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私のアイドル

そんな顔をしないでおくれ。血液とは、そんな美味いものではない。新鮮な血液が良いなどと、ティーン向けドラマや漫画で美丈夫……今風に言えば、イケメンのヴァンパイアが言っていると虫唾が走らないかい?ああ、君は特に心のない性分の人間だからどうでも良いってね。だろうよ。


そうだ、君は私のアイドルについて聞きたいんだってね。アイドル。良いと思うよアイドル。人間の良いところはないものをあると強弁して、仕舞いには現実化するところだ。


例えばね、思慮の足らぬものはよくこう言う。芸能界が用意した一人の生身の男女でしかないアイドルに恋したところでかなわない。無駄な行為だ。実に表面しか見ておらんと思わないかね?


人間の身体というものはね、感情と密接に関係している。例えば免疫は楽観的な者に味方するのだ。つまり、健康をもたらす。笑う門には福来る、よく言ったものだね。祈りが病気を治めることもある、信じるものは救われる。うさん臭い言葉だが、極稀には真実でもある。まあ、要するに、手が届かない存在だろうと、恋して身体能力を活性化することは悪いことではない。それは疫学的な意味では、偶像により無いものを現実化したとも言える。

時に、疫学的以上に現実化しようとするドン・キホーテも現れるがね。くくく。


前置きが長くなったね。

アイドルについて話そうか。ちなみに私は悲観的だ。楽観的になれるものたちは孤独ではない。そんなしがない私だが、近年、ある人間に憧れた事があった。


柵によりつまらなくなったが、私にとって駅のホームというのは、長い間、刺激的だった。なぜか?悪意に満ちているからだよ。私は、基本的に「押す」タイプの人間を観察するのが好きなんだ。駅のホームで何を押すかって?くだらないことを尋ねないでおくれ。人間の街では毎秒、もっと陰惨なことが行われているじゃないか。


話を戻そう。私は、ひとつ、それに関してのルールを課していてね。私の観察中に「押す」ことに成功した人間からは「吸う」ことにしているんだ。血液というのは不味い。不味いが定期的に吸わねばならない。ならば、低劣な人間から吸う方が良い。増長した低劣な人間の想像力は見ていて楽しいものではない。そして彼や彼女らは低劣だが、愚劣ではない。官憲には滅多に捕まらないのでね。まあ、代わりにゴミ掃除しているわけだ。


追うのは簡単だ。電車で隣に座ることも立つこともよくある。マンション、アパート、一軒家、飲み屋に路地裏、予備校の自習室、倉庫の中、事務所、高級住宅の二階……「吸う」シチュエーションは様々だね。老若男女、金持ちも貧乏人も権力者も禁治産者も居る。興味が続けば観察続行することもある。つまらない者ばかりであまりないことだが、ある若い男の観察を望まぬ形で続行した結果、その人間のことを深く知ることとなった。


その痩せた目立たぬ大学生は、サイコパスだった。私が惚れ惚れするほど「普通」に擬態していてね。あの手のは、一見、とても気弱で人が良さそうに見えるんだよ。しかし、小動物の虐待から「押す」ことから、他の存在を否定し、壊すことを楽しんでいたよ。心からね。半日もかからず彼の本性を見抜いた私は、彼のアパートの部屋で迷いなく「吸う」ことにした。


タイミングが悪かった。寝ている彼から「吸った」直後、同棲者が帰ってきた。我らから吸われると童貞処女以外はゾンビになるという笑い話があるが、実は半分ほどは正しい。生きた植物のようになり、ゆっくりと腐っていく。それをゾンビというのならそうだろうね。なので私は「吸う」とその後に、自然死を偽装することにしているが、珍しくその時は間に合わず、闇に溶け込み隠れた。


結論から言おう、彼女は二千七百十九日、腐っていく彼に寄り添い続けた。原因不明の腐食病と診断された彼の病室へ通い続けた。美談のように思えるだろう?サイコパスと付き合っていたのだから、彼が生きている時は、DVやグルーミング、言葉でのハラスメントと様々にあったようだ。それは彼女を観察し続け、言葉や記録物を調べあげた結果、間違いのないことだ。そこには彼からの愛はなかった。あったのは性欲と支配欲だけだね。よくある話さ。


それでも、彼女は彼を心底愛していた。狂っていると思わないかね?良い面しか心に残していないんだ。心底お人好しで、悪意の欠片も持たない完璧な善人。というより、良い面は「擬態」でしかない彼の良い部分など、どこにも存在しないのだよ。わかるかい?彼女は、自らの思い込みだけで、善人の彼という偶像、つまり「アイドル」を創り出して愛したんだ。くくく、いらぬ話だね。孤独というのはお喋りでいけない。


私は、彼女に心底憧れた。その陰のない愛に嫉妬すらした。ズルいとすら思った。欠片もないものを「愛」だと信じたんだ。彼女の中にしか存在しない一方的で誤認から生じている狂った愛、そしてそれは、現実に彼女の免疫系を強くも弱くもしている。芸能界から提供されるアイドルも、ここまで感情が偏ってはいないんだ。最低でもライフラインではあるファンのことが本気で嫌いなアイドルはそういない。楽屋裏ではそう言っていてもね。しかし、彼女の愛は、もはや他人にとって虚無と言い換えても良いものだった。そこには元々何もないんだ。延々と、永遠に無いものをあると思い込み、現実に作用させている。無から有を生む、実に羨ましい。私にはできぬことだ。


……まあ、いいよ。年若い人間に過ぎなかった君にはわかるまい。とにかく彼女こそ私のアイドルだ。それで、彼女はその後どうしたのかということだが、未だ、くだらぬ彼氏の墓を参っている。既に四十も近いというのにだ。私は近日中に彼女を「吸う」と思う。何故だって?私を憧れさせるほどの人間だ、きっと血の味も、いつものウンザリするものと違うと、思わないかね?

君のともね。

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