそんな考え方をしない』なんて言い訳は何度も聞きました」

「はい。すみません。ですが服を着てください。妻に風邪でもひかれたら義父に申し訳がたたないので」


 さて、この歪な二人。生まれも育ちも、それこそ住んでいた世界も違う二人。


「まったく。妻だと認めるのならそろそろ抱いてくださいませ。子をなすのも貴族の仕事なのですからね」


 けれど不思議なことに夫婦なのである。


 ――歴史は記す。詩人は語る――


 異世界より人々の願いに導かれてこの地に平穏をもたらした英雄『ヒデ』。

 彼の人生に寄り添い、影に日向に支え続けた二人目の妻『ウィンズ』。


 すべての魔を祓う英雄と、その英雄の帰るべき家と国を守り続けた才女。

 二人の間には恋を囁くような恋愛物語はなかったかもしない。けれど、大切に、共に、人生を支えあった男女。

 英雄が剣を振るうと言うのなら、妻は英雄が歩む道を整える。共に笑い、共に泣き、共に未来へと奉仕し続けた貴族の模範。二人の存在が無ければ大陸の繁栄は存在しなかったであろう――と。


 さあ、しばしお耳を拝借。語るこの口は三流の詩人であれど、語られるのは、長き時を経ても愛され、伝えられる物語。


 英雄と、英雄の後妻の物語。

 この物語を謳い終えられるよう、金龍の女神よ、我に力を与えたまえ。


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