余白
薄暗い廊下を私は歩く
古い日本家屋の黴びた匂いがする
私の片足の重みのリズムで床がキイキイと鳴る
突き当たりのドアノブを回すと
6畳ほどの部屋に出る
窓のないその部屋は
3面を天井までの本棚で埋め尽くされている
埃をかぶった沢山の本と
一際強い黴の匂い
私は郷愁と安堵を覚える
後ろ手にドアを閉め
私は導かれるように一冊の本を手に取り開く
ぼろぼろになった藍色の表紙の本
そっとページを捲り
私は立ったまま文章を目で追ってゆく
初めて読む物語であるはずなのに
私は確かにこの物語を知っている
一人の少女が大人の女性へと変貌してゆく
ありふれたストーリー
大きな転機も挫折も苦悩もなく
少女は僅かな絶望を常に抱えて生きてゆく
平凡すぎる程平凡な少女の日常と
それゆえに生み出される微かな澱み
文章を目で追い続けてゆくうちに
これは私自身の物語だと私は悟る
ありふれたどこにでも居るような人間の
傲慢とも言える心情の揺れ、変化
私は半ば混乱しながら
それでも文字を追う事を止める事ができない
やがて唐突にページは途切れる
文字が掠れ
次第に空白のページばかりとなる
物語のクライマックスに入ろうかというところで
藍色の本はきっぱりと落丁している
唐突に途切れた私の物語
私は鉛筆で
空白になっているページに
希望の物語を紡ぎ始める
藍色の本の中に閉じ込められた私の
希望の物語を紡ぎ出そうとする